ぼたん ~不器用な歌い手達が紡ぐ音~

雪見桜

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本編

33.千依の決意

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人間そう簡単には変われないことを私は知っている。
生まれ持った自分の能力だって、一気に伸びるわけではない。
どれだけ人に拾い上げられ励まされても、やっぱり私の心は恐怖ばかりを訴える。
また拒絶されたら。白い目を向けられたら。
頑張って伸ばした手を振り払われてしまったら。
私の想像力は嫌な方向ばかり豊かで、身体はいつもすくむ。
それでもきっと大丈夫、前を向けるはずだ。

「このままじゃ、ダメ」

だって、そう思える自分が確かにいるのだ。
こんな私でも大丈夫だと言ってくれる人達がいる。
こんな私をずっと励ましてくれる優しい人達がいる。
すぐには変われなくても、変わりたいと願うなら前に進む努力をしなければ駄目だ。
成長したいと思うならば、人に頼ってばかりではいられない。

『チエ。大丈夫。チエは大丈夫なんだよ』

そう言ってくれたタツの言葉が頭をよぎる。
私の為だけに歌ってくれた始まりの歌が流れてくる。
それだけで少しだけ勇気をもらえるのだから不思議だ。
私の背を少しだけ強く押してくれた。

未だに体は重くて、目もジンジンと熱を持ち治まらない。
それでも自分の頬を叩きながら、恐怖と緊張でバクバクうるさい胸を抱えながら、何とか顔を上げて家路へ帰る。
自分の手は強く握りすぎて感覚が鈍い。
そうでもしなければ気を保っていられない自分の弱さに泣きたくもなる。
けれどこれが今の自分で、そんな自分を大丈夫だと励ましてくれる人がいる。
変わりたいと、今まで以上に思った。
このままでいたくないと、そう思った。

「強く、ならなきゃ」

後ろ向きな恐怖に負けたくない。
今度こそ、川口さんや村谷さん相手でも委縮せず胸を張れる自分でいられるように。
支えてくれる人に報いれるように。

「大丈夫、大丈夫……だから」

震える自分の声を受け入れて、私は歩いた。
人から見たら何てことのない一歩かもしれない。
けれど、私にとっては大きな大きな一歩だった。

「ちー、ただい…………どうしたの、その顔」
「あ、千歳くん。おかえりなさい」
「うん。ってそうじゃなくて」

家に着いてからも私の思考は忙しい。
声をかけられやっと気付いた兄の帰宅に振り返れば、途端に千歳くんの顔がしかめられた。
一応目もとを冷やしてはみたけれど、泣きはらした後ではあまり効果はなかったらしい。
千歳くんの声が何段階か下がり、すぐに頬に触れられる。
そっと労わるような繊細さに思わず苦笑した。

「ちょっと、あって。でも大丈夫だよ?」

心配性の千歳くんが私の言葉でさらに怖い顔になる。
私はそれを宥めるよう、頬に触れられた手の上に自分の手を重ねる。
本当に大丈夫だと頷いて見せれば、今度は泣きそうな顔をした千歳くんが反対側の頬にも手を添えてきた。

「……お願いだから無理しないで。ちーはちーのままで良いんだよ」

コツンと千歳くんのおでこが私のおでこに当たる。
心配そうに、か細い声で私を労わり気遣う千歳くん。
……私のことを、過去を、一番引きずり苦しんでいるのは千歳くんなのかもしれない。
いつだって千歳くんは自分のことより私のことだ。
心ごと私のことを守り支えようと甘やかしてくれる。
誰よりも心身共に自分へ負荷をかけ、私の負担を極力減らそうとしてくれる妹想いの兄。

……やっぱり、駄目だ。
このままの形は、いつか千歳くんを壊してしまう。
誰よりも私を守り続けてくれる大事な家族。大事な相棒。
千歳くんばかりが負担を背負い続けるのは、違う。

「無理、していないよ。本当だよ。ありがとう、千歳くん」

千歳くんの両手を自分の両手で包んで目を閉ざす。
私を心配しすぎてなのか、触れた千歳くんの手は両方ともひんやりと冷たい。
……私でも、ちゃんとやれるかな。
上手くできないかもしれない。
そんなことを思いながらも、それでも私は深呼吸をして千歳くんと視線を合わせた。
綺麗に笑うことすらできない、とことん不器用な私。
滑稽な笑顔になってしまっているかもしれない。
それでも少しでも千歳くんを安心させられたら。
本当に私は大丈夫なのだと、言葉で伝えきれない部分をこうやって伝えられたら。
そんな思いだった。

「……うん。大丈夫なら、良かった」

千歳くんは私の気持ちを汲んでくれたのだろう。
複雑そうな顔を浮かべたまま、それでもわずかに笑みを見せて頷いてくれる。
そっと私の頬から手を離すと、緩く頭を撫でて小さく息をついた。
手は、少しだけ震えている。
千歳くんが抱えたものの大きさを初めてちゃんと理解したように思った。
……覚悟が決まったのは、だからなのかもしれない。

「千歳くん」
「うん?」
「私ね、決めたよ」

この一言を言うことにどれほどの時間を費やしたのか、私自身分からない。
部屋には何とも言えない緊張感が漂っていて、自分の心の弱さがどれだけ千歳くんを緊張させていたのか私はここまできてようやく知る。
ひとつひとつ気付くことも行動に移すことも人の何倍もかかってしまう私。
けれど少しずつでも変わっていきたい。
そんな思いで、千歳くんと目を真正面から向き合った。

「ちゃんとしたユニットになる」
「……え」
「影としてではなくて、千歳くんの隣で胸を張って音を届ける人になりたい」
「っ、それ」
「……高校を卒業したら、私もちゃんと奏を背負うよ。表から」

芸能人として、人の前に出て音楽を届ける。
それは私にとってはとてつもなくハードルの高い目標だ。
学校にすらまともに通えていない日々を何年も過ごした。
そんな自分が大勢の前に立って千歳くんに見劣りせずしっかり役割を果たせるだろうか。
……自信を持つことは私にはとても難しい。
それでも自分の過去や弱さを言い訳にしていては、変わることはできない。
変わりたいと願う“いつか”に近づくには、今から行動に移さなければずっとたどり着けない。

今まで裏方に徹して一切表に出なかった私。
それでも自分の仕事に、音に、誇りを持って取り組んできたつもりだ。
けれど、まだ背負うというには中途半端すぎる私の立ち位置。
曲は作るけれど、レコーディングだってピアノで参加するけれど、でもそれを代表して表現するのはいつも千歳くんだ。
私が苦手に思うこと、出来ないことを、千歳くんは一度だって文句も言わず1人で担ってくれた。
奏として背負うものは明らかに千歳くんの方が重い。

「私、千歳くんと対等な存在になりたい。千歳くんと同じ分だけ責任を負える人に、なりたいの」

人前は怖い。
私が越えるべきハードルはいつだって高く多い。
音楽以外何も出来ない私は、芸能界で生きていくには多分向かない性格だと思う。
けれど、前に私は進んでみたい。
千歳くんと一緒に、行けるところまで行ってみたい。
何年もかかって、やっと自発的にそう思えた。

タツだって頑張っている。
シュンさんも必死に戦っている。
……私だけじゃない。私だって、きっと頑張れる。
そうやって背を押してくれる存在が自分に出来たことを、誇りに思う。

「……強くなったね、本当に」

ボソッと千歳くんが言う。
顔を見上げれば、やっぱり複雑そうに笑った千歳くんが目に映った。

「うん。うん、やろう、ちー。俺達きっと、今まで以上に大きくなれる」

やがて千歳くんは力強く頷いて、断言した。

「俺も、強くなれるかな……ちーみたいに」
「……千歳、くん?」
「はは、何でもないよ。俺ね、きっとすっごく嬉しいんだ」

珍しく荒い手付きで自分の髪をかく千歳くん。
その目に見えるのは迷いで、不安定さを見せる姿に心配になる。
思わず手を伸ばせば、ガチリと握られた。
次の瞬間にはその笑みは普段通りの穏やかなものへと変化する。

「あと1年半か……何がなんでも守らなきゃな、奏の看板。落ちていられない」
「大丈夫だよ。千歳くんは今のままでもうんと魅力的だもん」
「……うん、ありがとう。ちーだって、今のままでも俺の最高のパートナーだよ」
「えへへ、ありがとう」

私はブラコンで、千歳くんはシスコンで。
傍からみたら、少し気持ち悪いくらいに私達は仲が良い。
それでもしこりは全くないわけじゃない。
お互いを全て理解しきってるわけでもない。
だからこそ、私達は言葉を惜しまず言い合う。
そうやって今までやってきた関係。
だからこそここまでやってこれた。

「まずは来週の歌収録、反響させなきゃな」
「うん。練習、付き合うよ」
「ん、頼りにしてる」

私達は決意をあらたにした。




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