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 これから料理をさせるのは申し訳ないから、と言われたので、結局、昨日の残り物だけ出すことになった。味噌汁だけは作り、いくつか小分けにして冷凍保存していたご飯もあったので、レンジでチンした。
 それでも駿さんはとても喜んでくれて、美味しいと言いながら全部食べてくれた。
 「ごちそうさま。本当に美味しかった…」
 「お粗末さまでした。残り物ですみませんでした…」
 「いや、十分だよ。ありがとう」
 「和食が一番好きなんですね。昼間、私が和食を作ったって話をした時、本当に和食が恋しい…って顔をしていましたから」
 すると、駿さんが、心外だ、というような顔をした。
 「…単に和食を食いたいだけだと思われていたのか…」
 「えっ? 違うんですか?」
 「違う! 美沙絵の手料理だから食いたかったに決まってるじゃないか! どんな料理かなんて関係ない。お前が作ったものじゃなければ意味がない」 
 ああ…もう今日は泣かされてばかりだ…。 
 「っ…ありがとうございます…そんな風に言ってもらえて嬉しいです…」
 駿さんは微笑むと私を胸に抱き寄せ、髪をやさしく撫でながら私の目尻に唇をつけた。
 
 食事の片付けが終わると、お茶を入れた。
 駿さんは一口飲むと、何か考え込むようにしながら視線を床に落とした。
 どうしたんだろう…あっ、もしかしてお茶が不味かった?と焦ると、駿さんが口を開いた。
 「美沙絵…これから俺の過去の話をするが、聞いてくれるか…?」
 駿さんの過去の話…? 何だろうと思いながら頷くと、駿さんは語り始めた…。
 
 それは、駿さんが過去に付き合ってきた女性の話だった。
 大学時代の彼女…その後、付き合った女性達のこと…そして彼女達と別れた共通の理由…。
 そんな思いをしてきたとは…。
 「大学時代に付き合っていた彼女から『教師なんてブラックな仕事』『教師の仕事なんて辞めれば』と言われた時、俺の仕事や存在を全否定されたようで本当に辛かった…。それ以降、女性と付き合う時には事前に『多忙な仕事なので、あまり会う時間が取れないかもしれないが、それでもいいか』とちゃんと伝えて、納得してくれた人とだけ付き合ったんだが、しばらくするとみんな『やっぱり中々会えないのは耐えられない』と去っていくので長続きしなかった。そんなことが何度も続くと、ああ、またか、と去るもの追わずといった感じになった、これまでは」
 一度言葉を切ると、駿さんは私の手を握った。
 「でも、お前だけは絶対に失いたくない…ああ、そんなこと想像するだけでも耐えられない…。でも俺は教師の仕事を辞めるなんて考えられないし生涯の仕事だと思っている。確かに拘束時間が長いし、毎日やることは山ほどある。将来を担う子どもたちに携わる仕事だから責任も大きい。ハッキリ言って時期によってはプライベートの時間なんてロクに取れない。学校から何か呼び出しがあれば行かなければならない。俺は美沙絵を大切にすると誓ったが、学校の方を優先せざるを得ない状況の時には、もしお前に何かあった時や俺の助けが必要になった時、申し訳ないがすぐに駆けつけてやれないかもしれない…。それでも愛想を尽かさず俺から去って行かないでほしい…」
 駿さんが唇を噛みしめる。
 黙って話を聞いていた私は、握られていた手を一旦離すと、駿さんの手の上に包み込むようにして重ねた。
 「大丈夫ですよ。私なりに理解しているつもりです。駿さんが大事な子どもたちのために誠心誠意尽くしていること、生涯の仕事として使命感を持って続けていること…。そんな教師の鏡みたいな駿さんに教師を辞めろなんて言うわけないじゃないですか」
 「美沙絵…」
 「それに、私だってものすごく忙しい時は遅くまで残業することだってありますし。時には仕事の方が優先になってしまうのは仕方がないですよ。もちろん、少しでも長く駿さんと一緒に過ごしたいし、会えない日が続けば寂しくなると思います。それでも」
 重ねた駿さんの手をぎゅっと握った。 
 「私は『先生』をしている駿さんが好きなんです。どうぞ思う存分『先生』を続けてください。でも、頑張りすぎて身体を壊さないようにしてくださいね。それだけが心配ですから」
 駿さんが再び私の手を取って握る。
 「っ、美沙絵…! 本当にありがとう…。昼間、お前が俺の仕事を労ってくれた時、心から感動したんだ。上辺だけではなく本心からそう言ってくれている、こいつとなら一緒にやっていける、と確信したんだ」
 あ…だからあの時私の言葉に駿さんの表情が変わったのか…。
 「ずっとあなたのそばにいます。だって駿さんは私の初恋の人で、唯一好きになった人…。やっと想いが実ったんです、離れるわけありません」
 「ああ…! 美沙絵、俺も絶対に離さない…! 愛している」
 駿さんに思い切り抱きしめられると、激しく唇を貪られた…。
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