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第一章 緑の瞳の少女
三
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ローテンブレード家本城、とはいうものの、美麗とは言えない。戦争は当主の住まう城をも実用一点張りの姿に変えていた。それでも前庭は心づくしの花や木々で飾られており、平和、しかもそれを勝ち取った側の歓喜を感じさせた。
ケラトゥス・ウィングは花と木の間の小道をまっすぐ歩いていく。無駄な肉のない引き締まった長身から翻るマントは装飾用で肩と背中に紋がついており、身分が許す範囲で色を使った衣服に身を包んでいた。紋に気づいた護衛兵たちは道を譲り、敬礼する。
答礼をし、会釈を返す。茶色の目と厚めの唇はいつも愛想よくほほ笑んでいる。眉にかかってくる濃い茶色の髪を払う。戦時中は短く刈り込んでいたのだが伸びるのはあっという間だ。
「ウィングです。お呼びにより参りました」
城に付属する小さな建物の門衛に告げ、開けられた扉をくぐった。そのまま玄関ホールを突っ切って階段を上がってすぐの扉。来れるのはこの事務所までだった。いつか本城に上がれる身分になりたいものだがあせってはいけない。一歩一歩着実に、いままで通りに出世していけばあと十年ほどでそういう立場になれるだろう。
しかしいまは小さくなって上の命令をこなすしかない。ただただ実績を積み重ねるのだ。
ケラトゥスは扉の外で立っている時はいつもそう考えていた。だから待っていられた。これだっていつか報われる辛抱だ。
扉が開き、召使から入るよう合図された。すぐに目に入るのは四魔獣を脚に彫り込んだ机。その向こうに窓を背にして上司のオウルーク・ブレードが座っている。ローテンブレード家の紋章指輪が日の光にきらめいたが、この上司自身はローテンブレードの正血統ではない。
「ご苦労。挨拶はいいだろ? わしと君の間だ。ほかにだれもいない時は簡潔に行こう。現状報告を。それと、かけたまえ」
話すと、大き目の口がしわだらけの顔にさらにしわを加えた。年齢によるものもあり、苦労によるものもあった。目は小さく肉の襞に埋もれそうだったが、唯一、丸い鼻だけが愛嬌を残していた。
会釈をしてすわる。クッションが効いており、がたつきひとつない。軍ではありえない椅子だった。
「報告いたします。先の手紙によるものと変わりありません。魔宝具の輸送計画に変更なし」
「よろしい。それにしてもだ……、しつこいかな? 上が気にしている。正規兵でないのはいかがかとな」
オウルークは書類とケラトゥスの顔を交互に見ている。またか、と思うが顔には出さないようにする。蒸し返すのにはなにかあるのだろうか。そういうのを汲み取れないと出世に障る。
「ご心配はもっともです。わたくしも戦時中であれば軍に支援を要請しておりました。しかし戦後復興に伴う軍の縮小もあり、ここで護衛運送などを依頼するともっと上の筋、はっきり申し上げて王室のご機嫌を損ねると判断いたしました。また、現場には募集は元軍人のみに絞るよう指示を出しておりますので実力は変わらないと存じます」
本当は予算の都合なのだが、それは口にしない。お互い分かっていることではあるし、貴族の家というのは没落を目の当たりにするのを極度に嫌がる。別の理由をつけてやれば喜んで飛びつくものだ。
「そうだな。わしもそう言っているのだが。なんども済まんな。ところで、あれについてだが……」
声をひそめ、指でケラトゥスを招いた。すぐ立ち、机を回りこんでそばで腰を曲げて耳打ちする。
「おまかせください。目立たぬようほかの魔宝具と同様に輸送いたします。こちらも計画通りに」
オウルークは眉間にしわを寄せたが、明るい日差しのせいで陰影がかき消され、ケラトゥスは気づかなかった。
ケラトゥス・ウィングは花と木の間の小道をまっすぐ歩いていく。無駄な肉のない引き締まった長身から翻るマントは装飾用で肩と背中に紋がついており、身分が許す範囲で色を使った衣服に身を包んでいた。紋に気づいた護衛兵たちは道を譲り、敬礼する。
答礼をし、会釈を返す。茶色の目と厚めの唇はいつも愛想よくほほ笑んでいる。眉にかかってくる濃い茶色の髪を払う。戦時中は短く刈り込んでいたのだが伸びるのはあっという間だ。
「ウィングです。お呼びにより参りました」
城に付属する小さな建物の門衛に告げ、開けられた扉をくぐった。そのまま玄関ホールを突っ切って階段を上がってすぐの扉。来れるのはこの事務所までだった。いつか本城に上がれる身分になりたいものだがあせってはいけない。一歩一歩着実に、いままで通りに出世していけばあと十年ほどでそういう立場になれるだろう。
しかしいまは小さくなって上の命令をこなすしかない。ただただ実績を積み重ねるのだ。
ケラトゥスは扉の外で立っている時はいつもそう考えていた。だから待っていられた。これだっていつか報われる辛抱だ。
扉が開き、召使から入るよう合図された。すぐに目に入るのは四魔獣を脚に彫り込んだ机。その向こうに窓を背にして上司のオウルーク・ブレードが座っている。ローテンブレード家の紋章指輪が日の光にきらめいたが、この上司自身はローテンブレードの正血統ではない。
「ご苦労。挨拶はいいだろ? わしと君の間だ。ほかにだれもいない時は簡潔に行こう。現状報告を。それと、かけたまえ」
話すと、大き目の口がしわだらけの顔にさらにしわを加えた。年齢によるものもあり、苦労によるものもあった。目は小さく肉の襞に埋もれそうだったが、唯一、丸い鼻だけが愛嬌を残していた。
会釈をしてすわる。クッションが効いており、がたつきひとつない。軍ではありえない椅子だった。
「報告いたします。先の手紙によるものと変わりありません。魔宝具の輸送計画に変更なし」
「よろしい。それにしてもだ……、しつこいかな? 上が気にしている。正規兵でないのはいかがかとな」
オウルークは書類とケラトゥスの顔を交互に見ている。またか、と思うが顔には出さないようにする。蒸し返すのにはなにかあるのだろうか。そういうのを汲み取れないと出世に障る。
「ご心配はもっともです。わたくしも戦時中であれば軍に支援を要請しておりました。しかし戦後復興に伴う軍の縮小もあり、ここで護衛運送などを依頼するともっと上の筋、はっきり申し上げて王室のご機嫌を損ねると判断いたしました。また、現場には募集は元軍人のみに絞るよう指示を出しておりますので実力は変わらないと存じます」
本当は予算の都合なのだが、それは口にしない。お互い分かっていることではあるし、貴族の家というのは没落を目の当たりにするのを極度に嫌がる。別の理由をつけてやれば喜んで飛びつくものだ。
「そうだな。わしもそう言っているのだが。なんども済まんな。ところで、あれについてだが……」
声をひそめ、指でケラトゥスを招いた。すぐ立ち、机を回りこんでそばで腰を曲げて耳打ちする。
「おまかせください。目立たぬようほかの魔宝具と同様に輸送いたします。こちらも計画通りに」
オウルークは眉間にしわを寄せたが、明るい日差しのせいで陰影がかき消され、ケラトゥスは気づかなかった。
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