ガレージの匂い 〜マット・L・サイモンの思い出〜

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ガレージの匂い 〜マット・L・サイモンの思い出〜

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・マット・L・サイモン(1937~2007)
 米国の俳優。テレビドラマを中心に、映画、舞台でも活動。日本では70年代後半から80年代前半にかけて放送されたテレビドラマ『パパのガレージ』の父親エリック役で知られる。

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 子供の頃に見ていたテレビドラマの俳優が亡くなると寂しいのは自分の子供時代も無くなるような気になるからではないか。
 私にとってはマット・L・サイモンがそれに当たる。亡くなったのは大分以前のことで、その時は、死んじゃったのか、程度にしか感じなかったが、今急に寂しくなってきた。その思いを書き留めておこうと思う。

 はっきり言って彼はそこまでの大俳優では無いだろう。映画や舞台にも進出したが、結局は“テレビ役者”止まりだったようだ。私自身『パパのガレージ』のエリック以外の姿は想像もつかないし、調べてみたが、本国でもそういう扱いのようだった。

 しかし、『パパのガレージ』の中では典型的な頼りになる父親を演じきり、それが日本でも好評を博した。子供だった私もそうで、放送を楽しみにしていたものだった。

 テレビドラマの分類には詳しくないが、『パパのガレージ』はコメディ寄りのホームドラマになるのだろうか。日曜大工の得意な父エリックが、生活の中で生じる難問を、様々なものを作って解決するというのがお決まりの流れだった。
 私はその中で自分の暮らしと米国の暮らしについての違いを見つけては驚いていた。家族の人数にしては大きすぎるような冷蔵庫には常に色鮮やかな食べ物飲み物があり、立派なテレビやステレオが当たり前のように置かれ、子供が触っても良かった。

 そして、タイトルにもなっているガレージはただの車庫ではなく、作業台や工具やガラクタがたくさん転がっている小さな工場のようだった。

 エリックはそこでなんでも作り、直した。毎回のクライマックスは作業台で工具を振るう父を見つめる息子のトビーの顔だった。時に期待に満ち、時に心配そうにしている。それが出来上がったものを見た途端輝くような笑顔になる。それを見ているこっちも嬉しくなるようないい表情だった。

 今ならわかる。明らかにトビーに自分を重ねていたのだろう。

 あるエピソードでは、子犬をもらったトビーのために犬小屋を作ってやるのだが、家族みんなが夢中になり、ただの小屋ではかわいそうだと、窓をつけたり小さな家具を入れたり、浴室など様々な部屋をつけてやったりしているうちに段々エスカレートして小さな家みたいになったのには笑わせられた。
 その話でも子犬をもらった時のトビーの顔、犬小屋が立派になっていく各段階の驚きと喜び、あれこれあって結局家に入れてやった犬と一緒に寝る寝顔、全部覚えている。
 そして、作業をしているエリックの顔、頼りになりそうなたくましい大柄な体も覚えている。トビー視点のエリックはとても立派な優しい山のようだった(ちょっと禿げ山気味だったけれど)。

 こんな感じで、大抵の話は水戸黄門の如く“偉大なるマンネリズム”だったのだが、まれに変化球を投げることがあった。そういうエピソードはいつもと違った印象を受けた。悲しかったり、考えさせられたり、ほろ苦かったりした。

 そういう話のひとつに、トビーが借りた友達のおもちゃを壊してしまうというのがあった。明日返さなくてはならない、どうしようという所でエリックがいつもの腕をふるって直すのだが、さすがにちょっと器用なくらいの素人の腕前では隠しきれず、結局はその友達に謝るというストーリーだった。
 この話では、いつも空気のようだった母が存在感を表し、二人を叱る。なぜすぐに謝らず隠そうとしたのか、もし修理がうまく行っていたら壊したことを隠し通すつもりだったのか。

 エリックもトビーも、見ている私も何も言えなかった。反省する二人の姿で終わるのだが、いつもと音楽も違っていたような記憶がある。

 時々そういう話をはさみながら、『パパのガレージ』は続き、米国のドラマによくあるように曖昧な最終回で幕を閉じた。

 その後のマット・L・サイモンやその他の俳優についてはよく知らない。出演作も調べればすぐに出てきたが、観た記憶はない。今更観ようとも思わない。それは『パパのガレージ』も同じだ。今観たらがっかりするのではないか。思い出だけにしておいたほうがいいだろう。再放送は頭の中だけに留めておこう。

 今でも私はあのガレージを思い出す。匂いも込みで。

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