ぼたん ~不器用な歌い手達が紡ぐ音~

雪見桜

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本編

45.天才の傍で・後(side.千歳)

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何もかも手探りの所から始まった。
千依との関係の築き直しも、音楽も、何もかも。
何も出来ない日々は続き、何をすればいいのかすら分からない日々もまた続く。
いつまでもこのままじゃいけないことなんて、誰よりも千依が分かっていることで、必死に何かやろうと無茶しては空回る千依にストップかけるのがもっぱらの役割だった。
けれど、そんな日々はある日突然あっさりと終わりを告げる。

『たった1年の短い間でしたが、本っ当にありがとうございました!!』

耳に届いたのは、とあるアイドルの拙い歌だった。
不慮の事故により脱退を強いられた不運なアイドルの、最後の歌。
リュウという存在は知っていたが、正直それまでそこまで気にしたことなどなかった。
特別歌が上手いとも演奏が素晴らしいとも思わなかったから。
よくあるアイドルの声で、アイドルにしては少し上手なくらい。
まあ歌ではなくダンスと顔を売りにしたグループなのだから当然だが、他のアーティストと比べ歌で秀でた何かを持っていたわけではない。

けれどそんなリュウの歌が忘れられないのは、千依がいたからだ。
千依が、リュウの歌を前にホロホロと泣き出した。
まるで心の底から魂を揺さぶられたかのように、テレビにくぎ付けになり動かない。
化物とすら言われる程の天才が、天才とは決して言い難いリュウの歌に感動し涙をこぼしている。
それがどれほど俺にとって衝撃的だったか分かるだろうか。
はっきり言ってリュウのどこに千依をそこまでさせる魅力があったのか、すぐに理解できたわけじゃなかった。
何で千依がリュウの歌にそこまで救われ、お守りにしてしまうほど大事にしたのか不思議だった。
分かったのは、それこそ最近の話だ。

その時の俺に分かったのは、千依にとって音楽というものがどれほど大事なものだったのかということくらい。
音楽の世界にとって千依という存在が唯一無二のように、千依にとっても音楽は唯一絶対なのだとそれだけは強く実感する。
千依が求めればきっと、この世界は千依を受け入れてくれるだろう。
千依は多くの人から求められるような、そんな才能を持った逸材だ。

……知って欲しい、千依の才能を。
千依は何も出来ない人なんかじゃなく、むしろ誰もが出来ないことを実現出来る唯一の存在なのだと。
だから千依はもっと自信を持っても大丈夫なんだと。
自然とその思いは形となって自分の中で具体化していく。
千依と共に音楽を作るようになってからは、ますます思いは強まった。
千依と共に、千依を救った男がかつていた世界に飛び込むと決めるまで時間はかからなかった。
案外俺は根気強いらしく、そして何でも割と出来るというのは音楽でも発揮されたらしい。
ギターの基礎を覚えるのも歌の上達も早い方だったのも幸運だったのだろう。

「お前、勢いだけで歌ってんだろ。そんな押しつけの下手な歌聴かされる方が可哀想だ」
「リズムの取り方が粗すぎる、お前本当にそれでもプロかよ」

……まあ、俺自体にはこの容姿と器用さくらいしか武器がなかったから講師陣にはボロクソに言われたが。
千依の才能先行で飛び込めた世界だ、その程度の覚悟は出来ていた。
それに、それまで何でもできると言う評価ばかりされてきた俺だから、下手だ何だと言われながらも正当に評価してくれることが嬉しかったのかもしれない。
案外自分は叱られて伸びるタイプで、悔しさがバネになるタイプだったらしい。
厳しく教えられればそれだけ自分が成長するのが分かり、それでもまだ足りない。
ぐんぐんと伸びる先のあるこの世界は楽しかった。
千依の音を聴けば何が言いたいのか何となく分かったというのも大きいのだろう。
千依の作る曲を聴けば聴くほど、自分で思った以上に千依という存在が自分にとって半身なのだと実感していく。不思議な感覚だったが、千依の生みだす音がどんな感情を持つのか理解できなかったことはなかった。

そうして一つ一つまた積み重ね。
ほぼ無に近い経歴、まだまだ薄く短い人生経験、知識や技術の不足、どれをとっても不利に働くことだらけで嫌になることもあった。
けれど、自分の評価や価値が低ければ低いほど「今にみてろ」と意外に負けず嫌いな性格が顔を出す。

千依のおかげで歌は音やメロディーだけじゃないということも理解できるようになる。
歌い手によって、どんな曲だって名曲にもなれば駄曲にもなり得ると実感できるようになった頃。
そこで改めてリュウのあの脱退直前ライブ映像を見て、そこでやっと俺は理解した。

リュウが持つのは技術でも音楽的な才能でもないのかもしれない。
けれど、あいつが歌う曲には血が通っている。
歌にも表情にも体の動きも、全てから感情が伝わって来るのだ。
そこにいるだけでその場が明るくなるような、そんな人を惹きつける何かがリュウにはある。
それは音楽的ではないかもしれないけれど、間違いなく才能だ。
人を揺さぶるようなあいつの心。
伝えようとする想いが熱く濃く、けれど一方的じゃない。
人間性もあるのだろう。泥臭く、何があっても明るく前を向けるリュウの放つ音は力強い。

ああ、だから千依は救われたのだ。
これだけの熱量を持つリュウ。
それこそリュウは上っ面だけじゃなく、底の底から人を掴んで離さないタイプなのだろう。

俺も、そうなれるだろうか。
千依の持つ素晴らしい才能を、俺の歌で潰してしまわないだろうか。
いつも不安はつきまとう。
千依の底のない想像力と才能を無駄にしてしまわないだろうかというプレッシャーが重い。
いつか千依の才能が俺の限界をはるかに越えた時、俺の価値が無くなるのではないかという恐怖で魘されることもしばしばだ。
けれど、俺はリュウみたいに想いを強くのせて人を底から揺さぶれるような歌い手になりたい。

認めたくはないが、リュウは俺にとって師でありライバルのような存在だ。
千依を感動させたリュウ。
千依の才能に縋る俺。
悔しいほどに立ち位置は違う。
それでも千依の目にどう映るのか、それは俺にとって大事なひとつの指標にもなった。
まさかその後、千依がそんな俺の敵とも言える存在と出会うとまでは思わなかったけど。

千依の世界は、リュウによってどんどんと広がっていった。
ずっと傍にいた俺では無理でリュウではあっさりという事実にやっぱり面白くない気持ちにはなったけれど、千依が少しずつ前を向き始めてきたのが純粋に嬉しい。

千依がようやく人としての“普通”の人生を歩み始めた。
毎日、学校に通うようになって、テストと戦うようになって、そうしてついに友達ができたという。
少しずつ、少しずつ。
他人が見れば亀のような歩みでも着実に千依は努力を実らせていく。
良かったと、そう安堵する。

「あのね、真夏ちゃんがね、芸音祭、すごく楽しみにしてくれているんだよ。発表のあった翌日、発狂だったんだよ」
「発狂……? 相変わらず熱狂的だなあ、有難いけど」
「えへへ、嬉しいね千歳くん。千歳くんの歌声楽しみにしてくれているんだよ、真夏ちゃん」
「……うん」

ずいぶんと明るく学校の話をするようになった千依。
その口からよく話題に上るのは真夏ちゃんと萌ちゃんという2人の友人の話だ。
先日聞いたのは、俺のファンだという真夏ちゃんの話。
CDも出演番組も取材を受けた雑誌も、全てチェックしてくれているのだという。

有難いと素直に思うと同時に、少し不安にもなる。
いつか彼女が真実を知った時、その目が俺から千依の方に向くのではないかと。
音楽的な才能は段違いで千依の方が上だ。
この世界では俺に向けられた興味がすぐに千依に向いて戻らないことなど日常茶飯事だった。
それをこんな日常の中でも目の当たりにしてしまったら。
そんな思いが正直なところあった。

それでも最後に勝ったのは会ってみたいというその思いだ。
千依に友達になろうと言ってくれた子達。
人とは少しだけ違うペースで歩く千依を受け入れ、千依の良さを分かってくれた彼女達。
どんな人なのだろうと、そういう興味もまた湧いたから。

「は、じめ……マシテ?」

出会ってみれば、どうやらドッキリをかけすぎたようでキャパ越えさせてしまったらしい。
俺を見た瞬間に固まって、笑えば顔を真っ赤にしてそのまま倒れ込む女の子。
全身全霊でチトセのことを大好きだと伝えてくれる真夏ちゃん。

千依の枯れない才能を見るたびに、いつか俺はいなくても良い存在になるんじゃないかとどこか怯えていた。
けれど、もしかしたらそうじゃないかもしれない。
こんな俺にも価値を見いだしてくれる人間はいるのかもしれない。
彼女は俺にそんなことを思わせてくれた。

「ははは! 清々しいね、面白い」
「ち、ちち、千歳くん! 笑ってる場合じゃないよ、真夏ちゃんがっ」
「……この場面で爆笑って。なのに爽やかって。芸能人こわ」

もう一人の友人、萌ちゃんの方は真夏ちゃんとは正反対で素晴らしく冷静だ。
動じた様子を見せたのは一瞬で、その後は表情も変えずに真夏ちゃんと千依のフォロー役に回っている。
素直に真っすぐ千依と仲良くなってくれた真夏ちゃん。
千依を優しく見守ってくれる萌ちゃん。
どうやら新しく出来た友達は、2人とも温かな性格らしい。
これなら大丈夫だろうと、やっと心から安堵する。

千依も前に進んでいる。
……俺も負けてはいられない。
不安にばかり押しつぶされずに、前を向いていかなければ。
千依がどんどん先を行くのなら、俺も負けないくらいに成長してやる。
そう清々しく思えたのは本当に久しぶりだった。





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