11 / 17
グンナイベイビー11
しおりを挟む
午後三時半に大船観音様で待ち合わせをしていた。工業の一宮グループは観音様の裏で煙草を吸っていた。
♪きいっと い~つうかふぁ 君のパパもふぉ
わかあって くれえる
「来た、善三さんだ」
一宮が気付いて階段を覘いた。作務衣姿の善三が微笑んだ。
♪だ~か~ら~ グンナイ グンナ~イベイビー
涙堪えて~
昨日一宮が善三にお願いごとをした。それはグンナイベイビーを振り付けまで完璧に教えて欲しい。二週間後の工業祭、一番盛り上がるのど自慢大会で一番を取ることが目的である。それは一宮が一目ぼれしたアパッチの女番長最上玲子との約束であった。『一番を取ってから来い』玲子の一言に火が付いた。五人は善三に挨拶した。
「こいつから桜木、木下、小山、中曽根です」
「おっ五人か、いいね。先ずこの詩の内容をしっかりと読み取ることが先決だ」
善三はレコードジャケットから歌詞カードを抜いて一宮に渡した。
「詩の意味ですか?」
「そうだ、詩の意味だ。これを理解しないと聴く人のハートに届かない。歌がいくら上手でもハートに届かない歌は聴いていて雑音になる」
みんなが納得している。
「でもどうして観音様なんですか。ちょっと恥ずかしい」
桜木が訊いた。境内にはちらほら参詣客がいる。
「観音様にいい歌聴かせてやればきっと一番取れるさ。神頼みがあってもいいじゃないか」
「分かりました。俺達一宮の思いが分かるんです。こいつがこんな真剣に恋したの初めてなんです。お願いします」
「この歌は俺の心のメロディなんだ。頑張ろう。先ず俺がフルコーラスを歌う。みんな聴いてくれ」
善三は観音様の真下で鎌倉山方向に向けて歌い出した。鎌倉山の飯山宅まで聞こえそうである。参詣客から拍手が起きる。身振り手振りも歌にマッチしている。善三は歌い終え居残る参詣客に一礼をした。
「一宮君はメロディは覚えているのかな?」
「はい、少し家で練習しました」
「よし、歌ってみよう」
「俺がですか?」
「そうだよ、君が歌わないでどうする。ここで恥ずかしいと言っていたら学校の体育館では歌えないぞ」
一宮は去年の工業祭を思い返していた。のど自慢が始まると体育館は超満員だった。
「歌います、♪きいっと い~つうかは」
参詣客が歩き出した。
「君の パパも 分かって くれる」
境内は善三と一宮グループだけになった。仲間四人も不安な表情をしている。一応フルコーラスを歌い切る。善三が拍手したので四人も合わせた。まばらな拍手に一宮も照れ笑いした。
「悪くない、擦れていない、一から始めることが出来ることに希望がある。いいか一宮君、君んちにステレオあるのか?」
「ステレオはないけどプレーヤーはあります」
「それで十分だ、ただステレオは臨場感を掴める。君さえよければうちのマンションんに毎日来なさい。ここから十分ほどだからあとで教える。このレコードをずっと聞き続けることから始めよう。それからみんな、テレビでこの曲掛かったら必ずよく聴くこと。特にコーラス部分、そして振り付けもしっかりと覚える事。この四人の中でリズム感のいいのは誰だ」
中曽根が手を上げた。
「そうか、じゃ君が振り付けのリーダー、それからみんなの声を聞きたい」
善三が一人ずつの声を聴き比べた。
「うん、いける、音程はいい、中曽根君はテレビを観て基本の振り付けを参考にして自分達でオリジナルにすればいい。それをひたすら練習する。いいね。もう日もない、二週間死に物狂いでやろうじゃないか。やるだけやって後は観音様に祈るだけだ。毎日ここに集合」
こうして二週間後の工業祭目指してグンナイベイビーの特訓が始まった。
「愛子おかしい?」
愛子の親友友利明菜が良太のプレーを見て言った。良太はソフトボールを握るのは初めてだった。愛子は副キャプテンでサードを守っている。
「ちょっと調子悪い、アレかもしれない」
「嘘、あれは終わっているでしょ」
二人の関係は生理の時期まで知り尽くしている仲である。
「お前どうしたんだ」
ノックをしている監督がひとつも捕れない良太に声を掛けた。
「すいません」
「すいませんてレギュラー落ちだぞそれじゃ、大会近付いてんのに大丈夫か飯山」
「飯山?」
親しいだけに名字で呼ばれると一瞬気が付かなかった。
「駄目だなこりゃ、医者行ってこい。友利送ってやれ」
「はい。愛子行こう」
明菜は良太を抱えるように歩き出した。
「電話する?迎えに来てもらう?」
電話をすれば佐田がすぐに迎えに来る。
「大丈夫、ありがとう友利さん」
「友利さんて」
愛子から友利と名字で呼ばれたのは初めてで驚いた。
「やっぱりおかしいわ愛子。何か悩みがあれば教えて?」
どうしようか迷った。話せば長くなるし信用してもらえないだろう。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だから」
良太は自転車を跨いだ。男跨ぎでパンツ丸出し。
「愛子、空手辞めたら、恐らく脳に衝撃を受けてるのよ」
明菜はボクシングのパンチドランカーを想像した。
「うん、ありがとう。近いうちに全部話す」
良太は空手道場に向かった。
「里見君飲み込み早いね」
愛子は里見と受験勉強をしていた。
「良太の学習法が功を奏してる。楽しくなった。すぐにお前に追い付くさ」
学習法ひとつで効果が変わる。元々偏差値の高い里見は愛子から教わった学習法でみるみる進歩している。半年もすれば愛子を越すかもしれない。相乗効果が愛子を真剣にさせた。
「ところで良太、お前がおかしい理由を教えろ。約束だろ」
里美が愛子を見つめて言った。愛子は目を伏せた。里見に見つめられると感じるものがある。それは最上玲子に対する欲情と少し違う。
「信用してくれるかな?」
「今更何を言う、お前のマッチョ好き以上に驚くことないだろう。俺の大事なプロレス本スタンハンセンに垂らしやがって」
里美が言って笑った。
「実はね、私は良太じゃないの」
里美が鉛筆を落とした。
「じゃ俺は誰と勉強してるの?」
「私の名前は飯山愛子」
「愛子って良太の空手仲間?良太から聞いてるよ」
「良太のマッチョ好き、私はある女性に恋をしているの」
「うん、それで?」
「身体が入れ替われば堂々と行動が出来ると思ったの」
「それで?」
「抱き合って神様にお祈りしたらそれが叶ったの」
里美は特に驚いた様子を見せない。
「じゃ良かったじゃん。夢が叶ったんなら」
「里見君は驚かないの?」
愛子は不思議だった。普通なら大笑いして相手にしない。
「だって親友がそう言うんだからしょうがない。まさか俺に嘘吐いてるわけじゃないよな。それなら怒るよ」
愛子は里見の懐の深さに感激した。
「ねえ、これから道場行くから付き合って」
里美は稽古終えたら良太と二人で来るように言ったが愛子に強引に誘われて出掛けた。
友利明菜は良太が心配で後を追い掛けた。
「どうしたの?」
良太が気が付いて言った。
「あたし愛子のこと心配だから、不安を抱いたまま愛子を放り出せない」
良太は愛子と明菜の友情の深さを知った。
「ありがとう、稽古見学して、終わったら全部話すから」
明菜は頷いた。道場で四人は合流した。里見と明菜は二人の稽古を見学している。
「君はアパッチだね、俺里見」
「友利明菜です」
「君は聞いてるかな、二人の事?」
「稽古終えたら愛子が話してくれるって」
「そう、それじゃその方がいいかな」
愛子は里美と明菜が会話しているのが気になった。こんなことは初めてである。もしかしたらジェラシー、良太に正拳突きを喰らった。
「止めい、黙祷」
稽古が終わり四人は七里ガ浜に出た。里見は愛子姿の良太をじっと見つめた。
「スタンハンセンの膨らみ」
里見が仕掛ける。良太が首を伸ばした。
「ジャンボ鶴田の乳首」
里見が畳みかける。
「ブローザーブロディの喰い込み」
良太が釣られて答えた。
「やっぱりそうか、おかしいと思ったんだ。お前があんな学習方法を考え付くわけない」
里美が笑った。
「どういうこと?」
明菜が不思議に思う。良太が明菜に説明する。
「信じられない。でもそうだとすると辻褄が合う」
明菜は一連の愛子の変化を想い出して言った。
「それでどうすんだ二人は。俺はいいよこのままでも、愛子さんと一緒の方が受験勉強が進む。それにプロレス本汚されなくて済むし」
里美はクールに言った。
「あたしは嫌、愛子は愛子に戻って欲しい。ソフト優勝するまで頑張りたい。友達って身体の繋がりじゃないと思う。やっぱ心が通じているのがいい」
明菜が良太姿の愛子に言った。
「昨日も両家族揃って話し合いしたんだ。みんな理解してくれて、二週間考えて決めることにした」
良太が言った。
「でも私と良太の気持ちはもう少し複雑で、もしかしたら早まるかもしれない。問題は神様が受け入れてくれるどうか」
愛子が付け足した。
「神様が受け入れてくれなければどうなるの?」
明菜が訊いた。
「俺はどっちでもいい、良太は良太だし、愛子さんは愛子さん。二人の良太と二人の愛子さん、親友が増えた」
里見らしい考えを言った。
「でもなんか恥ずかしい、更衣室とか一緒で、着替えるのを見てるのは良太君でしょ」
明菜が恥ずかしがった。
「明菜大丈夫よ、良太はマッチョにしか興味ないから。女は性欲の対象じゃないの」
愛子が諭した。四人は七里が浜で解散した。
「いらっしゃい」
茉奈が客を迎えて異様に気付いた。中野がシンクで皿を落とした。
「気を付けろ、皿はいくらでも替えがある。絆創膏の貼った指はお客さんが敬遠する」
善三が中野に声を掛けた。中野の手は震えていた。茉奈が奥のテーブル席に中村等を案内した。
「おねえさん、悪いけどカウンターでもいいかな。大将の腕みたいんだ」
茉奈が善三に目配せすると頷いた。
「いらっしゃいませ」
善三が笑顔で迎える。客は地元やくざ大園興行の中村である。暴走族グループ阿修羅のリーダーでもある。連れは中野の友達で今井と西尾である。カウンターで飲んでいた勤め人に席をずらしてもらった。中村の隣の二人ずれも勘定をする。
「悪いね、気を使ってもらって、どうもどうも」
席を立つ客に中村が白々しく礼を言う。中村を真ん中に一席ずつ空けて今井と西尾が座った。
「お客さん、どっちか端に詰めてもらえるとありがたい」
善三が中村に言った。
「折角俺達のために空けてくれたんだよ、行為を無駄にしちゃ悪いだろ」
中村が大きな声で言った。店内の客を睨んでいる。
「お客さん、もうじき満席になります。そん時はどっちかにずれてください。お願いします」
善三は悪びれず笑顔で言った。
「満員になってから言えよ。だろ、満員なら端に寄ろうじゃねえか。だけどお客さんボチボチお帰りだよ。ほら、お姉ちゃんレジ大忙し、お前等手伝ってやれよ」
中村が大笑いする。
「中村さん、俺、表に出るから」
中野が前掛けを外した。
「おう、そうか、それなら話が早い、食いたくもねえ鉄板焼き食わなくて済む」
中村が立ち上がった。
「中野君、待て、洗いもん途中で抜けられちゃ困る。それにお客さん、お勘定お願いします」
善三が言った。
「何?この店は何か、ぼったくり鉄板焼き屋か、席に座っただけで金取るのか?食い逃げは聞いたことあるが食わせねえで金取る店は初耳だ」
「目の前にお通しを出してある。三人で千円いただく。金払わなきゃ警察呼ぶ。茉奈、大船署に電話しろ」
茉奈が電話する。
「そうかい、呼んでもらおうじゃねえか。逆に俺等が助けてもらいてえよ、こんなやくざ商売に捕まっちゃって」
駅前交番から警官が二人来た。
「お巡りさん、俺等何も食っちゃいねえ、それをこのご主人に金払えって脅かされた。何とかしてくれねえかな」
警官到着と同時に中村が誰よりも先に言った。確かに中村達は直接的な暴力はしていない。それを立証することは困難である。
「違います、この人達お客さんを睨み付けて追い返すんです」
茉奈が興奮しているが証拠はない。警官は中村を大園興行の構成員だと知っている。
「お姐さん、睨んでいない、これ、俺の目付きだから治らない。親に言ってくれねえか」
中村が茉奈をからかう。
「あなたが電話をくれた方ですね、この店の女将さんですか?金を払わないと言うのはどういことですか?」
警官が茉奈に訊いた。
「はい、お通し代をお支払いいただいていません」
茉奈が言った。
「誰が払わねえと言った。お巡りさん、俺等五分といねえよ、席に着いて用足し想い出して席を立ったら金払えだと大騒ぎしやがって、逆にやくざ商売取り締まってくれねえかな」
中村の大声は店の外にまで聞こえる。
♪きいっと い~つうかふぁ 君のパパもふぉ
わかあって くれえる
「来た、善三さんだ」
一宮が気付いて階段を覘いた。作務衣姿の善三が微笑んだ。
♪だ~か~ら~ グンナイ グンナ~イベイビー
涙堪えて~
昨日一宮が善三にお願いごとをした。それはグンナイベイビーを振り付けまで完璧に教えて欲しい。二週間後の工業祭、一番盛り上がるのど自慢大会で一番を取ることが目的である。それは一宮が一目ぼれしたアパッチの女番長最上玲子との約束であった。『一番を取ってから来い』玲子の一言に火が付いた。五人は善三に挨拶した。
「こいつから桜木、木下、小山、中曽根です」
「おっ五人か、いいね。先ずこの詩の内容をしっかりと読み取ることが先決だ」
善三はレコードジャケットから歌詞カードを抜いて一宮に渡した。
「詩の意味ですか?」
「そうだ、詩の意味だ。これを理解しないと聴く人のハートに届かない。歌がいくら上手でもハートに届かない歌は聴いていて雑音になる」
みんなが納得している。
「でもどうして観音様なんですか。ちょっと恥ずかしい」
桜木が訊いた。境内にはちらほら参詣客がいる。
「観音様にいい歌聴かせてやればきっと一番取れるさ。神頼みがあってもいいじゃないか」
「分かりました。俺達一宮の思いが分かるんです。こいつがこんな真剣に恋したの初めてなんです。お願いします」
「この歌は俺の心のメロディなんだ。頑張ろう。先ず俺がフルコーラスを歌う。みんな聴いてくれ」
善三は観音様の真下で鎌倉山方向に向けて歌い出した。鎌倉山の飯山宅まで聞こえそうである。参詣客から拍手が起きる。身振り手振りも歌にマッチしている。善三は歌い終え居残る参詣客に一礼をした。
「一宮君はメロディは覚えているのかな?」
「はい、少し家で練習しました」
「よし、歌ってみよう」
「俺がですか?」
「そうだよ、君が歌わないでどうする。ここで恥ずかしいと言っていたら学校の体育館では歌えないぞ」
一宮は去年の工業祭を思い返していた。のど自慢が始まると体育館は超満員だった。
「歌います、♪きいっと い~つうかは」
参詣客が歩き出した。
「君の パパも 分かって くれる」
境内は善三と一宮グループだけになった。仲間四人も不安な表情をしている。一応フルコーラスを歌い切る。善三が拍手したので四人も合わせた。まばらな拍手に一宮も照れ笑いした。
「悪くない、擦れていない、一から始めることが出来ることに希望がある。いいか一宮君、君んちにステレオあるのか?」
「ステレオはないけどプレーヤーはあります」
「それで十分だ、ただステレオは臨場感を掴める。君さえよければうちのマンションんに毎日来なさい。ここから十分ほどだからあとで教える。このレコードをずっと聞き続けることから始めよう。それからみんな、テレビでこの曲掛かったら必ずよく聴くこと。特にコーラス部分、そして振り付けもしっかりと覚える事。この四人の中でリズム感のいいのは誰だ」
中曽根が手を上げた。
「そうか、じゃ君が振り付けのリーダー、それからみんなの声を聞きたい」
善三が一人ずつの声を聴き比べた。
「うん、いける、音程はいい、中曽根君はテレビを観て基本の振り付けを参考にして自分達でオリジナルにすればいい。それをひたすら練習する。いいね。もう日もない、二週間死に物狂いでやろうじゃないか。やるだけやって後は観音様に祈るだけだ。毎日ここに集合」
こうして二週間後の工業祭目指してグンナイベイビーの特訓が始まった。
「愛子おかしい?」
愛子の親友友利明菜が良太のプレーを見て言った。良太はソフトボールを握るのは初めてだった。愛子は副キャプテンでサードを守っている。
「ちょっと調子悪い、アレかもしれない」
「嘘、あれは終わっているでしょ」
二人の関係は生理の時期まで知り尽くしている仲である。
「お前どうしたんだ」
ノックをしている監督がひとつも捕れない良太に声を掛けた。
「すいません」
「すいませんてレギュラー落ちだぞそれじゃ、大会近付いてんのに大丈夫か飯山」
「飯山?」
親しいだけに名字で呼ばれると一瞬気が付かなかった。
「駄目だなこりゃ、医者行ってこい。友利送ってやれ」
「はい。愛子行こう」
明菜は良太を抱えるように歩き出した。
「電話する?迎えに来てもらう?」
電話をすれば佐田がすぐに迎えに来る。
「大丈夫、ありがとう友利さん」
「友利さんて」
愛子から友利と名字で呼ばれたのは初めてで驚いた。
「やっぱりおかしいわ愛子。何か悩みがあれば教えて?」
どうしようか迷った。話せば長くなるし信用してもらえないだろう。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だから」
良太は自転車を跨いだ。男跨ぎでパンツ丸出し。
「愛子、空手辞めたら、恐らく脳に衝撃を受けてるのよ」
明菜はボクシングのパンチドランカーを想像した。
「うん、ありがとう。近いうちに全部話す」
良太は空手道場に向かった。
「里見君飲み込み早いね」
愛子は里見と受験勉強をしていた。
「良太の学習法が功を奏してる。楽しくなった。すぐにお前に追い付くさ」
学習法ひとつで効果が変わる。元々偏差値の高い里見は愛子から教わった学習法でみるみる進歩している。半年もすれば愛子を越すかもしれない。相乗効果が愛子を真剣にさせた。
「ところで良太、お前がおかしい理由を教えろ。約束だろ」
里美が愛子を見つめて言った。愛子は目を伏せた。里見に見つめられると感じるものがある。それは最上玲子に対する欲情と少し違う。
「信用してくれるかな?」
「今更何を言う、お前のマッチョ好き以上に驚くことないだろう。俺の大事なプロレス本スタンハンセンに垂らしやがって」
里美が言って笑った。
「実はね、私は良太じゃないの」
里美が鉛筆を落とした。
「じゃ俺は誰と勉強してるの?」
「私の名前は飯山愛子」
「愛子って良太の空手仲間?良太から聞いてるよ」
「良太のマッチョ好き、私はある女性に恋をしているの」
「うん、それで?」
「身体が入れ替われば堂々と行動が出来ると思ったの」
「それで?」
「抱き合って神様にお祈りしたらそれが叶ったの」
里美は特に驚いた様子を見せない。
「じゃ良かったじゃん。夢が叶ったんなら」
「里見君は驚かないの?」
愛子は不思議だった。普通なら大笑いして相手にしない。
「だって親友がそう言うんだからしょうがない。まさか俺に嘘吐いてるわけじゃないよな。それなら怒るよ」
愛子は里見の懐の深さに感激した。
「ねえ、これから道場行くから付き合って」
里美は稽古終えたら良太と二人で来るように言ったが愛子に強引に誘われて出掛けた。
友利明菜は良太が心配で後を追い掛けた。
「どうしたの?」
良太が気が付いて言った。
「あたし愛子のこと心配だから、不安を抱いたまま愛子を放り出せない」
良太は愛子と明菜の友情の深さを知った。
「ありがとう、稽古見学して、終わったら全部話すから」
明菜は頷いた。道場で四人は合流した。里見と明菜は二人の稽古を見学している。
「君はアパッチだね、俺里見」
「友利明菜です」
「君は聞いてるかな、二人の事?」
「稽古終えたら愛子が話してくれるって」
「そう、それじゃその方がいいかな」
愛子は里美と明菜が会話しているのが気になった。こんなことは初めてである。もしかしたらジェラシー、良太に正拳突きを喰らった。
「止めい、黙祷」
稽古が終わり四人は七里ガ浜に出た。里見は愛子姿の良太をじっと見つめた。
「スタンハンセンの膨らみ」
里見が仕掛ける。良太が首を伸ばした。
「ジャンボ鶴田の乳首」
里見が畳みかける。
「ブローザーブロディの喰い込み」
良太が釣られて答えた。
「やっぱりそうか、おかしいと思ったんだ。お前があんな学習方法を考え付くわけない」
里美が笑った。
「どういうこと?」
明菜が不思議に思う。良太が明菜に説明する。
「信じられない。でもそうだとすると辻褄が合う」
明菜は一連の愛子の変化を想い出して言った。
「それでどうすんだ二人は。俺はいいよこのままでも、愛子さんと一緒の方が受験勉強が進む。それにプロレス本汚されなくて済むし」
里美はクールに言った。
「あたしは嫌、愛子は愛子に戻って欲しい。ソフト優勝するまで頑張りたい。友達って身体の繋がりじゃないと思う。やっぱ心が通じているのがいい」
明菜が良太姿の愛子に言った。
「昨日も両家族揃って話し合いしたんだ。みんな理解してくれて、二週間考えて決めることにした」
良太が言った。
「でも私と良太の気持ちはもう少し複雑で、もしかしたら早まるかもしれない。問題は神様が受け入れてくれるどうか」
愛子が付け足した。
「神様が受け入れてくれなければどうなるの?」
明菜が訊いた。
「俺はどっちでもいい、良太は良太だし、愛子さんは愛子さん。二人の良太と二人の愛子さん、親友が増えた」
里見らしい考えを言った。
「でもなんか恥ずかしい、更衣室とか一緒で、着替えるのを見てるのは良太君でしょ」
明菜が恥ずかしがった。
「明菜大丈夫よ、良太はマッチョにしか興味ないから。女は性欲の対象じゃないの」
愛子が諭した。四人は七里が浜で解散した。
「いらっしゃい」
茉奈が客を迎えて異様に気付いた。中野がシンクで皿を落とした。
「気を付けろ、皿はいくらでも替えがある。絆創膏の貼った指はお客さんが敬遠する」
善三が中野に声を掛けた。中野の手は震えていた。茉奈が奥のテーブル席に中村等を案内した。
「おねえさん、悪いけどカウンターでもいいかな。大将の腕みたいんだ」
茉奈が善三に目配せすると頷いた。
「いらっしゃいませ」
善三が笑顔で迎える。客は地元やくざ大園興行の中村である。暴走族グループ阿修羅のリーダーでもある。連れは中野の友達で今井と西尾である。カウンターで飲んでいた勤め人に席をずらしてもらった。中村の隣の二人ずれも勘定をする。
「悪いね、気を使ってもらって、どうもどうも」
席を立つ客に中村が白々しく礼を言う。中村を真ん中に一席ずつ空けて今井と西尾が座った。
「お客さん、どっちか端に詰めてもらえるとありがたい」
善三が中村に言った。
「折角俺達のために空けてくれたんだよ、行為を無駄にしちゃ悪いだろ」
中村が大きな声で言った。店内の客を睨んでいる。
「お客さん、もうじき満席になります。そん時はどっちかにずれてください。お願いします」
善三は悪びれず笑顔で言った。
「満員になってから言えよ。だろ、満員なら端に寄ろうじゃねえか。だけどお客さんボチボチお帰りだよ。ほら、お姉ちゃんレジ大忙し、お前等手伝ってやれよ」
中村が大笑いする。
「中村さん、俺、表に出るから」
中野が前掛けを外した。
「おう、そうか、それなら話が早い、食いたくもねえ鉄板焼き食わなくて済む」
中村が立ち上がった。
「中野君、待て、洗いもん途中で抜けられちゃ困る。それにお客さん、お勘定お願いします」
善三が言った。
「何?この店は何か、ぼったくり鉄板焼き屋か、席に座っただけで金取るのか?食い逃げは聞いたことあるが食わせねえで金取る店は初耳だ」
「目の前にお通しを出してある。三人で千円いただく。金払わなきゃ警察呼ぶ。茉奈、大船署に電話しろ」
茉奈が電話する。
「そうかい、呼んでもらおうじゃねえか。逆に俺等が助けてもらいてえよ、こんなやくざ商売に捕まっちゃって」
駅前交番から警官が二人来た。
「お巡りさん、俺等何も食っちゃいねえ、それをこのご主人に金払えって脅かされた。何とかしてくれねえかな」
警官到着と同時に中村が誰よりも先に言った。確かに中村達は直接的な暴力はしていない。それを立証することは困難である。
「違います、この人達お客さんを睨み付けて追い返すんです」
茉奈が興奮しているが証拠はない。警官は中村を大園興行の構成員だと知っている。
「お姐さん、睨んでいない、これ、俺の目付きだから治らない。親に言ってくれねえか」
中村が茉奈をからかう。
「あなたが電話をくれた方ですね、この店の女将さんですか?金を払わないと言うのはどういことですか?」
警官が茉奈に訊いた。
「はい、お通し代をお支払いいただいていません」
茉奈が言った。
「誰が払わねえと言った。お巡りさん、俺等五分といねえよ、席に着いて用足し想い出して席を立ったら金払えだと大騒ぎしやがって、逆にやくざ商売取り締まってくれねえかな」
中村の大声は店の外にまで聞こえる。
0
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます!
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる