ぼたん ~不器用な歌い手達が紡ぐ音~

雪見桜

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本編

58.辿り着いた場所

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努力の人で、いつだって真っ直ぐ心を届けられる人。
力強く自分の道を笑って進める憧れの人。

「やっと、形になったね彼は」

目を緩め社長さんがタツを見守る。

「……ちーの言うとおりだね。あの2人はこの先上がってくる、間違いなく」

反対からは千歳くんの放心したような、そんな声。

やっぱり、私だけじゃなかった。
タツとシュンさんの音は、ちゃんと人の心に届く音。
心から音を楽しみ、私達を引き上げてくれる温かな音色。

5年、決して短くない時間をただ一つの道の為にタツは捧げてきた。
遠回りをしながらも、それでもここまで辿り着いたタツ。
信じる道を真っすぐ進めば必ず大きく得るものがあるのだと、その身をもって証明してくれた。
またひとつ、励まされてしまったな。
そして笑んだ自分の中に苦さが少し混ざったのは、私の中にも変化が訪れたから。

「負けないよ、私。千歳くんと一緒にもっともっと上に進むって、胸を張るって決めたから」

ただの憧れでは、もうなくなっていた。
誰よりも負けたくないライバルなのだと、そうも思った。
いつだって、どれだけすごい音を聴かされても2人に胸を張れる私でありたいと誓ったから。
悔しいと思う気持ちを素直に受け入れる。
音楽以外何も出来ない私ではあるけれど、ライバルに相応しい私で居続けるんだ。
そんな自分の考えを、無鉄砲で傲慢だとはもう思わなくなった。
ちゃんと私自身が前進している証拠だと思えるようになった。

人の目は怖い。
人と話すのも、人と違うテンポの中で歩くのも、やっぱりたまらなく怖いと思う。
それでも、私は自分の足で一歩ずつでも進んでみたい。
傷ついても、落ち込んでも、それでも前に進む努力を惜しまない自分でありたい。
そんな気持ちを教えてくれた大事な人。
ギュッと手を握り締め、遠くにいるタツに心の中で声を送る。

負けません。
私だってもっと磨いて輝いて、あの舞台で待ってるから。
多くの感謝と誓いを込めて2人を見つめた後、私は目を閉ざす。

全20組の最終審査。
それからもパフォーマンスは続き、会場の熱は冷めないままで、華やかなステージは続いた。
誰がデビューしてもおかしくないとまでに言われるほどのハイレベルな戦い。
それでも、もう私は最初の時のようにハラハラしたり緊張したりはしない。
皆、やれるだけの最大限をやったのだと、そう分かったから。


「それではいよいよ結果発表です!」

だから、その言葉だって冷静に聞くことができたんだ。
全組が終結したステージ上が暗くなる。
このオーディションの審査員は会場に入ったお客さん達だ。
音楽に詳しいプロ視点ではなく、音楽を普段受け取る側の視点で選ばれる優勝者。
誰もがハイクオリティでそして必死に紡いだ音だ、どの組も強い何かがあるぶん結果の想像はつきにくい。
けれど大丈夫だと、なぜか強く感じる。

「見事デビューの切符を勝ち取った優勝者は……」

さすがにその一言の後は緊張したけれど。
私のことではないのに、バクバクと音がうるさくなって手から汗がにじみ出るのが分かった。
大きくなっていく感情を何とか抑え込んで待つ私。

「エントリーナンバー7917、ぼたんです!」

そうしてようやく訪れたその瞬間、パッと強い光が2人に当てられた。
同時に空から大量の紙吹雪。
会場が地響きのように揺れて、大喝采が湧きおこる。
今日一番の盛り上がりを見せる会場内。
その中心で、2人が見せた顔は。

「はは、良い顔」

そう。社長さんが無邪気に笑ってしまうほどの、満面の笑顔。
5年間かかって探し続けた道が、ようやく見つかった瞬間。

「……ちー、あともう少し耐えよう」
「う、ん」

熱を増し続ける目の奥に力を入れるのが大変だった。
初めてタツを見たあの会場よりもうんとこの会場は小さい。
それでも彼は変わらず光の中で輝いている。
あの時よりも強い力で。

おめでとう、タツ。
たくさんの想いがあったはずなのに、全て真っ白にぼやけて分からない。
ただただ私は光の中で輝くタツを見つめていた。

その後、ステージ上でぼたんの所属先を決める8社の争奪戦が繰り広げられる。
決定方法は、あみだくじだ。
事務所の代表アーティストが下部分の隠されたあみだくじの適当な所に線を1本書き足してから、出発点を決める。
当たりの文字に辿りついた会社が獲得決定だ。
私の事務所からは千歳くんがその役を担う。
壇上に上がった千歳くんは、何やら挑戦的な目でタツとシュンさんを見つめ笑っていた。

「……やれやれ、千歳もまだまだ子供だね」

社長さんがそうため息をつく。
ああ、そうか。
もしかしたらタツとは同じ事務所になるかもしれない。
今更そんな可能性に気付いて急に緊張してしまう。
バクバクと再び心臓が鳴り始める。

そうして運命の一本を決めたのはシュンさんの方だった。
大画面に映し出されたあみだくじの、辿る指を必死に追いかける私。
そうして決まった事務所は、残念ながら私達の会社ではなかった。
当たりから辿って辿りついた先には“シゲ”のマーク。

そう、シゲ。
それは、タツのかつての仲間の名前。
獲得したのは、フォレストの事務所だった。
壇上でニヤリと笑い何でもないようにタツやシュンさんと固く握手を交わすシゲさん。
関係者席から見守る他のフォレストメンバーも食い入るように見つめている。

ああ、とそう思う。
一度切れた糸がまた結び直された瞬間だ。
それを実感して、緩みに緩んだ涙線はついに決壊した。



「にしてもこのイベント、これだけのレベルが続くなら定番化しそうだな」
「げ、勘弁してよ……俺達の活躍の場がどんどん狭くなるじゃん」
「……お前な、いい加減自信持て。大丈夫だから」

熱狂した会場の余韻を引きずったまま、私たちは楽屋に戻ってきた。
大塚さんと千歳くんが横で会話しているのを流し聞きしながら、上の空のまま楽屋を掃除する。
今日1日に起きたことが多すぎて頭の整理も追いつかない。
どこかぼんやりした頭のまま千歳くんと2人楽屋を出る。
関係者達でザワザワと賑やかな中、遠くの方に社長さんの姿が見えた。

「え、あれ。大塚さん、あれって」
「……しばらく姿見えねえと思ったら相変わらず抜け目ねえな、うちのボスは」

こちらに歩いてくる社長さんと、後ろに1人の少女。
思わずと言った様子で千歳くんと大塚さんが息をつく。
そうしている間にも近づいてきた社長さんは、少女に笑いかけそっとその背を押した。
私達の正面にやってきたのは、弥生さんだ。
今日の審査で会場を圧倒していた小柄な参加者。
惜しくも準優勝という結果には終わったけれど、多くの人にインパクトを残した歌い手さんだ。

「やあ、3人共。スカウトしちゃったんだけど、どう思う」
「いや、どう思うも何ももうアンタその子拾う気満々だろ。別に異論はないがな」

社長さんと大塚さんがそう会話する間、弥生さんは一言も喋らない。
喋ることなく強い目力で私達を睨むように見つめていた。

「久田ああ! お前なに勝手に抜け駆けしてんだ! その子と契約したいのはこっちも同じだ!!」
「ああ、すみませんね。しかし彼女がウチに入りたいと言ってくれたので連れてきたんですよ。本人の意思がある以上、こちらで面倒見させていただきます」

後ろで何だか社長さんが他の事務所の人達と談笑している。
談笑……といって良いのか分からないけれど、社長さんは鉄壁の笑顔だ。
社長さんと弥生さん、どちらに意識を向ければ良いのか分からない私をよそに、千歳くんは仕事用の笑みを浮かべて弥生さんに向き合った。

「へえ、ウチ希望なんだ弥生ちゃん。俺達の初めての後輩かな? それにしても何で? 言っちゃアレだけど、ウチ小さな事務所だよ?」

そう優しく聞くと、やっぱりキッと睨むようにして千歳くんと視線を合わせる弥生さん。
私の視線も自然と弥生さんの方に吸い寄せられる。

「決まってるでしょ。あんた達を潰すためよ」

小柄な外見とはやっぱりかけ離れたような逞しい声で弥生さんが言った。
その言葉を受けて千歳くんはポカンとしているし、私はさらに固まってしまう。
つ、潰す……?
不穏すぎる言葉にどう反応すればいいのか分からない。
答えをくれたのは、その発言をした本人だった。

「私と近い歳して話題かっさらっていくあんた達が気に入らないのよ。絶対私の方が良いのに! あんた達が活躍して私が活躍できない世界なんておかしいわ、正しい常識に塗り替えてやる!」


どうやら思った以上に彼女は気の強い性格らしい。
ビシッと音がなりそうなほど勢いよく指をさされ睨まれる。

敵対視、されているのだろうか?
そう思ったし、実際に弥生さんの視線は厳しく言葉も厳しい。
けれど何故だか怖いとは思わない。
それどころか胸に湧いたのは喜びだ。
こうして私達を意識してライバル視してくれたことが、嬉しかった。

「あ、ありがとう、ございます……!」
「はあ?」

こうやって堂々と宣戦布告してくれる存在はそういない。
だから思わず感謝の言葉が出てきてしまう。
弥生さんは、理解できないとばかりに顔を思いっきり歪めているけれど。

「……バカなの、あんた」

明らかに変なものを見るような目で弥生さんが息をつく。
あれ、何故呆れられているんだろうか?
考えている間に前をすっと影が通った。
私を庇うように千歳くんが私と弥生さんの間に入る。


「あはは、初対面の人相手にいきなりバカはいただけないと思うなあ。俺達潰す前に、まず芸能人として最低限のスキル磨いたら? ああ、ごめんごめん。人としての間違いだった」
「な、あ、アンタ性格悪っ、胡散臭いとは思ってたけどやっぱり極悪非道」
「酷い言われ様だなあ。うちの大事な相方にバカなんて言う子供に性格悪いとか言われたくないんだけどね」
「な、な……子供ですって!?」

ああ、千歳くんまたプツリと感情を切ってしまったようだ。
にこりと綺麗すぎる笑みで本格的に弥生さんに応戦している。
少し押され気味の弥生さんはそれでも負けじと声を張り上げ言い返していた。
何事かとどんどん集まる周囲の視線。
ひぃっと私は軽く声を上げて、千歳くんにしがみつく。

「ち、千歳くん! ここ、外、外だよ! 落ちついて?」
「ちー、心配してくれてありがとう。でも大丈夫、出た杭は徹底的に打ち潰さなきゃね」
「そ、そんなことわざないよ……!? 落ちついてー!」

慌てて止めに入るも、もはや私の弱いストッパーなんて何の歯止めにもならなかった。
結局千歳くんと弥生さんが落ち着いたのは5分近く後のこと。
当然のことながら、大塚さんからはこってりと叱られた。

「まあ、でもようこそウチの事務所へ。仕方ない、歓迎してあげる」
「……何よ、偉そうに。まあ、迎えられてあげなくもないけど」
「よ、よろしくお願いします、弥生さん」
「ちょっと、先輩なのに止めてよね敬語とか。……よろしく」

こうして私の元に初めての後輩ができた。
賑やかな形で私達のもとにも少しずつ絆が出来上がっていく。

一歩一歩、私も進んでいく。
今日のあのタツの輝きに負けないように。
約束の地へと向かって。


「何だ、随分騒がしいな」
「ふは、やっぱり面白い」
「……どこでも相変わらず、だな」
「ん? どうした2人とも」
「いや、何でもないぞ大地」
「気にしないで下さい」

少し離れた所から2人がそんな私を見ていたと知ったのは、ずいぶん後になってからだった。





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