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十、釘を刺……さったのか
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「早かったな。あまり飲まなかったのか」
千草は、帰ってきましたと挨拶した戸善の顔色を見ていった。なにやらぼりぼり食べながら茶を飲んでいる。もう浴衣に着替えていた。
「これか。取材してたらご婦人方にもらった。気のいい方々だな。ここら辺の人は」
そういいながら一つ差し出す。砂糖がけの煎餅だがかるく生姜をきかせてあった。
「ちょうどよかった。今後について打ち合わせておきたい。いいか」
「もちろんです。あ、いや、それはわたしが」
立ちかけた千草様を制して茶を淹れた。
「今後といいますと、予定変更ですか」
一口飲んでいった。見たところお嬢様は丸腰だった。不用心にも懐剣はすぐに手の届かない床の間に置いたままだ。
「うん、研究旅行は続けるが対象を変更したい」
「相手を?」
「農民への聞き取り調査と共にもうすこし上流階級の方々がもちいる単語や発音を調べたい。なんとかならないか」
「それはまた、なぜでしょう」
「古語の変化の割合が地位身分によって変わるかどうか調べないと不完全な論文になりそうなのだ。わたしの予想では上流階級ほど古語を残さず中央よりになると考えている」
収穫量予想のため、調査対象を納税側だけじゃなく、収税側まで広げるのはわからないでもない。しかし、貴族にまであんな質問をされたらことだぞ、と思いながら顔には出さないようにする。
「しかし、お嬢様もおわかりでしょうが、月城の貴族が穂高の貴族と話をするのは困難かと。取材といってもいろいろと誤解をまねきます」
「やはりそうか」
「今回はおあきらめください。あと五年か十年もすればべつかもしれませんが、いまはむずかしいどころか対応によっては外交問題になりかねません」
「決着はつき、平和になったはずなのにな」
「それは、われら勝者の考えです。敗者の立場にも身をお置きください」
「わかった。おまえのいうことのほうが正しいと思う。今回はやめておく」
「もうひとつ、よろしいでしょうか」
「かまわぬ。遠慮するな」
「お嬢様の研究手法についてでございます。実はわれらがうわさになっております」
「うわさ?」
「あまり良いものではありません。農作物の出来不出来にかたよったご質問をされるので、役人の覆面調査かと思われております。一部には不快感を抱く輩もおります」
「しかし、日常的に用いられている言語をふつうに話させるには相手のなりわいを聞くのがいいのだが」
「そこをなんとか、もう少々遠回しにはできませぬでしょうか。たとえば収穫についてばかりではなく、農業用語や道具のあつかい、家畜の性質についてなどの問いを適度に混ぜてみてはいかがでしょう」
「研究についてはわたしが決めることだ」
「もちろんでございます。ただ、農民どもは税については過度に敏感です。お心におとどめください」
「わかった。それにしてもまた四角四面にもどったな」
戸善は頭をさげる。わかったといったが、その割に納得していないのか、煎餅をかむ音が荒くなった。
「明慶」急須や湯飲みをかたづけていると声をかけられた。
「は」
「おまえ、辺境の警備士かと思っていたが、外交だとか、相手の立場に身を置けとか、さらにはうわさ話に耳を澄ませてみたり、そういう方面にも頭がまわるのだな」
「いささか。辺境におりますと外国との微妙なやり取りもございますゆえ、現場での判断力が必要になります」
「ほお、初耳だ。どんな問題があった?」
「それは、その、わたしの職務上、墓まで持っていかないといけませんので」
千草はにやりと笑う。
「どうもおまえ、見たままの人間ではないように思うが、どうだ?」
「そのようなことはございません。わたしは雨宮家の私設警備士です」
「いや、な、単なるうわさだが、父上が私設警備士の中でも優秀な者を集めて特殊部隊を編制しているというが、ぶっちゃけ、おまえもその一員ではなかろうな」
「ぶっちゃけ?」聞いたこともない言葉だった。
「ははは、知らぬのか。学校ではよく使っているぞ。はっきりいって、といったくらいの意味だ」
「なるほど、『うちあける』か、『ぶちあける』あたりからの言葉でしょうか。しかし特殊部隊とは滅相もない。失礼ながらお戯れもほどほどに願います」
特殊部隊など、私設警備士を持つような家ならどこでも持っているが、公然の秘密として軽々しく口には出さないのものだ。王室から私設の軍を持とうとしていると見なされたらまずい。『単なるうわさ』などと言葉を補っているが軽率といえる。
それから経費について話をしているうちに夕食が来たので、従者用の部屋にもどった時には日が暮れていた。そちらにも膳が運ばれていた。お嬢様とちがい自分で飯をよそうが、一人の食事は慣れていた。むしろ任務中は一人でというほうが多い。
そのためか、食べながら書状を読むという行儀の悪い習慣が身についてしまった。かといってただ食べるというのは時間の無駄としか思えない。飯を口に運ぶのは見ずともできるのだから、目には仕事をさせておいたほうがいい。
膳のまわりには、転送の付箋がたくさん貼られた書状が並べられている。柄家に偽装した諜報部からや雨宮家からのものだった。こちらからの報告はまだ届いていないので、内容は安否や経費の確認などが中心だった。それほど大したものではない。
あっという間に流しこむようにして食事を終えると、茶を飲みながら書状を認める。暗号を用いて現状を報告した。その中で、任務の中断要請については取り消した。加えて隠し田について独自の調査を行ないたいと要望する。隠し田と黒鍬党、そして穂高国。これらのつながり具合によっては国力の算定および評価を変更しなければならない。想定以上に蓄えがあるとなると外交戦略の見直しもありうる。
まったくとんでもないことになったな、と戸善は顎をなでた。
千草は、帰ってきましたと挨拶した戸善の顔色を見ていった。なにやらぼりぼり食べながら茶を飲んでいる。もう浴衣に着替えていた。
「これか。取材してたらご婦人方にもらった。気のいい方々だな。ここら辺の人は」
そういいながら一つ差し出す。砂糖がけの煎餅だがかるく生姜をきかせてあった。
「ちょうどよかった。今後について打ち合わせておきたい。いいか」
「もちろんです。あ、いや、それはわたしが」
立ちかけた千草様を制して茶を淹れた。
「今後といいますと、予定変更ですか」
一口飲んでいった。見たところお嬢様は丸腰だった。不用心にも懐剣はすぐに手の届かない床の間に置いたままだ。
「うん、研究旅行は続けるが対象を変更したい」
「相手を?」
「農民への聞き取り調査と共にもうすこし上流階級の方々がもちいる単語や発音を調べたい。なんとかならないか」
「それはまた、なぜでしょう」
「古語の変化の割合が地位身分によって変わるかどうか調べないと不完全な論文になりそうなのだ。わたしの予想では上流階級ほど古語を残さず中央よりになると考えている」
収穫量予想のため、調査対象を納税側だけじゃなく、収税側まで広げるのはわからないでもない。しかし、貴族にまであんな質問をされたらことだぞ、と思いながら顔には出さないようにする。
「しかし、お嬢様もおわかりでしょうが、月城の貴族が穂高の貴族と話をするのは困難かと。取材といってもいろいろと誤解をまねきます」
「やはりそうか」
「今回はおあきらめください。あと五年か十年もすればべつかもしれませんが、いまはむずかしいどころか対応によっては外交問題になりかねません」
「決着はつき、平和になったはずなのにな」
「それは、われら勝者の考えです。敗者の立場にも身をお置きください」
「わかった。おまえのいうことのほうが正しいと思う。今回はやめておく」
「もうひとつ、よろしいでしょうか」
「かまわぬ。遠慮するな」
「お嬢様の研究手法についてでございます。実はわれらがうわさになっております」
「うわさ?」
「あまり良いものではありません。農作物の出来不出来にかたよったご質問をされるので、役人の覆面調査かと思われております。一部には不快感を抱く輩もおります」
「しかし、日常的に用いられている言語をふつうに話させるには相手のなりわいを聞くのがいいのだが」
「そこをなんとか、もう少々遠回しにはできませぬでしょうか。たとえば収穫についてばかりではなく、農業用語や道具のあつかい、家畜の性質についてなどの問いを適度に混ぜてみてはいかがでしょう」
「研究についてはわたしが決めることだ」
「もちろんでございます。ただ、農民どもは税については過度に敏感です。お心におとどめください」
「わかった。それにしてもまた四角四面にもどったな」
戸善は頭をさげる。わかったといったが、その割に納得していないのか、煎餅をかむ音が荒くなった。
「明慶」急須や湯飲みをかたづけていると声をかけられた。
「は」
「おまえ、辺境の警備士かと思っていたが、外交だとか、相手の立場に身を置けとか、さらにはうわさ話に耳を澄ませてみたり、そういう方面にも頭がまわるのだな」
「いささか。辺境におりますと外国との微妙なやり取りもございますゆえ、現場での判断力が必要になります」
「ほお、初耳だ。どんな問題があった?」
「それは、その、わたしの職務上、墓まで持っていかないといけませんので」
千草はにやりと笑う。
「どうもおまえ、見たままの人間ではないように思うが、どうだ?」
「そのようなことはございません。わたしは雨宮家の私設警備士です」
「いや、な、単なるうわさだが、父上が私設警備士の中でも優秀な者を集めて特殊部隊を編制しているというが、ぶっちゃけ、おまえもその一員ではなかろうな」
「ぶっちゃけ?」聞いたこともない言葉だった。
「ははは、知らぬのか。学校ではよく使っているぞ。はっきりいって、といったくらいの意味だ」
「なるほど、『うちあける』か、『ぶちあける』あたりからの言葉でしょうか。しかし特殊部隊とは滅相もない。失礼ながらお戯れもほどほどに願います」
特殊部隊など、私設警備士を持つような家ならどこでも持っているが、公然の秘密として軽々しく口には出さないのものだ。王室から私設の軍を持とうとしていると見なされたらまずい。『単なるうわさ』などと言葉を補っているが軽率といえる。
それから経費について話をしているうちに夕食が来たので、従者用の部屋にもどった時には日が暮れていた。そちらにも膳が運ばれていた。お嬢様とちがい自分で飯をよそうが、一人の食事は慣れていた。むしろ任務中は一人でというほうが多い。
そのためか、食べながら書状を読むという行儀の悪い習慣が身についてしまった。かといってただ食べるというのは時間の無駄としか思えない。飯を口に運ぶのは見ずともできるのだから、目には仕事をさせておいたほうがいい。
膳のまわりには、転送の付箋がたくさん貼られた書状が並べられている。柄家に偽装した諜報部からや雨宮家からのものだった。こちらからの報告はまだ届いていないので、内容は安否や経費の確認などが中心だった。それほど大したものではない。
あっという間に流しこむようにして食事を終えると、茶を飲みながら書状を認める。暗号を用いて現状を報告した。その中で、任務の中断要請については取り消した。加えて隠し田について独自の調査を行ないたいと要望する。隠し田と黒鍬党、そして穂高国。これらのつながり具合によっては国力の算定および評価を変更しなければならない。想定以上に蓄えがあるとなると外交戦略の見直しもありうる。
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