ぼたん ~不器用な歌い手達が紡ぐ音~

雪見桜

文字の大きさ
75 / 88
番外編

萌の事情3

しおりを挟む

「良い友達持って良かったな、萌」

真夏と千依が帰った後、央はそう言って私の頭を撫でた。
「うん」とも「別に」とも言えない私に、央は気にした様子もなく笑顔のままだ。

昔から央は少しも変わらない。
面倒見がよく、優しく、頼りがいがあって、同い年なのに兄のような安心感がある人。
正直私には勿体ないくらいだ。
家が隣同士で昔から接点がなければ、私なんてきっと央の目にはとまらなかったと思う。


「お前また何か後ろ向きなこと考えてんだろ。仕方ないな、ほら、こっち来い」
「……別に、何も考えてない」
「今さら繕ったって無駄。良いから来い」

きっと真夏や千依が見たら驚くんだろう。
央と2人きりになると、私はどうにも甘え症になってしまうらしい。
央の優しい声に抗えず、近くまでいくとすっぽりと包みこまれた。
私は、央にこうして緩く抱きしめられるのが好きだ。
守ってくれているようで安心する。

「2人きりになれる時間少ないんだから、甘えられるときぐらい甘えろよ」

央はいつもそうやって私を甘やかす。
もう散々甘えているのに、それでもまだ甘えて良いと許可をくれる。
このままだと本当に1人で立つ力も無くなりそうだと密かに危機感を覚えるこのごろ。
それでもやっぱりこの場所が心地良いんだからどうしようもない。

「仕事、どうなの」
「ん? あー、今のとこまだ精一杯だな。仕事も礼儀作法とかも覚えることだらけで余裕がない」
「ふーん」
「でも楽しいよ。充実してる」
「そう、良かった」

央が声優になったと知ったのは高校生2年になったばかりの頃。
声優学校に通っていたのは知っていたけど、まさかプロに引き抜かれる程の才能を央が持っているとまでは思っていなくて、ひどく驚いたのをよく覚えている。

昔から私は外で遊びまわるより、家の中で本を見るのが好きな子供だった。
ジャンル問わず人が生みだす物語の世界が大好きで、いつだって本や舞台映像、ゲームを探してはその世界に没頭する。そんな幼少時代だ。
宮下家は兄弟が多くて、その分本も漫画もゲームだって山のようにあって、私は入り浸りだった。

皆で集まってよく本を貸し合い読み合う。
央からは少年漫画を、私からは少女向けのファンタジー本を、弟達は戦隊ものだったり乗り物系だったり、とにかく全員ジャンルは雑多だ。
私や央にとってはそんな風にお互いの好きなジャンルを紹介し合っては語り合うのが当たり前の日常だった。

そうして読者側から創り出す側へと央の気持ちが傾いていったのは中学に入り始めた頃から。
とにかく行動力のあった央は、高校入学と同時に親を説得して声優の学校に通い始める。
正直なところ、趣味や習い事の一環くらいにしか私も央のご両親も思ってはいなかった。
声優の世界が厳しい競争社会であることも、それを仕事として生計を立てることも、とても難しく狭き門であることを知っていたから。
……まさか、早々に才能を見出され大手事務所から引き抜かれるだなんて誰も想像していなかった。

央は私達皆が想像していなかったスピードでプロの階段を上る。
今まで当たり前のように一緒にいた宮下家と私の中から、央だけがいなくなった。
一読者の私達、作品を生み出す方へと立場を変えた央。
テレビから慣れ親しんだ声が届くたび、どうにも不思議で実感が湧くまでだって随分時間がかかった。
そうして仕事が軌道に乗り始めて、少しずつ多忙になる央と会えない時間が増すごとに私は思い知るのだ。
ああ、私って央のことが好きなのだと。

『なあ、もしかして萌も俺のこと好きか?』

央にばれたのはいつからだろうか。
世間話のついでくらいあっさりと言われた言葉。
やっぱり私は頷くことも返事をすることも出来なくて、ただただ固まっていた。
私自身も全くついていけない間に、私と央は恋人同士になる。

私は、他の人と比べて感情が表に出てこないだけで決して落ち着いた性格ではなかった。
当たり前のように央に触れられると、どうすれば良いのか分からず押し黙ってしまう。
央から恋人らしいことを言われると、固まって動けなくなってしまう。
ただただ戸惑って自分からは中々行動できない。
それでも央はいつも笑ってどうすれば良いのか分からない私を導いてくれる。

本当に落ち着いている人というのは、きっと央のような人なんだろう。
いつだって笑みを絶やさず、私の不器用さにも寛容で、いつも自分から動くことのできる人。
私にとって央は人生の先生のような、そんな人だ。
けれどそんな央でも、さすがに千依のことは本当に動揺したらしい。


「にしても中島のことは本気で驚いた……未だに信じられねえ」


央が2度も3度もこうして言葉を繰り返すのは珍しい。
そういえば初めて千依と央が職場で鉢合わせした時も、珍しいくらいの慌てようだった。
仕事終わりに電話が来たかと思えば5分くらいずっと興奮した様子で千依との出来事を教えてくれたことを思い出す。
本当にそこまで央が動揺するのは中々ないのだ。
央をここまでさせてしまうのだから、千依は本当に大物だと思う。
本人は気付いていないだろうけれど。


「央もごめん。千依のことずっと黙ってて」
「良いって、言えないの分かってるし。しかしあの中島がなあ」
「私も驚いた。でも千歳さんとセットの所見たらもうね」
「ああ、何だ。チトセさんの方とも会ったことあるのか。いや、確かに良く見ると中島ってチトセさんと似てるんだよな。普段あの髪形と眼鏡で気付きにくいけど」
「頑張ってるよ、千依も」
「……だな。ずっと一生懸命なとこ見てたから、少しずつ実になってんの見るのは嬉しいわ。最近じゃ人と話すのもだいぶスムーズになってきてるし」
「へえ、央も千依のことずっと見てたんだ」
「先に中島のこと気にかけてたのお前だろ? で、ちょっと話してみたら返事は上手く返ってこなかったけど悪い奴じゃないのは分かったから密かに応援してた」

央にも秘密にしてきた千依の正体。
千依や真夏に隠してきた央のこと。
何でも秘密にして話さなかった私のことを、皆笑って許してくれた。
央も千依も真夏も、「言えなくて普通だ」とあっさり認めてお礼まで言ってくれる。
私の好きな人を大事にしてくれる私の友達。
私の友達を一緒に見守ってくれる私の恋人。
人に恵まれたからこそ、私が落ち着いて自分らしくいられるのだとそう素直に口に出来たら少しでも大事な人達は喜んでくれるだろうか。

「やっぱりお前は良い友達に恵まれたんだな」
「……なに、急に」
「いや、だって萌の表情、高校になってからすごい明るくなったからさ。山岸と中島のおかげだなと思って」
「……なんか央お母さんみたい」
「……照れ隠しなのは分かるけどお母さんは止めて。せめてお兄さんで」

相変わらず私の口は素直になれず、減らず口ばかり叩いてしまう。
呆れたように笑いながら、それでも「仕方ない奴だな」なんて頭を撫でてくれる央に私はやっぱり何も返せない。
それでも笑ってくれるから、どんどん私は央に甘えてしまう。

「親友だよ。2人とも、大事な」

小さく呟けばたちまち嬉しそうに央が破顔するものだから、私はやっぱり央には敵わない。
私もこういう大きな人に、なりたい。
憧れは募るばかりだ。

「良かったな、山岸と中島がいて」
「……うん」

ようやく素直になり始めた私は、真夏と千依の顔を頭に浮かべる。
ガサツだから何だというのだ。
人見知りが激しいから何だというのだ。
私の親友たちは、2人とも温かくて優しくて可愛い。
私には無いものを多く持っている。
央と同じで、憧れる部分がたくさんあるのだ。

きっとあの2人は私が今までまともに友達を作れたことがないのだと言えば驚くだろう。
意外だなんて言うかもしれない。
こんな不器用な部分すら私は上手く人に見せられない。
知っているのは央だけだ。

これまでのあまりに情けなくて不器用な自分。
素直に思い出せたのは、やっぱり2人のおかげなんだろう。
久しぶりに、私はそれぞれと友達になった頃のことを思い出していた。


















しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

【完結】元恋人と、今日から同僚です

紗和木 りん
恋愛
女性向けライフスタイル誌・編集部で働く結城真帆(29)。 仕事一筋で生きてきた彼女の前に、ある日突然、五年前に別れた元恋人が現れた。 「今日から、この部署に配属になった」 そう告げたのは、穏やかで理性的な朝倉。 かつて、将来や価値観のすれ違いから別れた相手だ。 仕事として割り切ろうと距離を取る真帆だったが、過去の別れが誤解と説明不足によるものだったことが少しずつ見えてくる。 恋愛から逃げてきた女と、想いを言葉にできなかった男。 仕事も感情も投げ出さず、逃げずに選び直した先にあるのは「やり直し」ではなく……。 元恋人と同僚になった二人。 仕事から始まる新しい恋の物語。

ヒ・ミ・ツ~許嫁は兄の親友~(旧:遠回りして気付いた想い)[完]

麻沙綺
恋愛
ごく普通の家庭で育っている女の子のはずが、実は……。 お兄ちゃんの親友に溺愛されるが、それを煩わしいとさえ感じてる主人公。いつしかそれが当たり前に……。 視線がコロコロ変わります。 なろうでもあげていますが、改稿しつつあげていきますので、なろうとは多少異なる部分もあると思いますが、宜しくお願い致します。

幸せのありか

神室さち
恋愛
 兄の解雇に伴って、本社に呼び戻された氷川哉(ひかわさい)は兄の仕事の後始末とも言える関係企業の整理合理化を進めていた。  決定を下した日、彼のもとに行野樹理(ゆきのじゅり)と名乗る高校生の少女がやってくる。父親の会社との取引を継続してくれるようにと。  哉は、人生というゲームの余興に、一年以内に哉の提示する再建計画をやり遂げれば、以降も取引を続行することを決める。  担保として、樹理を差し出すのならと。止める両親を振りきり、樹理は彼のもとへ行くことを決意した。  とかなんとか書きつつ、幸せのありかを探すお話。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 自サイトに掲載していた作品を、閉鎖により移行。 視点がちょいちょい変わるので、タイトルに記載。 キリのいいところで切るので各話の文字数は一定ではありません。 ものすごく短いページもあります。サクサク更新する予定。 本日何話目、とかの注意は特に入りません。しおりで対応していただけるとありがたいです。 別小説「やさしいキスの見つけ方」のスピンオフとして生まれた作品ですが、メインは単独でも読めます。 直接的な表現はないので全年齢で公開します。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

処理中です...