憧れの彼は一途で優しくて時々イジワル

RIKA

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二章

おまけ2 ※永瀬視点

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***おまけ1の更に数日後のお話***

月次報告会が開催されるその日、永瀬は久しぶりにB社を訪れていた。
課長昇進を機にB社の営業担当は部下に引き継いだ。
今ではこうして数ヶ月に一度、月次報告会のために来る程度だ。
この時、まずは実態を把握するために現場メンバーと雑談混じりの会話をして、その後に部下と現場責任者の成宮なりみやと報告会に向かうのが恒例だ。
しかし今日に限っては先に二人を見送り、もう暫く執務スペースに留まることにした――顧客責任者にして町谷の夫である嶋井しまいに個人的なお礼を伝えるためだ。
本部長ということもあり、基本的に予定がぎっしり詰まっている彼を約束アポなしで捕まえるのは至難の業である。例えそれが昼休憩時間だろうと危うい。
だから仕事以外で確実に話したい時は、こんな風に次の予定との移動時間が一番のねらい目だと知っていた。

「――経理DX、上の承認がおり次第PJプロジェクト開始になるから準備進めておいて」

月次報告会の約10分前、前の会議を終えた嶋井が部下と共に執務スペースに戻ってきた。
その顔は少し険しい。決して機嫌が良いわけではないようだと推察して永瀬は少し緊張した。
これがこの後の月次報告会に影響しなければいいのだが…。

嶋井は自席の椅子に腰を下ろすと、悩ましい表情で部下を見上げた。

「問題は経理への説明か…さて話が通じるかどうか」

どうですかね、と相槌を打ったのは嶋井の部下の長谷川はせがわだ。社内屈指の精鋭部隊と呼ばれるこの部署で、嶋井の右腕として活躍する人物だった。

「特に運用フローを変えるとなると説得は容易ではないかと。下手したら現行の手順をそのままシステム化したいと言い出しかねません。それで効率化が図れるならまだいいんですが、是非を探るのにも骨が折れそうです」
「全くだよ。アプローチ方法は一旦検討する。とりあえずPJ方針と要件を整理した資料だけ先にまとめてくれるか」
「承知しました」

長谷川は頷き、嶋井に一礼して自席へと戻って行く。
嶋井は腕時計をちらりと見るとノートPCを開き、カタカタとキーボードを叩きはじめた。おそらく急ぎのメールに返信しているのだろう。
そして少しすると思考を切り替えるように一つ息を吐き、PCを閉じて席を立つ。時間的に、月次報告会へ向かうに違いない。
待ちかねたチャンスをようやく見つけて、永瀬はメンバー達に別れを告げるとその背中を追った。

「嶋井さん」

執務スペースを出た廊下で呼び止めると、その声に嶋井が振り返った。

「ああ、永瀬くん。どうも、お世話様」

返ってきた声音は柔らかい。そのことに内心安堵しながら永瀬は続けた。

「お世話になっております。本日の月次報告会、よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ。どう?最近は」
「おかげさまで忙しくしております。暫くご挨拶に伺えず申し訳ありません」
「気にしてないよ。担当から外れたんだし。澤谷さわたにくんもよく動いてくれてるから、不満はない」

その言葉を聞いて永瀬はほっとした。
大口顧客であるB社に適当な担当者はつけられない。
故に後任には澤谷という優秀な部下をつけたのだが、どうやら上手くやれているようだ。

「安心しました。もし何かあればすぐ駆けつけますので、いつでもご連絡ください。…ところで、実は個人的なお話をしたくて。会議室までご一緒してよろしいですか」
「もちろん」
「ありがとうございます。――改めて、ショッピングモールの件、お力添えいただきましてありがとうございました」
横に並んで歩き出しながら言ったら、嶋井が「ああ、そのことね」と思い出したように笑った。

実はあの後電話でお礼は伝えたものの、こうして面と向かって話す機会になかなか恵まれずにいたのだ。
お互いに多忙なので、顔を合わせたらどうしても仕事の話が優先になる。だからこうしてプライベートの話をするのは、彼に町谷を連れ出してほしいと相談したあの日以来だ。

――そう、香澄とのことを町谷に打ち明けようと決めたとき、まっさきに思い浮かんだのが彼だった。
打ち明けた時の町谷の反応など想像するまでもなく分かり切っていたから、夫である彼なら町谷を上手く宥めることができると思ったからだ。
そこで月次報告の後にそのことを相談したところ、妻の性格を良くも悪くも熟知している彼は、永瀬が懸念を口にする前に全て理解して了承してくれた。
そしてそれから間もない週末、約束どおり隣県のショッピングモールまでわざわざ町谷を連れ出してくれたのだ。

休日にも関わらず自分の我儘に付き合ってくれたのだと思うと本当にありがたい。
だが彼はそういう人だ。仕事以外の雑談ができるようになってからというもの、一見冷たそうに見えても実はけっこう人情があることを永瀬は知っていた。

「あの後、町谷大丈夫でしたか?」
「うん。しばらく悶々としてたけどステーキ食べたら機嫌なおしてたよ。一応、他人の恋愛に口挟むなって釘刺しておいたんだけど効果あったかな」

言われて、永瀬は納得した。

「やっぱり嶋井さんのおかげだったんですね。効果覿面だったみたいです。おかげで俺も彼女もめんどくさい追及をされずにすみました」
「ならよかった」
「いろいろとお手数おかけしまして申し訳ありません」
「いや。噂の後輩に会えたし、なかなか面白いものも見れたからなんか楽しかった。――そういえば、社内にバラしたって?」

揶揄からかうように言われて、永瀬は思わず苦笑した。
それを知っているということは、町谷から聞かされたのだろう。
二人の間で自分のことが話題にあがるのはなんだか気恥ずかしく、奇妙に感じる。
というのも、永瀬にとって、彼が町谷を人生の伴侶に選んだことは今でも理解しがたい最大の謎なのだ。
だが自分が香澄にどうしようもなく惹かれるように、この二人にもお互いにしか通じない何かがあるのだろう。
それは例えるなら、一種の毒なようなものだと思う。気付けば体中に回って、身体も思考も全て支配されて――それなしでは、生きていけなくなる。
そしてそんな唯一無二の存在を、人は運命と呼ぶのかもしれない。

「はい、その方が都合良さそうだったんで。まあ、我慢できなくなったとも言えますが。ただ、そのことでも町谷を巻き込んでしまいまして」
「知ってる。その日の夜、めちゃくちゃ怒ってたから。次の日の朝も説教してやるって息巻いてたけど、夜にはピザの食べ放題行けるんだって喜んでたから、またうまく丸め込まれたんだなと」
「幸いなことに、食べ物をちらつかせれば大概のことはなんとかなるので。扱いやすくて非常に助かります」

その言葉に嶋井は声をあげて笑った。

「しかし永瀬くんがそこまでするとは、ちょっと意外。よっぽど惚れ込んでんの?」
「失礼を承知で申し上げますが、そのお言葉、そっくりそのままお返しします」
「はは、言うね」

永瀬の言葉は図星だったらしい。
もっとも、そうでなければ町谷の送別会で自ら関係を匂わせたりなどしないはずなので、分かりきったことではある。
珍しく返す言葉もない嶋井だが、それすら愉快とばかりに笑っている。

「特に社内だと周りに色々言われたり気を遣ったりするだろうけど、頑張って守り抜いて」
「無論、そのつもりです。ありがとうございます」

嶋井のエールに永瀬は強い覚悟で頷いた。
言われるまでもなく、何があろうとようやく掴んだ手を離すつもりなどない。
不安なんて感じる余裕もないくらいに、溢れるほどの愛情で包んで幸せにしたい。
悲しみに暮れるときはその涙を優しく拭って、背中を撫でてやりたい。
彼女の心が震える瞬間を、誰よりも一番近くで見ていたい。
そうやってこれから先の人生、美しい景色も悲しい景色も一緒に見て回るのだ。その温かな手を握って、ずっと。

「――ところで先ほど長谷川さんと新プロジェクトのお話をされているのをちらりとお聞きしました。もしご入用でしたら提案書をお待ちしますので詳細をお知らせください」

営業であるからには些細なチャンスも逃してはならない。
まだ走りはじめていないPJであったとしても、情報を掴んだならば他社より先にアクションを起こすことは重要だ。少なくともこうして先手を打っておけば、外注先選定の候補には上げてもらえる可能性が高い。
そしておそらくそのことは嶋井も分かっているのだろう、彼はどこまでも営業マンらしい永瀬を見やると苦笑まじりに頷いた。

「その際は前向きに検討する。まずは今日の月次報告会含め、T社の実績次第」
「もちろんです」

永瀬は頷く。ちょうどキリよく会議室にたどり着いて、目の前の大きなドアを開けた。
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