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本編
44.天才の傍で・前(side.千歳)
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昔から俺達はバランスの悪い双子だと言われてきた。
片や優秀で、片やひどく不器用だと。
双子の兄は優れていて、妹はひどく劣っている。
そんな評価を下す奴等が大半だった。
だけど、知らないだろう?
俺がいつだって千依に劣等感を抱き、何をやっても敵わないと思っていることなど。
千依の価値を理解できる人間は、こぞって反対の評価をするのだ。
いや、反対どころじゃない。
千依という化物を前にすると俺の存在なんて誰の目にもとまらない。
他のものなど一切無効化させて、自分の世界に引きずり込んでしまう。
その手から生みだされる音も、喉から生まれる歌声も、唯一無二の才能だ。
恐ろしい天才。
昔から、こと音楽に関しては誰もが千依をそう評価する。
千依の音を聴いただけで一人残らず目を見張り惹きつけられる。
人として何でも出来るのは俺の方。
何か一つ誰よりも突出したものを持っているのは千依の方。
俺達は昔からそんな近いようで遠い、どこかちぐはぐの双子だった。
『千歳がいてくれて助かった。あいつは器用だし音楽センスも悪くない。容姿も文句ないしな。おかげで千依の才能が埋もれず済んだ』
『……社長、千歳も才能は十分ですよ。千依がすごすぎるだけで』
『はは、分かってるさ。だがな、千依はまだまだ伸びるぞ。きっとその伸びしろは千歳の比ではないだろう。その時あの超天才に対して千歳をどこまで食い込ませるか、現実を知ってサポートするのが私達の仕事だ。千依と千歳の役割と能力は分けて考えねばならん』
いつだか事務所の社長と大塚さんがそんな会話をしているのを聞いたことがある。
大塚さんはあんな乱暴な口調を使うくせして面倒見が良く俺のことも最初から評価してくれた数少ない人物だ。
だが誰よりも自分のことは分かっていた。
世間の評価としては、社長の方が正しいということも。
この世界では主役は千依で、俺はおまけなのだ。
千依という才能は俺とはまるで次元が違う。
今ですら千依の才能についていけないことがあるというのに、この先どんどん成長されたら完全に追いつけなくなることは確実だった。
千依が成長するほど、俺の存在価値は落ちていく。
俺が足を引っ張ってしまう。
昔から分かっていたことだ、千依と自分の立ち位置が全く違うことなど。
千依の才能は化物級で俺の才能はそこそこ程度だ。
千依が本気を出した瞬間、俺の存在はすぐにのまれるだろう。
だから昔はどうしてそんな素晴らしいものを持つ千依に自信がないのか理解できなかった。
誰をも蹴散らしてしまえるほどのものを持っているのに自分を卑下し続けるのか、いっそ苛立ちすらしていた。
俺を取り囲んでちやほやする人間達は上っ面だけだ。
他に興味惹かれるものがあればあっさりと去っていく。
千依を見い出しちやほやする人間達は絶対に離れて行かないというのに。
千依にはまるで自覚がない。
才能なんてないと言いながら、自分は何もできないと口癖のように言いながら、けれどあっさりととんでもない曲を生み出す。時に一日何十曲なんて到底理解不能なペースでしかも質の恐ろしく高い曲を生み出してしまう。
これが才能じゃないなら何だというのだろうか。
少なくとも俺にはそんなもの持っていなかった。
相変わらず千依はいつだって自信なさげで、自分は劣等生だと思い込んでいる。
そうして才能をあちこちにばらまき周りの人間全員を振り向かせる。
これは俺に対する皮肉なのかと本気で考えたことすらあるほどだ。
双子として半身のようにいつも一緒に育ってきた千依。大事な俺の妹。
それでも、それだけでは割り切れない気持ちは俺の中にずっと燻っていた。
千依だけが受けるあの本気の熱い眼差しが俺には羨ましかったのだ。
少し鈍くさいところもあるけれど優しく心の広い千依を、家族として愛している。
けれど音楽家としての顔が見えると、妬ましさの方が勝ってしまう。
それが俺の小学時代の正直な気持ちだった。
「……ちーが、おかしい」
そんな千依に対する認識が変わったのは小学の終わり頃のことだ。
今でも忘れられない、千依がおかしくなり始めた頃のこと。
唯一絶対の特技である音楽を全て投げ捨てて、千依が勉強や運動に取り組んでいた事があった。
千依に友達ができたことは知っていたが詳しく話してはいなかったように思う。
その頃の俺達は互いが互いに思うところがあり少しギクシャクしていたのだ。
……いや、どちらかというと俺が千依に対する妬みで目の前を少し曇らせていたんだろう。
千依は、必死に無理を重ねていた。
上っ面だけの千依を見てその努力も認めず無理を強いてきた級友に俺が言うべきだったのではないか。
そういった後悔を今更言ったところで仕方がない。
それでも思わずにはいられないのは、血が滲むほど鉛筆を握りしめ大好きなはずのピアノもギターも触らず机にかじりついていた千依を覚えているからだ。
どんどんと顔が陰る千依が心の底から心配だったことは嘘じゃない。
しかし同時に音楽という唯一無二の才能をあっさり捨てた千依に心底腹が立ったのも事実だった。
どうして誰でも頑張ればできそうなことを必死にやって、誰にでも出来ない様なことを捨ててしまうのか。
当時の俺には理解ができなかった。
その思いが表に出ていたのだろう。
「ちー、休もうよ」
その言葉が心配からきたのは本当だ。
けれど苛立つ気持ちもきっと、混ざっていた。
俺の中の妬みが滲んでいたことに、千依が気付いていたのかは分からない。
しかし結局のところ俺は千依の気持ちに寄り添うのではなく、自分の中の理想から離れた千依の行動に納得がいかなかっただけなのだ。
どうしてあんな下らない言葉なんかに傷つくんだ。
どうしてそんなことで悩まなければいけない。
千依にはそんな奴らを蹴飛ばせるくらいの才能があるのに。
そんな思いが、きっと俺の表情や口調から漏れていたのだろう。
「何でもできる千歳くんにはなにも分かんない! 私の気持ちなんてだれにも分かんないよ!!」
千依からの初めての強い言葉に、ショックを受けた。
心配した果ての言葉がまさかの反抗で驚く。
しかしそれ以上に自分の中に流れ込んできたのはどろりと黒い醜い感情。
確かに俺は大体のことは何でも出来る。
けれど唯一のものは持っていない。
誰もが俺の上っ面だけを見て、俺の顔や能力だけを見てすり寄ってきて、そして都合が悪くなればさっさといなくなる。そんな薄いものしか俺にはないのだ。
けれど千依は違うだろう?
俺の方ができることは多いはずなのに、千依の方がずっと濃く強いものを持っている。
何でも出来るからといって何でも手に入るわけじゃない。
俺がずっと欲しかったのは、千依のような絶対のものだった。
人を掴んで離さない、そんな絶対的な何かだったはずなのに。
千依も所詮上っ面だけでしか俺を見ていなかったということなのか。
そんなわけないと分かっているくせして、カッと頭に血が上ったのが分かった。
自分でも知らぬ間に溜め込んでいたのだろう。
「何でもできる? ……ふざけんな。ちーこそ俺の気持ち何も分かってない、分かろうともしてないだろ!!」
あの時吐いた暴言。
あんなボロボロの千依を1人にしてしまったこと。
今でもあの頃のことは頭に焼きついて離れない。
結局のところ、俺が誰よりも上っ面でしかものを見れなかったんだと何度悔んだことか。
千依がどれほどの思いを抱えて日々を暮らしていたのか、理解していなかった。
もう少しだけでも、千依に寄り添えていたならば。
何か一つだけあるだけじゃこの世界は恐ろしく生きにくいと、もっと早く気付けていたならば。
人と違うというだけで否定されるこの世界が、千依にとってどれだけの負荷となっていたのか。
人間、天才だということが必ずしも幸せになるとことと同義なわけじゃないこと。
そんなこと知ろうともせずに、ただ妬み続けた醜い自分をなかったことには出来ない。
今でもたまにあの頃を夢に見る。
千依が目に映る世界全てを拒絶し閉じこもった瞬間のことを思い出す。
苦し気に息の吸い方すら忘れ倒れたあの時の映像が頭にこびりついて離れない。
普通に生きるという誰もが当たり前のように受け入れている世界は、千依にとって当たり前ではなくなってしまった。
……俺が追い詰めたのだ。
くだらない感情を千依にぶつけている場合じゃなかったというのに。
千依のSOSをスルーして、苛立ちすらして、そして孤立させた。
千依が俺に対して何を思っていたのか、分からない。
しかしいつだって千依が俺を理解しようとしてくれていたことは知っている。
俺に劣等感を持ちながらも、それでもいつだって千依は俺に決して当たることなく俺のことをすごいと褒めてくれていた。
……千依を苦しめることしか出来なかった俺のことをだ。
皆にとって当たり前のことが出来ないというのがどれだけ苦しいことなのか、俺は理解していなかった。
ただ靴ひもを結ぶだけで手を震わせる千依、ただドアを開けて外に出るというだけを何年もできなかった千依。
ひたすら謝り続けて塞ぎこむ千依を、どうすることもできなかった。
「……ごめん。ごめんな、ちー」
自分の勝手な価値観を千依にずっと押しつけ続けていたのは俺なんだろう。
そんなことをやっと理解して、それでも口から出てくる言葉は驚くほど少ない。
自分の薄さを、浅はかさを、そこまでいってやっと俺は理解する。
……千依の見る世界を、ちゃんと理解できる自分に俺はなれるだろうか。
上っ面だけではなく、底の底まで。
今思えばそれが原点なんだろう。
誰にも聞かせられない、酷い始まり。
キラキラ目を輝かせて入った世界じゃない。
泥だらけの心を少しでも綺麗にしようと、そんな汚い気持ちで始まった音楽の道。
それは、どうやっても勝てないのが分かっていたから避け続けていた世界に足を踏み入れた瞬間だ。
それでも、俺が初めて自分の意志で何かを掴み取ろうともがき始めた最初の瞬間だったんだろう。
まさかここまでのめり込むとは自分でも思わなかったけど。
何だかんだ言ってもやっぱり双子。
思った以上に似ているところはあるんだと、そんなことを知ったのも音楽を通じてだった。
片や優秀で、片やひどく不器用だと。
双子の兄は優れていて、妹はひどく劣っている。
そんな評価を下す奴等が大半だった。
だけど、知らないだろう?
俺がいつだって千依に劣等感を抱き、何をやっても敵わないと思っていることなど。
千依の価値を理解できる人間は、こぞって反対の評価をするのだ。
いや、反対どころじゃない。
千依という化物を前にすると俺の存在なんて誰の目にもとまらない。
他のものなど一切無効化させて、自分の世界に引きずり込んでしまう。
その手から生みだされる音も、喉から生まれる歌声も、唯一無二の才能だ。
恐ろしい天才。
昔から、こと音楽に関しては誰もが千依をそう評価する。
千依の音を聴いただけで一人残らず目を見張り惹きつけられる。
人として何でも出来るのは俺の方。
何か一つ誰よりも突出したものを持っているのは千依の方。
俺達は昔からそんな近いようで遠い、どこかちぐはぐの双子だった。
『千歳がいてくれて助かった。あいつは器用だし音楽センスも悪くない。容姿も文句ないしな。おかげで千依の才能が埋もれず済んだ』
『……社長、千歳も才能は十分ですよ。千依がすごすぎるだけで』
『はは、分かってるさ。だがな、千依はまだまだ伸びるぞ。きっとその伸びしろは千歳の比ではないだろう。その時あの超天才に対して千歳をどこまで食い込ませるか、現実を知ってサポートするのが私達の仕事だ。千依と千歳の役割と能力は分けて考えねばならん』
いつだか事務所の社長と大塚さんがそんな会話をしているのを聞いたことがある。
大塚さんはあんな乱暴な口調を使うくせして面倒見が良く俺のことも最初から評価してくれた数少ない人物だ。
だが誰よりも自分のことは分かっていた。
世間の評価としては、社長の方が正しいということも。
この世界では主役は千依で、俺はおまけなのだ。
千依という才能は俺とはまるで次元が違う。
今ですら千依の才能についていけないことがあるというのに、この先どんどん成長されたら完全に追いつけなくなることは確実だった。
千依が成長するほど、俺の存在価値は落ちていく。
俺が足を引っ張ってしまう。
昔から分かっていたことだ、千依と自分の立ち位置が全く違うことなど。
千依の才能は化物級で俺の才能はそこそこ程度だ。
千依が本気を出した瞬間、俺の存在はすぐにのまれるだろう。
だから昔はどうしてそんな素晴らしいものを持つ千依に自信がないのか理解できなかった。
誰をも蹴散らしてしまえるほどのものを持っているのに自分を卑下し続けるのか、いっそ苛立ちすらしていた。
俺を取り囲んでちやほやする人間達は上っ面だけだ。
他に興味惹かれるものがあればあっさりと去っていく。
千依を見い出しちやほやする人間達は絶対に離れて行かないというのに。
千依にはまるで自覚がない。
才能なんてないと言いながら、自分は何もできないと口癖のように言いながら、けれどあっさりととんでもない曲を生み出す。時に一日何十曲なんて到底理解不能なペースでしかも質の恐ろしく高い曲を生み出してしまう。
これが才能じゃないなら何だというのだろうか。
少なくとも俺にはそんなもの持っていなかった。
相変わらず千依はいつだって自信なさげで、自分は劣等生だと思い込んでいる。
そうして才能をあちこちにばらまき周りの人間全員を振り向かせる。
これは俺に対する皮肉なのかと本気で考えたことすらあるほどだ。
双子として半身のようにいつも一緒に育ってきた千依。大事な俺の妹。
それでも、それだけでは割り切れない気持ちは俺の中にずっと燻っていた。
千依だけが受けるあの本気の熱い眼差しが俺には羨ましかったのだ。
少し鈍くさいところもあるけれど優しく心の広い千依を、家族として愛している。
けれど音楽家としての顔が見えると、妬ましさの方が勝ってしまう。
それが俺の小学時代の正直な気持ちだった。
「……ちーが、おかしい」
そんな千依に対する認識が変わったのは小学の終わり頃のことだ。
今でも忘れられない、千依がおかしくなり始めた頃のこと。
唯一絶対の特技である音楽を全て投げ捨てて、千依が勉強や運動に取り組んでいた事があった。
千依に友達ができたことは知っていたが詳しく話してはいなかったように思う。
その頃の俺達は互いが互いに思うところがあり少しギクシャクしていたのだ。
……いや、どちらかというと俺が千依に対する妬みで目の前を少し曇らせていたんだろう。
千依は、必死に無理を重ねていた。
上っ面だけの千依を見てその努力も認めず無理を強いてきた級友に俺が言うべきだったのではないか。
そういった後悔を今更言ったところで仕方がない。
それでも思わずにはいられないのは、血が滲むほど鉛筆を握りしめ大好きなはずのピアノもギターも触らず机にかじりついていた千依を覚えているからだ。
どんどんと顔が陰る千依が心の底から心配だったことは嘘じゃない。
しかし同時に音楽という唯一無二の才能をあっさり捨てた千依に心底腹が立ったのも事実だった。
どうして誰でも頑張ればできそうなことを必死にやって、誰にでも出来ない様なことを捨ててしまうのか。
当時の俺には理解ができなかった。
その思いが表に出ていたのだろう。
「ちー、休もうよ」
その言葉が心配からきたのは本当だ。
けれど苛立つ気持ちもきっと、混ざっていた。
俺の中の妬みが滲んでいたことに、千依が気付いていたのかは分からない。
しかし結局のところ俺は千依の気持ちに寄り添うのではなく、自分の中の理想から離れた千依の行動に納得がいかなかっただけなのだ。
どうしてあんな下らない言葉なんかに傷つくんだ。
どうしてそんなことで悩まなければいけない。
千依にはそんな奴らを蹴飛ばせるくらいの才能があるのに。
そんな思いが、きっと俺の表情や口調から漏れていたのだろう。
「何でもできる千歳くんにはなにも分かんない! 私の気持ちなんてだれにも分かんないよ!!」
千依からの初めての強い言葉に、ショックを受けた。
心配した果ての言葉がまさかの反抗で驚く。
しかしそれ以上に自分の中に流れ込んできたのはどろりと黒い醜い感情。
確かに俺は大体のことは何でも出来る。
けれど唯一のものは持っていない。
誰もが俺の上っ面だけを見て、俺の顔や能力だけを見てすり寄ってきて、そして都合が悪くなればさっさといなくなる。そんな薄いものしか俺にはないのだ。
けれど千依は違うだろう?
俺の方ができることは多いはずなのに、千依の方がずっと濃く強いものを持っている。
何でも出来るからといって何でも手に入るわけじゃない。
俺がずっと欲しかったのは、千依のような絶対のものだった。
人を掴んで離さない、そんな絶対的な何かだったはずなのに。
千依も所詮上っ面だけでしか俺を見ていなかったということなのか。
そんなわけないと分かっているくせして、カッと頭に血が上ったのが分かった。
自分でも知らぬ間に溜め込んでいたのだろう。
「何でもできる? ……ふざけんな。ちーこそ俺の気持ち何も分かってない、分かろうともしてないだろ!!」
あの時吐いた暴言。
あんなボロボロの千依を1人にしてしまったこと。
今でもあの頃のことは頭に焼きついて離れない。
結局のところ、俺が誰よりも上っ面でしかものを見れなかったんだと何度悔んだことか。
千依がどれほどの思いを抱えて日々を暮らしていたのか、理解していなかった。
もう少しだけでも、千依に寄り添えていたならば。
何か一つだけあるだけじゃこの世界は恐ろしく生きにくいと、もっと早く気付けていたならば。
人と違うというだけで否定されるこの世界が、千依にとってどれだけの負荷となっていたのか。
人間、天才だということが必ずしも幸せになるとことと同義なわけじゃないこと。
そんなこと知ろうともせずに、ただ妬み続けた醜い自分をなかったことには出来ない。
今でもたまにあの頃を夢に見る。
千依が目に映る世界全てを拒絶し閉じこもった瞬間のことを思い出す。
苦し気に息の吸い方すら忘れ倒れたあの時の映像が頭にこびりついて離れない。
普通に生きるという誰もが当たり前のように受け入れている世界は、千依にとって当たり前ではなくなってしまった。
……俺が追い詰めたのだ。
くだらない感情を千依にぶつけている場合じゃなかったというのに。
千依のSOSをスルーして、苛立ちすらして、そして孤立させた。
千依が俺に対して何を思っていたのか、分からない。
しかしいつだって千依が俺を理解しようとしてくれていたことは知っている。
俺に劣等感を持ちながらも、それでもいつだって千依は俺に決して当たることなく俺のことをすごいと褒めてくれていた。
……千依を苦しめることしか出来なかった俺のことをだ。
皆にとって当たり前のことが出来ないというのがどれだけ苦しいことなのか、俺は理解していなかった。
ただ靴ひもを結ぶだけで手を震わせる千依、ただドアを開けて外に出るというだけを何年もできなかった千依。
ひたすら謝り続けて塞ぎこむ千依を、どうすることもできなかった。
「……ごめん。ごめんな、ちー」
自分の勝手な価値観を千依にずっと押しつけ続けていたのは俺なんだろう。
そんなことをやっと理解して、それでも口から出てくる言葉は驚くほど少ない。
自分の薄さを、浅はかさを、そこまでいってやっと俺は理解する。
……千依の見る世界を、ちゃんと理解できる自分に俺はなれるだろうか。
上っ面だけではなく、底の底まで。
今思えばそれが原点なんだろう。
誰にも聞かせられない、酷い始まり。
キラキラ目を輝かせて入った世界じゃない。
泥だらけの心を少しでも綺麗にしようと、そんな汚い気持ちで始まった音楽の道。
それは、どうやっても勝てないのが分かっていたから避け続けていた世界に足を踏み入れた瞬間だ。
それでも、俺が初めて自分の意志で何かを掴み取ろうともがき始めた最初の瞬間だったんだろう。
まさかここまでのめり込むとは自分でも思わなかったけど。
何だかんだ言ってもやっぱり双子。
思った以上に似ているところはあるんだと、そんなことを知ったのも音楽を通じてだった。
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