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本編
16.タツの過去3(side.タツ)
しおりを挟むその時の記憶は、正直言ってほぼ残っていない。
気付いた時には病院にいた。
「日常生活を送るようにまでは戻れる可能性があります。しかし激しい運動はもう……」
その言葉をどこか遠くで聞いた気がする。
飲酒運転の車が起こした多重事故。
たった一言で済んでしまうような、しかしとても一言では表せない出来事を機に俺の人生は激変する。
あと1分の差があれば避けられていた、そんな状況だったと聞いた。
ただただ不運だったのだと誰かに慰められた気がする。
しかし俺にとってそんなことはどうでも良くて、この先の不安ばかりが脳を支配する。
ぐるぐると巻かれた包帯を俺はただ呆然と眺めていた。
痛みという感覚すらしばらく戻らないほどの重症。
日常生活を不自由なく送るということすら“可能性”になってしまった俺。
踊るなんてことはもう出来ないのだと、あの時に誰よりも自分が理解していた。
フォレストはアイドルグループだ。
芸能界の仕事全般をこなしはするが、本業は歌を歌いダンスを踊ること。
特にどちらかと言えばダンスに力を入れたグループだった。
歌で注意されることは比較的少なかったが、ダンスでは少しでもミスれば容赦なく激が飛ぶような現場。
そんなフォレスト内で踊ることがもう不可能。
それが何を意味するのか分からないほど、俺も馬鹿ではなかった。
事務所が下した決定が苦渋の末だったことを知っている。
周りからは非情と言われようと、それでもそうするしかなかったことを俺だって分かっている。
踊れない俺を恩情で留めれば、それこそここまで死ぬ物狂いの努力で這い上がって来た仲間達の今までが崩れてしまう。
フォレストとして俺が生きていく道を何とか模索してくれてはいたようだ。
スタッフだけではなく仲間もそうだったと知った時は驚いた。
だが、どうしようもない。
ダンスグループに近い形で存在するフォレストで踊れない俺はただのお荷物にしかならない。
踊りに参加しないでそこにいるということは、いらぬ同情も招いてしまう。
脱退しか、道がなかった。
「……俺がソロになって、歌を歌う機会はあるんですか」
告げられた直後、マネージャーにそう聞いたことを今でもよく覚えている。
フォレストにいられないと知っての第一声がそれだった。
本当に自分が歌を好きになっていたというのを実感した瞬間だ。
けれど現実は優しくない。
「バラエティー中心にタレント業をすることになるだろう。その中で機会もできるかもしれんが、お前一人で曲を出し続けるというのは、正直厳しい」
それが、答えだった。
マネージャーがあの時きっぱりと告げてくれて良かったのかもしれない。
いくら本業が歌うことだと言っても、歌手一本で生活していたわけじゃない俺の実力なんて知れていた。
そもそも音楽の腕があるからこの世界に入れたわけじゃない。
この顔と運が一番で、元々音楽の技術などそこまで求められていたわけでもなかった。
プロのアーティストとアイドルでは、悔しいが実力が違いすぎる。
音楽センスだって技術だって、俺ではまるで歯が立たない。
曲を作ることはできても、出来あがるのは凡庸なもの。
ギターの練習をしてみても、弾けるという程度のもの。
突出したものがないと評価されないこの世界で、それは何の武器にもならない。
そんな現実を受け入れる時間は、俺にはきっと必要だった。
バラエティーで生きていくのも良いのかもしれない。
俺に価値を見いだしてくれたこの世界で、新しい道を模索するのも手かもしれない。
幸い環境には恵まれているし、事情が事情なだけに周りは俺に同情的だ。
上手くやれば芸能界でソロとして生き残る可能性はあるだろう。
そう思ったのは嘘じゃない。
事務所のスタッフもそのために全力でサポートする準備をしてくれていたようだ。
だが、どうしても納得がいかなかった。
「俺は、歌を歌いたい。音楽の傍で、生きていきたいです」
真っ白な頭で、絶望に満ちて、そう答えた俺。
思いが強すぎて、そのほかの可能性を呑み込むことがどうしてもできなかった。
フォレストの中にいれば当たり前のように与えられていたもの。
それがどれだけ有難かったのかを今さら知る。
あの時流れた感情を、俺は忘れることができない。
結局、俺は最後までそんな自分の意志を曲げることができなかった。
自分が頑固だなどと、そのとき初めて知った。
「本当に良いのか、リュウ」
シゲには何度も確認された。
シゲだけじゃない。隼人もタカも大地も何度も俺の元を訪ねてくれた。
非効率なことを嫌う連中のくせして、飽きる程ほぼ毎日俺の元へやってきては他愛ない話をして帰る。
……感謝している、今でも。
あまり良い関係から始まったわけではなかったが、今ではかけがえのない仲間だと思う。
何度も留まろうかと思うほど、4人には支えられた。
それでも、俺の意志が変わることはなかった。
歌を歌いたいと、そう思ったのだ。
もう踊ることができないのならば、歌いたい。
音を紡いで、それを誰かに伝えたい。
音楽の持つ力をライブの度に実感する。
たった数年のアイドル人生ではあったが、それでも決して忘れることはできない。
あの大きな会場に俺達が作り上げた曲が流れ、会場中の皆が一体になる。
心から笑い、心から大きな声をあげ、人と繋がるあの瞬間。
俺にとって一番大事なものだった。
不思議とそれまでの辛さや苦労が吹き飛ぶような、あの元気が湧いてくる空間が愛しくて仕方ない。
「……いつか、絶対俺は戻ってくる。それまで落ちぶれたりすんなよ」
精一杯の見栄をはって誓った。
きっと戻ってくる。
アイドルとしてあれだけ苦労を重ねることができた自分だ、また這い上がるだけの努力はきっとできる。
そう信じて、そしてその決心が絶対に鈍ることのないように。
あの時一方的に押し付けた約束を、あいつらは今も守ってくれているらしい。
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