6 / 54
6♦
しおりを挟む昔の教え子と再会した。
結城美沙絵……俺が教師になって初めて担任を受け持った藤崎小学校の6年2組の生徒だった。
駅の改札を出て俺の少し先を歩いていた女性が定期入れを落としたのに気づいていなかったので拾って渡したのだが、まさか落とし主が自分の教え子だったとは……。
ファミレスで当時の懐かしい話に花を咲かせた。ひょうきん者でいつもクラス中を笑わせていた子や、校庭の池のそばでふざけているうちに池に落ちて俺に思いっきり怒られた男子たちの話など、話題が尽きず、久しぶりに時間を忘れて楽しんだ。
親父が小学校の教師だったので、なんとなく自分も将来は教師になるものだと思っていた。大学の教育学部を卒業して教員採用試験に合格後、藤崎小学校への赴任が決まった。ただ、新卒の俺がいきなり6年生の担任を受け持つと聞いた時は正直耳を疑った。教育実習では母校で2年生を担当したので、当然ここでも低学年だろうと思っていたからだ。自分に務まるかどうか不安な気持ちで一杯だったが、校長からの「これから多感な思春期を迎えようとしている6年生だからこそ逆に若い海堂君に任せてみようと決めた。子どもたちには兄のように接し、共に学び、喜び、楽しみ、悩み、君も教師として一緒に成長していけばいい。責任もあるし大変だと思うが、我々みんなで全力でサポートするから、ぜひともよろしく頼む」という言葉に心を打たれ、頑張ってみようと思った。
手探りの状態ではありながらも、自分なりに考えて生徒に接していった。男女合わせて22名の少人数のクラスだったので、できる限り1人1人に目を掛けるようにした。校長に言われたように、俺は年の離れた兄のように子どもたちに接し、寄り添い、褒める時は大袈裟なほど褒め、叱る時は本気で叱り、悩み事を相談された時は、一緒に悩み、解決策を考えた。授業も事前にしっかりと準備をして、丁寧にわかりやすく教えることを心掛けた。
結城についての記憶は……。
彼女はクラスの中で目立つ存在ではなかったが成績が良く、顔立ちや立ち振る舞いが他の女子生徒に比べると少し大人びていたような気がする。俺に対しては、少しよそよそしいというか、一歩引いているような感じに見えたが、単に人見知りなだけなのかもしれないと思っていた。1つ印象に残っていることがあった。本が好きらしく、校庭の花壇の前のベンチで読書をしているのを何度か見かけていた。邪魔してはいけないと思い、通りすがりにただ様子を見るだけだったが、ある日、目を輝かせて本を読んでいる姿に、思わず引き寄せられるようにベンチに近づいてしまった。俺に気付いた結城は驚いた弾みで本を落とした。俺は驚かせて申し訳ないと謝り、本を拾った。本の内容を尋ねると、図書館が舞台の連作短編集で大好きで何度も読み返していると言った。その物語について生き生きと楽しそうに話す結城に内心驚いた。こんなに表情豊かな子だったのか…俺はこの子の表面しか見ていなかったんだな、と。それ以来、ベンチで結城を見かけるたびに一言声をかけるようにした。
慣れない業務や保護者への対応、様々な行事や雑務に戸惑ったり悩んだりもしたが、先生方や親父に相談したり助けてもらいながら、何とか教師生活を送っていた。
そして、月日は流れ、卒業式を迎える。あっという間の1年だった。俺は初めて受け持った生徒たちの旅立ちに嬉しい反面、寂しい気持ちで胸が一杯だった。子どもたちも俺と別れるのがとても寂しいと泣いてくれた子もたくさんいた。式の間、たった1年だったが、こんな新米教師の俺を慕ってくれて、頼ってくれて、ついてきてくれて、本当にありがとう、と涙で濡れた目で生徒1人1人を見つめ、顔と名前を心に刻んだ。
もう教師になって10年だが、藤崎小学校での最初の1年は俺にとってかけがえのない宝物だ。今の学校でもあの頃の自分を忘れずにいようと、改めて気を引き締めた。こんな気持ちになれたのは結城と再会したおかげだ。
あいつ、綺麗になったな……。当時も大人っぽかったが、成長してさらに大人の美しい顔立ちになっていた。それに、守ってあげたくなるような純真さや可愛らしさもあって。礼儀正しく言葉遣いが丁寧なところも好感が持てたし、司書という仕事柄、教養や知識が豊富で話をしていて全く飽きなかった。教師と元生徒ではなく大人同士の会話をし、10年のブランクなんてまるでなかったかのように自然でしっくりときて…。あいつを自宅まで送ったのは、もちろん夜道を歩かせるのが心配だったからというのもあるが、店を出た後も何だか名残惜しくて、もう少し一緒にいたくて……。
そこで我に返った。何考えてるんだ、10年前とはいえ結城は俺の教え子だぞ、それにいくつ年が離れてると思ってるんだ。30過ぎの男を若い彼女が相手にするわけないじゃないか。単に昔の教え子と再会して気分が高揚しているだけだ。あいつにまた会いたいなんて、そんな気持ちはすぐに消えるさ。消えるはずだ……。
俺はなぜか必死に自分に言い聞かせていた。
2
あなたにおすすめの小説
神楽坂gimmick
涼寺みすゞ
恋愛
明治26年、欧州視察を終え帰国した司法官僚 近衛惟前の耳に飛び込んできたのは、学友でもあり親戚にあたる久我侯爵家の跡取り 久我光雅負傷の連絡。
侯爵家のスキャンダルを収めるべく、奔走する羽目になり……
若者が広げた夢の大風呂敷と、初恋の行方は?
貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳
大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。
でも、これはただのお見合いではないらしい。
初出はエブリスタ様にて。
また番外編を追加する予定です。
シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。
表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
フリーランスエンジニアの優しすぎる無償の愛
春咲さゆ
恋愛
26歳OLの木崎茉莉は人生のどん底にいた。上手くいかないことに慣れ、心を凍らせることで自分を守る毎日に絶望した茉莉は、雨の夜に思わず人生の終わりを願ってしまう。そんな茉莉に手を差し伸べたかっこいい彼。茉莉は、なぜか無償の愛のような優しさをくれる不思議な男性に少しずつ救われ、前を向いていく。けれど、疑ってしまうほど親切な彼には、親切であり続ける理由があって……。雨の夜の出会いがもたらした、優しくも切ない物語。
たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―
佐竹りふれ
恋愛
重なる吐息、耳元を掠める熱、そして——兄の親友の、隠しきれない独占欲。
19歳のジャスミンにとって、過保護な兄の親友・セバスチャンは、自分を子供扱いする「第二の兄」のような存在だった。
しかし、初めてのパーティーの夜、その関係は一変する。
突然降ってきた、深く、すべてを奪うような口づけ。
「焦らず、お前のペースで進もう」
そう余裕たっぷりに微笑んだセバスチャン。
けれど、彼の言う「ゆっくり」は、翌朝には早くも崩れ始めていた。
学内の視線、兄の沈黙、そして二人きりのアパート――。
外堀が埋まっていくスピードに戸惑いながらも、ジャスミンは彼が隠し持つ「男」の顔に、抗えない好奇心を抱き始める。
「……どうする? 俺と一緒に、いけないことするか?」
余裕の仮面を被るセバスチャンに、あどけない顔で、けれど大胆に踏み込んでいくジャスミン。
理性を繋ぎ止めようとする彼を、翻弄し、追い詰めていくのは彼女の方で……。
「ゆっくり」なんて、ただの建前。
一度火がついた熱は、誰にも止められない。
兄の親友という境界線を軽々と飛び越え、加速しすぎる二人の溺愛ラブストーリー。
ソツのない彼氏とスキのない彼女
吉野 那生
恋愛
特別目立つ訳ではない。
どちらかといえば地味だし、バリキャリという風でもない。
だけど…何故か気になってしまう。
気がつくと、彼女の姿を目で追っている。
***
社内でも知らない者はいないという程、有名な彼。
爽やかな見た目、人懐っこく相手の懐にスルリと入り込む手腕。
そして、華やかな噂。
あまり得意なタイプではない。
どちらかといえば敬遠するタイプなのに…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる