上 下
53 / 79
第四部 夢見心地に分岐する

しおりを挟む
 もう一人の関係者のところに行くと、手が粉で白かった。「何ですか」と感情のこもらない声だった。

「新しいフィリング、どう?」話のきっかけのつもりだった。

 目に戸惑いが浮かんだ。手を拭う。

「ずっとこれです。新しくなんかしません」大なべを指さした。

 そう言う口調や表情は見た事がある。想定から完全に外れた質問や行動をされたときの混乱だ。そしてぼくもそうなりつつあった。

「フィリングを変えてみるって……。新作は……?」
「いいえ、ずっとこのままです。味を変えるって、そんなの望んでる人はいませんから」

 もう出て行ってほしいという態度だった。それは分かる。分かるが、はっきりさせないといけない。
 ぼくは前に会った時の話をし、さらに輪をかけて混乱させた。怯えも見えた。きょろきょろと目が泳いでいる。

「申しわけない。何か勘違いをしていたようです。では、ぼくとはずっと会っていないんですね」

 うなずいた。はっきりと怯えている。ぼくは一歩下がって距離を置いた。もう去るべきだ。

「失礼しました。帰ります」飛び出して家に帰った。

 みんなはまだ残っていた。雑談をしていたらしかったが、ぼくの顔を見るとそれぞれに身構えた。

「いや、落ち着いて」手をひろげて押しとどめ、座らせた。今あったばかりの出来事を説明した。

「でも、その時の情報をもとにサカモトヒロトの居場所を突き止めて話ししたよね」ファーリーがその時のデータを再生しようとした。「ない。なんで……」
 みんなで探したがきれいさっぱりなくなっていた。というより元からそんなデータはなかったとしか考えられなかった。削除操作の記録も残っていないし、情報があったという痕跡もなかった。
 ファーリーがあわてた様子で外に飛び出し、しばらくして戻ってきて首を振った。「あれはただの残骸。焼けた跡とか溶けたチップやらはなかった。データは残ってたけど全部ショー用の振りつけ」
 ウォーデがあの連絡先を探したが、こちらも首を振った。
 ビクタがもう一度一通り記録をさらった。「ナッシング、って言うか、ヌルだ」

「じゃ、おれたちが体験したのはなんなんだ」
 ウォーデが言った。実にもっともな問いだった。
しおりを挟む

処理中です...