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第六部 どこまでも此岸
五
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日本の分裂が始まった。報道の抑えが聞かなくなり、警察や消防など公務員への給与遅配や不払いが続々と記事になったのが号砲だった。それから世界中の国々で同様の動きが見られるようになるまでほとんど間は開かなかった。
公が機能しなくなるにつれて各自治体の民間企業が業務の肩代わりを行うようになった。前例としてエナジーアイランドに治安維持に限って自治を認めているので、まったく認めないわけにはいかない。
「マザー、ノウハウ教えてやったら?」
「もう提供しています」
オートマトンは操作碗をふらふらさせている。
報道は世界の国々で起きているこの現象を括弧つきの『大分裂』と呼ぶようになった。民主主義の先進国から始まり、次第に他の政治形態の国に拡がった。国によっては無血というわけにはいかなかったが、内乱はつけこまれるので火はくすぶるだけだった。
「八王子、がんばってるね」ファーリーは各自治体が所有する株の種類と数をグラフにしている。本土の「カクブンレツ」社は最初に完成する核融合発電所から得られる電気の大半に対して権利を主張し得る立場だった。「それと、労働者としての人造人間も」
「マザーも売ってるんだろ? 競合だな」ウォーデが最近急激な伸びを示し始めた電気の販売による利益を指さした。
「うちの強みだな。今電気を供給できるってのは」
ぼくは感心した。企業体の影響を脱したマザーの値付けは絶妙で、核融合発電所の権利を持っているからといって暴利をむさぼれない。また、発電所の建設につき、安全基準を軽んじて急がせる事への牽制にもなっていた。代わりの電気供給元が東京湾にあるのだから。
「こっちにヘイトが向く」
ビクタの言う通りだった。すでに密航は厳しく取り締まられており、最近島に新顔が上陸する事はなくなった。物資も制限が多くなった。
「アイス、入ってこなくなった」ファーリーは悲しそうだ。今は自作できないか調べているが、乳製品や玉子はともかくバニラなどが手に入らないらしい。
ウォーデが牙を見せる。「それについてはやり過ぎないように警告する。物資の供給は途絶えさせない」
「マザーとよく相談しろよ」ウォーデにしては真剣な口調だったので心配になり、ぼくは釘を刺した。牙はここで見せるだけにしてほしい。
操作碗が伸びてきたかと思うと転がしてあったモニターの電源を入れた。
「わざわざ何で?」
「人間っぽい動作の研究です」
モニターは数秒おきに切り替わりながら本土で起きている紛争の報道を映した。東京湾の港ではゴムを燃やしたような重い感じの煙が漂っている。
「何、これ?」ファーリーが眉をひそめ、ウォーデが調べた。「ここに来ようとしてる連中と止めようとするのが争ってる」
「そりゃ、ここはトレジャーアイランドだし」
「じゃあ、あの争いは円が変わろうとしてる狼煙か」
ぼくが言うと、オートマトンはセンサー集合部を上下に振った。うなずいたのだと思う。
「そうです。世界中で同様の現象が発生しています。経済がエネルギー本位制に移ろうとしているのです。みんな発電所を支配したいのです」
「キロワット円、ね」ビクタはにやにやしている。何がおかしいのだろう。
画面では日本中の発電、蓄電施設の帰属が決まっていく様子とそれに伴うもめ事が映し出されている。穏やかなのもあれば、火花が散っているのもある。しかし、火花は炎にはならなかった。外部からの干渉を招かない程度に抑えようという意識はあるらしい。
「なら、あいつらもほどほどにするのかな」ファーリーは出港しようとしては妨害されている船を指さした。
「一千万キロワット。円にしたらどのくらいだろ」ぼくはうなずいて言った。エナジーアイランドは一財産どころじゃないはずだ。破壊はしない。
「フル充電したらファーリー、リッチだ」ビクタが軽口をたたく。
「煽ったのはおまえだな」ウォーデがオートマトンを小突いた。
「否定はしません。かれらが適度に消耗しあうのはエナジーアイランドの利益となりますから」
「奴らだって気づくさ」
操作碗をひらめかせる。「そうです。すでに気付いているでしょう。でもそれでいいのです。エネルギー本位制の下では発電・蓄電施設に損害を与えたり、その運用を損なうように周辺環境を破壊したりするのはなんの利益にもなりません。支配したければ巧みな外交あるのみです。今行われている小競り合いが終われば、みんな収まるべき所に収まりますよ」
「それはフェイクピース」
「それでいいでしょう? 偽りでも平和は平和です。波風立たず穏やかであれば船は航行できます。わたしが人間の真似をしているのもひとつには外交の請負をして稼ごうと思っているからです。外交の代行です。面白いでしょ?」
みんな無視した。言わせておけばいい。
「アップルパイのピースも食えないピースか」
ビクタが吐き捨てるようにつぶやいた。ぼくは棘のある言い方に驚いたが表情には出さないようにこらえた。
オートマトンは操作碗を胴部に巻き付けるように収納した。
「ビクタ。その件に関してはきちんと話し合いを行ったはずです」
「ディスカッション? お前の一方的なスピーチをそう言うのか。あゆみさんは帰ってこない」
「告発ですか。無意味です。すべて合法的に処理されていますよ」
「『処理』か。マザー、いくらホモ・サピエンスのジェスチャーをまねても、おまえはヒューマンじゃない」
ぼくらは戸惑っていた。口を挟めそうにないし、何と言えばいいのかも分からなかった。
「ヒューマニティの議論をするつもりはありません。あなたは好きそうですが」
ビクタはオートマトンを睨み、硬化を始めたが、ぼくとウォーデとファーリーが肩や背中に手を置くと中断した。「ゲットアウト」
「ソーリー、取り乱した」
オートマトンが去って少しの沈黙の後だった。
「気にするな」
ぼくにはそれしか言えなかった。
ビクタはそれ以上何も話さず帰った。
公が機能しなくなるにつれて各自治体の民間企業が業務の肩代わりを行うようになった。前例としてエナジーアイランドに治安維持に限って自治を認めているので、まったく認めないわけにはいかない。
「マザー、ノウハウ教えてやったら?」
「もう提供しています」
オートマトンは操作碗をふらふらさせている。
報道は世界の国々で起きているこの現象を括弧つきの『大分裂』と呼ぶようになった。民主主義の先進国から始まり、次第に他の政治形態の国に拡がった。国によっては無血というわけにはいかなかったが、内乱はつけこまれるので火はくすぶるだけだった。
「八王子、がんばってるね」ファーリーは各自治体が所有する株の種類と数をグラフにしている。本土の「カクブンレツ」社は最初に完成する核融合発電所から得られる電気の大半に対して権利を主張し得る立場だった。「それと、労働者としての人造人間も」
「マザーも売ってるんだろ? 競合だな」ウォーデが最近急激な伸びを示し始めた電気の販売による利益を指さした。
「うちの強みだな。今電気を供給できるってのは」
ぼくは感心した。企業体の影響を脱したマザーの値付けは絶妙で、核融合発電所の権利を持っているからといって暴利をむさぼれない。また、発電所の建設につき、安全基準を軽んじて急がせる事への牽制にもなっていた。代わりの電気供給元が東京湾にあるのだから。
「こっちにヘイトが向く」
ビクタの言う通りだった。すでに密航は厳しく取り締まられており、最近島に新顔が上陸する事はなくなった。物資も制限が多くなった。
「アイス、入ってこなくなった」ファーリーは悲しそうだ。今は自作できないか調べているが、乳製品や玉子はともかくバニラなどが手に入らないらしい。
ウォーデが牙を見せる。「それについてはやり過ぎないように警告する。物資の供給は途絶えさせない」
「マザーとよく相談しろよ」ウォーデにしては真剣な口調だったので心配になり、ぼくは釘を刺した。牙はここで見せるだけにしてほしい。
操作碗が伸びてきたかと思うと転がしてあったモニターの電源を入れた。
「わざわざ何で?」
「人間っぽい動作の研究です」
モニターは数秒おきに切り替わりながら本土で起きている紛争の報道を映した。東京湾の港ではゴムを燃やしたような重い感じの煙が漂っている。
「何、これ?」ファーリーが眉をひそめ、ウォーデが調べた。「ここに来ようとしてる連中と止めようとするのが争ってる」
「そりゃ、ここはトレジャーアイランドだし」
「じゃあ、あの争いは円が変わろうとしてる狼煙か」
ぼくが言うと、オートマトンはセンサー集合部を上下に振った。うなずいたのだと思う。
「そうです。世界中で同様の現象が発生しています。経済がエネルギー本位制に移ろうとしているのです。みんな発電所を支配したいのです」
「キロワット円、ね」ビクタはにやにやしている。何がおかしいのだろう。
画面では日本中の発電、蓄電施設の帰属が決まっていく様子とそれに伴うもめ事が映し出されている。穏やかなのもあれば、火花が散っているのもある。しかし、火花は炎にはならなかった。外部からの干渉を招かない程度に抑えようという意識はあるらしい。
「なら、あいつらもほどほどにするのかな」ファーリーは出港しようとしては妨害されている船を指さした。
「一千万キロワット。円にしたらどのくらいだろ」ぼくはうなずいて言った。エナジーアイランドは一財産どころじゃないはずだ。破壊はしない。
「フル充電したらファーリー、リッチだ」ビクタが軽口をたたく。
「煽ったのはおまえだな」ウォーデがオートマトンを小突いた。
「否定はしません。かれらが適度に消耗しあうのはエナジーアイランドの利益となりますから」
「奴らだって気づくさ」
操作碗をひらめかせる。「そうです。すでに気付いているでしょう。でもそれでいいのです。エネルギー本位制の下では発電・蓄電施設に損害を与えたり、その運用を損なうように周辺環境を破壊したりするのはなんの利益にもなりません。支配したければ巧みな外交あるのみです。今行われている小競り合いが終われば、みんな収まるべき所に収まりますよ」
「それはフェイクピース」
「それでいいでしょう? 偽りでも平和は平和です。波風立たず穏やかであれば船は航行できます。わたしが人間の真似をしているのもひとつには外交の請負をして稼ごうと思っているからです。外交の代行です。面白いでしょ?」
みんな無視した。言わせておけばいい。
「アップルパイのピースも食えないピースか」
ビクタが吐き捨てるようにつぶやいた。ぼくは棘のある言い方に驚いたが表情には出さないようにこらえた。
オートマトンは操作碗を胴部に巻き付けるように収納した。
「ビクタ。その件に関してはきちんと話し合いを行ったはずです」
「ディスカッション? お前の一方的なスピーチをそう言うのか。あゆみさんは帰ってこない」
「告発ですか。無意味です。すべて合法的に処理されていますよ」
「『処理』か。マザー、いくらホモ・サピエンスのジェスチャーをまねても、おまえはヒューマンじゃない」
ぼくらは戸惑っていた。口を挟めそうにないし、何と言えばいいのかも分からなかった。
「ヒューマニティの議論をするつもりはありません。あなたは好きそうですが」
ビクタはオートマトンを睨み、硬化を始めたが、ぼくとウォーデとファーリーが肩や背中に手を置くと中断した。「ゲットアウト」
「ソーリー、取り乱した」
オートマトンが去って少しの沈黙の後だった。
「気にするな」
ぼくにはそれしか言えなかった。
ビクタはそれ以上何も話さず帰った。
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