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「辻間さん!」
「おぉ、真也。なんだどうしたどうした、んな喜びやがって」
「俺大学受かりました!辻間さんが支援してくれたおかげで好きな研究続けられます」
「別に俺のおかげじゃねぇ。それに真也、お前なぁ、当たり前だろ金出すくらい、おめぇと雫ちゃんは俺の…」
***
小さな少女の手が、俺に花を押し付ける。彼女は何も言わないが、むくれた顔で花を押し付けるだけである。その花を受け取っても、彼女はむくれたままであった。俺がありがとなぁと呟けば、彼女はまた花を押し付けた。ようやっと咲いた満面の笑顔を俺はまたひとつ受け取ったのである。
「会長ー。連れてきたよ」
腑抜けた愚息の声に、折り目の着いた"紙"をまた綺麗の折りたたんだ。
静かに懐へ仕舞い直してから3つの影に目を向ければゆらりと揺れていた。
「おう、」
「入りますよ~」
もう日も傾いた時間に呼び寄せたことに申し訳なく思いながら、待ち望んだ少年を、見るためだけに顔を上げた。
「はい~どうぞ冰澄くん」
「あ、失礼します。…あの。こんばんわ」
懐にしまった紙が、俺を焚きつける。目を細めてみても眩しくて、直視することは出来ない。
日も沈んだこの部屋には明るすぎるその目を見て自分の行いを再び悔いた。
「……波津冰澄くん。」
「はじめまして、波津…冰澄です。」
「あぁ、噂はかねがね。座ってくれ。政宗、久しいな。鍛えすぎだぞ、暑苦しくなったな。」
「おっさんがよく言う。」
陣よりも一回りでかくなった政宗は冰澄くんに座るよう促してからどさりと腰を下ろした。その仕草は、若い頃の俺のもので殆と受け継いだ政宗に苦笑をこぼした。
「急に呼び出して悪いな。写真見てたら懐かしくなってな。」
「えっと…辻間…さんは、叔父さんと母さんの後継人だと聞きました。叔父と母がお世話になりました。」
そう言うと彼はゆっくりと畳に指をついて頭を下げる。それに一瞬焦れば、政宗がすぐに冰澄くんの顔を上げさせた。
美しい双眼を昔一度二度見たことのある瞳そのもので、俺はそれを持つ者を知っている。
「なるほど、そういうことか。」
俺の独り言に冰澄くんは不思議そうな顔をした。
「冰澄くん。すまない。」
さっきの冰澄くんと同じようにそれでも深く頭を下げた。焦る気配が過ぎたが俺はどうしても頭を上げることができなかった。
「頭を、頭をあげてください!」
「俺のせいなんだ。俺が真也と雫ちゃんをこっちに引きずり込んだ。俺のせいなんだ。」
「そんなこと」
「俺が最初から名も明かさず2人を支援していればこうならなかった。可愛さ余って彼に会社をやらなければ、君のお母さんは」
「…父と出会わなかった?」
「すまん。」
今でも不意に思い出す、普通の子供達。俺が“父親”になれなかったから、つぎはせめて偽物でもと思ったのに、彼らは普通すぎる子供達だった。
春には桜ではしゃぎ、夏には海の水を仰いで、秋は落ち葉と戯れた。冬の冷たくさみしい氷さえも綺麗な音を立てて割った。
幸せを願って彼らから離れたのに、俺が撒いた種は静かに育って彼らさえも栄養にして取り込んでしまった。
「俺のせいだ、すまん。」
「……それは違いますよ。」
氷が、パキリと音を立てた。顔をあげれば、俺はいつの間にか氷の中にいた。
「俺は、なんだかんだ言って今のこの環境も状況も楽しいですよ。不謹慎かもしれないんですけど。俺は今こうやって過ごせて、全部とは言いませんけど、不安もありますけどなんとかやってのけて行けるならいいなぁって思うんです。」
つめたくも澄んだこの中はきれいな真水で満たされている。誰からの悪意も屈折させるこの中が彼が俺をなにも責め立てていないすべての証明であるようだ。
「君の、お母さんによく似ているよ。」
「俺がですか?」
「あぁ、」
あの日、恋に満ちた瞳で彼の父親を見つめていた雫ちゃんもこんな世界を持っていた。
冰澄くんは嬉しそうに嬉しそうに微笑んだ。その笑みを見てもう2度とそれが見られないことへの後悔が募る、それとは反面形を変えて流れる世界に言葉にならない思いが積み上がる。
小さな手が執拗に押し付けるそれはただの対価だったと気づいても、もう何一つ帰ってこない。花はいらない。
そんなものさえなくても俺があの子たちに笑ってやれればそれでよかった。何一つ間違いを経験にしていない浅はかさが恨めしい。
彼女が俺に花を俺に渡し笑みを求めたように俺も何かを差し出せば貰えると思ったのだ。
彼らが笑うと思ったのだ。
「花はいらねぇのに。栄養だけ吸い取る化け物みたいなもんだったのにな…。わかってたのに渡しちまったよ、花なんて、いらねぇのに…」
後悔からくる言葉は虚しいほど一人歩きをしては消えていった。
どうすればいいのか。どうしたらよかったのか。目まぐるしく駆け巡るその感情を彼は、一瞬のうちに掴み取ったのである。
「…じゃあ、種はどうでしょう?」
一緒に育てるのはどうでしょう。
小さな植木鉢に。
「おぉ、真也。なんだどうしたどうした、んな喜びやがって」
「俺大学受かりました!辻間さんが支援してくれたおかげで好きな研究続けられます」
「別に俺のおかげじゃねぇ。それに真也、お前なぁ、当たり前だろ金出すくらい、おめぇと雫ちゃんは俺の…」
***
小さな少女の手が、俺に花を押し付ける。彼女は何も言わないが、むくれた顔で花を押し付けるだけである。その花を受け取っても、彼女はむくれたままであった。俺がありがとなぁと呟けば、彼女はまた花を押し付けた。ようやっと咲いた満面の笑顔を俺はまたひとつ受け取ったのである。
「会長ー。連れてきたよ」
腑抜けた愚息の声に、折り目の着いた"紙"をまた綺麗の折りたたんだ。
静かに懐へ仕舞い直してから3つの影に目を向ければゆらりと揺れていた。
「おう、」
「入りますよ~」
もう日も傾いた時間に呼び寄せたことに申し訳なく思いながら、待ち望んだ少年を、見るためだけに顔を上げた。
「はい~どうぞ冰澄くん」
「あ、失礼します。…あの。こんばんわ」
懐にしまった紙が、俺を焚きつける。目を細めてみても眩しくて、直視することは出来ない。
日も沈んだこの部屋には明るすぎるその目を見て自分の行いを再び悔いた。
「……波津冰澄くん。」
「はじめまして、波津…冰澄です。」
「あぁ、噂はかねがね。座ってくれ。政宗、久しいな。鍛えすぎだぞ、暑苦しくなったな。」
「おっさんがよく言う。」
陣よりも一回りでかくなった政宗は冰澄くんに座るよう促してからどさりと腰を下ろした。その仕草は、若い頃の俺のもので殆と受け継いだ政宗に苦笑をこぼした。
「急に呼び出して悪いな。写真見てたら懐かしくなってな。」
「えっと…辻間…さんは、叔父さんと母さんの後継人だと聞きました。叔父と母がお世話になりました。」
そう言うと彼はゆっくりと畳に指をついて頭を下げる。それに一瞬焦れば、政宗がすぐに冰澄くんの顔を上げさせた。
美しい双眼を昔一度二度見たことのある瞳そのもので、俺はそれを持つ者を知っている。
「なるほど、そういうことか。」
俺の独り言に冰澄くんは不思議そうな顔をした。
「冰澄くん。すまない。」
さっきの冰澄くんと同じようにそれでも深く頭を下げた。焦る気配が過ぎたが俺はどうしても頭を上げることができなかった。
「頭を、頭をあげてください!」
「俺のせいなんだ。俺が真也と雫ちゃんをこっちに引きずり込んだ。俺のせいなんだ。」
「そんなこと」
「俺が最初から名も明かさず2人を支援していればこうならなかった。可愛さ余って彼に会社をやらなければ、君のお母さんは」
「…父と出会わなかった?」
「すまん。」
今でも不意に思い出す、普通の子供達。俺が“父親”になれなかったから、つぎはせめて偽物でもと思ったのに、彼らは普通すぎる子供達だった。
春には桜ではしゃぎ、夏には海の水を仰いで、秋は落ち葉と戯れた。冬の冷たくさみしい氷さえも綺麗な音を立てて割った。
幸せを願って彼らから離れたのに、俺が撒いた種は静かに育って彼らさえも栄養にして取り込んでしまった。
「俺のせいだ、すまん。」
「……それは違いますよ。」
氷が、パキリと音を立てた。顔をあげれば、俺はいつの間にか氷の中にいた。
「俺は、なんだかんだ言って今のこの環境も状況も楽しいですよ。不謹慎かもしれないんですけど。俺は今こうやって過ごせて、全部とは言いませんけど、不安もありますけどなんとかやってのけて行けるならいいなぁって思うんです。」
つめたくも澄んだこの中はきれいな真水で満たされている。誰からの悪意も屈折させるこの中が彼が俺をなにも責め立てていないすべての証明であるようだ。
「君の、お母さんによく似ているよ。」
「俺がですか?」
「あぁ、」
あの日、恋に満ちた瞳で彼の父親を見つめていた雫ちゃんもこんな世界を持っていた。
冰澄くんは嬉しそうに嬉しそうに微笑んだ。その笑みを見てもう2度とそれが見られないことへの後悔が募る、それとは反面形を変えて流れる世界に言葉にならない思いが積み上がる。
小さな手が執拗に押し付けるそれはただの対価だったと気づいても、もう何一つ帰ってこない。花はいらない。
そんなものさえなくても俺があの子たちに笑ってやれればそれでよかった。何一つ間違いを経験にしていない浅はかさが恨めしい。
彼女が俺に花を俺に渡し笑みを求めたように俺も何かを差し出せば貰えると思ったのだ。
彼らが笑うと思ったのだ。
「花はいらねぇのに。栄養だけ吸い取る化け物みたいなもんだったのにな…。わかってたのに渡しちまったよ、花なんて、いらねぇのに…」
後悔からくる言葉は虚しいほど一人歩きをしては消えていった。
どうすればいいのか。どうしたらよかったのか。目まぐるしく駆け巡るその感情を彼は、一瞬のうちに掴み取ったのである。
「…じゃあ、種はどうでしょう?」
一緒に育てるのはどうでしょう。
小さな植木鉢に。
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