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第一章 白蛇
第一話 静寂の森①
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都の滅亡。あの日からどれほど経過したのだろうか。もはや分からない。
ここは無音の森。風の音も無ければ、生き物の音すらしない。無論、そのような環境になるのには理由がある。この場所ではそうしないと生き残れないのだ。多少なりとも音を立てるとこの森の主に見つかり、捕食されてしまう。この森──「静寂の森」で音が発生するのは、生き物が捕食される時のみだ。
そして、現在静寂の森ではバキバキと樹木が倒壊する音が辺りに木霊していた。
発生源は、この森の主「シンリン・ホエルオ」。
通常、海中に生息する「鯨」が地上の、それも森林の中に適応した個体である。
攻撃手段はその圧倒的な質量をいかした物理的な攻撃、また植物を操ることも可能であり、それを使った搦め手などもある。
そして、そんなバケモンから逃げているバカモンこと・・・・・・・・・ステイシア家の生き残り、グラン・ステイシア。
この黒い装束ならば、見つかることも無いだろうとたかをくくった結果である。
「くそ・・・・・・このままじゃジリ貧だ」
改良した飛翔機を使えば捕まることは無いだろうが、このままでは飛翔機の中の「空気袋」の空気が底を尽きて飛ぶ事さえ出来なくなってしまう。
それは即ち死と同義であり、それだけはなんとしても避けなければならない。
(だが・・・・・・・・・・・・)
チラ、と背後を振り返る、そこには、木々を薙ぎ倒し、大きく口腔を開いたシンリン・ホエルオがいる。巨大な口は地面を抉りながら進んでおり、口の中にどんどん土が吸い込まれていく。少しでもスピードを緩めようものならばすぐさま彼も同じ運命を辿る事になるだろう。
(だが、早く仕留めないと自分の首を絞める一方だ!)
なぜなら、シンリン・ホエルオが暴れる事で木々が倒壊しており、飛翔機のアンカーを突き刺す場所がどんどん減っているのだ。
どうにかしなければ・・・・・・・・・・・・と、そう考えていると、突然前方に巨大な木が生えてきた。
これが、シンリン・ホエルオの特技である。ある程度栄養を持った土壌さえあれば、あらゆる場所に樹木を生み出せる。
おそらく、今回はグランの進行を防ぐために発生させたのだろう。
だが、この状況ならば好都合だ。
彼は前方から段々と迫ってくる木へと飛び、着地すると同時にその木を垂直に走る。
あの日から、グランは超人的な身体能力を会得していた。何故、そのような変化が怒ったのかはさっぱり分からないが、おそらく、あの日の痛みは体の細胞が異常な速度で進化したからだろう。その影響によって髪も銀髪に変化した。
閑話休題。
木を垂直に走ったグランはシンリン・ホエルオの上を取る事に成功した。
シンリン・ホエルオはそれほど急激に進行方向を変更する事は出来ない為、俺が登った木に思いっきり衝突し、突き破った。己の力で生成した木に衝突するとは、知能はそれほど高くはないのだろうか。
それを確認したグランは上空で、二振りの刀「魔導一文字」「闇蓮華」を抜刀し、大上段に構える。
この高さならば位置エネルギーも相当な物となるだろう。あとは力の限り振り下ろすのみだ。
「・・・・・・沈めッ!」
話は変わるが、あれから幾つか新たな発見があった。それは、ある一定の動きをする事で、より攻撃力、回避率などが上昇するという事だ。おそらく、それが筋肉にとっての最適な運動なのだろう。その動きをなぞる事でより大きな結果を生み出す。彼ら「狩人」はこれを「術」と呼んでいる。
「剣術、”天残”!」
大上段に刀を構えたグランは、勢いを殺すこと無くシンリン・ホエルオの首 (だと思われる辺り)に渾身の力で二本の刀を突き立てた。
大きな叫び声を上げるシンリン・ホエルオ。その咆哮は周囲の樹木を揺らし、葉を散らせた。
グランは突き立てた刀を掴むと、それを思いっきり引き抜き、血を払ってから納刀する。
そして飛翔機のアンカーを突き刺し、自分をシンリン・ホエルオに固定する。
「さて。この刀だが、実はどちらも特殊な毒を分泌するみたいでな。刀身で傷つけると、その箇所が腐敗を始めるんだ」
足元を見下ろすと、シンリン・ホエルオの皮膚が若干変色し、腐敗を始めている。彼はその箇所に自作の爆弾「破裂爆弾」を握った手を捩じ込んだ。
そこからさらに手で肉を抉りさらに奥へと進む。
腐敗の影響により、とても肉が脆くなっており掘りやすい。そしてついに腕全体が肉に埋まると、グランは破裂爆弾を手放し、シンリン・ホエルオの体内に爆弾を埋め込んだ。
そして、アンカーを外して別の木に突き刺し、すぐさま離脱する。
シンリン・ホエルオから離れて、近くの木に降り立つと、それと同時に破裂音が響いた。
振り向くと、骨が露になるほど背が抉られたシンリン・ホエルが痛みに呻き、我武者羅に暴れ回っている。
体内での爆発はかなりの痛手を負わせたようだ。
しかもそれだけでは無い。破裂爆弾は爆発した際に内部の棘が射出され、さらに甚大なダメージを負わせる。
「ふむ・・・・・・・・・沈黙まであと一押しかな」
グランは再び飛翔機でシンリン・ホエルオに向かってアンカーを射出し、突き刺した。だが先程とは異なって背ではなく、顔面だ。シンリン・ホエルオが樹木に向かって突進すれば彼も木に叩き付けられて即死だ。だが、好機はシンリン・ホエルオが衰弱している今しかない。
二本の刀を再び抜刀すると、「魔導一文字」をシンリン・ホエルオの左眼に、「闇蓮華」を右眼に突き刺した。
シンリン・ホエルオが咆哮する。心無しか、先程よりも切羽詰まっているように聞こえる。
グランは二本の刀を外側に切り裂くように振るった。それによって眼から引き抜いた刀を納刀し、再びシンリン・ホエルオから離れる。
「流石に、視力を失うと怪物でもキツいみたいだな」
背を抉られ、眼を潰されたシンリン・ホエルオはそこらの樹木を薙ぎ倒して暴れ回っている。が、先程よりも明らかに動きが緩慢だ。疲労が目に見えている。だが、獣というのはこのような死に際の瞬間が一番危険だ。全てを投げ打ってでも一矢報いようとしてくる。
「だからこそ・・・・・・・・・油断はしない」
グランは背に背負っていた大きな弓矢を取り出す。
これは、シエラが俺専用に制作した特別製だ。
弦の部分を通常よりも固くし、弓も怪物の骨を加工してより強固な強弓仕様となっている。
さらに弓の先端の部分は空洞となっており、そこに怪物の様々な器官を加工して取り付ける事で多種多様な付与効果を追加することが可能となる。
グランは、木の上でその巨大な弓に麻痺効果を付与した特殊な弓を弦に番える。
ずしりと重厚な作りになっている矢と強固な弦の影響で、引き絞る事すら常人には困難だろう。
だが、人並み外れた身体能力をもつ彼ならばこれを扱う事が可能となる。
息を整え、グランは腕に力を入れて弓を引き絞る。
そしてシンリン・ホエルオの額に標準を合わせ、矢を放った。
極限まで引き絞られ、強固な弦によってより加速した強弓は風を切り裂くように飛ぶ。
あまりの速度に風を切る音すら聞こえている。
そして、目標に向かって一直線に飛来する弓は一寸違わずその額に命中した。
「ふぅ・・・・・・・・・」
弓が命中し、額・・・・・・・・・つまり、脳の付近から麻痺毒を注入されたシンリン・ホエルオは、一度体をビクンと痙攣させると、そのまま倒れ伏した。
麻痺毒が体に回っているのか、ピクリとも動かない。
グランは、飛翔機のアンカーをシンリン・ホエルオに突き刺すと、その頭に飛び乗った。
「無様だな・・・・・・・・・森林の主よ」
そして、額に突き刺さっている矢に手をかけて、さらに奥に押し込む。肉を貫く感覚が手につたわり、額から深紅の血が溢れてくる。
矢を全て体内に押し込むと、グランは二本の刀を抜刀する。
「剣術、”紫煉斬”」
突き、薙ぎ、斬りあげ、斜めに斬り下し、また突き、二本同時に斬りあげ、二本同時に斬り下ろす。計七回の連撃、”紫煉斬”はシンリン・ホエルオの頭部を破壊する事に成功した。
だが、筋肉が麻痺しているため、おそらく痛みも感じていないだろう。
ならば、せめて苦しまない今が好機だ。
その後、樹木が倒壊し尽くした一帯ではただひたすらに刀を振るう音のみが響き渡るのだった。
***
シンリン・ホエルオを討伐したグランは、その肉と皮膚、ヒレとエラを剥ぎ取り、満足した顔で帰路に着いていた。
今夜は鯨肉だな。シエラに調理してもらおう。などと考える余裕すらある。
あと刀も随分酷使した。後で丁寧に研磨しないと使い物にならなくなってしまう。
歩き続けていると、木々の隙間から赤い光がチラチラと見え始めた。
「おーい、シエラー」
「お兄様!」
彼の姿を認めたシエラは、小走りで近寄ってくる。
「聞いてくださいお兄様!とても珍しい山菜が採れたのです!」
「お、こっちもとても珍しい肉が手に入ったんだぞ」
そういって、剥ぎ取ったシンリン・ホエルオの肉をシエラに見せる。若干筋は多そうだが、それでも鯨肉は初体験なので楽しみだ。勿論、本命の海中にいる鯨とは違うだろうが、それても本命とは違った味が楽しめて良い。
「鯨肉!?まさかお兄様・・・・・・森林の主を!?」
「あぁ、この服なら見つからないかと思って近づいたら見つかってな。その勢いのまま討伐しちまった」
すると、シエラはなんと呆れた顔でグランを見つめてきた。
ここは、改めて兄の偉大さを実感する場面だと思っていた彼は、何故だ!?と疑問に思っている。
「そんな危険な怪物とお一人で・・・・・・怪我でもしたら・・・・・・」
「まぁ、少し腕がちぎれるくらいならくっつけて固定しとけば・・・・・・」
「そういう事では無いのです!私が・・・・・・嫌なんです・・・・・・・・・」
シエラは悲痛な顔をして俯いてしまう。シエラがこんな顔をするのはいつぶりだろう。
シエラをかなり心配させてしまったと気付いたグランは彼女を引き寄せて抱き締める。
「悪かった。今度から危険な事はしないよ」
「約束・・・・・・・・・・・・ですよ?」
「・・・・・・あぁ、約束だ」
***
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・・・・」
何故、自分はこんな場所に立ち入ってしまったのか。暗闇の中で何かが犇めき合う音が聞こえる。怖い。すごく怖い。
父、母は既に見失ってしまった。「鯨」に襲われていない事を願うばかりだ。
「なんで・・・・・・静寂の森なんて場所に・・・・・・」
この場所は森林の主とも呼ばれる王者、「シンリン・ホエルオ」の成体が生息していると言われている。僅かな音すらもその敏感な皮膚で感知し、その巨体からはからは想像も出来ない速度で獲物を追跡し、巨大な口腔で飲み込むと聞いた。
想像するだけでも怖くて足がすくむ。
でも、立ち止まる訳にはいかない!なんとしても、父と母を見つけ出して家族全員で生きるんだ!と再び気合いを入れ直す彼女。
「全く、使えない狩人たち!」
彼女の「区域」の狩人は、ネルフラストの襲撃で全員逃げ出したのだ。その襲撃を知らせることも無く、我先にと、だ。もう狩人なんて信用出来ない。
結局みんな、我が身が可愛いんだ。口先では、命に変えても守る、なんて言ってもいざとなれば容易く見捨てて真っ先に逃げ出す。
こんな事を周りの大人に言っても、まだ11歳の癖に生意気だ、って言われるから言わないが。
彼女の言うことをまともに聞いてくれたのなんて、・・・・・・・・・父と母だけだった。
「あれ?なんで・・・・・・・・・」
寂しくて泣くなんて・・・・・・まるで子供のようだ。
まぁ、子供なのだが。
走り続けていると、遠くに明かりが見えてきた。一体何の明かりだろうか。怪物の中には明かりで獲物をおびき寄せる種類の物も居るらしいけど。
もしかしたら、母たちが火を起こしているのかもしれない。
・・・・・・いや、それはない。この静寂の森で何の戦力も持たない者が怪物を引き寄せるような愚かな真似をする訳が無い。彼女の両親はそこまで馬鹿ではなかった。
だとすれば、有り得るのは・・・・・・・・・
「怪物の発する光か、・・・・・・・・・狩人か」
だが、狩人なんて信用出来ない。信用したところで、また見捨てられるだけだ。
・・・・・・ならば同じ事をし返せばいい。利用するだけして、見捨てればいい。
・・・・・・結局、私も我が身が可愛いんだ。
そう思いながら、彼女は光へと進んでいく。
ここは無音の森。風の音も無ければ、生き物の音すらしない。無論、そのような環境になるのには理由がある。この場所ではそうしないと生き残れないのだ。多少なりとも音を立てるとこの森の主に見つかり、捕食されてしまう。この森──「静寂の森」で音が発生するのは、生き物が捕食される時のみだ。
そして、現在静寂の森ではバキバキと樹木が倒壊する音が辺りに木霊していた。
発生源は、この森の主「シンリン・ホエルオ」。
通常、海中に生息する「鯨」が地上の、それも森林の中に適応した個体である。
攻撃手段はその圧倒的な質量をいかした物理的な攻撃、また植物を操ることも可能であり、それを使った搦め手などもある。
そして、そんなバケモンから逃げているバカモンこと・・・・・・・・・ステイシア家の生き残り、グラン・ステイシア。
この黒い装束ならば、見つかることも無いだろうとたかをくくった結果である。
「くそ・・・・・・このままじゃジリ貧だ」
改良した飛翔機を使えば捕まることは無いだろうが、このままでは飛翔機の中の「空気袋」の空気が底を尽きて飛ぶ事さえ出来なくなってしまう。
それは即ち死と同義であり、それだけはなんとしても避けなければならない。
(だが・・・・・・・・・・・・)
チラ、と背後を振り返る、そこには、木々を薙ぎ倒し、大きく口腔を開いたシンリン・ホエルオがいる。巨大な口は地面を抉りながら進んでおり、口の中にどんどん土が吸い込まれていく。少しでもスピードを緩めようものならばすぐさま彼も同じ運命を辿る事になるだろう。
(だが、早く仕留めないと自分の首を絞める一方だ!)
なぜなら、シンリン・ホエルオが暴れる事で木々が倒壊しており、飛翔機のアンカーを突き刺す場所がどんどん減っているのだ。
どうにかしなければ・・・・・・・・・・・・と、そう考えていると、突然前方に巨大な木が生えてきた。
これが、シンリン・ホエルオの特技である。ある程度栄養を持った土壌さえあれば、あらゆる場所に樹木を生み出せる。
おそらく、今回はグランの進行を防ぐために発生させたのだろう。
だが、この状況ならば好都合だ。
彼は前方から段々と迫ってくる木へと飛び、着地すると同時にその木を垂直に走る。
あの日から、グランは超人的な身体能力を会得していた。何故、そのような変化が怒ったのかはさっぱり分からないが、おそらく、あの日の痛みは体の細胞が異常な速度で進化したからだろう。その影響によって髪も銀髪に変化した。
閑話休題。
木を垂直に走ったグランはシンリン・ホエルオの上を取る事に成功した。
シンリン・ホエルオはそれほど急激に進行方向を変更する事は出来ない為、俺が登った木に思いっきり衝突し、突き破った。己の力で生成した木に衝突するとは、知能はそれほど高くはないのだろうか。
それを確認したグランは上空で、二振りの刀「魔導一文字」「闇蓮華」を抜刀し、大上段に構える。
この高さならば位置エネルギーも相当な物となるだろう。あとは力の限り振り下ろすのみだ。
「・・・・・・沈めッ!」
話は変わるが、あれから幾つか新たな発見があった。それは、ある一定の動きをする事で、より攻撃力、回避率などが上昇するという事だ。おそらく、それが筋肉にとっての最適な運動なのだろう。その動きをなぞる事でより大きな結果を生み出す。彼ら「狩人」はこれを「術」と呼んでいる。
「剣術、”天残”!」
大上段に刀を構えたグランは、勢いを殺すこと無くシンリン・ホエルオの首 (だと思われる辺り)に渾身の力で二本の刀を突き立てた。
大きな叫び声を上げるシンリン・ホエルオ。その咆哮は周囲の樹木を揺らし、葉を散らせた。
グランは突き立てた刀を掴むと、それを思いっきり引き抜き、血を払ってから納刀する。
そして飛翔機のアンカーを突き刺し、自分をシンリン・ホエルオに固定する。
「さて。この刀だが、実はどちらも特殊な毒を分泌するみたいでな。刀身で傷つけると、その箇所が腐敗を始めるんだ」
足元を見下ろすと、シンリン・ホエルオの皮膚が若干変色し、腐敗を始めている。彼はその箇所に自作の爆弾「破裂爆弾」を握った手を捩じ込んだ。
そこからさらに手で肉を抉りさらに奥へと進む。
腐敗の影響により、とても肉が脆くなっており掘りやすい。そしてついに腕全体が肉に埋まると、グランは破裂爆弾を手放し、シンリン・ホエルオの体内に爆弾を埋め込んだ。
そして、アンカーを外して別の木に突き刺し、すぐさま離脱する。
シンリン・ホエルオから離れて、近くの木に降り立つと、それと同時に破裂音が響いた。
振り向くと、骨が露になるほど背が抉られたシンリン・ホエルが痛みに呻き、我武者羅に暴れ回っている。
体内での爆発はかなりの痛手を負わせたようだ。
しかもそれだけでは無い。破裂爆弾は爆発した際に内部の棘が射出され、さらに甚大なダメージを負わせる。
「ふむ・・・・・・・・・沈黙まであと一押しかな」
グランは再び飛翔機でシンリン・ホエルオに向かってアンカーを射出し、突き刺した。だが先程とは異なって背ではなく、顔面だ。シンリン・ホエルオが樹木に向かって突進すれば彼も木に叩き付けられて即死だ。だが、好機はシンリン・ホエルオが衰弱している今しかない。
二本の刀を再び抜刀すると、「魔導一文字」をシンリン・ホエルオの左眼に、「闇蓮華」を右眼に突き刺した。
シンリン・ホエルオが咆哮する。心無しか、先程よりも切羽詰まっているように聞こえる。
グランは二本の刀を外側に切り裂くように振るった。それによって眼から引き抜いた刀を納刀し、再びシンリン・ホエルオから離れる。
「流石に、視力を失うと怪物でもキツいみたいだな」
背を抉られ、眼を潰されたシンリン・ホエルオはそこらの樹木を薙ぎ倒して暴れ回っている。が、先程よりも明らかに動きが緩慢だ。疲労が目に見えている。だが、獣というのはこのような死に際の瞬間が一番危険だ。全てを投げ打ってでも一矢報いようとしてくる。
「だからこそ・・・・・・・・・油断はしない」
グランは背に背負っていた大きな弓矢を取り出す。
これは、シエラが俺専用に制作した特別製だ。
弦の部分を通常よりも固くし、弓も怪物の骨を加工してより強固な強弓仕様となっている。
さらに弓の先端の部分は空洞となっており、そこに怪物の様々な器官を加工して取り付ける事で多種多様な付与効果を追加することが可能となる。
グランは、木の上でその巨大な弓に麻痺効果を付与した特殊な弓を弦に番える。
ずしりと重厚な作りになっている矢と強固な弦の影響で、引き絞る事すら常人には困難だろう。
だが、人並み外れた身体能力をもつ彼ならばこれを扱う事が可能となる。
息を整え、グランは腕に力を入れて弓を引き絞る。
そしてシンリン・ホエルオの額に標準を合わせ、矢を放った。
極限まで引き絞られ、強固な弦によってより加速した強弓は風を切り裂くように飛ぶ。
あまりの速度に風を切る音すら聞こえている。
そして、目標に向かって一直線に飛来する弓は一寸違わずその額に命中した。
「ふぅ・・・・・・・・・」
弓が命中し、額・・・・・・・・・つまり、脳の付近から麻痺毒を注入されたシンリン・ホエルオは、一度体をビクンと痙攣させると、そのまま倒れ伏した。
麻痺毒が体に回っているのか、ピクリとも動かない。
グランは、飛翔機のアンカーをシンリン・ホエルオに突き刺すと、その頭に飛び乗った。
「無様だな・・・・・・・・・森林の主よ」
そして、額に突き刺さっている矢に手をかけて、さらに奥に押し込む。肉を貫く感覚が手につたわり、額から深紅の血が溢れてくる。
矢を全て体内に押し込むと、グランは二本の刀を抜刀する。
「剣術、”紫煉斬”」
突き、薙ぎ、斬りあげ、斜めに斬り下し、また突き、二本同時に斬りあげ、二本同時に斬り下ろす。計七回の連撃、”紫煉斬”はシンリン・ホエルオの頭部を破壊する事に成功した。
だが、筋肉が麻痺しているため、おそらく痛みも感じていないだろう。
ならば、せめて苦しまない今が好機だ。
その後、樹木が倒壊し尽くした一帯ではただひたすらに刀を振るう音のみが響き渡るのだった。
***
シンリン・ホエルオを討伐したグランは、その肉と皮膚、ヒレとエラを剥ぎ取り、満足した顔で帰路に着いていた。
今夜は鯨肉だな。シエラに調理してもらおう。などと考える余裕すらある。
あと刀も随分酷使した。後で丁寧に研磨しないと使い物にならなくなってしまう。
歩き続けていると、木々の隙間から赤い光がチラチラと見え始めた。
「おーい、シエラー」
「お兄様!」
彼の姿を認めたシエラは、小走りで近寄ってくる。
「聞いてくださいお兄様!とても珍しい山菜が採れたのです!」
「お、こっちもとても珍しい肉が手に入ったんだぞ」
そういって、剥ぎ取ったシンリン・ホエルオの肉をシエラに見せる。若干筋は多そうだが、それでも鯨肉は初体験なので楽しみだ。勿論、本命の海中にいる鯨とは違うだろうが、それても本命とは違った味が楽しめて良い。
「鯨肉!?まさかお兄様・・・・・・森林の主を!?」
「あぁ、この服なら見つからないかと思って近づいたら見つかってな。その勢いのまま討伐しちまった」
すると、シエラはなんと呆れた顔でグランを見つめてきた。
ここは、改めて兄の偉大さを実感する場面だと思っていた彼は、何故だ!?と疑問に思っている。
「そんな危険な怪物とお一人で・・・・・・怪我でもしたら・・・・・・」
「まぁ、少し腕がちぎれるくらいならくっつけて固定しとけば・・・・・・」
「そういう事では無いのです!私が・・・・・・嫌なんです・・・・・・・・・」
シエラは悲痛な顔をして俯いてしまう。シエラがこんな顔をするのはいつぶりだろう。
シエラをかなり心配させてしまったと気付いたグランは彼女を引き寄せて抱き締める。
「悪かった。今度から危険な事はしないよ」
「約束・・・・・・・・・・・・ですよ?」
「・・・・・・あぁ、約束だ」
***
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・・・・」
何故、自分はこんな場所に立ち入ってしまったのか。暗闇の中で何かが犇めき合う音が聞こえる。怖い。すごく怖い。
父、母は既に見失ってしまった。「鯨」に襲われていない事を願うばかりだ。
「なんで・・・・・・静寂の森なんて場所に・・・・・・」
この場所は森林の主とも呼ばれる王者、「シンリン・ホエルオ」の成体が生息していると言われている。僅かな音すらもその敏感な皮膚で感知し、その巨体からはからは想像も出来ない速度で獲物を追跡し、巨大な口腔で飲み込むと聞いた。
想像するだけでも怖くて足がすくむ。
でも、立ち止まる訳にはいかない!なんとしても、父と母を見つけ出して家族全員で生きるんだ!と再び気合いを入れ直す彼女。
「全く、使えない狩人たち!」
彼女の「区域」の狩人は、ネルフラストの襲撃で全員逃げ出したのだ。その襲撃を知らせることも無く、我先にと、だ。もう狩人なんて信用出来ない。
結局みんな、我が身が可愛いんだ。口先では、命に変えても守る、なんて言ってもいざとなれば容易く見捨てて真っ先に逃げ出す。
こんな事を周りの大人に言っても、まだ11歳の癖に生意気だ、って言われるから言わないが。
彼女の言うことをまともに聞いてくれたのなんて、・・・・・・・・・父と母だけだった。
「あれ?なんで・・・・・・・・・」
寂しくて泣くなんて・・・・・・まるで子供のようだ。
まぁ、子供なのだが。
走り続けていると、遠くに明かりが見えてきた。一体何の明かりだろうか。怪物の中には明かりで獲物をおびき寄せる種類の物も居るらしいけど。
もしかしたら、母たちが火を起こしているのかもしれない。
・・・・・・いや、それはない。この静寂の森で何の戦力も持たない者が怪物を引き寄せるような愚かな真似をする訳が無い。彼女の両親はそこまで馬鹿ではなかった。
だとすれば、有り得るのは・・・・・・・・・
「怪物の発する光か、・・・・・・・・・狩人か」
だが、狩人なんて信用出来ない。信用したところで、また見捨てられるだけだ。
・・・・・・ならば同じ事をし返せばいい。利用するだけして、見捨てればいい。
・・・・・・結局、私も我が身が可愛いんだ。
そう思いながら、彼女は光へと進んでいく。
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