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グンナイベイビー 終
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「でもまさか茉奈が桜ちゃんに電話するとは思わなかった。結果助けてもらった。そうじゃなきゃここに立っていなかった。ありがとうよ」
茉奈が頷いた。迷った末に桜に電話して良かったと安堵している。全ての客が退けたのが零時少し前だった。茉奈は暖簾を入れようとした時だった。
「一杯飲めるかい?」
頭に包帯を巻いた中村だった。
「大将」
茉奈は驚いて善三に声を掛けた。もしや昨夜の復讐かもしれない。善三は笑顔で頷いた。
「いらっしゃいませ、お客さん火を落としちゃった。お造りなら出せますがね」
中村は中野を睨んでカウンター席に座った。善三と向き合った。そしてお互いが頭の包帯を指差した。笑い始めた。その笑いが止まらない。
「どうしたんですか?」
中野が不安そうに言った。
「何でもない」
茉奈が答えた。中村は冷を二合煽って一万を茉奈に渡した。
「釣りは要らないよ、今度火があるうちに寄らしてもらう」
中村が善三に手を上げて帰った。事情を知らない中野は呆気に取られていた。
「中野君、明日明後日は連休だが明後日の日曜日は約束あるかい?」
「特にありません」
「それじゃ一緒にバーベキューに行こう、と言うより俺の相棒で料理担当だが手伝っちゃくれないか」
「ええ、嬉しいです。久し振りですよバーベキューなんて。場所は何処です」
中野が前掛けを外しながら訊いた。
「それがね、うちの弟の友達んち、七里の別荘でやるの。物凄いお金持ちで材料は善三さんが手配してあるの。お金は向こう持ち」
茉奈が言って笑った。
「そんなとこへ俺が行っちゃっていいんですか?」
「勿論さ仲間じゃないか、そうだ君のダチも誘えばいい。仲直りだ。狭い街でいがみ合っていても時間の無駄だ。いい機会だ、ダチはダチだろ、どんな道に進んだって」
中野は善三の寛大さを改めて感じ取った。この男の下で修業が出来て光栄だった。
「それから、来週から皿洗いに加えて野菜洗いもお願いする。皿と野菜と忙しくなるが手当も増やす。大事な仕事だ、お客さんの口に入るもんだ、いいかい?」
「はい、手抜きせずに頑張ります」
茉奈は二人のやり取りを見ていて幸せを感じた。
一宮の下に最上玲子からの返信葉書は届いていなかった。一宮浩紀とグンナイブラザーズの楽屋は体育器具の倉庫である。体育館まで渡り廊下で二十メートル。
「どうだ?」
グループの一人小山が体育館を偵察に行って戻って来た。
「すげえ客だ。座り切れないで立ち見までいる」
グループに緊張が拡がる。善三は頭の包帯を絆創膏に替えていた。
「よし、みんなで行進する」
善三が緊張を解かそうとグラウンドを歩くことを決めた。グラウンドでは様々なイベントが催されている。
「この恰好でですか?」
一宮が訊き返した。メンバーの中曽根が母親に頼んで作ってもらった揃いのジャケット、えんじ色のカーテンが素材である。少し生地が足りなくて二人はベストになった。おもちゃのサングラスにリーゼント、中曽根と木下は靴墨で顔を塗っていた。
「ああそうだ、さあ行くぞ。グラウンドで出遭う人全てに挨拶するんだ、いいな」
善三は燕尾服を借りて着ている。靴がないのでいつもの下駄である。倉庫から出ると笑いと拍手が起きる。
「こんにちは、楽しんでくださいね」
善三の先導でグラウンドに出た。
「こんにちはみなさん、のど自慢に来てね、こんにちは」
一宮も仕方なく声を掛けて歩く。
「おいあれ」
小山が指差す方向にアパッチの一団がいた。その中の一人が一宮の前に出た。
「これ、玲子からだよ」
返信用葉書だった。出席にハートマークのマル印。アパッチの一団の真ん中に最上玲子が見え隠れする。一宮は一団に向けて手を振った。
「おい来たなスケバン最上玲子」
中曽根が一宮の肩を突いた。
「よしやるぞ。一番取るぞ」
善三はこれで安心した。緊張が解れた。挨拶にもテレがない。
「いたいた、ガンバレ」
勘音様の老夫婦が小旗を振った。旗にはハートマークとグンナイブラザーズと手書きである。
「来てくれたんですか、これはどうしたんですか?」
一宮が駆け寄った。
「ほらあの子達が作ってくれたのよ」
夫人が手を上げると宮司と巫女がその出で立ちで来ていた。
「イエ~イ」
巫女とその友達が大勢で旗を振った。
愛子は良太の服をまさぐっていた。
「愛子さん、探してもないよ、お兄ちゃんジーパン二枚とトレーナー二枚しか持ってないから、夏はTシャツ、冬はトレーナーの上にこのダッフルコート。靴下は洗ったかどうかちゃんと確認した方がいいよ。水虫はないけど臭いから」
愛子が諦めた。学生服で行くことにした。
「幸子ちゃん一緒に行く?」
「茉奈姉ちゃんちに寄るから後で行く」
「じゃ向こうで待ってる」
愛子は駅で里見と待ち合わせをしていた。里見は学生服だった。
「里見君は外出の時でも私服着ないの?」
「ああ、親に負担掛けたくないから学生服で通している。それに服装に興味ないんだ。でも愛子さんはどうして?分かった、良太の私服が気に入らない?」
愛子が笑った。校門に着くと見たことのある大型高級車が止まった。助手席から染が下りた。
「愛子お嬢様」
「染、来たの?」
「ええ、良太様からお誘いを受けまして」
良太とメイ子が車から降りて並んで立った。愛子は可笑しくなった。自分と信じている妹が実はマッチョ好きな良太と寄り添っているのが堪らなく可笑しい。良太も愛子の笑いの種が分かって笑い出した。
「里見君、あれ、私の妹メイ子」
里美の耳元で囁いた。唇が里見の耳朶に触れて胸が高まった。
「彼は良太の友達で里見君」
良太は大きな声でメイ子に言った。メイ子が二人の真実を知らないことを里見にそれとなく伝えるためである。
「愛子お嬢様」
と愛子に近付く佐田に染がウインクした。佐田はメイ子の前では失言だったことに気付いて「良太様」と言いかえた。佐田も染もおしゃれをしている。もしかしたら良太の存在が二人の気を和らげたのだろうと愛子は嬉しかった。六人が体育館に入ると既に満員、客席は一般客より高校生が占領していた。
「おい、お前等、年寄りの顔が見えねえのか」
甲高い声に一瞬会場が静まり返る。アパッチの女番長最上玲子だった。玲子は集団から抜けて最前列まで歩いた。
「立て、あの人達が見えないのか?」
前列を陣取っている女子高生に言った。女子高生はすぐに立ち上がり、観音様の常連老夫婦をエスコートした。女番グループが佐田と染を前列まで案内する。すると全ての高校生が立ち上がり一般客に席を譲った。
「工業最高」
誰かが叫ぶと拍手が湧いた。愛子の胸は再び最上玲子に熱くなった。そして良太と見つめ合った。良太が大きく頷いた。今なら元に戻れるような気がした。
「さあお待ちかね、工業祭一番の出し物、のど自慢の始まりです」
司会が案内すると拍手喝采である。十組がエントリーしている。一宮浩紀とグンナイブラザーズは九番目である。殿は三年連続優勝の三年C組のイケメンで構成されてるKGBジョニーズである。客席の前から四列目までが彼等のファンでファンクラブまで結成されている。しかし最上玲子の倫理が立ち見席に移動させた。それでもボンボンを持ってスタンバイしている。
「さあトップバッターは一年生D組、『親父の海』
♪ ヨイショ ヨイショ ヨイショ
櫂を漕ぐ格好で舞台に横歩きで一列になり登場してきた。最後にキンキラ衣装のまだ中学生にしか見えない童顔の子が歌い出した。
♪海はよ~~をおをおう 海はよ~~
年配の客には大受けである。歌もうまいし童顔が審査員の評価を上げる。審査員は教師十人である。公平を規すために出場クラスの担任は外している。それでもやはり模範生を推すと言う暗黙の示し合せが成立している。どうしても不良より優等生にその努力を称えたいと願う教師の思いは一致していた。一宮グループがエントリーした時に、不良共がと一部の教師の間で噂された。その教師の数人が審査員に入っていた。
茉奈と幸子が会場入りした。愛子と良太を見付けて駆け寄った。
「姉ちゃん、俺等道場に行く」
良太が茉奈に言った」
「行くって今から?のど自慢が終わってからでもいいじゃないの」
茉奈が止めた。
「茉奈姉さん、なんか神様が呼んでいるような気がします。このタイミングを逃すと不安です」
愛子の表情は真剣そのものだった。
「分かった、頑張ってね」
頑張って以外に言葉が無かった。
「お兄ちゃん、自転車使って」
自転車は一台、二人乗り。毎日山ほどの新聞を積んで配達している。
「愛子しっかり摑まって」
良太は七里が浜目指して漕いだ。立ち漕ぎだから愛子は良太の上下する尻に摑まっている。土曜日で道場は休館、鍵は愛子の鍵の束に付いている。道着に着替えて先ず瞑想した。二人それぞれ型を舞う。そして組稽古で汗を流す。そして瞑想。
「神様許してください」
「元の身体に戻してください」
二人は道着を脱いで立ち上がった。
「さあ残すは三組になりました。続いての参加者は二年E組、高木智也『イヨマンテの夜』いってみよう」
司会者が気合を入れた。
♪ ア~ア~ホイヤ~ アッアアッアアッア~ イ~ヨ~マンテ~
「いいぞ、日本一」
佐田が立ち上がり声を掛けた。染がズボンを引っ張って座らせた。
「いいか、泣いても笑ってものど自慢最初で最後のグンナイベイビーだ。しかし俺達は永遠のグンナイブラザーズだ、真剣に向き合った二週間を忘れるな。そして必ずや観音様が応援してくれる」
「はい」
子供達を変えるのは一つの目標に向きあい、それに集中した時間である。この子達は変わった。良太の決闘に付き合い初めて観音様で遇った時と違う。善三はこの子達と向き合って良かった、自分自身が清められた。これまでの参加者は実に上手かった。正直言って一番は無理かもしれないが上位には喰い込める。それがこの子等をさらに成長させる。会場で拍手が沸き起こる。
「よし行くぞ」
「はい」
拍手が止んだ。
「さあ続きまして二年F組、一宮浩紀とグンナイブラザーズの登場、演じるは大ヒット曲『グンナイベイビー』レッツゴー」
「中野君、こっち」
茉奈が会場でうろついている中野を見付けた。中野の後ろには例の三人もいる。茉奈に照れ笑いしながら挨拶した。
「そう、みんな来てくれたの」
茉奈は嬉しかった。
「中村さんこっちこっち」
中村も駆け付けた。
「これが高校の文化祭か、俺さ中卒だからさ、こういうの初めてなんだよな」
中村は会場を見回して言った。刺が抜ければどこにでもいる若者と変わらない。茉奈はあんなに怖がったことがおかしく思えた
「将来の舎弟を捜しに来たのかい?」
茉奈が冗談を飛ばした。
「姐さんには敵わねえや」
中村が照れた。
善三がラジカセのスイッチを入れた。前奏が流れる。スイングする。割れんばかりの拍手とは行かない。声援を送るのは知り合いだけ。善三は一宮の出だしを気にしていた。音が外れる時がある。手を合わせて祈るのみ。
♪ きいっと い~つうかふぁ
(ルッルッルッルウ~)
最高の出だし、善三は「よし」と舞台の袖でガッツポーズをした。
♪ 君の パパもふぉ~ わかはあって くれえ~る
(ウ~ フウ~ ファ~ ルウ~ 二人ノウ愛ヲォ~)
どうせ不良少年のおふざけ程度だと馬鹿にしていた教師も洗練されたパフォーマンスに目を剥いて驚いている。
脱いだ道着をきれいに畳んだ。二人は見つめ合い頷いた。良太が素っ裸になる。愛子も脱いだ。
「愛子、俺を信じて」
「うん、神様と良太を信じる」
♪ 後ろをぉ~むういた 震える~肩をっふぉ
(ルッルッルッルウ~ ウッフ~)
抱いてあげ~ようふぉ だ~か~ら~
愛子は目を瞑った。良太が愛子に近寄る。両手を肩に掛けた。鳥肌が立っている。手を肘まで滑らせた。鳥肌が消えた。
♪ グンナ~イ グンナ~イベイビ~ 涙こらえて~
(グンナ~イ グンナ~イベイビ~ グンナイグンナ~イベイビ~)
今夜は そのまま お休みグンナ~イ
(グンナ~イベイビー)
両手を背に回した。胸が合う。股間も触れる。愛子が腰を退く。良太が尻を押さえた。そしてそのまましゃがんだ。「神様」二人の思いは神の思し召し。軽率な行動を詫びて元に戻ることを願った。
♪ グンナ~イ グンナ~イベイビ~ 涙こらえて~
(グンナ~イ グンナ~イベイビ~ グンナイグンナ~イベイビ~)
楽しいっ 明日をっ 夢見てグンナ~イ
(タノシイ アシタヲッ ウファー)
良太は愛子の胸に顔を付けた。自分の匂いがした。愛子の顔は良太の頭の上。いつものリンスの匂いがした。いつの間にか良太の肉体が愛子の中に埋まっていく。滑らかに奥深くまで、それは性行為とは全く別の、扉を開く鍵のように深部まで届く。その時道場が揺れた。
♪ 伴奏が流れると拍手が起きた。
「あいつ等やるじゃん」
アパッチ最上玲子グループの一人が言った。宮司と巫女一団はスイングしている。観音様の老夫婦が立ち上がりチークダンスを踊る。
「染さん、踊ってください」
「はい、喜んで」
佐田がエスコートする。染の細い身体が佐田に吸い込まれた。
「ああいう夫婦になりたいね」
茉奈が呟いた。
「ねえ中村君、あたし達も踊ろう」
恥ずかしがる中村を引っ張ってダンスの群れに入った。冷やかしの指笛が鳴る。舞台袖の善三と中村の目が合う。
「大将、下駄は勘弁して」
善三が笑って頷いた。
♪ やはっと 見~つうけったっ この幸せわっはっ
(ルッルッルッル~ウ~ フウ~ ファ~ ルウ~ )
誰にもっあげないっ
(ウ~フウー 二人ノウ愛ヲォ~)
地震の揺れが治まると同時に二人は果てた。そして離れて仰向けに寝転がった。そして半身起こした。恥ずかしくなり二人共下着を身に着けた。
♪ 涙に~ぬうれたっ 冷たいっ頬をっほっ
(ルッルッルッルウ~ ウッフ~)
拭いてあ~げようをっ だ~か~ら~
愛子が立ち上がりどっちの制服か考えた。
「良太、私達元に戻ったの?」
良太も立ち上がり自分の身体を見て考えている。そして学ランとズボンを手に取った。愛子はセーラー服を着た。
♪ グンナ~イ グンナ~イベイビ~ 涙こらえて~
(グンナ~イ グンナ~イベイビ~ グンナイグンナ~イベイビ~)
今夜は そのまま お休みグンナ~イ
(グンナ~イベイビー)
「愛子だよね」
「良太だよね」
二人はお互いの身体をまさぐり合った。
「戻ったんだよね」
「多分戻ったと思う」
二人共曖昧だった。もしかしたら初めから入れ替わってなどいなかったのかもしれないと思った。男が男好きで女が女好きの何処がおかしいのかさえ分からなくなっていた。
♪ グンナ~イ グンナ~イベイビ~ 涙こらえて~
(グンナ~イ グンナ~イベイビ~ グンナイグンナ~イベイビ~)
楽しいっ 明日をっ 夢見てグンナ~イ
(タノシイ アシタヲッ ウファー)
「あたし達ばかみたいね」
「ああほんとだ」
「みんなと一緒じゃなくても何も気にすることなどないのにね」
「うん、俺もそう思う。自分が好きな人を好きになって、それで人に迷惑の掛けないようにすればそれでいいと思う」
「ねえ戻ろうよ工業祭に」
二入は自転車二人乗りで飛ばした。
♪ グンナ~イ グンナ~イ
(グンナ~イ グンナ~イ)
歌い終え深く一礼した。会場は一瞬静まり返っている。
「お前等凄い、カッコイイ」
静けを破ったのが中村だった。するとあちこちから声が上がり割らんばかりの拍手となった。鳴り止まない拍手を司会者が手で制した。
「ありがとうございます、一宮浩紀とグンナイブラザーズでした。さあそしてラストは昨年の覇者KGBジョニーズで『ブルブル、ブルウッ にっちもさっもどうにも『ブルドッグ』ワ~オウ」
ボンボンを両手に下げたファンが黄色い声援を上げた。
♪ 黙れ うるさいぞ お~まえら
楽屋の体育器具小屋に戻った。
「最高の出来じゃないか。これ以上ない」
善三が一人ずつ肩を叩いて労った。
「でもさすがですね、ここに出て来るためにずっと一年間練習をしてきた参加者だ。正直俺等の俄かグループとは違う」
体育館から聞こえてくる歓声に中曽根は唇を噛み締めた。
「仲間の結束は長さだけじゃない。そこに打ち込んだ魂だ。君達の魂は他の誰にも負けない。いい結果が出ると思う。表の一番と裏の一番がある。どっちも一番だ。俺は裏の一番が好きだ。もう裏の一番は君達のものだ。後は結果待ちだ、これで表も取れば二冠王だ。王さんには届かないけどな」
苦しい善三の励ましはあまり効果がなかった。
♪ にっちもさっちもどうにもブルドッグ ワオ
最終組のパフォーマンスが終わった。審査員が職員室に戻る。
「佐田爺、染、メイ子」
「お姉さん」
何故かメイ子が愛子の胸に飛び込んだ。不安だったに違いない。親は万博で留守、姉の愛子は可笑しい言動ばかり。孤独だった違いない。
「どうしたメイ子、何も心配要らないよ」
メイ子の髪を撫ぜた。
「お帰りなさいませ」
染が愛子の手を握った。「ふーっ」と安堵の溜息は愛子が元に戻ったことを確証したからである。
「愛子お嬢様、お帰りなさい」
佐田がやさしく微笑んだ。
「佐田爺、染、あたしね」
「全てご理解しております」
染が愛子の話を止めた。嬉しくて涙が出た。
茉奈がじっと良太を見つめた。肩に鼻を近付けて犬のように「スッスッ」と臭いを嗅いでいる。
「ただいま」
良太が言った。
「お前だな良太、戻ったんだね、愛子ちゃんは傷付かなかったか?」
茉奈が愛子の心配をした。
「ああ、ちゃんと神様が戻してくれた。幸子、心配かけたな。お兄ちゃんはいつまでもお前の兄貴だからな」
「お兄ちゃんほんとに戻ったの。なんか変わった」
「そうかな、自分じゃ何も変わっていないと思うけど」
「変わった、なんか大きく見える」
幸子の驚きに同調した里見が頷いた。
「姐さん、俺帰るから」
中村が手を上げた。
「ねえ中村君明日暇?」
茉奈が明日のバーベキュー大会に誘うつもりで声を掛けた。
「タイマンなら勘弁してよ」
中村が冗談を飛ばした。
「明日バーベキューするの、中村君も来ない?」
「俺やくざだよ、やくざが堅気のバーベキューにいけねえよ姐さん」
中村が笑って帰った。
審査員が戻って来た。
「結果発表します。先ずは審査員賞、トップバッター『親父の海』を歌った一年D組」
童顔のボーカルが飛び上がって喜んでいる。
「さあそれでは第三位から発表します、第三位、八番二年C組高木智也『イヨマンテの夜』
会場から納得の拍手と残念な溜息が同時に起きている。
「第二位の発表です。二年E組一宮浩紀とグンナイブラザーズ、よく頑張った」
善三がブラザーズに寄った。
「みなさんに感謝の言葉を掛けろ。悔しさなんて微塵も出すな。笑顔で締めろ」
グンナイブラザーズは舞台の前に出た。一宮の背を四人が突いた。
「みなさんありがとうございます。ここまでやれたのはみなさんの温かい声援のお陰です。精一杯頑張りました。本当にありがとうございました」
深く一礼した。驚いているのは教職員である。あの不良共がどうしてここまで素直に挨拶出来るのか不思議だった。採点も分かれていた。同点ならいい子が上と言う合言葉通りに行われた。逆に善三は二位で良かったと思った。二位になってこそ尚この子等は成長するだろうと感じた。ここで一位になれば天狗になっていた。一宮の恋心は消えてしまうかもしれないが人生の通過点としては最高の結果、まさに観音様のお慈悲である。そして優勝チームのパフォーマンスに会場が揺れている。彼等のファンが最前列でボンボンを振る。
「さあみなさんありがとうございました。来年ののど自慢までさようなら~」
司会が会場に手を振って占めた。
「さあ帰ろうか」
茉奈が音頭を取ったその時だった。
「グンナイ、アンコール、グンナイ、アンコール・・・・」
アンコールを叫ぶのは最上玲子率いるアパッチ軍団だった。その手拍子に会場の客も続いた。愛子と良太もアパッチの中に入って一緒にアンコールを叫んだ。
「グンナイ、アンコール」
「グンナイ、アンコール」
佐田と染も声を合わせた。
「おい、なんだあれ」
体育器具倉庫にもその声が聞こえてくる。小山が気付いてみんなも耳を澄ます。
「よし、行ってこい」
善三が五人を押した。
「善三さん、二番を歌ってください。みんな善三さんを連れて行くぞ」
嫌がる善三の腕を引っ張って一緒に舞台に上げた。
「あっ大将」
中野が声を上げた。
「グンナイブラザーズがアンコールに応えてくれました。おや、コーチでしょうか。ビシッと燕尾服に下駄で決めた二枚目です。さあラストソング、『グンナイベイビー』今宵あなたを眠らさないぜベイビ~」
司会が会場を人差し指で狙い撃ちした。最前列のど真ん中に最上玲子が座っている。一宮は緊張している。どうして玲子がまだいるのか、一番を取れなければ約束は反故になる。善三は一宮の恋の対象だと分かった。そして耳打ちをする。
♪ きいっと い~つうかふぁ
(ルッルッルッルウ~)
♪ グンナ~イ グンナ~イ玲子 涙こらえて~
(グンナ~イ グンナ~イベイビ~ グンナイグンナ~イ玲子)
今夜は そのまま お休みグンナ~イ
(グンナ~イ玲子)
♪ グンナ~イ グンナ~イ玲子 涙こらえて~
(グンナ~イ グンナ~イベイビ~ グンナイグンナ~イ玲子)
楽しいっ 明日をっ 夢見てグンナ~イ
(タノシイ アシタヲッ ウファー)
グンナ~イ グンナ~イ
そしてのど自慢は終わった。
七里ガ浜の別荘にはぼちぼちと集まり出していた。広い庭には専用の薪コンロもある。わざわざ部屋うちからテーブル椅子を持ち出さなくてもコンクリート製の屋根付き東屋がある。善三が予め頼んでおいた食材が大型冷蔵庫に収納されている。
「大きい冷蔵庫、それに専用の冷凍庫まである」
茉奈が羨ましがる。
「うちの店にもこんなの欲しいなあ」
善三も頷いている。愛子と良太は二人きりで二階のテラスにいた。
「愛子ありがとう、なんか色々勉強になった。君のお陰だと思う。そしてごめんね、君に苦痛を与えてしまったことは謝る。謝っても取り返しがつかないけど今の俺にはそれしか出来ないから」
良太が素直な気持ちを伝えた。良太の変身ぶりに愛子は驚いている。たった二週間の身体の入れ替え期間だったがその間に色々悩み苦しみ学習して成長した良太がすごく頼もしかった。
「良太大人になったね。一緒にいるとすごく安心。でも良太は何も悪くない。むしろ私の方が積極的だった。今考えれば幼稚で無知なだけだった。神様が悪戯したとしか思えない。でも戻れてよかった。恐かったけど良太のリードが私の不安を取り除いてくれた。こっちこそありがとう」
愛子も思いを告げた。
「ねえ愛子、本当に俺達入れ替わったのかな、そしてそれが元に戻ったのかな。もしかした俺達の欲に溺れた思い過ごしじゃなかったのかなって感じてならないんだ。俺は今自宅に居ても愛子んちに居ても同じように振る舞えるような気がする」
「それは私も考えた。昨夜一人で二週間ぶりに自分の部屋で考えた。私も良太と同じように良太んちで幸子ちゃんとなんの気兼ねもなしに一緒に居られる。メイ子の悩みなんか今まで聞く耳を持たなかったけど今は違う。一緒に悩んであげようと思える。佐田爺や染の手伝いも率先して出来るような気がする。でもね、入れ替わった事実を絶対に否定出来ないことがあるの」
「それ何?」
「あそこをちゃんと洗ってない」
愛子は照れながら言った。
「そう言えば僕のアソコも皮捲りまでして洗ってなかった。僕が前に臭くなるから皮捲りして洗ってって言ったけど洗ってなかった」
「恐かったの、爪で傷付けたらどうしようと」
「俺は洗い方分からない。触れると変な気になるから触りもしなかった」
二人は笑った。テラスから下を見ると里見と友利明菜が手を振った。
「もしかしてあの二人」
愛子が少し嫉妬した。
「かもしれないけど、里見は受験の事しか頭にないから。愛子はどうなの、里見の事、それから最上玲子の事」
坂道をぞろぞろと上がって来る一団がいる。工業の一宮グループである。
「呼ばれて来ました」
一宮が賄中の善三と中野に頭を下げた。
「来たな、君等の食欲に追い付かせるのが今日一の難題だ。中野君、ピッチ上げるぞ」
愛子と良太も合流した。黒のクラウンが門を潜った。降りて来たのは白のスーツにシルバーのマフラーを首に巻かずに膝まで垂らしている中村だった。
「姐さん、やくざだけど来ちゃった。いいかな?」
サングラスを外して笑った。茉奈が佐田に寄り耳打ちをした。声は掛けたけどまさか来るとは思わなかった。一応主催者側の確認を取りたかった。戦争体験者にやくざなんて屁でもない。佐田は笑って茉奈からの伝言を染にも伝えた。
「やくざ?あたしには東映の悪役にしか見えませんよ。さあ早くこっちに来てお食べなさい」
年寄りのパワーには敵わない。中村のサングラスの下から光るものが見えた。
「中村さん、今日の料理はうちの一心で出すより品がいい。残念だがここまでの素材は店で提供出来ない。だけど味付けはあたしの味だよ。さあみんな肉が焼けたよ、近江牛の最高部位だ、サッと塩振りかけて食べてみな。そうそう食える素材じゃないから味を記憶しておくんだ。最高の味覚を記憶しておくと人生が楽しい」
中村が一口食べて唸った。
「肉も美味いが焼き加減が絶妙なんだな。おい中野、大将の仕事をしっかりと覚えろよ」
「はい、ありがとうございます」
バーベキューは盛り上がった。
「みなさん、一宮浩紀とグンナイブラザーズに歌ってもらうと言うのはどうでしょう」
良太の提案にみなが拍手した。
「一応もしかしたらと用意はしてきました」
中曽根が揃いの手作りジャケットを取り出して配った。
「やる気だよこいつら」
茉奈が冷かした。
「ところで一宮君、最上玲子さんとはどうなったの?」
愛子が訊くとみんなが冷かす。
「実は・・・・」
「実はどうしたの?」
愛子が突っ込む。
「手紙もらいました」
「読め、みんなに報告しろ。元はと言えば君の恋心から始めたことだ」
善三が一宮の肩を揺すった。
「恥ずかしい。良太代りに読んでくれ」
封筒を差し出した。
「読みます」
良太がもったいつけた。
「『二番だからって諦めんじゃねえよ。あんたの気持ちは伝わった。卒業するまで清い交際、卒業してもあたいを思う気持ちに変わりがないとあたいが感じ取ったら付き合う。あたいの身体は真っ白だよ。あたいを捨てるなよ。あたいを大事にしろよ。あたいはあんたに尽くすよ』」
「この色男がばか野郎、羨ましいよ」
中村に頭を叩かれた。
「ようし、グンナイベイビーだ」
善三が一宮を急かす。すると一宮グループが立ち上がり善三の前に立った。
「善三さん、ありがとうございます」
五人が揃って頭を下げた。善三は照れ臭くて居場所を無くした。
「俺等への指導は歌だけではありません。観音様に手を合わせる事、年寄り夫婦には自分から先に挨拶すること。世話になった人には礼をすること。それがあっての歌の指導でした。俺等不良ですがいい不良になろうと思います。これからもご指導お願いします」
中曽根が綴った文章を読み終えると拍手が起きた。そして一宮がジャケットを善三に渡した。
「今日は善三さんにボーカルをお願いします。みなさんいいですよね」
拍手が起きる。
「最高、聞きたい、大将の歌聴かなきゃ帰れない」
中村が囃した。
「それは下駄の復讐か?」
善三が小声で訊いた。
「それもある」
茉奈が善三にジャケットを羽織った。仕方なく腕の通した。
「仕方ねえや、やるか」
観音様に夕日が当たっている。善三が手を合わせた。
♪ きいっと い~つうかふぁ
(わわわわ~)
君の パパもふぉ わかはって くれえ~る
佐田と染がチークダンスを踊る。
「おいで中村君」
茉奈と中村が踊りだす。里見が明菜を誘う。
「愛子俺と踊ってくれる?」
「うん。でもまた入れ替わらないかな」
「分からない。でももう恐くない。愛子を守る自信がある」
愛子が良太の胸に抱えられた。
♪ だ~か~ら~
グンナ~イ グンナ~イベイビ~ 涙こらえて~
(グンナ~イ グンナ~イベイビ~ グンナイグンナ~イベイビ~)
楽しいっ 明日をっ 夢見てグンナ~イ
(タノシイ アシタヲッ ウファー)
了
茉奈が頷いた。迷った末に桜に電話して良かったと安堵している。全ての客が退けたのが零時少し前だった。茉奈は暖簾を入れようとした時だった。
「一杯飲めるかい?」
頭に包帯を巻いた中村だった。
「大将」
茉奈は驚いて善三に声を掛けた。もしや昨夜の復讐かもしれない。善三は笑顔で頷いた。
「いらっしゃいませ、お客さん火を落としちゃった。お造りなら出せますがね」
中村は中野を睨んでカウンター席に座った。善三と向き合った。そしてお互いが頭の包帯を指差した。笑い始めた。その笑いが止まらない。
「どうしたんですか?」
中野が不安そうに言った。
「何でもない」
茉奈が答えた。中村は冷を二合煽って一万を茉奈に渡した。
「釣りは要らないよ、今度火があるうちに寄らしてもらう」
中村が善三に手を上げて帰った。事情を知らない中野は呆気に取られていた。
「中野君、明日明後日は連休だが明後日の日曜日は約束あるかい?」
「特にありません」
「それじゃ一緒にバーベキューに行こう、と言うより俺の相棒で料理担当だが手伝っちゃくれないか」
「ええ、嬉しいです。久し振りですよバーベキューなんて。場所は何処です」
中野が前掛けを外しながら訊いた。
「それがね、うちの弟の友達んち、七里の別荘でやるの。物凄いお金持ちで材料は善三さんが手配してあるの。お金は向こう持ち」
茉奈が言って笑った。
「そんなとこへ俺が行っちゃっていいんですか?」
「勿論さ仲間じゃないか、そうだ君のダチも誘えばいい。仲直りだ。狭い街でいがみ合っていても時間の無駄だ。いい機会だ、ダチはダチだろ、どんな道に進んだって」
中野は善三の寛大さを改めて感じ取った。この男の下で修業が出来て光栄だった。
「それから、来週から皿洗いに加えて野菜洗いもお願いする。皿と野菜と忙しくなるが手当も増やす。大事な仕事だ、お客さんの口に入るもんだ、いいかい?」
「はい、手抜きせずに頑張ります」
茉奈は二人のやり取りを見ていて幸せを感じた。
一宮の下に最上玲子からの返信葉書は届いていなかった。一宮浩紀とグンナイブラザーズの楽屋は体育器具の倉庫である。体育館まで渡り廊下で二十メートル。
「どうだ?」
グループの一人小山が体育館を偵察に行って戻って来た。
「すげえ客だ。座り切れないで立ち見までいる」
グループに緊張が拡がる。善三は頭の包帯を絆創膏に替えていた。
「よし、みんなで行進する」
善三が緊張を解かそうとグラウンドを歩くことを決めた。グラウンドでは様々なイベントが催されている。
「この恰好でですか?」
一宮が訊き返した。メンバーの中曽根が母親に頼んで作ってもらった揃いのジャケット、えんじ色のカーテンが素材である。少し生地が足りなくて二人はベストになった。おもちゃのサングラスにリーゼント、中曽根と木下は靴墨で顔を塗っていた。
「ああそうだ、さあ行くぞ。グラウンドで出遭う人全てに挨拶するんだ、いいな」
善三は燕尾服を借りて着ている。靴がないのでいつもの下駄である。倉庫から出ると笑いと拍手が起きる。
「こんにちは、楽しんでくださいね」
善三の先導でグラウンドに出た。
「こんにちはみなさん、のど自慢に来てね、こんにちは」
一宮も仕方なく声を掛けて歩く。
「おいあれ」
小山が指差す方向にアパッチの一団がいた。その中の一人が一宮の前に出た。
「これ、玲子からだよ」
返信用葉書だった。出席にハートマークのマル印。アパッチの一団の真ん中に最上玲子が見え隠れする。一宮は一団に向けて手を振った。
「おい来たなスケバン最上玲子」
中曽根が一宮の肩を突いた。
「よしやるぞ。一番取るぞ」
善三はこれで安心した。緊張が解れた。挨拶にもテレがない。
「いたいた、ガンバレ」
勘音様の老夫婦が小旗を振った。旗にはハートマークとグンナイブラザーズと手書きである。
「来てくれたんですか、これはどうしたんですか?」
一宮が駆け寄った。
「ほらあの子達が作ってくれたのよ」
夫人が手を上げると宮司と巫女がその出で立ちで来ていた。
「イエ~イ」
巫女とその友達が大勢で旗を振った。
愛子は良太の服をまさぐっていた。
「愛子さん、探してもないよ、お兄ちゃんジーパン二枚とトレーナー二枚しか持ってないから、夏はTシャツ、冬はトレーナーの上にこのダッフルコート。靴下は洗ったかどうかちゃんと確認した方がいいよ。水虫はないけど臭いから」
愛子が諦めた。学生服で行くことにした。
「幸子ちゃん一緒に行く?」
「茉奈姉ちゃんちに寄るから後で行く」
「じゃ向こうで待ってる」
愛子は駅で里見と待ち合わせをしていた。里見は学生服だった。
「里見君は外出の時でも私服着ないの?」
「ああ、親に負担掛けたくないから学生服で通している。それに服装に興味ないんだ。でも愛子さんはどうして?分かった、良太の私服が気に入らない?」
愛子が笑った。校門に着くと見たことのある大型高級車が止まった。助手席から染が下りた。
「愛子お嬢様」
「染、来たの?」
「ええ、良太様からお誘いを受けまして」
良太とメイ子が車から降りて並んで立った。愛子は可笑しくなった。自分と信じている妹が実はマッチョ好きな良太と寄り添っているのが堪らなく可笑しい。良太も愛子の笑いの種が分かって笑い出した。
「里見君、あれ、私の妹メイ子」
里美の耳元で囁いた。唇が里見の耳朶に触れて胸が高まった。
「彼は良太の友達で里見君」
良太は大きな声でメイ子に言った。メイ子が二人の真実を知らないことを里見にそれとなく伝えるためである。
「愛子お嬢様」
と愛子に近付く佐田に染がウインクした。佐田はメイ子の前では失言だったことに気付いて「良太様」と言いかえた。佐田も染もおしゃれをしている。もしかしたら良太の存在が二人の気を和らげたのだろうと愛子は嬉しかった。六人が体育館に入ると既に満員、客席は一般客より高校生が占領していた。
「おい、お前等、年寄りの顔が見えねえのか」
甲高い声に一瞬会場が静まり返る。アパッチの女番長最上玲子だった。玲子は集団から抜けて最前列まで歩いた。
「立て、あの人達が見えないのか?」
前列を陣取っている女子高生に言った。女子高生はすぐに立ち上がり、観音様の常連老夫婦をエスコートした。女番グループが佐田と染を前列まで案内する。すると全ての高校生が立ち上がり一般客に席を譲った。
「工業最高」
誰かが叫ぶと拍手が湧いた。愛子の胸は再び最上玲子に熱くなった。そして良太と見つめ合った。良太が大きく頷いた。今なら元に戻れるような気がした。
「さあお待ちかね、工業祭一番の出し物、のど自慢の始まりです」
司会が案内すると拍手喝采である。十組がエントリーしている。一宮浩紀とグンナイブラザーズは九番目である。殿は三年連続優勝の三年C組のイケメンで構成されてるKGBジョニーズである。客席の前から四列目までが彼等のファンでファンクラブまで結成されている。しかし最上玲子の倫理が立ち見席に移動させた。それでもボンボンを持ってスタンバイしている。
「さあトップバッターは一年生D組、『親父の海』
♪ ヨイショ ヨイショ ヨイショ
櫂を漕ぐ格好で舞台に横歩きで一列になり登場してきた。最後にキンキラ衣装のまだ中学生にしか見えない童顔の子が歌い出した。
♪海はよ~~をおをおう 海はよ~~
年配の客には大受けである。歌もうまいし童顔が審査員の評価を上げる。審査員は教師十人である。公平を規すために出場クラスの担任は外している。それでもやはり模範生を推すと言う暗黙の示し合せが成立している。どうしても不良より優等生にその努力を称えたいと願う教師の思いは一致していた。一宮グループがエントリーした時に、不良共がと一部の教師の間で噂された。その教師の数人が審査員に入っていた。
茉奈と幸子が会場入りした。愛子と良太を見付けて駆け寄った。
「姉ちゃん、俺等道場に行く」
良太が茉奈に言った」
「行くって今から?のど自慢が終わってからでもいいじゃないの」
茉奈が止めた。
「茉奈姉さん、なんか神様が呼んでいるような気がします。このタイミングを逃すと不安です」
愛子の表情は真剣そのものだった。
「分かった、頑張ってね」
頑張って以外に言葉が無かった。
「お兄ちゃん、自転車使って」
自転車は一台、二人乗り。毎日山ほどの新聞を積んで配達している。
「愛子しっかり摑まって」
良太は七里が浜目指して漕いだ。立ち漕ぎだから愛子は良太の上下する尻に摑まっている。土曜日で道場は休館、鍵は愛子の鍵の束に付いている。道着に着替えて先ず瞑想した。二人それぞれ型を舞う。そして組稽古で汗を流す。そして瞑想。
「神様許してください」
「元の身体に戻してください」
二人は道着を脱いで立ち上がった。
「さあ残すは三組になりました。続いての参加者は二年E組、高木智也『イヨマンテの夜』いってみよう」
司会者が気合を入れた。
♪ ア~ア~ホイヤ~ アッアアッアアッア~ イ~ヨ~マンテ~
「いいぞ、日本一」
佐田が立ち上がり声を掛けた。染がズボンを引っ張って座らせた。
「いいか、泣いても笑ってものど自慢最初で最後のグンナイベイビーだ。しかし俺達は永遠のグンナイブラザーズだ、真剣に向き合った二週間を忘れるな。そして必ずや観音様が応援してくれる」
「はい」
子供達を変えるのは一つの目標に向きあい、それに集中した時間である。この子達は変わった。良太の決闘に付き合い初めて観音様で遇った時と違う。善三はこの子達と向き合って良かった、自分自身が清められた。これまでの参加者は実に上手かった。正直言って一番は無理かもしれないが上位には喰い込める。それがこの子等をさらに成長させる。会場で拍手が沸き起こる。
「よし行くぞ」
「はい」
拍手が止んだ。
「さあ続きまして二年F組、一宮浩紀とグンナイブラザーズの登場、演じるは大ヒット曲『グンナイベイビー』レッツゴー」
「中野君、こっち」
茉奈が会場でうろついている中野を見付けた。中野の後ろには例の三人もいる。茉奈に照れ笑いしながら挨拶した。
「そう、みんな来てくれたの」
茉奈は嬉しかった。
「中村さんこっちこっち」
中村も駆け付けた。
「これが高校の文化祭か、俺さ中卒だからさ、こういうの初めてなんだよな」
中村は会場を見回して言った。刺が抜ければどこにでもいる若者と変わらない。茉奈はあんなに怖がったことがおかしく思えた
「将来の舎弟を捜しに来たのかい?」
茉奈が冗談を飛ばした。
「姐さんには敵わねえや」
中村が照れた。
善三がラジカセのスイッチを入れた。前奏が流れる。スイングする。割れんばかりの拍手とは行かない。声援を送るのは知り合いだけ。善三は一宮の出だしを気にしていた。音が外れる時がある。手を合わせて祈るのみ。
♪ きいっと い~つうかふぁ
(ルッルッルッルウ~)
最高の出だし、善三は「よし」と舞台の袖でガッツポーズをした。
♪ 君の パパもふぉ~ わかはあって くれえ~る
(ウ~ フウ~ ファ~ ルウ~ 二人ノウ愛ヲォ~)
どうせ不良少年のおふざけ程度だと馬鹿にしていた教師も洗練されたパフォーマンスに目を剥いて驚いている。
脱いだ道着をきれいに畳んだ。二人は見つめ合い頷いた。良太が素っ裸になる。愛子も脱いだ。
「愛子、俺を信じて」
「うん、神様と良太を信じる」
♪ 後ろをぉ~むういた 震える~肩をっふぉ
(ルッルッルッルウ~ ウッフ~)
抱いてあげ~ようふぉ だ~か~ら~
愛子は目を瞑った。良太が愛子に近寄る。両手を肩に掛けた。鳥肌が立っている。手を肘まで滑らせた。鳥肌が消えた。
♪ グンナ~イ グンナ~イベイビ~ 涙こらえて~
(グンナ~イ グンナ~イベイビ~ グンナイグンナ~イベイビ~)
今夜は そのまま お休みグンナ~イ
(グンナ~イベイビー)
両手を背に回した。胸が合う。股間も触れる。愛子が腰を退く。良太が尻を押さえた。そしてそのまましゃがんだ。「神様」二人の思いは神の思し召し。軽率な行動を詫びて元に戻ることを願った。
♪ グンナ~イ グンナ~イベイビ~ 涙こらえて~
(グンナ~イ グンナ~イベイビ~ グンナイグンナ~イベイビ~)
楽しいっ 明日をっ 夢見てグンナ~イ
(タノシイ アシタヲッ ウファー)
良太は愛子の胸に顔を付けた。自分の匂いがした。愛子の顔は良太の頭の上。いつものリンスの匂いがした。いつの間にか良太の肉体が愛子の中に埋まっていく。滑らかに奥深くまで、それは性行為とは全く別の、扉を開く鍵のように深部まで届く。その時道場が揺れた。
♪ 伴奏が流れると拍手が起きた。
「あいつ等やるじゃん」
アパッチ最上玲子グループの一人が言った。宮司と巫女一団はスイングしている。観音様の老夫婦が立ち上がりチークダンスを踊る。
「染さん、踊ってください」
「はい、喜んで」
佐田がエスコートする。染の細い身体が佐田に吸い込まれた。
「ああいう夫婦になりたいね」
茉奈が呟いた。
「ねえ中村君、あたし達も踊ろう」
恥ずかしがる中村を引っ張ってダンスの群れに入った。冷やかしの指笛が鳴る。舞台袖の善三と中村の目が合う。
「大将、下駄は勘弁して」
善三が笑って頷いた。
♪ やはっと 見~つうけったっ この幸せわっはっ
(ルッルッルッル~ウ~ フウ~ ファ~ ルウ~ )
誰にもっあげないっ
(ウ~フウー 二人ノウ愛ヲォ~)
地震の揺れが治まると同時に二人は果てた。そして離れて仰向けに寝転がった。そして半身起こした。恥ずかしくなり二人共下着を身に着けた。
♪ 涙に~ぬうれたっ 冷たいっ頬をっほっ
(ルッルッルッルウ~ ウッフ~)
拭いてあ~げようをっ だ~か~ら~
愛子が立ち上がりどっちの制服か考えた。
「良太、私達元に戻ったの?」
良太も立ち上がり自分の身体を見て考えている。そして学ランとズボンを手に取った。愛子はセーラー服を着た。
♪ グンナ~イ グンナ~イベイビ~ 涙こらえて~
(グンナ~イ グンナ~イベイビ~ グンナイグンナ~イベイビ~)
今夜は そのまま お休みグンナ~イ
(グンナ~イベイビー)
「愛子だよね」
「良太だよね」
二人はお互いの身体をまさぐり合った。
「戻ったんだよね」
「多分戻ったと思う」
二人共曖昧だった。もしかしたら初めから入れ替わってなどいなかったのかもしれないと思った。男が男好きで女が女好きの何処がおかしいのかさえ分からなくなっていた。
♪ グンナ~イ グンナ~イベイビ~ 涙こらえて~
(グンナ~イ グンナ~イベイビ~ グンナイグンナ~イベイビ~)
楽しいっ 明日をっ 夢見てグンナ~イ
(タノシイ アシタヲッ ウファー)
「あたし達ばかみたいね」
「ああほんとだ」
「みんなと一緒じゃなくても何も気にすることなどないのにね」
「うん、俺もそう思う。自分が好きな人を好きになって、それで人に迷惑の掛けないようにすればそれでいいと思う」
「ねえ戻ろうよ工業祭に」
二入は自転車二人乗りで飛ばした。
♪ グンナ~イ グンナ~イ
(グンナ~イ グンナ~イ)
歌い終え深く一礼した。会場は一瞬静まり返っている。
「お前等凄い、カッコイイ」
静けを破ったのが中村だった。するとあちこちから声が上がり割らんばかりの拍手となった。鳴り止まない拍手を司会者が手で制した。
「ありがとうございます、一宮浩紀とグンナイブラザーズでした。さあそしてラストは昨年の覇者KGBジョニーズで『ブルブル、ブルウッ にっちもさっもどうにも『ブルドッグ』ワ~オウ」
ボンボンを両手に下げたファンが黄色い声援を上げた。
♪ 黙れ うるさいぞ お~まえら
楽屋の体育器具小屋に戻った。
「最高の出来じゃないか。これ以上ない」
善三が一人ずつ肩を叩いて労った。
「でもさすがですね、ここに出て来るためにずっと一年間練習をしてきた参加者だ。正直俺等の俄かグループとは違う」
体育館から聞こえてくる歓声に中曽根は唇を噛み締めた。
「仲間の結束は長さだけじゃない。そこに打ち込んだ魂だ。君達の魂は他の誰にも負けない。いい結果が出ると思う。表の一番と裏の一番がある。どっちも一番だ。俺は裏の一番が好きだ。もう裏の一番は君達のものだ。後は結果待ちだ、これで表も取れば二冠王だ。王さんには届かないけどな」
苦しい善三の励ましはあまり効果がなかった。
♪ にっちもさっちもどうにもブルドッグ ワオ
最終組のパフォーマンスが終わった。審査員が職員室に戻る。
「佐田爺、染、メイ子」
「お姉さん」
何故かメイ子が愛子の胸に飛び込んだ。不安だったに違いない。親は万博で留守、姉の愛子は可笑しい言動ばかり。孤独だった違いない。
「どうしたメイ子、何も心配要らないよ」
メイ子の髪を撫ぜた。
「お帰りなさいませ」
染が愛子の手を握った。「ふーっ」と安堵の溜息は愛子が元に戻ったことを確証したからである。
「愛子お嬢様、お帰りなさい」
佐田がやさしく微笑んだ。
「佐田爺、染、あたしね」
「全てご理解しております」
染が愛子の話を止めた。嬉しくて涙が出た。
茉奈がじっと良太を見つめた。肩に鼻を近付けて犬のように「スッスッ」と臭いを嗅いでいる。
「ただいま」
良太が言った。
「お前だな良太、戻ったんだね、愛子ちゃんは傷付かなかったか?」
茉奈が愛子の心配をした。
「ああ、ちゃんと神様が戻してくれた。幸子、心配かけたな。お兄ちゃんはいつまでもお前の兄貴だからな」
「お兄ちゃんほんとに戻ったの。なんか変わった」
「そうかな、自分じゃ何も変わっていないと思うけど」
「変わった、なんか大きく見える」
幸子の驚きに同調した里見が頷いた。
「姐さん、俺帰るから」
中村が手を上げた。
「ねえ中村君明日暇?」
茉奈が明日のバーベキュー大会に誘うつもりで声を掛けた。
「タイマンなら勘弁してよ」
中村が冗談を飛ばした。
「明日バーベキューするの、中村君も来ない?」
「俺やくざだよ、やくざが堅気のバーベキューにいけねえよ姐さん」
中村が笑って帰った。
審査員が戻って来た。
「結果発表します。先ずは審査員賞、トップバッター『親父の海』を歌った一年D組」
童顔のボーカルが飛び上がって喜んでいる。
「さあそれでは第三位から発表します、第三位、八番二年C組高木智也『イヨマンテの夜』
会場から納得の拍手と残念な溜息が同時に起きている。
「第二位の発表です。二年E組一宮浩紀とグンナイブラザーズ、よく頑張った」
善三がブラザーズに寄った。
「みなさんに感謝の言葉を掛けろ。悔しさなんて微塵も出すな。笑顔で締めろ」
グンナイブラザーズは舞台の前に出た。一宮の背を四人が突いた。
「みなさんありがとうございます。ここまでやれたのはみなさんの温かい声援のお陰です。精一杯頑張りました。本当にありがとうございました」
深く一礼した。驚いているのは教職員である。あの不良共がどうしてここまで素直に挨拶出来るのか不思議だった。採点も分かれていた。同点ならいい子が上と言う合言葉通りに行われた。逆に善三は二位で良かったと思った。二位になってこそ尚この子等は成長するだろうと感じた。ここで一位になれば天狗になっていた。一宮の恋心は消えてしまうかもしれないが人生の通過点としては最高の結果、まさに観音様のお慈悲である。そして優勝チームのパフォーマンスに会場が揺れている。彼等のファンが最前列でボンボンを振る。
「さあみなさんありがとうございました。来年ののど自慢までさようなら~」
司会が会場に手を振って占めた。
「さあ帰ろうか」
茉奈が音頭を取ったその時だった。
「グンナイ、アンコール、グンナイ、アンコール・・・・」
アンコールを叫ぶのは最上玲子率いるアパッチ軍団だった。その手拍子に会場の客も続いた。愛子と良太もアパッチの中に入って一緒にアンコールを叫んだ。
「グンナイ、アンコール」
「グンナイ、アンコール」
佐田と染も声を合わせた。
「おい、なんだあれ」
体育器具倉庫にもその声が聞こえてくる。小山が気付いてみんなも耳を澄ます。
「よし、行ってこい」
善三が五人を押した。
「善三さん、二番を歌ってください。みんな善三さんを連れて行くぞ」
嫌がる善三の腕を引っ張って一緒に舞台に上げた。
「あっ大将」
中野が声を上げた。
「グンナイブラザーズがアンコールに応えてくれました。おや、コーチでしょうか。ビシッと燕尾服に下駄で決めた二枚目です。さあラストソング、『グンナイベイビー』今宵あなたを眠らさないぜベイビ~」
司会が会場を人差し指で狙い撃ちした。最前列のど真ん中に最上玲子が座っている。一宮は緊張している。どうして玲子がまだいるのか、一番を取れなければ約束は反故になる。善三は一宮の恋の対象だと分かった。そして耳打ちをする。
♪ きいっと い~つうかふぁ
(ルッルッルッルウ~)
♪ グンナ~イ グンナ~イ玲子 涙こらえて~
(グンナ~イ グンナ~イベイビ~ グンナイグンナ~イ玲子)
今夜は そのまま お休みグンナ~イ
(グンナ~イ玲子)
♪ グンナ~イ グンナ~イ玲子 涙こらえて~
(グンナ~イ グンナ~イベイビ~ グンナイグンナ~イ玲子)
楽しいっ 明日をっ 夢見てグンナ~イ
(タノシイ アシタヲッ ウファー)
グンナ~イ グンナ~イ
そしてのど自慢は終わった。
七里ガ浜の別荘にはぼちぼちと集まり出していた。広い庭には専用の薪コンロもある。わざわざ部屋うちからテーブル椅子を持ち出さなくてもコンクリート製の屋根付き東屋がある。善三が予め頼んでおいた食材が大型冷蔵庫に収納されている。
「大きい冷蔵庫、それに専用の冷凍庫まである」
茉奈が羨ましがる。
「うちの店にもこんなの欲しいなあ」
善三も頷いている。愛子と良太は二人きりで二階のテラスにいた。
「愛子ありがとう、なんか色々勉強になった。君のお陰だと思う。そしてごめんね、君に苦痛を与えてしまったことは謝る。謝っても取り返しがつかないけど今の俺にはそれしか出来ないから」
良太が素直な気持ちを伝えた。良太の変身ぶりに愛子は驚いている。たった二週間の身体の入れ替え期間だったがその間に色々悩み苦しみ学習して成長した良太がすごく頼もしかった。
「良太大人になったね。一緒にいるとすごく安心。でも良太は何も悪くない。むしろ私の方が積極的だった。今考えれば幼稚で無知なだけだった。神様が悪戯したとしか思えない。でも戻れてよかった。恐かったけど良太のリードが私の不安を取り除いてくれた。こっちこそありがとう」
愛子も思いを告げた。
「ねえ愛子、本当に俺達入れ替わったのかな、そしてそれが元に戻ったのかな。もしかした俺達の欲に溺れた思い過ごしじゃなかったのかなって感じてならないんだ。俺は今自宅に居ても愛子んちに居ても同じように振る舞えるような気がする」
「それは私も考えた。昨夜一人で二週間ぶりに自分の部屋で考えた。私も良太と同じように良太んちで幸子ちゃんとなんの気兼ねもなしに一緒に居られる。メイ子の悩みなんか今まで聞く耳を持たなかったけど今は違う。一緒に悩んであげようと思える。佐田爺や染の手伝いも率先して出来るような気がする。でもね、入れ替わった事実を絶対に否定出来ないことがあるの」
「それ何?」
「あそこをちゃんと洗ってない」
愛子は照れながら言った。
「そう言えば僕のアソコも皮捲りまでして洗ってなかった。僕が前に臭くなるから皮捲りして洗ってって言ったけど洗ってなかった」
「恐かったの、爪で傷付けたらどうしようと」
「俺は洗い方分からない。触れると変な気になるから触りもしなかった」
二人は笑った。テラスから下を見ると里見と友利明菜が手を振った。
「もしかしてあの二人」
愛子が少し嫉妬した。
「かもしれないけど、里見は受験の事しか頭にないから。愛子はどうなの、里見の事、それから最上玲子の事」
坂道をぞろぞろと上がって来る一団がいる。工業の一宮グループである。
「呼ばれて来ました」
一宮が賄中の善三と中野に頭を下げた。
「来たな、君等の食欲に追い付かせるのが今日一の難題だ。中野君、ピッチ上げるぞ」
愛子と良太も合流した。黒のクラウンが門を潜った。降りて来たのは白のスーツにシルバーのマフラーを首に巻かずに膝まで垂らしている中村だった。
「姐さん、やくざだけど来ちゃった。いいかな?」
サングラスを外して笑った。茉奈が佐田に寄り耳打ちをした。声は掛けたけどまさか来るとは思わなかった。一応主催者側の確認を取りたかった。戦争体験者にやくざなんて屁でもない。佐田は笑って茉奈からの伝言を染にも伝えた。
「やくざ?あたしには東映の悪役にしか見えませんよ。さあ早くこっちに来てお食べなさい」
年寄りのパワーには敵わない。中村のサングラスの下から光るものが見えた。
「中村さん、今日の料理はうちの一心で出すより品がいい。残念だがここまでの素材は店で提供出来ない。だけど味付けはあたしの味だよ。さあみんな肉が焼けたよ、近江牛の最高部位だ、サッと塩振りかけて食べてみな。そうそう食える素材じゃないから味を記憶しておくんだ。最高の味覚を記憶しておくと人生が楽しい」
中村が一口食べて唸った。
「肉も美味いが焼き加減が絶妙なんだな。おい中野、大将の仕事をしっかりと覚えろよ」
「はい、ありがとうございます」
バーベキューは盛り上がった。
「みなさん、一宮浩紀とグンナイブラザーズに歌ってもらうと言うのはどうでしょう」
良太の提案にみなが拍手した。
「一応もしかしたらと用意はしてきました」
中曽根が揃いの手作りジャケットを取り出して配った。
「やる気だよこいつら」
茉奈が冷かした。
「ところで一宮君、最上玲子さんとはどうなったの?」
愛子が訊くとみんなが冷かす。
「実は・・・・」
「実はどうしたの?」
愛子が突っ込む。
「手紙もらいました」
「読め、みんなに報告しろ。元はと言えば君の恋心から始めたことだ」
善三が一宮の肩を揺すった。
「恥ずかしい。良太代りに読んでくれ」
封筒を差し出した。
「読みます」
良太がもったいつけた。
「『二番だからって諦めんじゃねえよ。あんたの気持ちは伝わった。卒業するまで清い交際、卒業してもあたいを思う気持ちに変わりがないとあたいが感じ取ったら付き合う。あたいの身体は真っ白だよ。あたいを捨てるなよ。あたいを大事にしろよ。あたいはあんたに尽くすよ』」
「この色男がばか野郎、羨ましいよ」
中村に頭を叩かれた。
「ようし、グンナイベイビーだ」
善三が一宮を急かす。すると一宮グループが立ち上がり善三の前に立った。
「善三さん、ありがとうございます」
五人が揃って頭を下げた。善三は照れ臭くて居場所を無くした。
「俺等への指導は歌だけではありません。観音様に手を合わせる事、年寄り夫婦には自分から先に挨拶すること。世話になった人には礼をすること。それがあっての歌の指導でした。俺等不良ですがいい不良になろうと思います。これからもご指導お願いします」
中曽根が綴った文章を読み終えると拍手が起きた。そして一宮がジャケットを善三に渡した。
「今日は善三さんにボーカルをお願いします。みなさんいいですよね」
拍手が起きる。
「最高、聞きたい、大将の歌聴かなきゃ帰れない」
中村が囃した。
「それは下駄の復讐か?」
善三が小声で訊いた。
「それもある」
茉奈が善三にジャケットを羽織った。仕方なく腕の通した。
「仕方ねえや、やるか」
観音様に夕日が当たっている。善三が手を合わせた。
♪ きいっと い~つうかふぁ
(わわわわ~)
君の パパもふぉ わかはって くれえ~る
佐田と染がチークダンスを踊る。
「おいで中村君」
茉奈と中村が踊りだす。里見が明菜を誘う。
「愛子俺と踊ってくれる?」
「うん。でもまた入れ替わらないかな」
「分からない。でももう恐くない。愛子を守る自信がある」
愛子が良太の胸に抱えられた。
♪ だ~か~ら~
グンナ~イ グンナ~イベイビ~ 涙こらえて~
(グンナ~イ グンナ~イベイビ~ グンナイグンナ~イベイビ~)
楽しいっ 明日をっ 夢見てグンナ~イ
(タノシイ アシタヲッ ウファー)
了
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入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
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巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
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執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
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