ぼたん ~不器用な歌い手達が紡ぐ音~

雪見桜

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本編

25.上昇と下降

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ドラマの主題歌用に作った曲は、製作中だった新曲と合わせて急きょダブルA面という形で出されることになった。
ドラマが始まるのが10月で、新曲の発売が11月の半ば。
時期としては少し微妙だけれど、その方がウチの都合が良かった。

「あー……仕事に殺される」

急な変更で大変だったのは千歳くんだ。
新しいジャケットに撮影、収録も増えて仕事の量が過去最大なのだ。
『トクカ』は今回目玉のドラマで、その主題歌を担うことが正式発表されたことによって奏の注目度も跳ね上がっている。
スタッフ一同いつも以上の気合だった。
衣装、メイク、舞台セット、その全てに関わる千歳くんの負担は相当なものだろう。
連日私より早く出かけては私より遅く帰ってくる生活。
フラフラになりながら、マトモに会話をする余裕もないままに千歳くんはベッドに直行していた。

「う、ん……でも、私も、フラフラ」

一方の私もまた、あまり余裕がないのが現状だ。
ありがたいことに、どうやらドラマの現場でも主題歌の評判はかなり良かったらしい。
そして主題歌に上手くかみ合う挿入曲も作曲してくれないかと依頼が来たのはつい先日のこと。
千歳くんの歌入りではなく、楽器だけの曲。
正真正銘、私専用に来た仕事。

話を聞いた時、驚くと同時にとても嬉しかった。
私単体でも評価してくれたという事実が。
だから張り切って作っていたら、寝る時間がほとんど取れない。
他のことなんて考える暇もなく、私は眠りに落ちた。

『本日はトクカで主演の相賀あいが灯太とうたさんと、脇を強力に固める風見ソウさんにお越しいただきました!』
『初めまして! おはようございます』
『よろしくお願いします』

バタバタと過ごしていくうちに、あっという間に初回放送がやってくる。
一週間前くらいから出演者がテレビで宣伝していたけれど、今日は特に朝からテレビで話題に上がりっぱなしだ。
その度に流れてくる私達の曲に、何だか心がそわそわと落ち着かない。

「お前達良かったなー、すごい盛り上がりだ」
「本当。今までで一番露出してるんじゃない? 曲だけだけど」

お父さんとお母さんも曲が流れるたびに手を止めてそんなことを言ってくれる。
そう。今までテレビで話題にしてくれていたとはいえ、ここまで大々的に曲が流れるのは奏としても初めてのことだった。
世間に広まると言うのはこういうこと。
今までは音楽番組が9割の露出率だった私達の音。
ドラマの主題歌ということで、こうして予告が流れる度に耳にする。
朝の情報番組でも、バラエティでも、CMでも。

「胃、胃が……」
「大丈夫だってば、ちー」

ものすごく嬉しいことだけれど、あまりの変化に緊張してしまう。
体がガチガチで何となく喉が狭くなっている感覚。
チキンな私はすでにプレッシャーに押しつぶされそうだった。
超本格的と銘打って精力的に宣伝されたドラマ。
その主題歌となるとここまで仕事量が増えるものなのかと思えるほどオファーも増えていた。
ドラマの力を借りている以上、それが私達の評価とイコールになるわけではない。
そこを評価に繋げるのは、私達の仕事。
世間に受け入れられるのか、ドラマの雰囲気を壊さずちゃんと印象を残せるか。
その答えが来るのは、この先だ。

ギュッと手を握る。
自分の作ったものを評価されるというのは正直な話、とても怖い。
けれど、それを恐れていては何にもならない。

『勝負、です。いつか同じ舞台でお互いに音を届けましょう』

……タツとの約束が頭をよぎる。
これはその約束の大事な一歩だ。


「ここからが勝負、だよ。千歳くん」
「ん、勿論」

気を緩めず、気合を入れ直す。

「まあ、その前に千依はテスト頑張ろうな」
「う……はい」
「お父さん、ちょっと空気読んであげなさいな」

……たっぷり気合を入れた。


「あー、早くテスト終われ終われ終われ」
「ちょっと、うるさいよ。呪文唱えないで」
「だって! 今日だよ! 主題歌!」
「一言一言気合入れて言わないで良いから」

学校に行けば相変わらず山岸さんが熱烈に応援してくれている。
ありがとう。口に出しては言えない言葉を心で呟いて、教科書に目を落とす。

勉強が嫌いなわけじゃない。
ただ私は理系科目が壊滅的に理解できない。
仕事の合間に暇さえあればテスト勉強をしていたけれど、ギリギリまで理解が追いつかなかった。

千歳くんは、私以上に時間がないのに優秀だ。
テストで全科目8割を切ったことがない。
千歳くんに胸を張れる私でありたいのに。
なのに人付き合いでもこういう面でも私は足を引っ張る。
誰よりも千歳くんの邪魔をしているのは……。

……駄目だ。
そんなことを考えていたってなにも変わらない。

ふとした瞬間に引きずられる暗い思い。
慌てて振り払う。
鐘がなるまで、私は教科書を眺めた。

「……もう、本当上手くいかないなあ」

けっきょく試験は散々で帰り道にひとり呟く。
テストが終わった後の口癖のようなものにすらなっているのが情けない。
いつだって普通の生活が上手くいかない。
普通の人が努力しなくても何とかなるようなことが、私は努力をしても出来ない。
ふざけているわけでは決してないのに、笑えない点数ばかり取ってしまう。

努力がまだまだ足りないだろうか。
結果が一切伴わない事実にいつも打ちのめされ落ち込んでしまう。
今回は少しはいけるかもしれないと思いながら、やっぱりダメだった。
こんな思いももう何回目だろうか。
きっと結果が届いた後も、駄目な自分を痛感して泣きたくなってしまうんだ。
自業自得なのに、どうしてこうも駄目なんだと自分に腹立ってしまう。

そんな情けない自分を振り払おうと思って、いつもとは少し違う道を歩いた。
反省しなきゃいけないけれど、自分を責めるだけでもいけない。
引きずりすぎるのは良くないと千歳くんにもよく言われるじゃないか。
切り替えなきゃ。

「あれー? まさかそこにいんのチエちゃん?」
「うわ、マジだ。マジでこんなとこいるし」

高い声が耳に届いたのは、そんな時。
その瞬間、体中が緊張で固まる。
……ああ、もう本当上手くいかない。
泣きそうになりながら、そんなことを思った。





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