ぼたん ~不器用な歌い手達が紡ぐ音~

雪見桜

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本編

57.強敵と成果

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ここ数年では一番の規模を誇るAオーディション。
応募総数2万越えの頂点を決める最終審査。
さすがに関門を突破してきたアーティストの卵達は、誰もが皆光る何かを持った存在だった。
派手な見た目も、ネタのように思える格好も、見掛け倒しではない。
実力が無い人は容赦なくふるい落とされたのだと、そう誰もが分かるほどには皆レベルが高いのだ。

「普通に今こっち側に座っててもおかしくないような人達ばっかだね」
「うん。……すごい」
「……俺は本当運が良かったな」

ぽつりとそう言葉を吐き出し、千歳くんも食い入るように見つめている。

「……お父さんの、言う通り」
「……ん、だな」

思わず零した言葉に、千歳くんは視線を舞台に向けたまま小さく苦笑していた。


『良いかい、2人とも。芸能界は過酷だ、単に演奏の上手い下手だけで生き残れる世界ではないよ。それこそとび抜けた技術でもあれば別だが、お前達クラスの技術を持った演者なんてごまんといる。勿論上もな。手を抜いた瞬間に落ちると思いなさい』

それは私達が芸能事務所と契約した時、お父さんが言ってくれたことだ。
長く音楽業界に楽器技師として身を置いてきたお父さん。
私達の夢を応援してくれているからこそ、現実を見なさいといつだって厳しく助言をくれた。
人としても音楽家としても常に謙虚に挑戦者でありなさいと、それはお父さんの口癖にもなっている。
お父さんよりしっかりしていていつも家族を引っ張っているお母さんも、お父さんのその考え方には一度だって異を唱えたことがない。

その意味が、ここにいるとよく分かった。
だってここにいる人達は一人残らず皆素晴らしい技術を持っているのだ。
歌だったり、楽器の演奏だったり、ダンスだったり、それぞれ特技は違えど皆目を瞠る技術を持っている。
きっと選考から漏れはしたものの、この人達と同様の技術力を持った人達だっているんだろう。
一言で言うならここにいる人達は皆、プロ顔負けの卵達。

技術は磨けばある程度誰だって一定のレベルまでいけると、お母さんは言っていた。
その磨く作業だってそう簡単ではないけれど、それでも乗り越える人は少なくないと。
そして、技術で開花するには上手い人達の中でも更に突き抜けるレベルじゃないと厳しいと、そう言ったのはお父さん。

そう、これだけ実力者が揃いながらそれでも今この舞台にいる人たちはデビューに届いていない。
この高いレベルですら技術的には突き抜けていないということ。
千歳くんが思わず運が良かったなんて言うのも分かる。
このオーディションの参加者達より光り秀でた何かが私達にあるだろうか。
そう思ってしまうほどに、舞台上は華やかだったから。
やっと巡ってきたチャンスを何とか手に入れようと、その熱気もあって全員輝いて見えた。

「……負けて、いられない」

思わず手を握りしめる。
視線はやっぱり食い入るように舞台へ向けたまま。
……不安になっている場合ではない。
胸を張って、彼等に負けない音を私達は当たり前のように届けなければいけないのだ。
プロとしてここにいるのだから。
案外強気な自分が顔を出して、自分でも笑ってしまう。
うん、大丈夫。
何度だってそう確認しながら、音に耳を傾ける。
ああ、私も早く音を紡ぎたいな。
そう思わせてくれる彼等に心で感謝する。
どうやら、私にとってもこの場所は刺激的で良い影響を与えてくれるようだ。


「ああ、やっぱりあの子すごい良いなあ。うちに欲しい人材だ」

そしてそんなハイレベルな参加者の中でも、1人際立って注目を浴びる存在がいた。
社長さんの声に思わず頷くのは私も同じ。

その人は、私と同い年くらいの少女だった。
白いブラウスにダメージジーンズ。
裸足ということ以外は、すぐそこの道で歩いていても不思議のない出で立ち。
髪も真っ黒のショートヘアで、なにか特別なメイクをしている訳じゃない。
けれどどこか他とは違う独特の雰囲気を纏っている。
しんと静まり返る会場、光を一心に浴びるステージの中央で彼女はギターを抱えていた。
小柄で華奢な体、ギターが不釣り合いなほど大きく見える。
それでも弦を抑えるその指には迷いがなく、紡がれた音は随分と彼女に馴染んだ。
そうして大きく息を吸いこみその人は歌う。

「……すごい」

思わず声が出てしまう。
ハスキーにも聞こえるその声は、けれど濁りがない。
銃弾のように、レーザーのように、真っすぐ会場に響く。
声質も、声量も、彼女にしかない独特のものだ。
リズムは少し甘い、テンポや音の強弱もそんなにすごく統制できているわけではない。
けれど、圧倒されて気にならない。
小さなその身体に視線が惹きつけられる。
しばらく惚けてから、慌てて資料を見直した。
弥生、さん。それが彼女の名前らしい。

「これはもう決まりかな」

どこかで誰かがそんなことを言う。
そして私の心の中でも確かに、と思う。
どこかお祭り騒ぎに近かった会場が、完全に彼女の空気に呑み込まれている。
それを目の当たりにして納得しない人はいないだろう。

「お前達の脅威になる存在だね、彼女は。うかうかしてられないぞ」
「……そろそろ来るとは思ってたけど、いきなりこれか。強敵どころじゃないんだけど」

社長さんと千歳くんがそれぞれそんなことを言った。
私は頷くしかできない。

今まで奏がここまで注目されたのは、もちろん千歳くんの実力だってあるけれど年齢に助けられていた部分も大きい。
高校生という若さでありながら作曲から歌唱まで2人でバランス良くこなせていたからこそ「すごい」と言ってくれていた部分もあるのだ。
これが20代30代だったならばどうだろうかと問われて、即答で「大丈夫」と言える程の自信は私にも千歳くんにも正直なところ無い。
若さと、千歳くんの容姿と器用さと技術。そして私の作曲。
全て揃っていたからこそ何とか軌道に乗れた私達。

けれどいつまでも若さを武器には出来ない。
少なくともこの先、若さと勢いはきっと彼女のような存在に勝てないだろう。
その類の注目度は、きっと奏から移っていく。
常に謙虚で挑戦者であれ。
お父さんの言葉をもう一度噛み締める。

そして次に頭に過ったのは、タツとシュンさんの顔だった。
一応仮にもプロとしてデビューしている私達が弥生さんを見て危機感を持つのだ。
彼女と戦わなければいけない2人に何の影響もないわけがない。

「これは、のまれるな」
「……可哀想に、次の組」
「運が悪かったとしか言えねえよ」

実際関係者席からはそんな言葉が飛び交う。
こうも強いインパクトを残されたら、余韻が残って反応が鈍くなることを皆知っていた。
弥生さんの出番は20組中10番目。
そしてタツとシュンさんの出番は12番目。
出番前にそのインパクトが薄れる可能性は、薄そうだ。

11組目のパフォーマンス。
5人組でダンスを見せる彼等の能力は、この場に相応しく高い。
歌だって決して素人とは言えない完成度を誇っている。
なのに弥生さんの余韻に支配され、会場の反応は鈍い。
空気にのまれるというのはそういうことだった。

……2人は、大丈夫だろうか。
2人の持つものが素晴らしいことを、私は知っている。
私はタツの音楽に救われ、シュンさんの音楽に引き寄せられた。
弥生さんのあの圧巻のステージを見た後でもなお、2人の音楽を信じている。
贔屓目はあるかもしれない、けれどそれを抜きにしたって2人の音が人を惹きつけるものだと私は知っている。

それでも会場が完全に弥生さんの支配下にある今、お客さん達がタツやシュンさんの声に耳を傾けられるか……それはどうにも未知数なところだった。


「続きましては、エントリーナンバー7917番・ぼたんです!」

司会の人の言葉。
ステージに響く足の音と楽器の移動する音。
自分がステージに上がってるわけでもないのに、心臓がドキドキとうるさい。
緊張してしまって頭がぼんやりとさえしてしまう私。

その中で、スポットライトを浴びた2人は堂々と入って来た。
会場中が自分達を包む雰囲気じゃないことなんて分かっているだろう。
それでも2人の背は真っすぐで、少なくとも怯んではいない。
タツは帽子のおかげで表情が見えないけれど、シュンさんはいつもと変わらない淡々とした表情。
私が知る2人の姿と何も変わらない。
ハッと我に返って、大丈夫だとそう感じたのは直感だ。

不意にタツの顔が少し上を向く。
目深な帽子のおかげで鼻から下しか見えない。
けれど、こっちを見た……?
何故だかそう分かった。
そうしてタツの口端がゆっくりと上がるものだから、私は息をのむ。
大丈夫だ、任せろ。
そう言われているような気がした。

タツが立った位置は、シュンさんの真横。
今までシュンさんを支えるように少し後ろから演奏していたというのに、今はまるでツインボーカルのように横に立っている。

……今までと違う。
明らかな変化に、私はじっと2人を見つめる。
それはタツが弦を弾いた瞬間にも、すぐに感じることが出来た。
シュンさんのキーボードと、タツのギターが混ざる。
響いてきたのはシュンさんの声……だけではなく、タツの声もだ。
正真正銘の、ツインボーカル。


「……っ、さすが、だね」

千歳くんの声が、どこか遠くに聞こえる。
2人の音が体に巡って言葉にならない。
ああ、心配なんていらなかった。
私が信じていた以上の音を、やっぱり2人は持っている。

だって今までとは全然違うのだ。
その音の強さも、音を惹きつける力も、歌い手の2人の空気感も。
顔のよく見えないタツ、表情の変わらないシュンさん。
それでも音には躍動感が溢れている。
私達の心を揺さぶるような、そんな音で満ちている。

曲の始め、会場のお客さん達の反応はやっぱり未だ弥生さんに支配されたままで鈍い。
けれど徐々に会場の目がステージに向いていく。
少しずつ、少しずつ。
けれど着実に意識をステージに向ける数が増していく。

透明感のある緻密な音、跳ねて飛び回る明るい音、正反対の音が絶妙に絡んで会場を包み始める。
血の通った、まっすぐな音楽。


『信じてみるよ、俺の力を』

タツが言っていた言葉を思い出す。
すっきりと吹っ切れたように笑って言い切ったその表情を思い出す。
フォレストから飛び出し、自分の信じる道を選んだタツの答えがそこには詰まっていた。

次第に大きくなっていくのは2人の声だけじゃない。
会場内の至る所から、声があがる。
掛け声のような、追いかけのような、相槌のような。
自然と沸き上がる多くの音に、驚くのは私達の方だ。

再び一体となって支配される場内。
ゲスト席にいる各事務所のアーティストや幹部の人達が驚いたように会場を見渡しているのが分かる。
その中でフォレストは皆一様にステージに釘付けになっていた。
シゲさんは破顔し、大地さんは泣きそうになりながら、隼人さんは目を見開き、タカさんは体を前のめりにさせている。

タツがその心を曲げることなく足掻いてきた道。
シュンさんと一緒に歩んで紡いできた音。
ぼたんとしての世界が、開けた瞬間だった。





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