ぼたん ~不器用な歌い手達が紡ぐ音~

雪見桜

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本編

36.初めての雑談

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私の対話能力は相変わらずの空回り気味で、けれど雰囲気がいつまでたっても温かいのはこの人の力なんだろう。
芸能界から遠ざかっても、こんなに目深な帽子をかぶっていてもキラキラ輝く人。
……私の、好きなひと。

「ん? チエ、どうしたの顔真っ赤にして。やっぱ熱ある?」
「い、いいえ、いいえ! これは、私の問題でっ」
「ふは、何回聞いても言葉選びが面白い」

意識した途端、すぐ体中熱くなる。
恥ずかしくて、緊張しちゃって、そして楽しい。
普通の会話でさえ難しい私なのに、恋愛なんてもっと難易度が高い。
結局どうすればいいのか分からず脳内パニック状態になってしまう。
いや、私の場合いつもこんな感じなんだろうけれど。

「あー、やっぱチエといると和むなあ」
「え、えええ……そ、それは、有り得ない」
「どうして?」
「いや! だ、だって! 私、支離滅裂じゃないですか!」
「まあ、それは否定しないけど」
「うっ……」
「でもわざとじゃないんだし、言わんとしてることは伝わるから問題ないじゃん。大事なのは中身だろ?」

相変わらず会話のおかしな私にタツは何でもないことのように笑う。
けれど、それは当たり前のことなんかじゃない。
こんな上がり症で会話一つすることさえガチガチに緊張する私は、周りからしたら絶対に歯がゆいはずだ。
場の空気が私のテンポの合わない会話でおかしくなることだって何度もあった。
自分の会話が下手なこともテンションがおかしなことも分かっている。
言いたいことが分かるから問題ないだなんて初めて言われた。
……当たり前のことなんかじゃ、ないんだ。

タツは不思議な人。
どんどんと好きな気持ちが積もっていく。
タツの目の前では何だか大丈夫な気すらしてくる。
気持ちが上を前を向いてくれる気がする。
この先も会える度にこんな風に好きになっていくんだろうか。
そう思うと恥ずかしいけど、嬉しい。
それもまた初めての感情だった。

こんな私と一緒にいて、タツは少しでも楽しいと思ってくれるだろうか?
自信はやっぱり全然持てない。
私には出来ないことが多すぎる。
それでも何とか笑みを浮かべれば、タツはにこりと笑い返して鞄から何かを取り出した。

「実は最近曲を作っててさ、シュンと喧嘩したのもそれなんだけど」
「きょ、曲! ですか……!」
「そ、コレなんだけど」

ヒラヒラと五線譜を掲げるタツ。
思わず視線でソレを追ってしまう。
タツとシュンさんの新曲……!
それだけで恐ろしく魅力的なものだ。
餌をぶら下げられた犬のように五線譜を追いかける私の顔を見て、タツはにやりと笑う。

「見たい?」
「はい! もちろんです!」

答えなんてもちろん即答だ。
尻尾でも生えていたら完全に振りきれている。
タツはそんな私に今度は爆笑した。

「あー、本当チエといると気合入るな。そんな顔されたら頑張らなきゃいけない気分になるじゃん」

タツの言っていることはよく分からない。
けれど私は差し出された五線譜に夢中だから、気にもならなかった。
ページをめくれば相変わらずそのノートは修正だらけで真っ黒だ。
けれど、この消し跡も掠れて黒くなった空白も、全部私にとっては宝に思える。
悩んで悩んで、そうやって選び抜いた音がここには詰まっている。
あの音を紡ぎ出せるタツの生みだすものが、宝じゃないわけがない。
グイグイとその中に引き込まれて、必死に音符を追う。
メロディーを頭の中で最大音量で流して、タツやシュンさんの気持ちを拾っていく。
そこに書かれた音符達は、相変わらずキラキラと明るくにぎやかだ。
なんともタツらしく、元気が湧いてきそうな音の重なり。
そして、その音達を緻密にまとめて絶妙にアンバランスさを出しているのはきっとシュンさんによるものだろう。
不協和音になりそうでならない、そしてタツの音の良さをかき消さないよう音を繋ぐその技術は、きっと彼じゃないと難しい。
これを2人が演奏する風景を頭で思い浮かべると、ワクワクが止まらない。

「うわぁ」

幸せな声があがってしまう。
この曲を歌う2人を早く見たいな、なんて思ってしまう。
すっかり私は虜になってしまっているんだろう。
タツは傍からみれば大げさにも見えそうな私の反応に、苦笑しながら口を開いた。

「俺とシュンは音楽的な方向性があんまり近くないからなあ。しかも技術的にも相当差があるし。どうにも俺の音を使うとシュンの持つ綺麗さが出ない気がしてさ……俺が曲作るの結構反対してたんだけど」

どうやらタツは相変わらず自信を持ち切れてはいないみたいだ。
そして今回の喧嘩の理由も、きっとそういったところが影響しているんだろう。
気まずげに語るその姿に、何となく察する。
気持ちを切り替えることは、そう簡単なことじゃない。
励まされたってすぐに落ち込んで、ずっと上を向き続けることは大変だ。
だからタツが悩むのも仕方がない気がした。

けれど曲を見れば、シュンさんがタツの曲を推す理由が私には分かる。
あの居酒屋で私がタツの曲を弾いた時と同じ。
タツにしか書けない曲で、タツが自覚していない魅力が詰まっている。
人を励ましてくれる、温かで力の湧く曲。
少なくとも私はこの曲を歌う2人を見てみたい。
少しでも自信を持ってもらいたかった。

「音楽性が2人それぞれ違うことは、駄目なことなんかじゃないです。違う特徴を持っていても、この曲はお互い音が喧嘩するわけじゃなくて綺麗に溶け込んでいます。とても素敵な曲、です。私は聴きたい」
「……音楽絡むと途端しっかりするよね、チエ。俺と同じく音楽バカか」
「はい! そしてタツの大ファンです!」
「ちょ、声大きい……! 恥ずかしい……!」

慌てたように声を上げて、「でもありがとう」と照れくさそうに笑うタツ。
ああ、こんな顔もすごくカッコイイ。
もう何を見てもかっこいいと思ってしまう恋愛脳になってしまった。
ドキドキと心臓は変わらず爆音で、体も緊張してギシギシを音を鳴らせていて、けれどこの空間にいるのが幸せだと感じてしまう。
恋愛って、こんなに忙しくて嬉しいものなんだと初めて知る。
今なら五線譜にたっぷりと幸せな曲が書けそうだなんて思うあたり、タツの言うとおり私は音楽バカだ。

「あー、もう終わり! チエに対する耐性が強化されるまで音楽の話いったん封印」
「え、えええ」
「……心底残念そうな顔しない、すっごい罪悪感湧く。そんで俺が傲慢になる」
「ご、ごめんなさいっ」
「いや、嬉しいんだけどね。ただ流石に照れくさいから、ここまで! 話題話題……」

顔を赤くさせてタツが大慌てで五線譜をカバンにつめる。
名残惜しげにそれを見ては、タツが「だからその顔勘弁」なんて言っていた。
そうしてしばらく視線をうろうろとさ迷わせたタツは、やがて私の私物に目が行ったようだ。

「ところでチエ今日のカバン、ずいぶんパンパンだな。あ、もしかしてテスト近いとか?」

その問いにたちまち元気だった私のオーラがしゅんと枯れてしまう。

「……明日テスト、の、補習、で」
「あー……、チエ優等生っぽく見えるけど案外苦手か」
「数学が、2ケタいかなかったんです」
「2ケタ……って、ちょ、俺より酷いなそれ。俺もバカだけどそこまでは」
「で、ですよね」
「わー、ごめん! 冗談! 俺も酷い時は12点とかあるし!」
「……2ケタで最低点数」
「だ、大丈夫だって!」

そう。
テストの成績は相変わらず、良くなかった。
ので、見かねた矢崎先生が特別に朝早く勉強を見てくれていたのだ。
先生が頭を抱えて「どうすりゃいいんだ」なんて絶望していたのを覚えている。
なかなか上手くいかない。

「……私、学校、上手くできなくて。勉強も、運動も、友達も」

ついつい愚痴混じりにそんなことを言ってしまう。
もうすでに私の弱い部分を見て受け入れてくれたタツだから、心のどこかで大丈夫だと思ってしまったんだろう。
タツはやっぱり暗い顔せずからりと笑った。

「まあ人には向き不向きあるからな。でも少なくとも友達は大丈夫だと思うぞ、俺」
「え、えええ? と、友達は一番難問です」
「だーい丈夫だって。例えばさ、チエは仲良くなりたい奴とか、憧れる奴とかクラスにいないわけ?」

仲良くなりたい人。
憧れるような人。
聞かれてクラスメイトの顔を思い浮かべれば、該当する人はすぐに浮かび上がった。

いつも千歳くんの歌を聴いて応援してくれる山岸さん。
その山岸さんの親友で面倒見のよさそうな山崎さん。
学校に行けばいつだって私の視線に入る女の子たち。
人柄も、その関係性も、学校で過ごしている時の私にとっては憧れなのかもしれない。
気付けばそっと目で追っている気がするから。

「た、ぶん。いると、思います」

答えれば、タツが興味を持って相槌を打ってくれる。
「どんなとこが良いわけ?」と、促してくれるおかげで続きを言いやすかった。
すぐに答えられる質問でもあったから。

「山岸さんは、好きなものを好きって堂々と言える人なんです。山崎さんは、すっぱり興味のないものは興味ないって言える人で。けれど、ちゃんと周りを気遣える人達で、いつもキラキラした中にいて、可愛くて、憧れてるんです」

すらりと言葉が出てくる。
ぺらぺらと長く話す私にタツは「へえ」と温度のある返事をしてくれるから、何だか私まで嬉しくなってしまった。
学校のことや日常のことを人に話せるというのはこんなに嬉しいことなのかと、そこでようやく私は気付く。
そんな存在も千歳くん以外、今までいなかったのだ。
その千歳くんだって最近はあまりに多忙でまともに会話すらできていない。
ああ、思ったより飢えていたのかもしれないと、こんな時になって実感する。
と、その時。

ぐふっ。げほっ。ごほっ。
そんな音が真後ろから聞こえた。
どうやら後ろの席の人が何かにむせたらしい。

「ちょ、真夏汚い!」
「だ、だって、ま、まさか、こっち、に話くるとか……っ! げほっ」
「話さなくて良いから。とにかく拭くよ、ここ」

そんな会話も聞こえてくる。
どこか聞き覚えのある声に、聞き覚えのある名前。
恐る恐る後ろを振り向く私。
すると、そこにはやっぱり見知った顔があった。
途端にやっとほぐれてきた緊張が再び波のように襲ってくる。
ピキッと音を立てるように固まった私を見て、山岸さんは「アハハ」と空笑いし、山崎さんは呆れたようにそんな山岸さんを見つめている。

「え、えっ……と……」

どうしてここに? と考えるだけの余裕すら私にはなかった。
ただただ気まずい。
勝手に話題に名前を挙げてしまって、もしかしたらすごく失礼なことをしてしまったような気がする。
勝手に2人のことを評価なんて偉そうな真似をしてしまった。
ああ、どうしよう。
不快だっただろうか。
よく話したこともない人から好き勝手言われて気分のいい人なんていないかもしれない。
途端に青くなる私。

「は、ハロー、中島さん?」

視線の先で、おてふき片手に山岸さんが言う。
どう反応すれば正しいのか分からない。
けれど黙ったままではきっと感じが悪い。

「は、はろー……?」

出てきた声はひどくうろたえ弱々しく揺れた、そんな声だった。



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