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鳴らすために、生きている
夜の余熱
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Zepp Tokyoのステージが終わって、数時間。
《まだ終わりじゃない》の4人は、主催者として、BLUEBIRDとの打ち上げ会場にいた。
打ち上げとはいえ、空気はやけに熱かった。
ピザや揚げ物が並ぶテーブルを囲みながら、
グラスと笑い声が、何度も響いた。
「……マジで、お前ら本気だったな」
真田がグラスを片手に、やや照れくさそうに言う。
「当たり前っしょ。主催っすから」
悠人は口元を少しだけ引き上げた。
「手加減しないと決めて来たのに、
気づいたら逆に押されてたんだよなぁ……」
蓮がその横で苦笑する。
「ステージ上でお前と目合った時、
“うわ、来たな”って思ったよ。正直、あれが一番緊張した」
BLUEBIRDと《まだ終わりじゃない》。
ツアー初日からぶつかったのは、ただの対バンじゃない。
“過去”と“今”が正面衝突した夜だった。
翼はジョッキをぐいっと空けて、スティックを振る。
「俺、3曲目の後半で真田さんの顔チラ見して、
“あ、こりゃ本気モードだ”って察しましたよ」
「え、あれ見えてた?」
真田が驚いたように笑い、頭をかく。
「いや、わかりますよ。ギターの構え方からしていつもと違ってたし」
結華は静かにコーラを口に含みながら、BLUEBIRDのギターと何かを語り合っている。
技術や感性の話は尽きない。
けれど、それ以上にあふれていたのは、
“同じ熱”を経験した者同士の空気だった。
主催だから、何かを引っ張らないといけないと思っていた。
けれど、終わってみれば、ただただ音をぶつけて、受け止め合った。
悠人はグラスを少しだけ掲げた。
「今日は……ありがとう。またやろう。今度は、もっとヤバいやつ」
「おう。今度は、フロア割るぐらいのやつな」
真田が応える。
そこに余計な駆け引きはなかった。
音楽を鳴らした奴ら同士の、真っ直ぐな言葉だけがそこにあった。
打ち上げもひと段落つき、
空いたジョッキや皿が片づけられはじめた頃。
《まだ終わりじゃない》の4人は、会場の隅にある小さなソファスペースに集まっていた。
周囲の賑やかさが少し遠のいて、
そこだけがぽっかりと落ち着いた空気に包まれていた。
「……なあ」
翼が口を開いた。
「俺たち、けっこうすごいことやってね?」
誰もすぐには答えなかった。
だけど、誰も否定もしなかった。
「主催の初戦でZepp埋めて、
BLUEBIRDとガチンコでぶつかって……」
「ちゃんと受け止めてもらって……」
結華がそう呟き、グラスの氷をくるりと回した。
「まだ終わりじゃない」って名前、
自分たちで決めた時は、正直ちょっと照れくさかった。
けれど今なら、
その言葉がどれだけ“今の自分たち”を語ってるか分かる。
蓮がゆっくりと背もたれに沈み込む。
「……でも、ここがゴールじゃねぇんだよな」
悠人がうなずいた。
「まだ初日。あと2本、対バン残ってる。
Y.U.N.O、TAC……こっからが本番だよ」
誰も口には出さなかったが、
“プレッシャー”は確実に、全員の胸にあった。
今日のようにうまくいくとは限らない。
熱量が上がりすぎた分、次が怖くなる。
けれど——
「……だからこそ、楽しみなんだよ」
翼がぽつりとそう呟いた。
「今日を超えるのは、俺たちしかいねえからさ」
静かに、4つのグラスがカチンと鳴った。
誰の音も欠けていなかった。
その“当たり前”のようで奇跡みたいな夜に、
4人は少しだけ、目を細めた。
打ち上げは、予定よりも早めにお開きとなった。
ツアーはまだ始まったばかり。
また新しい対バン相手が待っている。
その空気を誰よりも感じ取っていたのは、主催側である《まだ終わりじゃない》の4人だった。
打ち上げ会場を出たあと、それぞれが帰る方向へと歩き出す。
蓮はスタッフと少し話すために会場へ戻り、
翼は「腹減った」と一人でラーメン屋へ消えていった。
結華はタクシーを呼んだようで、スマホ片手に歩道の端へ。
悠人は、ひとり静かな路地に出て、夜風に当たっていた。
蒸し暑さの残る東京の夜。
でも、喧騒の裏に少しだけ澄んだ空気が漂っているようにも思えた。
あのステージ。
あの叫び。
あの瞬間——
全部がまだ、胸の中で生々しく生きていた。
ポケットの中でスマホが震える。
画面には“お疲れ様”の文字。差出人はあかねだった。
本文は一言だけだった。
《ちゃんと、届いてたよ》
それだけで、十分だった。
悠人はスマホを閉じ、ふっと肩の力を抜いた。
そこへ、ちょうどタクシーに乗り込む直前の結華が振り返って声をかけてきた。
「……まだ余韻、抜けない?」
「まあな。明日にはまた“次”が来るって分かってても、
今日は、ちゃんと今日で終わらせたいっていうか」
結華は小さくうなずく。
「わかるよ、それ。……じゃあね。明日、駅集合ね」
「おう。忘れもんすんなよ」
「そっちこそ」
タクシーのドアが閉まり、
ライトの軌跡が夜の道を照らしていった。
ひとり残された悠人は、ポツリと呟いた。
「……まだ、終わってないな」
その声に応えるものはなかったが、
風が、どこか心地よく吹き抜けていった。
《まだ終わりじゃない》の4人は、主催者として、BLUEBIRDとの打ち上げ会場にいた。
打ち上げとはいえ、空気はやけに熱かった。
ピザや揚げ物が並ぶテーブルを囲みながら、
グラスと笑い声が、何度も響いた。
「……マジで、お前ら本気だったな」
真田がグラスを片手に、やや照れくさそうに言う。
「当たり前っしょ。主催っすから」
悠人は口元を少しだけ引き上げた。
「手加減しないと決めて来たのに、
気づいたら逆に押されてたんだよなぁ……」
蓮がその横で苦笑する。
「ステージ上でお前と目合った時、
“うわ、来たな”って思ったよ。正直、あれが一番緊張した」
BLUEBIRDと《まだ終わりじゃない》。
ツアー初日からぶつかったのは、ただの対バンじゃない。
“過去”と“今”が正面衝突した夜だった。
翼はジョッキをぐいっと空けて、スティックを振る。
「俺、3曲目の後半で真田さんの顔チラ見して、
“あ、こりゃ本気モードだ”って察しましたよ」
「え、あれ見えてた?」
真田が驚いたように笑い、頭をかく。
「いや、わかりますよ。ギターの構え方からしていつもと違ってたし」
結華は静かにコーラを口に含みながら、BLUEBIRDのギターと何かを語り合っている。
技術や感性の話は尽きない。
けれど、それ以上にあふれていたのは、
“同じ熱”を経験した者同士の空気だった。
主催だから、何かを引っ張らないといけないと思っていた。
けれど、終わってみれば、ただただ音をぶつけて、受け止め合った。
悠人はグラスを少しだけ掲げた。
「今日は……ありがとう。またやろう。今度は、もっとヤバいやつ」
「おう。今度は、フロア割るぐらいのやつな」
真田が応える。
そこに余計な駆け引きはなかった。
音楽を鳴らした奴ら同士の、真っ直ぐな言葉だけがそこにあった。
打ち上げもひと段落つき、
空いたジョッキや皿が片づけられはじめた頃。
《まだ終わりじゃない》の4人は、会場の隅にある小さなソファスペースに集まっていた。
周囲の賑やかさが少し遠のいて、
そこだけがぽっかりと落ち着いた空気に包まれていた。
「……なあ」
翼が口を開いた。
「俺たち、けっこうすごいことやってね?」
誰もすぐには答えなかった。
だけど、誰も否定もしなかった。
「主催の初戦でZepp埋めて、
BLUEBIRDとガチンコでぶつかって……」
「ちゃんと受け止めてもらって……」
結華がそう呟き、グラスの氷をくるりと回した。
「まだ終わりじゃない」って名前、
自分たちで決めた時は、正直ちょっと照れくさかった。
けれど今なら、
その言葉がどれだけ“今の自分たち”を語ってるか分かる。
蓮がゆっくりと背もたれに沈み込む。
「……でも、ここがゴールじゃねぇんだよな」
悠人がうなずいた。
「まだ初日。あと2本、対バン残ってる。
Y.U.N.O、TAC……こっからが本番だよ」
誰も口には出さなかったが、
“プレッシャー”は確実に、全員の胸にあった。
今日のようにうまくいくとは限らない。
熱量が上がりすぎた分、次が怖くなる。
けれど——
「……だからこそ、楽しみなんだよ」
翼がぽつりとそう呟いた。
「今日を超えるのは、俺たちしかいねえからさ」
静かに、4つのグラスがカチンと鳴った。
誰の音も欠けていなかった。
その“当たり前”のようで奇跡みたいな夜に、
4人は少しだけ、目を細めた。
打ち上げは、予定よりも早めにお開きとなった。
ツアーはまだ始まったばかり。
また新しい対バン相手が待っている。
その空気を誰よりも感じ取っていたのは、主催側である《まだ終わりじゃない》の4人だった。
打ち上げ会場を出たあと、それぞれが帰る方向へと歩き出す。
蓮はスタッフと少し話すために会場へ戻り、
翼は「腹減った」と一人でラーメン屋へ消えていった。
結華はタクシーを呼んだようで、スマホ片手に歩道の端へ。
悠人は、ひとり静かな路地に出て、夜風に当たっていた。
蒸し暑さの残る東京の夜。
でも、喧騒の裏に少しだけ澄んだ空気が漂っているようにも思えた。
あのステージ。
あの叫び。
あの瞬間——
全部がまだ、胸の中で生々しく生きていた。
ポケットの中でスマホが震える。
画面には“お疲れ様”の文字。差出人はあかねだった。
本文は一言だけだった。
《ちゃんと、届いてたよ》
それだけで、十分だった。
悠人はスマホを閉じ、ふっと肩の力を抜いた。
そこへ、ちょうどタクシーに乗り込む直前の結華が振り返って声をかけてきた。
「……まだ余韻、抜けない?」
「まあな。明日にはまた“次”が来るって分かってても、
今日は、ちゃんと今日で終わらせたいっていうか」
結華は小さくうなずく。
「わかるよ、それ。……じゃあね。明日、駅集合ね」
「おう。忘れもんすんなよ」
「そっちこそ」
タクシーのドアが閉まり、
ライトの軌跡が夜の道を照らしていった。
ひとり残された悠人は、ポツリと呟いた。
「……まだ、終わってないな」
その声に応えるものはなかったが、
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