ぼたん ~不器用な歌い手達が紡ぐ音~

雪見桜

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番外編

千依と竜也1

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多くの人に支えられ続けた10年だったと思う。
人よりうんと遅くしか歩けなかった私の周りにはいつだって手を差し出してくれる人がいた。
私は、頼るしかできなかったあの頃から少しは頼られる側へと変われただろうか?
もらったものを少しでも返せるような自分になっているのだろうか?
答えは、まだ分からない。
自信もまだ持ちきれない。
けれど、少しずつでも自分の足で目で口で耳で多くを感じて生きていきたい。
なりたい自分に、近づき続ける努力だけは続けていきたい。
……叶うのなら、彼と一緒に。

「本日はお越し下さいまして本当にありがとうございました! これからも奏、突っ走っていきます!!」
「ありがとうございました……! お、お気を付けてお帰り下さい!」

デビューから10年。
16歳だった私達は26歳になった。
音楽に向かい合うことで精一杯で、日常生活もままならなくて、立っていることすら危ういような、そんなぽんこつだった日々も懐かしく思えるほどの月日が経っている。
相変わらず私は少しズレていて、人より歩みは遅くて、それでも小さなことを積み重ねてきた意味がやっと最近になって形になってきた。

日本音楽文化ホール。
私達の憧れであり目標であったこの会場。
こうして単独ライブを行い、光の中心で音を奏でることが日常になった今の私。
10年前じゃ考えられなかったような夢の世界は、こうして現実のものとなって目の前に現れている。
常に人目に晒されることも、常に評価されながら音楽をすることも、少しずつ受け入れられるようになっていった。

「ちー、ごめん音間違えて。フォローありがとう」
「うん、大丈夫だよ。お疲れ様、千歳くん。熱の方は大丈夫?」
「何とかね。本当ごめんな、この大事な時期に風邪なんか引いて」
「ううん。でも心配、早く良くなると良いね。」

やっと、私は千歳くんと支え合いながら仕事ができるようになったんだと思う。
表舞台に立ってからトークでちゃんと言葉を返せるようになるまで3年。
自分の意志を言葉にして発信できるようになるまでさらに3年。
そして、最近になってやっといつも支えられっぱなしだった千歳くんのフォローができるだけ周りを見渡せるようになった。
いつも応援してくれる家族に心配してくれる親友、志を同じくする仲間、背中を押してくれるファンの人達。そして、いつも心に寄り添ってくれる大事な恋人。
10年前まで想像できなかったくらい私の世界は広がった。
そのおかげで、人との関わりもちゃんと理解できるようになってきたんだろう。
少しずつでも、ちゃんと進めてこれたことが素直に嬉しい。

「お疲れさん。千歳、体調大丈夫か」
「大塚さんお疲れ。大丈夫、大したことないから」
「ま、これでライブもひと段落だし、今回は3日もオフなんだ。ゆっくり休め……って言ってやりたいとこなんだがな」
「え、なに。なんかあった」
「ああ、あった。千依、お前の方に」

そんな充実した生活の中、事が起きたのは10周年ライブツアーの最終日のことだった。
大塚さんが私の方を見て複雑な顔をしている。
それでも、私には何か特別言われるような心当たりがない。

「えっと、私、何かしましたか?」

素直に聞いてみれば、大塚さんにしては珍しく歯切れの悪い言葉が続いた。

「あー……、いや。悪いことは何もしてねえんだよな。よくもった方だしなあ」
「え、えっと……何の話」
「……ちょっと待った。それまさか」
「ああ、当たり」

大塚さんの発する少ない情報量で何やら正確に情報を把握したらしい千歳くん。
大きくため息をついて、大塚さんと同じ様に複雑な顔をした。

「あー……、ついに来ちゃったか。騒ぎにならないわけないよね、これ」
「無理だろ。10周年だぞ、今年。おまけに海外公演決まって注目度高まってる時期に狙われたな」
「……あっちが落ちぶれてくれてればもう少し静かになるかと思ったけど、そうもいかないよな」
「お前真顔で怖いこと言うな。今や芸音祭の常連だぞ、あちらさんも。落ちる気配すらねえよ」
「だよなあ。しばらくは追いかけ回されるよね、コレ。……俺マスコミ少しトラウマなんだけど」
「お前でさえそうなんだから、千依だと更にだよなあ」
「まあでも昔ならまだしも、今ならもう大丈夫だと思うけどね。俺もフォローするし」

相変わらずこういう話の流れにはついていけずただ首を傾げるしかない私。
私に関わる話のはずなのに、何が起きているのか全然理解できない。
そんな私の状況なんて長い付き合いで知りつくしている2人が私の方を向く。
説明してくれようとしたその瞬間、けれどその答えは私の真後ろからやってきた。

「大塚さん、ぼたん側から連絡来たぞ。ちーとタツの交際、もうそのまま認めて公表しようってよ」

そうして告げられた言葉にピキッと固まる私。
私と、タツの交際……?
その意味を理解した瞬間、思考が全て真っ白に飛んだ。

「流石に気付いたか千依。そう、お前ら撮られたぞ週刊誌に」

大塚さんが小さなため息とともにそう言う。
情報を持ってきたアイアイさんが私の様子に気付いてバンバンと背中を力強く叩いた。

「安心しろ、ちー。お前らのことは誰も反対してねえから!」
「う、う……ん」
「むしろよくここまで隠し通した、偉いぞちー!」
「……ハイ」
「マスコミの取材攻撃だけ頑張れよ!」
「……うぅ」

そう、タツとの交際が世間に知られるのは良いんだ。
顔を表に出す仕事をしている以上、隠し通せるわけがないから。
けれど、それでもやっぱりまだ大勢の人前や注目は苦手に思ってしまう。
音楽以外の部分では特に。
2年前、千歳くんが電撃的な結婚発表をした時のマスコミ攻撃を見ているぶん、あれが来るのだと思うと尚更体が強張ってしまう。
いつかはそうなると覚悟を決めていたつもりだったけれど、全然できていなかったらしいと今になって痛感する。

「藍、千依緊張させてどうすんだよ。ほれ、千依。電話」
「でん、わ……?」
「おーおー、予想通り動揺して。タツからだ、少しでも話しとけ」
「た、タツ……?」

もう10年の付き合いともなると、私の大部分は大塚さんにも筒抜けだ。
激しく動揺してカタコトになっている私相手に顔色も一切変えずに電話を差し出してくれた。
どうやら私がアイアイさんと話している間に連絡を取ってくれたらしい。

「も、もし、もも」
『ふは、久しぶりだな呂律絡まってんの。千依、大丈夫?』

そして繋がった先のもう一人の当事者は、私とは違いとても落ち着いていた。
タツの笑い声と低くてホッとする声を聞いて、一気に言葉が戻ってくる。

「た、タツ……ど、どうしよう。乗り切れる気が」
『俺もいるんだから大丈夫だって。ほら、深呼吸』
「う……ごめんね、いつもこんなで」
『良いよ、慣れてるし。それより、これからそっちの事務所行くから。だからそこで今後のこととかゆっくり話そう』
「へ、き、来てくれるの?」
『ああ。普通なら余計な接触しない方が良いんだろうけど、俺らの場合別に隠す必要もないから問題ないだろ』

相変わらずグイグイと私を引っ張り上げてくれるタツ。
相変わらず頼りっきりな自分。
嬉しさと情けなさと、感情が混ざり合って微妙な表情をしていると思う。
けれど、やっぱり最後に勝るのは会えるという喜びだ。

「ありがとう、タツ。待ってるね」
『……ん』

私にとって大変な事態だというのに、心が弾んでしまう。

「あー、タツ恨めしい。本当、恨めしい」
「……いい加減シスコン卒業しろ、お前は。嫁に逃げられんぞ、そんなんじゃ」
「良いじゃねえか、千歳。ちーがあんな顔するくらい大事にされてるってことだろ。良い男捕まえて幸せコースだぞ」
「そういうことじゃないんだよ、アイアイ。分かってても複雑なもんなんだよ」

そんな会話は私の耳には届いていなかった。



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