アイルーミヤの冒険

alphapolis_20210224

文字の大きさ
40 / 40

四十、アイルーミヤの一年

しおりを挟む
 統一歴三年の春、よく晴れた穏やかな日だった。アイルーミヤとローセウス将軍、執事の抱える水晶玉内のルフス将軍は飛び去っていく飛行船を見送っていた。
 ローセウス将軍の城の庭から西の外れの基地までの試験飛行。積荷は水樽三日分。操船者は船乗りから選抜して訓練した。気嚢下部の操船籠から綱を操っている。
 飛行船は大きさのせいか遅いように見えたが、帆を張り、風に乗るとすぐに小さくなって見えなくなった。

「まずは成功だな。おめでとう」
「私からも祝いを言わせてくれ。目的地まで真っ直ぐ行けるとは、かなりの効率化だ」
「ありがとうございます。ローセウス将軍、ルフス将軍」
『にゃあ』『にー』『みい』『なー』
「それと、クツシタ、エース、デュース、タロン、ありがと」

 翌朝、飛行船は目的地に到着し、試験飛行は無事成功した。操船者は少し気分を悪くしたが、緊張のためと思われ、問題なし。飛行船、積荷に損傷なし。ただし、実際に運用する時は二人で交替しながらがいいだろう。積荷は減るが確実な運航のためだ。

「これで飛行輸送を本格化できるな。なんなら、探検に使ってもいい」
 夕食の席で、ローセウス将軍はご機嫌だった。
「いいえ、まだまだです。荒天時の飛行など、試験項目がたっぷり残っています」
「慎重だな。もっと喜ぶかと思っていた」
「調子に乗ると、足をすくわれます」
「なるほど。で、名前はどうする。新しい船が無事試験を終了した。いくら慎重でも、命名位いいだろう」
「つけて頂けますか。後援者ですから」
 ローセウス将軍は少し考えた。
「では、はるかぜ号と命名する。今後、同型の飛行船は風にちなむ事とする。これでどうだ」
「ありがとうございます。記録しておきます」

 初夏。アイルーミヤは冶金についてまとめていた。領地内の熟練した職人に聞いてまわり、調査した結果だった。
 高温高圧に長時間耐え、かつ、できるだけ軽量な炉。しかも、一方から熱した気体を勢いよく噴出でき、それを制御する仕組みも込みで開発しなければならない上、それらを出来れば魔法不使用で実現したい。

 噴射式推進型飛行船。遥か遠くの目標だった。だが、それは中間目標に過ぎない事を忘れてはならない。
 究極の目標は魔法の根本原理を解明し、欠損なしに完全に再生出来るようにする事、ないしは尽きる事を心配しなくてもいいだけの魔法の源の発見だ。
 外の世界にその答えがあるかどうかは分からない。それでも、天降石は魔法の力を含んで落ちてくる。何かがあるのは間違いない。

 秋。ローセウス将軍の城の庭に黒い筒が立っていた。アイルーミヤの腕ほどの大きさで、石の台に埋め込むように固定されている。
「噴射式推進、第一回試験」
 遠くに積んだ煉瓦積みの壁の裏にしゃがみ、覗き窓から観察しながら、アイルーミヤは記録を口述していた。

「開始」

 合図とともに筒内の球形の炉が魔法で加熱されていく。そこに送り込まれた水は、即座に水とは言えない高熱の気体になる。それを制御下で噴射出来るかという試験だった。
 ただし、今回は炉は魔法で強化されている。熱と圧力に耐える材料や炉の製作法は開発が間に合わなかった。

「噴射」

 筒の上から白い炎が秋の空に向かって噴き上がった。形を見る限り炎ではなく、輝く柱のようだった。台の側の草が焦げ、遅れて覗き窓から熱が伝わってきた。顔が熱い。

「制御試験、一番」

 噴射炎の方向が傾いた。角度を付けても安定していた。しばらく観察する。

「制御試験、二番」

 噴射がさらに強くなり、焦げる草の範囲が拡がった。安定している。

「制御試験、三番」

 消火。噴射が小さくなっていく。その時、乾いた音がして筒が割けた。周囲に熱せられた金属が飛び散り、アイルーミヤのいる煉瓦の壁にも小さな欠片が当たった。

「第一回試験終了。試験項目三番未達成。試験体は消火時に全壊」

 壊れた試験体と欠片を集めて調べた結果、消火時に噴射炎が炉内に噴き戻る欠陥が明らかになった。結果、一瞬の内に魔法で強化していても耐えきれない程の圧がかかったと考えられた。

「私の庭をどうする積もりだ。アイルーミヤ」
 ローセウス将軍は報告書を読むたびに言うが、怒ってはいない。いつものお決まりの言葉だった。
 アイルーミヤの玩具の試験を許す余裕はあった。飛行船は晴天時のみ運航とは言え、輸送の効率化は思った以上の利益を上げるだろうと予想された。将来は、船乗りが船を出せる天候であれば飛行船も使えるようにする予定だった。
「すみません。しかし、原因不明の失敗ではありません。解決します」
 いつものように目を輝かせて返事をする。不思議な事に、失敗すればするほど楽しそうに報告してくる。額の目を開き、クツシタの背をなでている。
「構わんが、いずれあれに乗って調査に行くつもりなんだろう。大丈夫か」
「はい。原理的に不可能というのであればあきらめますが、今の所そういう点は見つかっていません。問題はありますが、理屈の分かった問題です」
「当面の問題は?」
「材料です。高温高圧に耐える材料がありません」
「解決の目処は立っているか」
「まだです。材料についてもですが、高温と高圧についての知見が乏しすぎます。一旦道を戻って研究し直しです」

 アイルーミヤは背筋を伸ばして執務室を出ていった。ローセウス将軍は報告書をめくり、噴射式推進型飛行船の兵器化の可能性を考えている。消火時に事故が頻発しているが、それなら燃やしきってしまえばいい。地平線の彼方から撃ち込める投石機としてなら現状でも利用できるだろう。投石の研究を応用すれば狙いだって大まかには付けられるはずだ。
 彼女は報告書を抜粋し、簡単な意見をつけてルフス将軍と技術者に送った。

 冬。暖炉の前で眠るクツシタをなでながら、アイルーミヤは高温高圧に耐え得る炉についてずっと考えていた。魔法で強化すればいいが、温度と圧力の絶え間ない変化に長時間耐えるとなると力の消費量が現実的ではない。
 材料の問題が片付かない以上、魔法によって補助するのは止むを得ないとして、現実的な力の消費に抑えられないだろうか。

 火が暖炉の内壁をなでている。それを見ているともどかしい感じがする。答えに近づいているのに見えていない。

 小枝が折れた時だった。アイルーミヤは新しい発想をつかんだ。なぜ耐えよう耐えようと考えていたんだろう。そもそも高温も高圧も炉の内壁に触れさせなければいい。
 魔法による攻撃を防御するように、熱と力を届かなくするか、弱める緩衝魔法は出来ないか。それで炉の内壁を覆えないだろうか。それは、炉の効率を下げないようにできるだけ薄く、温めた牛乳に張る膜のような形態が望ましい。どれほどの消費量になるかは分からないが、防御魔法は低級の魔法使いが扱えるほど枯れた技術だし、金属そのものを強化するよりはましなはずだ。
 アイルーミヤは机に向かうと、発想を文章にまとめ始めた。新しい研究の始まりだった。

 春。城の庭にいつもの黒い筒が立っていた。そこから白い炎が空に向かって挑戦するかのように伸びる。皆が見慣れた光景。そして、皆いつものようにその後に起きるであろう爆発音を予想していた。

 炎が真っ直ぐ上から角度をつけ、様々な方向を指す。そして強くなった。

 それから弱くなっていく。

 消えた。しばらくすると、かすかな煙も消えた。庭に小鳥の鳴き声が戻ってきた。

 煉瓦の壁の後ろで、アイルーミヤは記録を口述していた。

「第二十五回試験終了。試験項目を全達成。試験体は形状を維持」

 ローセウス将軍の庭はあちこちに焼け焦げの付いたテーブルクロスのように壊滅的な損傷を受けていたが、アイルーミヤは輝く三つの目で、設置した時のまま立っている試験体から空を見上げた。

 あの向こうに行ってみせる。そして、私の目標を達成してみせる。

 試験体を回収するアイルーミヤを、青い空が見下ろしていた。

しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

スパークノークス

お気に入りに登録しました~

2021.08.17 alphapolis_20210224

ありがとうございます。

解除
花雨
2021.08.11 花雨

お気に入り登録しときますね(^^)

2021.08.11 alphapolis_20210224

ありがとうございます。

解除

あなたにおすすめの小説

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。