遠別最終便

壺の蓋政五郎

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遠別最終便

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 私がこの小さな駅で遺失物の預かりを始めてもう四半世紀が経ちました。そしてこの駅は、来年の三月で廃線となります。残り僅か三カ月、遺失物の整理に追われています。今は1986年師走の24日、クリスマスイブはこんな北のはずれの、遠別駅にもやって来るのです。
「縛れるね、はいこれ、落とし物お願いします」
 駅長代理の菅原さんが一本の傘を持って来ました。
「まだ新しいですね」
「留萌から乗ったお客さんみたいだね、遠別から乗った学生さんが気付いたらしいよ」
 菅原さんは「メリークリスマス」と手を上げて帰りました。飲んべの菅原さんは名目は何であれ、お祝いには酒が飲めると喜んでいました。私は駅前で居酒屋をやっています、遺失物係をボランティアで手伝っています。きっかけはこの遠別と言う物悲しい響きの町で死のうと考え札幌から出て来ました。真っ黒な日本海に飛び込んでしまえば遠別、この世から永遠に別れられると信じていました。しかし死のうとしてもそれを阻止する人が沢山います。この駅に運び込まれた私は、遠別から永遠に別れられない女になりました。

「佐藤さん、あんた行くとこあるのかね?」
 私は回復しても札幌に帰るつもりはありませんでした。
「いえ、アルバイトでも探して暫くここに住もうかと」
「こったらとこさ、あんたみたいなベッピンさんが働くところなんてないよ。だったらどうだい、百姓と漁師相手に酒屋でも開いてくれたらありがたい」
 菅原さんが声を掛けてくれました。土地はいくらでもある。菅原さんがプレハブを工事現場から都合を付け、中を改装してくれた。厨房とカウンターだけ六人で満席、その奥に六畳の和室が私の住まいになりました。

 開店前日になりました。 
「お店の名前は菅原さんが付けてください」
「こういうのはどうだい、『出遭い』遠別の反対だべ」
 菅原さんは笑いながら言った。そして翌日オープンしました。私は手拭いを暖簾にして『出遭い』と刺繍しました。魚も鶏も野菜も客が持参してくれる。現金での仕入れはお酒だけです。料理をし、酒を提供して賄う。連日満席で順番性になりました。やっと食べて行けるだけの収入でいいと考えていましたが、貯金が出来るほどの売り上げに驚きました。菅原さんは店を広げようとプレハブをもうひとつくっ付けて四人掛けテーブル席を四つ、それに待望の風呂を作ってくれました。これまでは三日に一度菅原さんの家で頂いていましたがやはりご家族には遠慮していました。
「菅原さん、あたしに何か出来る事はありませんか?お店は驚くほど繁盛しています。お世話になっているみなさんには、暫く只で飲ませてあげようかと考えています」
 私を死の淵から救い上げてくれた方々、その人達から儲けては罪になると考えていました。
「そったらことしちゃ駄目だ、それこそみんなの楽しみを奪うことさなるよ。いいさ儲けるだけ儲けて、いずれあんたも帰る日が来るべ。その日まで貯金しておくことだ」
 菅原さんの励ましを受け入れることにしました。
「そうだ、こったらちっぽけな駅でも忘れ物や落とし物がある、あんたさ管理してもらおうか、なあさ、駅舎の裏さ倉庫があるから日付と場所の札だけつけてくれればいいべや。それさ年さ数個しかない」

 こうして始まったのが私の遺失物係です。菅原さんの言った通り一年に三つか四つ、それも傘が多かった。大概この町の人ではなく、傘ひとつにわざわざ引き取りに来る人はいませんでした。
二年毎にバザーを開いて駅の修繕の足しにしようと菅原さんのアドバイスで始めました。でもそれも今回で終わりです。私は残る遺失物を、想い出の詰まった、人生の一時期を共にした遺失物を本人に返して上げたかった。常駐の駅長さんはいないので菅原さんにお願いして大バザールを実現しました。ポスターも各停車駅に貼らせてもらいました。『この傘はご主人様をずっと待っています』ポスターに書き添えました。日時は二月の三日です。一日だけですがここに並ぶ傘が誰かに引き取られれば嬉しいと力が入りました。
「それでどうするね妙子さんは?」
 暮れに、常連のお客様で開いた忘年会の席で菅原さんから声を掛けられました。私は意味が分かりませんでした。
「どうするって、バザールの事ですか?」
「バザールの事あんたさ聞いてどうするべ。妙子さんのことだよ、廃線さなり廃駅さなれば遺失物係も用無しさなる」
 私はそんなことにも気付かずにいました。二十五の時にこの町に来て二十五年間、ずっと続けて来た遺失物係がその役を終えるのです。路標を失うような大きな事に、何も考えずにいたのです。
「どうしたらいいでしょう?」
 驚く私に菅原さんは笑いました。
「どうしたらいいっしょって、どうしたらいいっしょかねえ」
 菅原さんは燗酒をお替りしました。
「鮭のカマ、しょっぱいのがいい」
 お客さんが「良いお年を」と一人、また一人と今年最後の『出遭い』から出て行きました。
「ぼちぼち、マチさ帰るのがいいと思う」
 菅原さんがぽつんと言いました。実は考えていないわけではありませんでした。それなりに貯金も出来て、すすきので小さな店でも開こうかと夢のような現実も見えていました。でもこの遠別あっての命、この人達に生涯捧げることが宿命だと位置付けて生きて来ました。
「私にそんなこと許されるんですか、この町のみなさんから拾われて救われて助けられてきた私に、そんなことが許されるんでしょうか」
 店は菅原さんと二人きりになりました。私は『出遭い』の暖簾を仕舞いました。
「だからさ、だからマチさ戻って欲しいんだべ。常連のみんながそう思っているよ。妙子さんが、この遠別さ宿命として残っていると、このままここさおいては、助けた意味がないのさ。羽を痛めた鳥を、いつまでも籠さ閉じ込めているのは可哀そうだべ。妙子さんの羽はすっかり治った。飛び立って欲しい、そうじゃなきゃ助けた意味を失う。みんなそう思っているよ」 
 私は愚かにもそれを悟られていたのです。狭い籠の中で羽ばたいているのをみんなに見られていたのです。
「ごめんなさい」
 私は恥ずかしくて鳥肌が立ちました。助けてもらった恩を忘れて、早く出たいと態度に現れていたのです。菅原さんの助言に気付かなければ、この町の人達に負担を掛け続けていた。廃駅の日に、遺失物を全て誰かに託して最終電車で遠別から離れることを決意しました。
 店を閉め大晦日の深夜、店のガラス戸が叩かれる音で起きました。
「浜で行き倒れだ、息はしてるから身体をぬくめれば回復するべ。あんたのとこでちょっち休ませてくれないか」
 菅原さんと漁師の岡田さんが女の人を負ぶって連れて来ました。私はすぐに床を取り湯を沸かしました。女はまだ若く首筋に大きな黒子がありました。雪でびっしょりになった服を脱がせ私の服を重ね着しました。敷き毛布掛け毛布、足には湯たんぽを入れ首には温めたマフラーを巻きました。女の眉間の皺は身体が温まるのと比例して緩んできました。夢でも見ているのでしょうか、健やかな眠りに見えます。
「お疲れ様で、今熱いのつけますから」
 私はストーブを囲む二人に言いました。
「どうだねあの女は?」
「ええ、もう心配要りません。寝息を立てて眠っています。起きた時はお腹が空いていると思いますよ」
 二人は顔を見合わせて「よかった、よかった」と張った力が抜けていくようでした。この二人は私を海辺から助けてくれた二人です。もうじきこの町を去る私と同じ境遇の若い女を助けたのでした。
「さあ、どうぞ、熱いからね」
 薬缶に熱燗をつけました。岡田さんが軒にぶら下る氷下魚の一夜干しを二本抜いてだるまストーブの上で炙っています。沸いた酒を湯飲みに注いで啜るように飲んでいます。割いた氷下魚を新聞紙の上に広げて骨を取り齧り付きました。
「妙子ちゃんとこの氷下魚が一番美味い」
「岡田さんからいただいたのを干しただけです。奥さんから教わったのよ」
「いや何処か違う、やっぱし美人が手を触れるから魚も嬉しいんっしょ」
 二人はだるまストーブを股に挟んで向き合い暫く何も喋らずに飲んでいました。空になった薬缶に一升瓶で注ぎ足すと『ジュッ』と音がしました。
「妙子ちゃん、その女、あんたさ任せてもいいかな、明日の朝、一応警察さ届けなきゃならないっしょ。もし女の気が変わっていたらそれも可哀そうだし」
 菅原さんが生臭い息で言った。
「ええ、遺失物しっかりと預かりました。早く落とし主が現れるといいですね」
 私は進んで受け入れました。起きて見て、話してみなければどんな人か分かりませんが、どこか私に似ているような気がしました。
「いやあ、たまげたよ、赤い傘も首の黒子も、妙子さんさ拾った時と被ってしまったよ」
 岡田さんが唾を飛ばして言いました。飛んだ唾がだるまストーブの上で転がりました。
「不思議なもんだ、あんたの旅立ちを祝した翌日さこったらことがあるなんて。まあ良くなればすぐさいなくなるっしょうけど、赤い傘さ首筋の大きな黒子。神様の悪戯かもしれない」
 菅原さんの予想は外れて彼女は『出遭い』を手伝うようになりました。彼女が手伝うようになり店は繁盛しました。いい女がいると噂になり他の町から足を運ぶお客さんも出てくるほどでした。料理も得意で新メニューも考えてくれました。仕入れから掃除から接客まで朝から晩まで店のために働き詰めでした。
「京子ちゃん、お茶飲もう」
「はーい」
 お客さんが全て引き払ったのは零時を過ぎていました。
「お茶じゃなくてお茶割にしようか」
 だるまストーブに叩いたカンカイを載せて炙りました。
「ねえ京子ちゃん、今日で一月経つから聞いておきたいの」
 私が話し始めると京子は下を向いてしまいました。それでもいつかはまとめなければならない。帰るところがなければ出店を考えているすすきのの店で働いてもらってもいい。だけど親はいないのだろうか、兄妹はいないのだろうか。自分のことは一切口にしなかった。しかし今夜は泣かしてでも聞き出そうと覚悟して話しました。
「あたしね、京子ちゃん見てると、自分を見ているような気がしてならないの。あたしのことは耳にしていると思うけど、死のうと思ってね、この寂しい名前の駅を選んだの。雪の日にね、海に入って気を失って、ああ、これでいろんなことを考えなくて済む、二股に別れた道で迷うこともない、ふわふわと浮いているようで気持ち良かった。でもね、神様はそうさせてくれなかったの。遠別なんて誰が付けたか寂しい町に暮らす人達は、悲しみをひとつひとつ拾い上げてくれるやさしい人ばかり。行く当てのないあたしにね、この店をプレゼントしてくれたの。それであたしも今の京子ちゃんみたいにこの町の人の為に働こうって、ずっとね、そう決めてね、いたんだけど、見られていたの」
 炙ったカンカイがいい匂いを漂わせました。私は割いて京子に差し出しました。京子は私と視線を合わさずに受け取り歯で齧り、引っ張りました。引っ張る時に顔が揺れたので私は可愛くて笑いました。
「何を見られていたんですか?」
 京子が顔を上げた。これで話しが出来ると確信しました。
「あたしが羽ばたいているところ」
「羽ばたくって?」
「傷付いた鳥が保護されて、傷が癒えると籠の中で羽ばたいて、出せ、出せって訴えるでしょ。それを見られたの」
 京子はじっと私を見つめています。ここに担ぎ込まれてきてから二月、やっと人の話を聞けるまで回復していました。
「妙子さんは羽ばたいたんですか?」
「そう、心の中でおもいきり羽ばたいていたのよ」
「でも、そんな風には見えません」
「見えるのよ、この町の人達には見えるのよ。あたしね、菅原さんから言われた時、恥ずかしくてね、穴が有ったら入りたいくらい恥ずかしくてね」
 想い出すと鳥肌が立ちます。
「妙子さん、私はどうすればいいでしょうか。今は妙子さんと一緒にいられる。でもあとひと月。店のこと以外は何も考えずに動いている時が一番安心なんです。私には羽ばたく時間なんてない、羽ばたく籠もなくなる」
 私の傷が癒えるまで二十五年掛かりました。確かに二月足らずで籠から出せば、また同じことを繰り返すでしょう。いや次は取り返しのつかないことになるでしょう。
「京子ちゃん、仙台のご両親は?兄妹もいるんでしょ?」
「母しかいません。男と暮らしています」
 京子のこの一言で私はそれ以上聞き出さないことにしました。その暮らしに歪があり、歪を元に戻すつもりが余計捩じられて、この町まで逃避して来たんでしょう。
「帰るとこなんてないんです。ずっとここにいちゃいけないんですか?妙子さんも辞めないで一緒にこの店を続けましょうよ」
 京子は私を見つめて言いました。
「京子ちゃん、それはもう無理なのよ、この町の人達を苦しめるだけだから。籠から出て、地べたで一生懸命羽ばたいて、上空でね、旋回して『元気だよ』って飛び立つのが、世話になったこの町の人達に対する恩返しなの。だからもうこの店は畳むの」
 京子はまた下を向いてしまいました。
「妙子さん、それなら私をすすきのへ連れて行ってください。妙子さんのお店で働かせてください」
 行くところがなければと考えていたことを、京子の方から口に出しました。私は翌日兄に会いに行きました。私一人ならどうにでもなりますが、京子が一緒ではそれなりに準備が必要でした。
「よく帰って来たな、元気そうでないか」
 一回りも違う兄は父にそっくりになっていました。やさしい兄ですが、父似の顔を見ると悔しさが込み上げて来ました。円山公園駅からすすきのに向かいました。二十五年前に悔しくて飛び出した街は、拒否反応を示すどころか溶け込むように包んでくれました。
「店を出すって何やるつもりだ、そったらことしないで、パートでも探して細々とでも暮らした方が間違いないんでないか」
 慎重な兄らしい助言ですが私の羽ばたきはそれでは収まりません。すすきの中心部では私の予算ではどうにもならない。少し離れた、バスで帰る人達に遠別で覚えた暖かい酒と汁を提供出来る店を考えていました。丁度いい物件が見つかり、造作大工の兄に内装を頼みました。
「兄さん、だるまストーブ真ん中に置きたいの」
 兄に見送られれ遠別に戻りました。そして最後の遺失物バザーの日が来ました。この大バザールが最後のご奉仕です。傘が多くビニール傘は五十円で早い順に配ることにしました。五十本ほどの色とりどりの傘を、妙子ちゃんの意見で広げて販売しました。スペースが無いので駅前の駐車スペースも借りました。真っ白な雪の上にお花畑が広がるようでした。町の人はそれを背景に写真を撮りました。誰かが買うと『ああ』とため息が漏れるので逆に売れ行くは今一でした。それでも夕方までにはほとんどが引き取られ、バザーの売り上げもそこそこで、普段はいない駅長さんに渡しました。
「けっぱってくれたね妙子さん、よくも二十五年間遺失物係を続けてくれたべさ。アンタのお陰でこの駅が明るくなった。みんなアンタさ感謝してるよ。来月でこの線も駅も消えてしまうけど、触れ合った心は一生消えないよ。ありがとう」
 笑顔で終えるつもりでしたが駅長さんの言葉と、町の人の拍手で涙が止まりませんでした。町の人代表として菅原さんが花束を贈呈してくれました。
「こんなこと聞いていませんよ菅原さん」
 私は花束を京子ちゃんに渡して菅原さんに抱き付きました。海から運ばれて、抱きかかえられた時に『もう大丈夫だ』と耳元で聞こえた声が蘇りました。
「妙子さん、いや妙ちゃん、長い間ありがとう。あんたがこの町さ来た理由はみんな知ってるべ。隠しごとの出来ない町なんだべ。でも何故とか?なしてとか?そったらことを訊く人は誰もいないっしょ。何だっていいんだ、傷付いた羽を癒して休めて、飛び立つことを願う人ばかりさ。だから今日が一番嬉しい日だべ。ほら、妙ちゃんの羽が鶴みたいさ羽ばたいているのが、みんな分かってるよ」
 会場から拍手されました。この町の何処にこんな多くの人がいたのか不思議なくらいでした。私の付き合った人は居酒屋『出遭い』のほんの一部の人でしたが、その人達にはこれだけの家族が居て、この家族の人に守られて、倒れそうになったらお互いに寄り掛かって生きているんだと実感しました。私は倒れっぱなしでこの町を逃げるようで恥ずかしくなりました。駅長さんから肩を押されて菅原さんからは、「何か喋れ」と言われました。私は京子の腕を掴んで一歩前に出ました。京子は後退りするようにイヤイヤをしましたが私の力が勝り諦めました。
「みなさん、本当にありがとうございます。二十五年間、長いようですが、あっという間に過ぎてしまった感じです。この菅原さんとそこに隠れている岡田さんが、半分波に浸かった私を引き上げてくれました。そして家族総出で、いや近所の人みんなで私をあっちの世界から引き摺り出してくれました。それから何の恩返しも出来ずにここまで助けられて、このまま逃げてもいいのかなって、自分自身の中で葛藤がありました。そのとき背を押してくれたのがやはり菅原さんと岡田さん、そして私の娘みたいな京子ちゃんです。巣立った札幌に戻って過去を清算して一人前になって、この町に遊びに来たいと思います。みなさん本当にありがとうございます」
 拍手の嵐とはこのことでしょうか、私は京子に抱かれて泣いていました。
 そして『出遭い』を閉める日が来ました。廃線の三日前でした。
「菅原さんは遅いね」
 私は岡田さんに尋ねました。酒の集まりには遅れてくる来るような人じゃありません。酒好きで話し好きで誰よりも早く来て段取りするのが菅原さんでした。
「体調崩したと電話があるべ。今日は無理かもしれねえっておっかちゃんから。なあさ親分のことだ、一晩寝れば治るべ。昨夜は損したってあす来たら飲ましてやればいいさ」
 残念ですけど早く治ることを祈りました。しかし最後の日まで顔を出すことはありませんでした。
「みなさん、ありがとうございました。この遠別駅に最終電車です」
 遠別にゆかりの人がみんな行き過ぎる電車に手を振っていました。上客は電車ファンです。悲しい駅名とは関係のない人ばかりです。ゆっくり座って旅立てると思っていましたが思い通りにはいかないと京子と二人立ち続けてすすきのに到着しました。
「菅原さんとうとう来てくれませんでしたね」
「お歳だからね、大事にしてもらうのが一番でしょ」
 二人で地下鉄出口から出ると大雪でした。
「傘おいて来たしね」
 二人共遠別に死の旅に出た時に差していた赤い傘は置いて来ました。
「もったいないけどタクシー拾おうか?」
 私が道路に出ると京子が「あれっ」て指差しました。大きいビニール傘を差した菅原さんが電柱の陰に立っていました。
「菅原さん、来てくれないから心配していたんだよ。体調はいいの?」
 頷いて笑っています。そして二本の傘を渡してくれました。そうです、私達が置いて来た赤い傘です。
「ありがとう、菅原さん。もう電車もないでしょ、お店に行こう、あたし達のお店で一杯やりましょう」
 私は嬉しくて駆け寄りました。しかし菅原さんは笑いなが頷いて地下への階段を下りて行きました。
「菅原さん」 
 必至に追い掛けましたが踊り場で見失いました。翌日電話をすると菅原さん宅は留守ようでした。そして岡田さんに電話しました。
「菅原さんが?それは見間違いだよ、あのお別れ会の前日さ亡くなった。今日が告別式だよ。家族が内緒さしておこう、妙子さん達の門出さ水差すからって、すすきので落ち着いたら連絡すればいいとね」
 私は受話器を落としてしまいました。この赤い傘を天国から遠別に寄って持って来てくれたのです。この赤い傘が私達の路標だったのです。
「いらっしゃいませ、出遭いへようこそ」
 京子の明るい声が響きました。
「女将さん、遠別氷下魚干しと熱燗」




 
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