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本編
34.兄の戦場
しおりを挟む気持ちが上に向くというのは、とても大きなことだ。
気持ちが乗ると、体が頑張ってついてきてくれる。
「さて、続いては今話題のドラマで主題歌を担当されている奏です!」
「よろしくお願いします!」
生放送のスタジオ。
私はその片隅で大塚さんと一緒に、千歳くんを見守っていた。
今日は大事な歌番組の日。
地上波で初めて千歳くんが新曲を歌う日だ。
スタジオにはたくさんの有名人がいる。
最近話題になって人気急上昇中のアイドルから、ベテランな大物歌手まで様々。
その中に奏が加わっていること、本当にありがたいことだと思う。
同時に身が引き締まる思いだ。
こんなキラキラした人達と競って輝いていかなきゃいけないと実感したから。
「今回主題歌を担当されたドラマは超能力が題材ということで、チトセさんならどのような超能力が欲しいですか?」
「えー、俺ですか? うーん、あ、風見ソウさんが演じているシンヤの読心能力が良いですね。ああいうカッコいいこと言ってみたいんですよ」
「おーい、番宣はNGだぞーチトセ」
「あ、バレました?」
「はは、全く本当抜け目ないなお前は。キリュウ、何か言ってやってくれ」
「え、ちょ、お、俺!? いきなり来ましたね、スモさん」
軽快なトークに会場が温まる。
笑い声の中心で千歳くんは今日も魅力的に笑っていた。
相変わらず、千歳くんの仕事は完璧だ。
……私もこの先表に出るとすれば、ここに加わらなければいけない。
気の利いたコメントに周囲を和ませるコメント、その場その場を読んで言葉を選ばなければいけない。
あまりの難易度の高さにくらくらと眩暈がしそうだ。
自分で言い出したこととはいえ、現状と照らし合わせれば気が遠くなる。
けれど。
「まー、冗談はそこまでにしておいて、そろそろ歌のスタンバイいけるかな?」
「はい、よろしくお願いします!」
無邪気な笑顔からスッと歌手の顔に変わる千歳くんを見て、自分を叱咤する。
千歳くんがずっと戦ってきた世界。
音楽も勿論大事だけれど、音楽以外にもたくさんのことを求められている世界。
ずっとずっと、千歳くんが守ってくれたもの。
共に守るということは、逃げが許されなくなるということ。
私の代わりにいくつも責任を果たし続ける千歳くんと対等になるためには、ここで怖気てはいけないのだ。
こちらを一切見ずに仕事に専念する千歳くん。
何の疑いもみせず私の作った曲を歌ってくれる千歳くんからの信頼は常々感じる。
私だってこうして私をこの世界まで引っ張り上げてくれる千歳くんを信じている。
いつかは私もその少しだけ後ろに立って、表で千歳くんを支えるんだ。
今以上に千歳くんの魅力を引き出して輝かせてみせる。
「それでは、奏でドラマ・トクカの主題歌にもなりました新曲。『dusk』」
その声と共に、照明が落ちると、私も一緒に目を閉ざした。
静寂に包まれた会場に自分の神経を研ぎ澄ませる。
ほどなくして前奏が始まって、千歳くんのギターが重なった。
うん、今日も力強い音。
ここで歌うのは千歳くん1人。
けれど私も同じ思いでここに立っている。
昨日一緒に詰められるだけ詰めて共に音を作り上げたのだ。
どうやらその成果はしっかり出ているみたい。
期待通りに千歳くんは今日も最高の音を紡いでくれた。
「……お見事。本当面白い奴だよ、あいつは」
隣で大塚さんが言う。
千歳くんに向けられた全幅の信頼と期待がとても心地いい。
自分のことのように嬉しい。
「当たり前、ですよ? だって千歳くんは天下を取れる人だもの」
嬉しくなってそう返す私。
心底呆れたように笑って大塚さんは私の頭を小突いた。
「ソレ、千歳にも言ってやれ。アイツはちょっと自分を過小評価しすぎだ」
そう言って千歳くんを見つめる大塚さんの目は優しい。
「千依が見込んだ男がハズレなわけねえのにな」
「え?」
「何でもねえよ、独り言」
そんな会話をしている間にも曲は進む。
千歳くんの歌声はうんとこの空間に響く。
よく響く声なのに耳が痛くならなくて、ずっと聴いていたくなるような声。
千歳くんの持つものは、力強い。
笑顔も、言葉も、歌も、演奏も。
それでいて、どこか優しい。
千歳くんはとびっきりバランスが良いのだ。
誰が聴いてもすぐに分かる個性的な声質なのに、偏りなく素直に届く純粋な歌の伸び。
感受性も豊かで、表現力を底上げしている。
何かとび抜けてひとつ秀でたものがあるわけではないのかもしれない。
けれど全てにおいて近いようで遠く、遠いようで近い存在。
器用で素直で万人が好むような、そんなバランス感覚を持った人。
どこかにいそうで、どこにもいない唯一の逸材。
私は音楽人の千歳くんに対してそんな印象を持っている。
家族だからという先入観を外しても素晴らしいものを持っていると私は知っていた。
できなさそうに思えることも、何だかんででやってしまえる。
ボロボロに貶されても、見返すくらいに次は仕上げてしまえる。
やっていることの一つ一つは小さくとも、千歳くんが成長しない時はない。
音楽以外の大事なこともとことん理解している賢い兄。
そんな彼だからこそ、人の感情を読み解くことにひどく長けていて歌に心を乗せることができる。
簡単そうに見えて簡単じゃない。
技術面よりも千歳くんは表現面で輝く人。
歌うことの楽しさや魅力をいかんなく発揮するタツとは似ているけれど、同時に正反対でもある。
「まだまだ、これから」
ギュッと手を握って私はそう呟いた。
千歳くんの力を、私は再認識する。
スタジオ観覧にきたお客さん達も皆千歳くんの歌声に聴き入っている。
かなり距離のあるここから見ても、カッチリ様になっている千歳くん。
私の暗号のような音符を正確に読み解いて、私の想うままに形にしてくれる唯一の人。
さっきまで満面の笑みだった会場内が、千歳くんの紡ぐ音に支配されるこの感覚。
たまらない。
多くの人の中に入り込む音楽というものは、本当に奥が深い。
「私も、なれるかな。……なりたい」
光の中で、音を紡げる人に。
紡いだ音を多くの人の心に残せる存在に。
近いようで、うんと遠い世界。
私が目指す場所。
「できるさ、お前達なら」
大塚さんの声が、いつまでも耳に残った。
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