7 / 29
七、聞くは一時の恥どころか危険(回想の部 全六章中の六)
しおりを挟む
「これはようこそいらっしゃいました。雨宮家のお嬢様をお迎えできて光栄に存じます」
そういいながら主人は二人の着物や履物を値踏みするように見た。戸善はそんな視線になど気づかないふりをする。千草は立派な大人が他人の服の値を見積もるなど考えてもいない。
どちらの国においても、経済的な豊かさにおいては豪農にはかなわない。現金が常に手の中にある。そういう余裕が家や家具ばかりではなく、服や履物など身の回りの品にもあらわれていた。
「二、三日お世話になります。また、あらかじめお知らせしていましたように、お嬢様の研究のため、農民への取材をお許し願いたい」
「もちろんです。しかし、まずはお部屋へ案内させましょう」
土いじりなどしばらくしたことのなさそうなやわらかい手を打つと、使用人が出てきて二人を離れに案内した。
「明慶、準備は良いか。行くぞ」
荷物を置いて旅装を解くと、奥の部屋から声がかかった。
「もちろんです。参りましょう」
そういって部屋から出てきた戸善は動きやすさを優先した軽めの服装になっていた。様子を見るため、刀などの目立つ武装は置いてきたが、懐に短刀を忍ばせていた。
農民たちは二人に声をかけられてもさほど驚かなかった。すでに話が通っていたのだろう。気のいい人たちで、農作業の邪魔をされてもうっとうしがったりせずゆっくり考えながら答えた。
このやり取りばかりは戸善が口を出すわけにもいかず、うしろで聞いているだけだった。
「ここらへん一帯はむかし、帝国動乱で落ち延びた武者や貴族が開いたといわれていますね」
「そうでございます。ここらへんというよりは穂高国自体がそういう由来でしょう」
「そうですか。われら月城国はただの通過地ゆえ、むかしの雅な言葉はここのほうがのこっているはずです。わたしはその伝わりかたや変わり様などを調べているのです」
「はあ、それはご苦労様なことで。なにかお役に立てますかな」
「もう役に立ってもらっていますよ。こうして話をしているだけでいいのです」
「ほほお、世間話が学問になりますので。それはいい」
「そう。世間話でよいのです。ところで、今年の作物の出来はいかがですか」
戸善は手を出して止めそうになったがこらえた。いきなりか。
そんなあせりなど知らぬとばかりに、千草は植えた作物の種類と量、病害虫による損失はどのくらいで収穫はどの程度になりそうかなど、任務を忠実にこなしはじめた。
「もうこれでよろしゅうございますか」
「ありがとう。たいへん役にたった。感謝する」
「しかし、言葉のお調べというよりは、お役人みたいですなあ。月城国のお嬢様は」
「はは、まさか。農民の言葉づかいを知るには農業について聞いたほうが良いものなのです。ではお仕事をお続けください」
そういって聞くことさえ聞けばもう用はないとばかりにお辞儀だけしてその場を離れた。戸善は、これは些少ながら、と礼金をわたす。農民はさっさとよそへむかう娘と、あわてて追いかける若者を首をひねって見送った。
そんな取材がもう二、三あり、日が傾くと宿に帰る。翌日もそうだった。お嬢様は先に部屋にもどっている。きのうきょうで体よりも心がひどく疲れた戸善は井戸で足を洗っている。いっそのことこの任務からも足を洗いたい。
落とした手ぬぐいをひろおうとしゃがんだ時だった、井戸の向こう側を通る者たちの気配がした。館の使用人たちだった。前に出て挨拶しようとしたが、話に千草様が出たのを聞いた瞬間、しゃがんだままの姿勢を保った。ほとんど意識せずに気を消す術をつかう。
「……あの月城の娘っ子、怪しくないか」
「そだな、田畑や牛馬のできぐあいばかり聞きやがる」
「まさか役人の手先じゃなかろうな。まずいぞ、隠し田がばれたら」
「おい、そんな大声で」
「だれもいないよ。でも、ちょっと探りを入れるか」
「ああ、今夜忍びこもう。月城の貴族ってのが嘘ならついでに……」
「ばか。子供だ、ありゃ」
かれらが通り過ぎてしまうと、戸善は首を振って立ち上がった。素人にすら怪しまれている。今夜くるやつらを追っ払ったら、深山守様におうかがいを立てて、手を回して調査を中止にしてもらおう。こんな調子で国をめぐっていたら困ったことになるのは目に見えている。
それに、中断という形であっても早々に任務を終わらせられるのであればそれに越したことはないだろう。
しかし、隠し田か。主人もからんでそうだな。
「明慶、どこだ?」
「こちらです。井戸におります」
「いつまで洗っておる。たのみたいことがある。来てくれ」
「わかりました」
ため息をひとつ、井戸に落とした。
そういいながら主人は二人の着物や履物を値踏みするように見た。戸善はそんな視線になど気づかないふりをする。千草は立派な大人が他人の服の値を見積もるなど考えてもいない。
どちらの国においても、経済的な豊かさにおいては豪農にはかなわない。現金が常に手の中にある。そういう余裕が家や家具ばかりではなく、服や履物など身の回りの品にもあらわれていた。
「二、三日お世話になります。また、あらかじめお知らせしていましたように、お嬢様の研究のため、農民への取材をお許し願いたい」
「もちろんです。しかし、まずはお部屋へ案内させましょう」
土いじりなどしばらくしたことのなさそうなやわらかい手を打つと、使用人が出てきて二人を離れに案内した。
「明慶、準備は良いか。行くぞ」
荷物を置いて旅装を解くと、奥の部屋から声がかかった。
「もちろんです。参りましょう」
そういって部屋から出てきた戸善は動きやすさを優先した軽めの服装になっていた。様子を見るため、刀などの目立つ武装は置いてきたが、懐に短刀を忍ばせていた。
農民たちは二人に声をかけられてもさほど驚かなかった。すでに話が通っていたのだろう。気のいい人たちで、農作業の邪魔をされてもうっとうしがったりせずゆっくり考えながら答えた。
このやり取りばかりは戸善が口を出すわけにもいかず、うしろで聞いているだけだった。
「ここらへん一帯はむかし、帝国動乱で落ち延びた武者や貴族が開いたといわれていますね」
「そうでございます。ここらへんというよりは穂高国自体がそういう由来でしょう」
「そうですか。われら月城国はただの通過地ゆえ、むかしの雅な言葉はここのほうがのこっているはずです。わたしはその伝わりかたや変わり様などを調べているのです」
「はあ、それはご苦労様なことで。なにかお役に立てますかな」
「もう役に立ってもらっていますよ。こうして話をしているだけでいいのです」
「ほほお、世間話が学問になりますので。それはいい」
「そう。世間話でよいのです。ところで、今年の作物の出来はいかがですか」
戸善は手を出して止めそうになったがこらえた。いきなりか。
そんなあせりなど知らぬとばかりに、千草は植えた作物の種類と量、病害虫による損失はどのくらいで収穫はどの程度になりそうかなど、任務を忠実にこなしはじめた。
「もうこれでよろしゅうございますか」
「ありがとう。たいへん役にたった。感謝する」
「しかし、言葉のお調べというよりは、お役人みたいですなあ。月城国のお嬢様は」
「はは、まさか。農民の言葉づかいを知るには農業について聞いたほうが良いものなのです。ではお仕事をお続けください」
そういって聞くことさえ聞けばもう用はないとばかりにお辞儀だけしてその場を離れた。戸善は、これは些少ながら、と礼金をわたす。農民はさっさとよそへむかう娘と、あわてて追いかける若者を首をひねって見送った。
そんな取材がもう二、三あり、日が傾くと宿に帰る。翌日もそうだった。お嬢様は先に部屋にもどっている。きのうきょうで体よりも心がひどく疲れた戸善は井戸で足を洗っている。いっそのことこの任務からも足を洗いたい。
落とした手ぬぐいをひろおうとしゃがんだ時だった、井戸の向こう側を通る者たちの気配がした。館の使用人たちだった。前に出て挨拶しようとしたが、話に千草様が出たのを聞いた瞬間、しゃがんだままの姿勢を保った。ほとんど意識せずに気を消す術をつかう。
「……あの月城の娘っ子、怪しくないか」
「そだな、田畑や牛馬のできぐあいばかり聞きやがる」
「まさか役人の手先じゃなかろうな。まずいぞ、隠し田がばれたら」
「おい、そんな大声で」
「だれもいないよ。でも、ちょっと探りを入れるか」
「ああ、今夜忍びこもう。月城の貴族ってのが嘘ならついでに……」
「ばか。子供だ、ありゃ」
かれらが通り過ぎてしまうと、戸善は首を振って立ち上がった。素人にすら怪しまれている。今夜くるやつらを追っ払ったら、深山守様におうかがいを立てて、手を回して調査を中止にしてもらおう。こんな調子で国をめぐっていたら困ったことになるのは目に見えている。
それに、中断という形であっても早々に任務を終わらせられるのであればそれに越したことはないだろう。
しかし、隠し田か。主人もからんでそうだな。
「明慶、どこだ?」
「こちらです。井戸におります」
「いつまで洗っておる。たのみたいことがある。来てくれ」
「わかりました」
ため息をひとつ、井戸に落とした。
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる