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第五章 鳥啼く聲す
十
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小さな庵だった。なにかの企みなどできそうにない。呼びかけてみたが留守だった。気配もない。隊長は兵士を一人残して付近の捜索を行うよう命令した時だった。
「そこの馬、待て!」
街道に下りていこうとする馬が一頭見つかった。聞こえないのだろうか。止まらない。
「こちらは交通安全部だ。止まりなさい。おい、おまえとおまえ、捕まえてこい」
指さされた兵士たちが走りだし、すぐに追いついた。前と後ろをふさぎ、言い争っていたが、少しすると庵まで戻ってきた。
クロウの見たところ、男は憤懣やるかたないと言った様子だった。顔を振って厚い唇を震えさせ、茶色の長い髪を揺らして抗議している。どうも芝居臭い。
「……交通安全部ごときにそのような権限があるのか! 先ほど名乗った通りわたしはケラトゥス・ウィング。紋も見せただろう! 貴族だ。この連行はそうと知っての所業か」
四人は驚き、改めて顔を見た。ディガンが火傷痕を掻きながら、そっと指を立てて口に当てた。ここはまかせよう。しゃべらせてぼろを出させよう。そういう狙いなのははっきりしていた。
隊長がゆっくりと馬を寄せ、降りて挨拶と交通安全部の者だと自己紹介を行った。ウィングは騎乗のまま見下ろしている。
「……ご挨拶はこれでよろしいですな? さて、権限についてお尋ねですが、われらの隊員が行方不明です。その捜索の任に当たっておりますのでこのような活動も合法です」
「それはご心配だろうが、わたしには無関係だ」
「でもございましょうが、一応伺っておかねばなりません。不審者をお見かけではないでしょうか。また、オウルーク・イクゥス‐ブレード様の庵のそばでなにをなさっておいでですか」
ウィングが答えるまで間が開いた。
「だれも見かけてはいない。それと、わたしはイクゥス‐ブレード様と親しくお付き合いをさせていただいている。ご高齢のため日常の必要品の入手を手伝っているのだ。さあ、もういいだろう?」
「いまどちらにおいでですか。庵は留守のようですが」
「さあな。散策か、どこかで瞑想をなさっているのだろう。騒がしくしてもらっては困る」
隊長は首をかしげた。
「それは危なくはないですか。鬼でなくても熊か狼でも出たら」
「山中とはいえ街道が近い。それほど危険ではない」
「そうでしょうか。そこにあるのは犬鬼の毛では?」
せせらぎの方に手を振ると、泥まみれだが赤黒い毛の塊が石の間に引っかかっていた。
「そのようだな。気付かなかった。だが、どこから来たかなど分からんからな。とにかくここらへんは大丈夫だ。そうでなければ隠居所に選んだりするものか」
隊長は手を腰に当てた。
「実を申しますと、行方不明の隊員がこのあたりにいるという情報をつかんでおります。日頃からここにおられるのであれば、なにか変わったことにお気づきではないでしょうか。どのような些細な点でも結構です」
ウィングの顔に軽蔑の色が浮かんだ。
「このあたりにいる? それは行方不明なのか。脱走と言うのではないのか」
「そのような不名誉な言葉は用いたくありません。行方不明者はシュトローフェルド家の方ですので」
「貴族か。それは失礼した。ならば行方不明、だな」
「他人事のようにおっしゃいますね。マルゴット・シュトローフェルド様ですよ。良くご存じでは?」
軽蔑が消え、無表情になった。
「社交界の噂など気に留められぬがよかろう。確かに一時は親しくさせていただいていたが、いまはなにもない」
隊長は黙ったままケラトゥスの顔を見上げている。
「まさか、匿っていると言いたいのか。あまりに無礼であろう」
「無礼を承知でお伺いします。マルゴット・シュトローフェルド様の現在の居場所について、なにか情報をお持ちではございませんか」
厚い唇がかすかに開き、また閉じられた。
「知らぬ。そもそも行方不明はそちらの落ち度ではないのか。特務隊の隊長などと肩書が泣くぞ」
一同がはっとし、空気が変わった。ケラトゥスもそれを感じ取った。
「ウィング様。お降りください。さらに詳しく伺います。騎乗のままではお話がしにくうございます」
「下馬せよと言うのか。従う気はない」
「われわれが特務隊だとなぜご存じなのですか。自己紹介の際も特務であるとは申し上げておりません。さあ、降りてください」
「小賢しい奴」
ウィングは馬から降りようと体をずらせた。その瞬間、クロウは強い霊力を感じた。
「いかん! そいつを止めろ!」
懐から石を出すと、空に向かって撃ち上げた。霊光が空に吸い込まれていった。
地に足をついたウィングを兵士二人が後ろ手に取り押さえ、石を取り上げた。隊の魔法使いに見せる。
「これは氷の霊光を詰めた魔石だな。しかし撃ちっぱなしか。霊光が戻ってこないとは」
クロウがウィングの目を見て言う。
「戻ってこないなら合図でしょう。おい、どこのだれに知らせた! 言え!」
ウィングは目をそらせたがほくそ笑んでいた。
クロウと魔法使いは集中し、霊光の行方を探った。あまりに早く飛び去ったため正確な絞り込みはできなかったが、このせせらぎの上流の方で、それほど遠くはないと二人の結果は一致した。
隊長が怒鳴った。
「三人残れ。尋問はまかせる。なにか吐いたら知らせろ。我々は捜索を行う」
「そこの馬、待て!」
街道に下りていこうとする馬が一頭見つかった。聞こえないのだろうか。止まらない。
「こちらは交通安全部だ。止まりなさい。おい、おまえとおまえ、捕まえてこい」
指さされた兵士たちが走りだし、すぐに追いついた。前と後ろをふさぎ、言い争っていたが、少しすると庵まで戻ってきた。
クロウの見たところ、男は憤懣やるかたないと言った様子だった。顔を振って厚い唇を震えさせ、茶色の長い髪を揺らして抗議している。どうも芝居臭い。
「……交通安全部ごときにそのような権限があるのか! 先ほど名乗った通りわたしはケラトゥス・ウィング。紋も見せただろう! 貴族だ。この連行はそうと知っての所業か」
四人は驚き、改めて顔を見た。ディガンが火傷痕を掻きながら、そっと指を立てて口に当てた。ここはまかせよう。しゃべらせてぼろを出させよう。そういう狙いなのははっきりしていた。
隊長がゆっくりと馬を寄せ、降りて挨拶と交通安全部の者だと自己紹介を行った。ウィングは騎乗のまま見下ろしている。
「……ご挨拶はこれでよろしいですな? さて、権限についてお尋ねですが、われらの隊員が行方不明です。その捜索の任に当たっておりますのでこのような活動も合法です」
「それはご心配だろうが、わたしには無関係だ」
「でもございましょうが、一応伺っておかねばなりません。不審者をお見かけではないでしょうか。また、オウルーク・イクゥス‐ブレード様の庵のそばでなにをなさっておいでですか」
ウィングが答えるまで間が開いた。
「だれも見かけてはいない。それと、わたしはイクゥス‐ブレード様と親しくお付き合いをさせていただいている。ご高齢のため日常の必要品の入手を手伝っているのだ。さあ、もういいだろう?」
「いまどちらにおいでですか。庵は留守のようですが」
「さあな。散策か、どこかで瞑想をなさっているのだろう。騒がしくしてもらっては困る」
隊長は首をかしげた。
「それは危なくはないですか。鬼でなくても熊か狼でも出たら」
「山中とはいえ街道が近い。それほど危険ではない」
「そうでしょうか。そこにあるのは犬鬼の毛では?」
せせらぎの方に手を振ると、泥まみれだが赤黒い毛の塊が石の間に引っかかっていた。
「そのようだな。気付かなかった。だが、どこから来たかなど分からんからな。とにかくここらへんは大丈夫だ。そうでなければ隠居所に選んだりするものか」
隊長は手を腰に当てた。
「実を申しますと、行方不明の隊員がこのあたりにいるという情報をつかんでおります。日頃からここにおられるのであれば、なにか変わったことにお気づきではないでしょうか。どのような些細な点でも結構です」
ウィングの顔に軽蔑の色が浮かんだ。
「このあたりにいる? それは行方不明なのか。脱走と言うのではないのか」
「そのような不名誉な言葉は用いたくありません。行方不明者はシュトローフェルド家の方ですので」
「貴族か。それは失礼した。ならば行方不明、だな」
「他人事のようにおっしゃいますね。マルゴット・シュトローフェルド様ですよ。良くご存じでは?」
軽蔑が消え、無表情になった。
「社交界の噂など気に留められぬがよかろう。確かに一時は親しくさせていただいていたが、いまはなにもない」
隊長は黙ったままケラトゥスの顔を見上げている。
「まさか、匿っていると言いたいのか。あまりに無礼であろう」
「無礼を承知でお伺いします。マルゴット・シュトローフェルド様の現在の居場所について、なにか情報をお持ちではございませんか」
厚い唇がかすかに開き、また閉じられた。
「知らぬ。そもそも行方不明はそちらの落ち度ではないのか。特務隊の隊長などと肩書が泣くぞ」
一同がはっとし、空気が変わった。ケラトゥスもそれを感じ取った。
「ウィング様。お降りください。さらに詳しく伺います。騎乗のままではお話がしにくうございます」
「下馬せよと言うのか。従う気はない」
「われわれが特務隊だとなぜご存じなのですか。自己紹介の際も特務であるとは申し上げておりません。さあ、降りてください」
「小賢しい奴」
ウィングは馬から降りようと体をずらせた。その瞬間、クロウは強い霊力を感じた。
「いかん! そいつを止めろ!」
懐から石を出すと、空に向かって撃ち上げた。霊光が空に吸い込まれていった。
地に足をついたウィングを兵士二人が後ろ手に取り押さえ、石を取り上げた。隊の魔法使いに見せる。
「これは氷の霊光を詰めた魔石だな。しかし撃ちっぱなしか。霊光が戻ってこないとは」
クロウがウィングの目を見て言う。
「戻ってこないなら合図でしょう。おい、どこのだれに知らせた! 言え!」
ウィングは目をそらせたがほくそ笑んでいた。
クロウと魔法使いは集中し、霊光の行方を探った。あまりに早く飛び去ったため正確な絞り込みはできなかったが、このせせらぎの上流の方で、それほど遠くはないと二人の結果は一致した。
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「三人残れ。尋問はまかせる。なにか吐いたら知らせろ。我々は捜索を行う」
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