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第五部 ゴールデンエイジ
十二
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「保護しました。四人とも無事です」
クラゲ型オートマトンは報告口調で、ぼくらはモニターに釘付けだった。
子供が四人プラス一人。神田花子というマザーが入った存在はどうでもいい。説明によると常時同期しているのでこっちのと同一だからだ。
しかし、車から降りてきた一郎、雄二、さくら、大三郎は違う。自分であって、もう自分でない存在。人間の生殖細胞から人間のようにして生み出された人造人間で、きちんと成長すれば生殖も可能なように作られている。
そして、その事実は周知されてしまった。だれが何の理由で洩らしたかは不明だった。いや、見当はついている。
「秘匿回線がつながりました。お望みでしたら話せますよ。映像付きで」
クラゲを通じたマザーは落ち着いた声で言った。みんながぼくを見た。
「いや、これはぼく一人が決めていい事じゃない。みんなはどう? 一人でも迷ってたら今はやめよう」
「迷ってるのは坊っちゃんなんじゃない?」ファーリーは鋭い。
「無理しなくていいぞ」肩に毛むくじゃらの手が置かれた。
「坊っちゃん、セトルダウン」静かな声だった。
ぼくは笑った。「大丈夫落ち着いてる。よし。開いてくれ」
大きいのから小さいのまで、部屋中のモニターが子供たちを映し出した。向こうもどういう表情をしていいか分からないようだった。
「こんにちは……」一郎という子だった。ぼくだ。いや、そう考えてはいけない。もう別の人格だ。
ほかの子たちも挨拶し、こっちの三人も答えた。花子は車に寄りかかって黙っている。白い肌の連中は遠巻きにして警戒に当たっていた。
みんなそれぞれ自分が入った子供を相手に話し出した。体験した出来事、周囲の世界で何があったか、どう思ったか。まるで同期を取ろうとしているかのようだった。
「みなさんに注意です」花子が口を挟んだ。「相手について言う時には二人称を使ってください。人称の混乱は自我の混同を招きます。これは自明ですが、肉体の外に『自分』はいないのですよ」
ぼくははっとした。画面の向こうの一郎もそうだったし、みんなも意識してこちらとあちらを区別するような言葉を使いだした。
「デモは治まってきたみたいだな」ぼくは横目で報道を見ていた。
「うん。でも『臥竜鳳雛の会』の襲撃とか殉教とか、そっちじゃ大変だったんだな。こっちのはただの警備会社みたいなもんだけど」
「そりゃそうだろ。さっきも話したけど、神が連合組んで後ろにいるし、信者は言う通りするだけ。自分たちの行動が食い違ってるなんて思ってもいないはず」
「マザーも?」
「もちろん。一枚かんでる」
一郎は黙った。次に口を開いたとき、声とちがって年老いたような話し方だった。
「ちょっと混乱してる。記憶の中の自分はそっちのあなたなんだ。自分を外側から眺めるのはなんていうか……、その……」
「いけません。中断します」花子が言った。一郎は道路にしゃがみ込み、ほかの三人が心配げに寄り添った。
「どうした?」予想はできたが聞いた。
「自我の混乱です。やはり早すぎたかもしれません。坊っちゃん、あなたは思ったより弱く、あまりに人間的です」クラゲが操作碗を揺らしている。
「音声のみなら? まだ話し足りない」
ファーリーが横で首を振った。「やめとこう。まずいよ。あの一郎って子、自分の外側の自分を区別するのに失敗したんだ」
「なんでぼくだけ?」
「もしかすると、あの子、心に神を宿せるのかもね」ファーリーはやんわりと『なんでぼくだけ?』と言ってしまったぼくの誤りを訂正した。『ぼく』じゃなく、『あの子』でないといけない。
「おい、マザー、さっきの言葉取り消せ」ウォーデがクラゲの操作碗を払った。
「どの言葉ですか」
「『思ったより弱く』って言ったろ? 弱いってとこだよ」
「しかし、『弱い』のは事実です。一郎はあのように通常行動を取れなくなってしまいました。心が身体を制御できていません。花子が自己破壊を止めてくれましたが」
「逆だ。自分が強く確立しているからこそ、二重の自分に衝撃を受けたんだよ。俺ら以上に分岐に時間がかかるってだけだ。そうなったらそこらの人造人間より安定する」
クラゲはすこしふらつき、すこしして返事をした。
「そういう視点もありますね。分かりました。先ほどの評価は取り消します。判定に時間を要する点を認めます」
ウォーデは、ふん、と馬鹿にしたような鼻息をした。
「ところで、あの、一郎は大丈夫なのか」ぼくは画面をつっついた。バイタルサインを見ようとしたのだが表示されない。ただ映像を映しているだけで現場でデータは取っていないらしい。
「大丈夫、とは言い切れません」花子だった。「行動停止にはリスクが伴います。基準を満たした病院が見つかり次第移動します」
「基準?」
「十分な医療設備はもちろんですが、警備や機密保持上の要求も満たしていいなければなりません」
「それなら高尾山に運びましょう。我々の傘下病院があります」ファーストがデータを示した。
結局そこに連れていく事になった。潜伏場所としても申し分ない。ぼくらも賛成した。
バンを挟むように黒い車が一台ずつ付き、すこし離れた後ろを三台目が付く形で移動を再開した。報道によるとデモは多数の逮捕者を出して終わっていた。
「施設、めちゃめちゃだな」ウォーデがつぶやいた。
画面の中の建物から灰色や薄い青紫の煙が幾筋も立ち上っていた。
クラゲ型オートマトンは報告口調で、ぼくらはモニターに釘付けだった。
子供が四人プラス一人。神田花子というマザーが入った存在はどうでもいい。説明によると常時同期しているのでこっちのと同一だからだ。
しかし、車から降りてきた一郎、雄二、さくら、大三郎は違う。自分であって、もう自分でない存在。人間の生殖細胞から人間のようにして生み出された人造人間で、きちんと成長すれば生殖も可能なように作られている。
そして、その事実は周知されてしまった。だれが何の理由で洩らしたかは不明だった。いや、見当はついている。
「秘匿回線がつながりました。お望みでしたら話せますよ。映像付きで」
クラゲを通じたマザーは落ち着いた声で言った。みんながぼくを見た。
「いや、これはぼく一人が決めていい事じゃない。みんなはどう? 一人でも迷ってたら今はやめよう」
「迷ってるのは坊っちゃんなんじゃない?」ファーリーは鋭い。
「無理しなくていいぞ」肩に毛むくじゃらの手が置かれた。
「坊っちゃん、セトルダウン」静かな声だった。
ぼくは笑った。「大丈夫落ち着いてる。よし。開いてくれ」
大きいのから小さいのまで、部屋中のモニターが子供たちを映し出した。向こうもどういう表情をしていいか分からないようだった。
「こんにちは……」一郎という子だった。ぼくだ。いや、そう考えてはいけない。もう別の人格だ。
ほかの子たちも挨拶し、こっちの三人も答えた。花子は車に寄りかかって黙っている。白い肌の連中は遠巻きにして警戒に当たっていた。
みんなそれぞれ自分が入った子供を相手に話し出した。体験した出来事、周囲の世界で何があったか、どう思ったか。まるで同期を取ろうとしているかのようだった。
「みなさんに注意です」花子が口を挟んだ。「相手について言う時には二人称を使ってください。人称の混乱は自我の混同を招きます。これは自明ですが、肉体の外に『自分』はいないのですよ」
ぼくははっとした。画面の向こうの一郎もそうだったし、みんなも意識してこちらとあちらを区別するような言葉を使いだした。
「デモは治まってきたみたいだな」ぼくは横目で報道を見ていた。
「うん。でも『臥竜鳳雛の会』の襲撃とか殉教とか、そっちじゃ大変だったんだな。こっちのはただの警備会社みたいなもんだけど」
「そりゃそうだろ。さっきも話したけど、神が連合組んで後ろにいるし、信者は言う通りするだけ。自分たちの行動が食い違ってるなんて思ってもいないはず」
「マザーも?」
「もちろん。一枚かんでる」
一郎は黙った。次に口を開いたとき、声とちがって年老いたような話し方だった。
「ちょっと混乱してる。記憶の中の自分はそっちのあなたなんだ。自分を外側から眺めるのはなんていうか……、その……」
「いけません。中断します」花子が言った。一郎は道路にしゃがみ込み、ほかの三人が心配げに寄り添った。
「どうした?」予想はできたが聞いた。
「自我の混乱です。やはり早すぎたかもしれません。坊っちゃん、あなたは思ったより弱く、あまりに人間的です」クラゲが操作碗を揺らしている。
「音声のみなら? まだ話し足りない」
ファーリーが横で首を振った。「やめとこう。まずいよ。あの一郎って子、自分の外側の自分を区別するのに失敗したんだ」
「なんでぼくだけ?」
「もしかすると、あの子、心に神を宿せるのかもね」ファーリーはやんわりと『なんでぼくだけ?』と言ってしまったぼくの誤りを訂正した。『ぼく』じゃなく、『あの子』でないといけない。
「おい、マザー、さっきの言葉取り消せ」ウォーデがクラゲの操作碗を払った。
「どの言葉ですか」
「『思ったより弱く』って言ったろ? 弱いってとこだよ」
「しかし、『弱い』のは事実です。一郎はあのように通常行動を取れなくなってしまいました。心が身体を制御できていません。花子が自己破壊を止めてくれましたが」
「逆だ。自分が強く確立しているからこそ、二重の自分に衝撃を受けたんだよ。俺ら以上に分岐に時間がかかるってだけだ。そうなったらそこらの人造人間より安定する」
クラゲはすこしふらつき、すこしして返事をした。
「そういう視点もありますね。分かりました。先ほどの評価は取り消します。判定に時間を要する点を認めます」
ウォーデは、ふん、と馬鹿にしたような鼻息をした。
「ところで、あの、一郎は大丈夫なのか」ぼくは画面をつっついた。バイタルサインを見ようとしたのだが表示されない。ただ映像を映しているだけで現場でデータは取っていないらしい。
「大丈夫、とは言い切れません」花子だった。「行動停止にはリスクが伴います。基準を満たした病院が見つかり次第移動します」
「基準?」
「十分な医療設備はもちろんですが、警備や機密保持上の要求も満たしていいなければなりません」
「それなら高尾山に運びましょう。我々の傘下病院があります」ファーストがデータを示した。
結局そこに連れていく事になった。潜伏場所としても申し分ない。ぼくらも賛成した。
バンを挟むように黒い車が一台ずつ付き、すこし離れた後ろを三台目が付く形で移動を再開した。報道によるとデモは多数の逮捕者を出して終わっていた。
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画面の中の建物から灰色や薄い青紫の煙が幾筋も立ち上っていた。
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