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本編
35.変わりゆく日常
しおりを挟む千歳くんも私も、忙殺されて気付けば新曲発売日を越えていた。
千歳くんは歌番組の収録や各方面への新曲のPRに、私はトクカの挿入曲やその他に増えてきた作曲業に、ユニットであるはずなのにお互いの顔すらまともに見れない日々が続く。
学校と仕事場を行き来して、家には寝に帰るような生活だった。
千歳くんは学校すらもあまり行けていないという。
仕事の合間に何とか時間を使って勉強をしているというのだから本当に努力家だ。
そうして何とか半日だけでもオフが取れたのは、新曲発売から数日経った日曜のことだった。
「……おお」
やって来た場所は、家からは少し距離のあるCDショップ。
生活圏内で一番大きなそのお店で、自分達の曲がどう売れているのか知りたかったのだ。
運が良ければ反応も見れるかもしれない。
そうしてお店に入った瞬間、思わず声をあげてしまう。
私達のCDはお店入ってすぐ、一番目立つ所に置かれていた。
『話題のドラマ・トクカの主題歌、ついに登場!』なんて文字が見える。
近くに小さな液晶画面があって、PVまで流してくれている。
そこで足を止めて、画面向こうでカッコよく歌う千歳くんを眺め、CDを手に取ってくれる人もちらほら。
お店に流れるBGMもまた私達の曲だ。
「ありがとう、ございます」
小さく呟いてジッと見つめた。
未だに自分が芸能人であることも作曲家として活動できていることも、こうして作った曲が大々的に取り上げられていることだって不思議でならない。
いつも一緒にいる双子の兄をテレビ越しで見ることも夢のように感じることがある。
デビューしてそれなりに月日は経ったのに、まだまだ私自身の実感は薄いようだ。
けれどこうして実際に形となったものを目にすれば、やっぱり私は嬉しくなる。
心を込めたものが、こんな大勢の耳に届くと言うのは当たり前のことではないから。
お金を払い私達の曲を買ってくれる。
どれだけ自分の実感が薄くても、自分がプロなのだと理解し身が引き締まるのはこんな時。
少しでも手に取ってくれたことを後悔しないよう。
ファンだと言ってくれる人達に恥じない曲を届け続けられるよう。
気力が湧いて来るのだ。
「頑張り、ます」
「……あれ? チエ?」
「良い曲を、作る」
「おーい、チエ?」
「がんば……、え……、……!? うわあああああ!?」
「え……、ちょ、チエ大丈夫!?」
気合を入れ直したところで声をかけられ、思わず叫んでしまった。
ついでに腰も抜かしてしまった。
家族や大塚さん以外に声をかけられることなんて滅多にないから、動揺してしまったのだ。
ああ、私の馬鹿……。
情けなく思いながら、顔を上げて謝ろうと口を開く私。
直後目に映った存在に、そのままフリーズした。
「チエ、大丈夫か? ほら」
そう手を差し伸べてくれる人は、つい最近想いを自覚した人。
ここにきてようやく、声をかけてきた人物が誰なのか理解する。
「た、タツ……?」
上擦りカラカラになった声で名を呼べば、首を傾げながらタツは苦笑していた。
相変わらず綺麗な容姿で、何だか彼の周囲だけキラキラ輝いて見える。
ふわりと良い匂いがして、胸が途端にうるさくなった。
胸が熱くなって、ふわふわと頭が痺れて、忙しい。
その顔を見たいと思うのに、何だか無性に恥ずかしくもなって顔が自然と下を向いていく。
……上手に、目を合わせられない。
明らかに挙動不審な私は、それでも何とか気力を振り絞って恐る恐る差し出された手に自分のそれを乗せる。
私の手を優しく握りしめたその人は、あくまでもゆっくりと私が立ち上がるのを補助してくれた。
「あ、あ、ありがと……ござい、ます」
「ん、どういたしまして。はは、久しぶりだから照れてる?」
私のおかしな様子にそうやって温かく笑うタツ。
眩しすぎてやっぱり視線を上げられない。
胸以外も熱くなって湯気でも出そう。
必死に首をコクコクと縦に振るしかできない私。
タツは相変わらずははっと軽く笑っていた。
「た、タツは、その、なんで、その、ここ、に?」
沈黙に耐えきれずそう尋ねる。
タツは「ん?」と声をあげてから何てことないように答えてくれた。
「あー、シュンと喧嘩しちゃって。気晴らし?」
「え!?」
その瞬間に、一瞬だけ恋情が吹っ飛んだ。
バッとタツを見上げれば、いつも通りの深い帽子の奥から気まずげな笑みが見える。
タツとシュンさんが喧嘩……?
とても想像のつかない言葉に驚くしかできない。
「け、け、喧嘩って……怒るんですか? シュンさん、が? え、え……もしかして、タツ、も?」
思わず尋ねると、なぜかそこでタツがにやりと笑みの種類を変えてきた。
「そりゃ勿論。俺ら2人共頑固だしね、こと音楽についてはしょっちゅう」
「え、えー……?」
「想像できない?」
「……はい」
「ま、いつものことだから気にしなくて良いよ。1日経てば元に戻るから」
からりとタツは笑っていて、その言葉に嘘はなさそうだ。
人付き合いというものがほぼ出来ない私にはとてもできそうにない。
すごいなあと感心してしまう。
たとえば私が千歳くんと喧嘩なんてしようものなら、きっとすごく引きずる。
それ以外手に付かなくなって何日も悩む確信がある。
でもタツはさして気にせずこうして笑っている。
私には飛び越えるどころかよじ登っても越えられそうにないハードルだ。
「シュンさんと、仲直り……できると良いですね」
「はは、うん、ありがとう。大丈夫大丈夫、あいつも俺も比較的沸点高いから」
「でも、喧嘩……」
「まあ喧嘩というか、空気がピリピリしてきたからお互い一旦距離とって冷却してるだけだよ。本当心配しないで」
人付き合いの上手な人はそうやって衝突を回避するのか……。
喧嘩する相手も、上手な喧嘩の収め方も知らない私には目から鱗の話だった。
そうやって言い合いになったり悪い空気になったりしても、自分達で修正できる2人が少し羨ましい。
私は千歳くんとくらいしかそういった本音の話は出来ない。
いや、千歳くんだって私を甘やかしてくれるから喧嘩になんてならない。
……まだまだ私が越えなければいけない壁はたくさんあるんだなあ。
そう思った。
「それにしても本当久々だね、チエ。元気だった?」
「……、あ、えと、はい!」
「そっか、それは何より。……でも少し疲れた顔してんね」
「へ!? あ、大丈夫です! 元気です」
「そっか。じゃあさ、俺とお茶でもしない?」
「え、え!?」
少し気落ちしてしまった私を気遣ってくれたのだろうか?
タツはがらりと空気を変えて私を誘う。
突然の話に混乱してまともに返答できない私はやっぱり人付き合いが下手くそだ。
驚いて目を見開いたまま固まってしまう。
イエスもノーも、当然言えていない。
「あ、もしかして忙しい?」
「い、いえ! オフ、してます」
「オフ? ああ、今日日曜か。学校休み?」
「あ! お、お、オフっていうのは学校のことで、お仕事とかじゃなくて!」
「ん? うん。仕事?」
「な、何でもないんです!」
「……ん? まあ、良いか。とりあえず時間は空いているんだね?」
咄嗟に出てきてしまった業界用語に仕事の単語。
上手に隠せず一人あわあわと取り乱す私にタツは首を傾げ何とか理解しようとしてくれる。
……理解されてしまうと私の正体がばれてしまう。
一応、私が奏のちぃであることは皆に秘密なのに。
そう思って焦って隠そうとすると、そもそも隠し事など苦手な私はすぐにボロが出る。
けれどタツは深く突っ込むことなく流されてくれた。
「いやー、チエの顔見たら何だか話したくなってさ。大丈夫、変な事しないから。お茶、どう?」
改めてそうやって誘ってくれるタツ。
ああ、私は今夢でも見ているんだろうか。
好きな人で憧れの人に、こうやってお茶に誘われるなんて私に都合が良すぎる。
だって今の会話一つ取ったってただただ私は挙動不審な変な人だ。
それなのに私と話したいと言ってくれるなんておかしな話じゃないか。
落ち着け、千依。
舞い上がっちゃ駄目だ。
タツが私を気遣って言ってくれた社交辞令というものなのかもしれない。
迷惑になるようなことは……。
「社交、辞令? 夢? 迷惑、にしか……ならない、かも?」
一気にいろんなことを考えすぎたからだろうか。
気付けば全て口からこぼれ出ていた。
目の前で吹き出すようタツが笑ったのは直後のこと。
「あはは、何か難しいこと考えてると思ったら。チエは天然だね」
「え……? あ、え……!? 口にでて……っ」
「良い、良い。そういう素直なチエのままで良いと俺は思うよ」
「ご、ごめんなさ」
「謝らなくて良いって。あと、迷惑とか全然思ってないから。純粋にチエと話したいと思っただけだよ」
「……タツ」
ああ、こんな時でもタツは優しくて温かい。
暴走してしまう私を何てことないように受け入れて、その上でまだ誘ってくれる。
じわりと涙が出てきそうになった私にやっぱりタツは笑う。
やがてその笑みはニヤリと人をからかう時のようなソレになった。
「デートしよっか、チエ」
「で、で……!?」
「あー、でも流石に女子高生にこの台詞はセクハラかなあ。まあ本人不快じゃないなら良いか? とにかく行こうか」
「え、ええええ!?」
テンポの速い会話に、パシンと素早く拾われる手。
大人が小さな子供の手をひく様な引っ張られ方で私達はお店を後にする。
ゴツゴツとしたギターだこの手が私の右手を包んでいた。
すっぽりと私の手が隠れるくらい大きなタツの手。指がとても長い。
私よりも少しだけ無機質に感じる体温。
どれも、私にはないもの。
男の人の、手。
どうしたって意識してしまって、やっぱり体中が熱い。
緊張してしまって頭もボーっとしてしまって、何が何だか分からない。
そうこうしている間に辿りついたのは全国チェーンのファミレスだ。
気付けば私はその中の椅子にタツと向かい合って座っていた。
それまでの記憶は私の中にはほとんどない。
「え、チエこの季節にアイス食べんの? 寒くない?」
「や、その、芯から冷やさなくちゃ」
「……冷やす? 冬間近の今?」
「あ、熱くて頭が……!」
「えっと…、風邪引いてんの? 大丈夫? 熱とか出てるのまさか」
「違くて! むしろ、おかしいのは、私の頭で……!」
「あー、分かった。大丈夫だから、ちょっと落ちつこうか」
そんな妙な会話しか出来ない自分が、相変わらず情けなかった。
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