ぼたん ~不器用な歌い手達が紡ぐ音~

雪見桜

文字の大きさ
35 / 88
本編

34.兄の戦場

しおりを挟む

気持ちが上に向くというのは、とても大きなことだ。
気持ちが乗ると、体が頑張ってついてきてくれる。

「さて、続いては今話題のドラマで主題歌を担当されている奏です!」
「よろしくお願いします!」

生放送のスタジオ。
私はその片隅で大塚さんと一緒に、千歳くんを見守っていた。
今日は大事な歌番組の日。
地上波で初めて千歳くんが新曲を歌う日だ。
スタジオにはたくさんの有名人がいる。
最近話題になって人気急上昇中のアイドルから、ベテランな大物歌手まで様々。
その中に奏が加わっていること、本当にありがたいことだと思う。
同時に身が引き締まる思いだ。
こんなキラキラした人達と競って輝いていかなきゃいけないと実感したから。

「今回主題歌を担当されたドラマは超能力が題材ということで、チトセさんならどのような超能力が欲しいですか?」
「えー、俺ですか? うーん、あ、風見ソウさんが演じているシンヤの読心能力が良いですね。ああいうカッコいいこと言ってみたいんですよ」
「おーい、番宣はNGだぞーチトセ」
「あ、バレました?」
「はは、全く本当抜け目ないなお前は。キリュウ、何か言ってやってくれ」
「え、ちょ、お、俺!? いきなり来ましたね、スモさん」

軽快なトークに会場が温まる。
笑い声の中心で千歳くんは今日も魅力的に笑っていた。
相変わらず、千歳くんの仕事は完璧だ。
……私もこの先表に出るとすれば、ここに加わらなければいけない。
気の利いたコメントに周囲を和ませるコメント、その場その場を読んで言葉を選ばなければいけない。
あまりの難易度の高さにくらくらと眩暈がしそうだ。
自分で言い出したこととはいえ、現状と照らし合わせれば気が遠くなる。
けれど。

「まー、冗談はそこまでにしておいて、そろそろ歌のスタンバイいけるかな?」
「はい、よろしくお願いします!」

無邪気な笑顔からスッと歌手の顔に変わる千歳くんを見て、自分を叱咤する。
千歳くんがずっと戦ってきた世界。
音楽も勿論大事だけれど、音楽以外にもたくさんのことを求められている世界。
ずっとずっと、千歳くんが守ってくれたもの。
共に守るということは、逃げが許されなくなるということ。
私の代わりにいくつも責任を果たし続ける千歳くんと対等になるためには、ここで怖気てはいけないのだ。

こちらを一切見ずに仕事に専念する千歳くん。
何の疑いもみせず私の作った曲を歌ってくれる千歳くんからの信頼は常々感じる。
私だってこうして私をこの世界まで引っ張り上げてくれる千歳くんを信じている。
いつかは私もその少しだけ後ろに立って、表で千歳くんを支えるんだ。
今以上に千歳くんの魅力を引き出して輝かせてみせる。

「それでは、奏でドラマ・トクカの主題歌にもなりました新曲。『dusk』」

その声と共に、照明が落ちると、私も一緒に目を閉ざした。
静寂に包まれた会場に自分の神経を研ぎ澄ませる。
ほどなくして前奏が始まって、千歳くんのギターが重なった。
うん、今日も力強い音。

ここで歌うのは千歳くん1人。
けれど私も同じ思いでここに立っている。
昨日一緒に詰められるだけ詰めて共に音を作り上げたのだ。
どうやらその成果はしっかり出ているみたい。
期待通りに千歳くんは今日も最高の音を紡いでくれた。

「……お見事。本当面白い奴だよ、あいつは」

隣で大塚さんが言う。
千歳くんに向けられた全幅の信頼と期待がとても心地いい。
自分のことのように嬉しい。

「当たり前、ですよ? だって千歳くんは天下を取れる人だもの」

嬉しくなってそう返す私。
心底呆れたように笑って大塚さんは私の頭を小突いた。

「ソレ、千歳にも言ってやれ。アイツはちょっと自分を過小評価しすぎだ」

そう言って千歳くんを見つめる大塚さんの目は優しい。

「千依が見込んだ男がハズレなわけねえのにな」
「え?」
「何でもねえよ、独り言」

そんな会話をしている間にも曲は進む。
千歳くんの歌声はうんとこの空間に響く。
よく響く声なのに耳が痛くならなくて、ずっと聴いていたくなるような声。
千歳くんの持つものは、力強い。
笑顔も、言葉も、歌も、演奏も。
それでいて、どこか優しい。

千歳くんはとびっきりバランスが良いのだ。
誰が聴いてもすぐに分かる個性的な声質なのに、偏りなく素直に届く純粋な歌の伸び。
感受性も豊かで、表現力を底上げしている。
何かとび抜けてひとつ秀でたものがあるわけではないのかもしれない。
けれど全てにおいて近いようで遠く、遠いようで近い存在。
器用で素直で万人が好むような、そんなバランス感覚を持った人。
どこかにいそうで、どこにもいない唯一の逸材。
私は音楽人の千歳くんに対してそんな印象を持っている。
家族だからという先入観を外しても素晴らしいものを持っていると私は知っていた。

できなさそうに思えることも、何だかんででやってしまえる。
ボロボロに貶されても、見返すくらいに次は仕上げてしまえる。
やっていることの一つ一つは小さくとも、千歳くんが成長しない時はない。

音楽以外の大事なこともとことん理解している賢い兄。
そんな彼だからこそ、人の感情を読み解くことにひどく長けていて歌に心を乗せることができる。
簡単そうに見えて簡単じゃない。
技術面よりも千歳くんは表現面で輝く人。
歌うことの楽しさや魅力をいかんなく発揮するタツとは似ているけれど、同時に正反対でもある。

「まだまだ、これから」

ギュッと手を握って私はそう呟いた。
千歳くんの力を、私は再認識する。
スタジオ観覧にきたお客さん達も皆千歳くんの歌声に聴き入っている。
かなり距離のあるここから見ても、カッチリ様になっている千歳くん。
私の暗号のような音符を正確に読み解いて、私の想うままに形にしてくれる唯一の人。
さっきまで満面の笑みだった会場内が、千歳くんの紡ぐ音に支配されるこの感覚。
たまらない。
多くの人の中に入り込む音楽というものは、本当に奥が深い。

「私も、なれるかな。……なりたい」

光の中で、音を紡げる人に。
紡いだ音を多くの人の心に残せる存在に。
近いようで、うんと遠い世界。
私が目指す場所。

「できるさ、お前達なら」

大塚さんの声が、いつまでも耳に残った。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

まずはお嫁さんからお願いします。

桜庭かなめ
恋愛
 高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。  4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。  総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。  いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。  デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!  ※特別編6が完結しました!(2025.11.25)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしております。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ズボラ上司の甘い罠

松丹子
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。 仕事はできる人なのに、あまりにももったいない! かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。 やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか? 上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

処理中です...