洪鐘祭でキス

壺の蓋政五郎

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洪鐘祭でキス 9

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 異次元から戻った愛は自室でぼーっとしていた。あれは夢だったのだろうか、灰色の世界に青い線が一本伸びていた。その線を手繰ると雅恵の元カレが現れた。そして手を繋いで青い線に腰掛けていた。時は流れずずっと同じ時間の中に居た気がする。相馬と手を継いでいると愛は雅恵になった気がしてきた。もしかして、相馬は雅恵と間違えているのではないかと思った。そして相馬に恋をしてしまった。雅恵に悪いと思いながらもどうにもならない自分がいた。このままこの次元で相馬とこうしていることを願った。
「愛」
 ノックされてドアが開いた。
「お母さん」
 愛はベッドから起き上がった。
「ご飯食べて学校に行きなさい」
 栄子は叱るのが躾と考えていたが雅恵と俊司に普段通りに接するよう懇願されていた。
「お母さんごめんなさい」
「いいのよ。ただ消防団や学校の先生、それに近所の人がお前のことを捜してくれた。だから会ったらお礼を言うのよ」
「うん」
 申し訳なさそうに返事をした。階段を下りると雅恵がいた。
「おばあちゃん」
 愛が雅恵に抱き付いた。
「愛、良かったね」
「愛、良かったな」
 雅恵と俊司がやさしくした。
 家族は誰も叱らない。余計に罪の意識が深くなる。雅恵は俊司と礼子に異次元に移動した愛を引っ張り出したと言ったがどちらも信用してくれなかった。礼子はしかめっ面をしてどこに隠していたのと行方不明そのものを疑っていた。もし自分が逆の立場ならやはり信用しないだろう。
「それより、消防や協力してくれた方々にどこにいたか説明しなければならないな」
 俊司が難しい顔をした。
「だからほんとのことを言えばいいじゃありませんか。愛を異次元から連れ戻したと」
「おばあちゃん」
 雅恵が真実を伝えるように言うと栄子が悪戯坊主に『メッ』をするように睨んだ。
「だってほんとのことだもしょうがないじゃないか」
 雅恵は事実を信じてもらえずしょんぼりした。
「愛、お父さんもお母さんも怒らないから、どこに隠れていたのか教えて、ねっ。消防の人達には上手く誤魔化しておくから」
 栄子はあやすように愛に囁いた。愛と雅恵は見合わせた。これ以上説明しても時間の無駄だと諦めた。
「お堂の弁天様の後ろにいたの。そしたら眠くなってしまったの。気が付いたらおばあちゃん達が助けてくれたの」
 愛は嘘を吐いた。
「おかしいな、弁天堂の中も灯を付けて確認したんだがなあ。天井から床下まで。消防の後藤団長が中に入って隅々まで捜していた。それに気が付かないのはおかしいな」
 俊司がその時の模様を想い出していた。
「きっと、弁天様と一体になっていたんだよ」
 雅恵が適当に言ったら愛が笑った。
「ふざけないでください。おばあちゃんや愛はそれでいいかもしれないけど謝罪に行く私達の身にもなってください。弁天様と一体になって寝ていたなんて言えますか」
 栄子が厳しく言った。
「でもそれは面白いな、弁天様と一体になっていたらしい。そうかい、それじゃ捜しても見つかるわけがねえ、はははっ、なんてな」
「あなた」
 叱られた。
「それじゃこういうのはどうです。弁天堂の屋根に登って下りられなくなり助けを呼んでいるうちに眠ってしまった。屋根なら誰も気が付かないしどうです?」
 栄子がこれならどうだと言わんばかり対案を出した。しかし五十歩百歩、それじゃ弁天様と一体になったのと変わらないと雅恵は言いたかった。だが栄子に押し切られるのが目に見えていると諦めた。そして俊司と栄子は愛の捜索に協力してくれた家々を訪ね歩き、弁天堂の屋根で眠ってしまったと謝罪して回った。ほとんどがそんな馬鹿なと首を傾げるが栄子の熱のこもった芝居に頷いていた。
「すいませんでした。愛は弁天堂の屋根に上り、眠ってしまい、皆様の捜索にも気が付かずに、居残っていた祖母等が発見しました。本当に申し訳ありませんでした。改めて本人から謝罪させます」
 消防小屋を訪ねて謝罪した。
「屋根ですか?眠っちゃった?そうですか、まあ何もなくて幸いでした。しかしどうやって登ったんでしょうねえ?」
 団長の後藤が首を捻った。
「いやあ、弁天堂の周りは何回も回った。それも大声を上げて。それに梯子はないし、それとも忍者みたいにジャンプしたかな愛ちゃん」
 団員の内海は信用していない。
「まあいいじゃねえか、見つかったんだ。こんないいことはない」
 最年長の矢島が茶化す内海を言い包めた。内海も笑って諦めた。俊司と栄子が深く一礼して消防小屋を立ち去った。
「屋根で寝てるわけねえじゃねえか、お前等二人は一緒にいたんだろう。話せ」
 内海が誠二と亨に絡んだ。二人は里美からラインがあり愛の行方不明の原因がまとまったことを知っていた。訊かれたら誤魔化せるだろうか不安だったがその不安が的中した。
「屋根で寝ていたそうです」
 誠二が答えた。
「梯子がねえのにどうやって登ったんだ?」
 答えに困る。
「以外と器用みたいですよ愛ちゃん」
「何だそれ、器用だからって梯子無しで屋根に登れるのか?お前も器用だろう、今度登ってみろ」
 内海が腹を抱えて笑っている。
「神がかることってあるじゃないですか、弁天様にお祈りしているうちにそんなことがあったんじゃないですか」
 亨が思い付きで言った。
「矢島さん、次男坊大歓迎だけど、神がかりで屋根はないよね」
 傍で聞いていた父親の矢島に振った。矢島も薄笑いを浮かべている。
「お前達、何か隠しているな?」
 矢島が問い質した。
「いいか、誠二も亨も。内海は嘘を暴こうって言うんじゃないぞ。あれだけの人が愛ちゃん捜しに協力してくれたんだ。自分の子や孫や家族、仲間のことのようにな。その人達に屋根で眠ってしまっていたから見つからなかったって通じないだろう。ましてやあの下で大勢が大声出して動き回っていたんだぞ。それに梯子もない。そりゃ説明無理だろう」
 矢島が道理を話した。二人も嘘を吐いている負い目を感じていた。しかし真実を話したらそれこそ馬鹿にされるのがオチである。
「はっきりと言ったらどうだ?愛ちゃんが家出していたと。俺等はそれで納得するんだ。ああ年頃の難しい時期だからそう言うことも珍しくないとな」
 内海が予想しているシナリオに多くが頷いている。
「高宮の奥さんも言うことに事欠いて、屋根で寝ていたって、いくら自分とこの娘が家出して恥ずかしいか知らないけど、そこはしっかりと伝えればいいんだ。そうすりゃみんな、家出で見つかって良かったじゃないですかって笑顔でやり過せる。そう言うもんじゃねえか、地元愛ってよ」
 内海が言い包めに走った。何としても家出でまとめたい。
「内海よ、ここは俺に乗じてこの辺にしといてやれや。こいつらも何か義理立てがあってはっきり言えないんだろうよ」
「はいはい、団長にお任せいたします」
 内海は不貞腐れて小屋を出て行った。
「すいません」
 二人は後藤に謝った。
「団長、これから俺んちで一杯やりながら探ってみる。恐らく高宮から頭下げられてんだろう」
 矢島が後藤に耳打ちした。
「あらいらっしゃい」
 矢島の義理の妹良子が出迎えた。
「悪いが支度してくれ」
「してあります」
 矢島とあうんの呼吸になっていた。
「しかし二人は急接近ね、まさかこっちじゃないわよね」
 良子が手の甲をほっぺたに当ててからかった。
「違いますよ。僕等一緒に事業を興すことにしました、相棒です」
 誠二がはにかんだ。
「叔母さん、最近はそんな風にからかうこと自体がセクハラになるから気を付けてね」
 亨が付け足した。
「そうねえ、あたしも古いから」 
 良子は亨の言葉を深く受け止めた。30年前なら誰にはばかることなく言えた冗談が今は犯罪になってしまう。飯台にはすき焼きの用意がしてある。
「最初だけ牛、三回目からは豚だからね」
 鍋に脂身を落としながら言った。
「ありがとうございます。いただきます」
 矢島が霜降りの牛肉を三枚鍋に入れた。ジュッと焼ける音がする。すかさず肉を返してすき焼きのたれと酒を数滴垂らした。肉が反りかえり良子がそれぞれの取り皿に分けた。
「最初のこの一枚が美味いんだ」
 矢島が溶き卵に潜らせて口に入れた。亨も続いた。誠二は良子の一枚が無いことが気になった。良子は赤身の肉と野菜を入れる。長ネギで間仕切りを作りそれぞれがネギの壁の中で焼ける。
「良子さんは一緒に食べないんですか?」
 誠二は余計な心配ではないかと感じたが気になっていた。
「そうだ、良子も一緒にやりなさい」
 矢島が気を遣った。
「そうだよ叔母さん、もう古い習わし的な家訓は終わりにしようよ」
 亨も付け足した。この家では女は賄い的な存在だったのかもしれない。誠二は余計なことを言ってしまったとまた反省した。同時にこの時代でもこういう家庭があることに驚いた。もしかしたらこんな古臭いと思われる風習が地域の祭りを守っているのかもしれないと感じた。
「そうね、それじゃお言葉に甘えてビールいただきます」
 良子が誠二と亨の間に座った。
「よし、酔う前にお前達に訊いておく。もし高宮から口止めされているなら俺も他所で言わない。だから愛ちゃんが行方不明になった真実を話してくれ」
 矢島が本題に切り込んだ。二人は見合わせた。
「口止めされているわけではありません。真実が信用されないからあんな理由を付けたんです。だから僕達もそれに合わせています」
 誠二が答えた。
「真実はあれか、やっぱり愛ちゃんの家出か?」
 矢島が答えを誘うように上目使いで誠二を見た。
「おやじ、おやじも信用してくれないと思うよ。ただ家出じゃないのは間違いない」
 亨が諦め顔で言った。
「だけどお前、屋根に寝ていたってのはどう考えてもねえだろう、お前達もそのくらい分かっているはずだ」
「矢島さん、真実を話します」
 誠二が胡坐から正座に座り直した。釣られて矢島も正座した。それを見て良子が笑っている。
「義兄さん、胡坐にもどしなさい、すぐ痺れちゃうよ」
 矢島は照れ笑いをして胡坐に戻した。
「亨、お前から話して上げて」
 亨の方が異次元の近くに居た。
「おやじ信用するかな?」
「そんなことは聞いてみないと分からないわよ」
 良子が矢島を庇った。
「後藤団長が今夜はこれで中止と号令を掛けた時だった」
 亨が想い出して武者震いをした。良子がカセットガスの火を落とした。
「俺達は愛ちゃんの同級生の里美に声を掛けられた。手伝ってくれとね」
「手伝うって何を?」
 矢島の気が逸る。
「押さえてくれればいいと言う。愛ちゃんのおばあさんも茶屋のおばさんも里美も経験していたんだ」
「何を経験していたんだ?」
 誠二と亨は見合わせた。矢島がこの先の真実を信じてくれる自信がない。
「おやじ、絶対に笑わないでね、俺、真剣なんだ」
 亨が念を押した。
「ああ、笑わないよ。絶対に笑わない」
 矢島が誓った。
「五人で弁天様に祈りを捧げたんだ。そしたら弁天堂から男の人が出て来た」
「浮浪者か、最近朝比奈の浮浪者がこの辺りに現れるって聞いたぞ」
「違うよ」
 亨は立ち上がって玄関に貼ってある3年前の洪鐘祭の案内写真を手にした。
「この人だよ」
 矢島が写真に目を細めて見入った。そして笑い出しそうになるが堪えて我慢した。口を奇妙に動かして笑いを誤魔化している。
「この写真の男は明治時代の人だよ。浮浪者と同じような恰好しているから見間違えたんじゃねえのか?」
「いやこの人だ」
「だって顔は写ってないから断定は出来ないだろう」
「矢島さん、僕もしっかり見ました。間違いありません」
 誠二も断定した。矢島は仕方なく頷いた。
「それから」
「その人は酔っていました。確か夜は止めようと言った気がします」
「ああそう言った。おばあさんと話していた」
「おばあさんと話していた?すると高宮のばあちゃんとその男は知り合いか?ははあ、それで読めて来たぞ。愛ちゃんは家出して、ばあちゃんの知り合いのとこに行ったんだ。弁天堂は嘘の隠れ蓑だな」
 矢島は腕を組んで得意顔を見せた。誠二と亨はがっかりした。
「おやじ、そこにまとめようとしているなら絶対無理だよ。いくら俺達が真実を話しても家出の壁を取っ払わなければ通じるわけがない」
 亨は諦めた。
「義兄さん、亨君の言う通りよ、結論ありきで訊いているから疑うのよ。頭の中から家出を外して」
「分かったよ」
 良子に言われて頷いた。妻亡き後、矢島の面倒を看て来たのは良子である。良子がいなければ大袈裟でなく餓死するかもしれないほど家事に疎い。
「誠二、代わって」
 親子だと真剣実が薄れる。亨は誠二に振った。
「矢島さん、弁天堂から出て来た男は写真の男だと信じてくれますか?これを信じてくれないと話は先に進みません」
「あたしは信じるわ。あなた達二人が嘘を吐くはずないもの」
 良子に言われてみれば二人が嘘を吐く理由が存在しない。それに誠二も次男亨も嘘吐きではないことを確信している。
「うん、写真の男が出て来てどうした?」
「はい、酒に酔っていました。ふら付いておばあさんに寄り掛かりました。そして浴衣の裾を捲り上げ、手拭いを丸めて鉢巻きにしました。この写真の恰好です。橦木を掴んでゆっくりと二度引きました。そして三度目におもいきり引いて洪鐘を突いたんです。まさにこの写真と同じです。身体の反り方まで一緒でした」
 誠二の真剣な態度に矢島も圧倒された。
「それで?」
「男は弁天堂に戻りました。そして鐘の音と共に空気が揺れたんです。すると頭の上に境目が現れました。その境目が鐘の音で揺れて曖昧になったんです」
 誠二は想い出すうちに記憶が鮮明になって来た。
「それで?」
 矢島も力が入る。
「里美と打ち合わせ通りに進めました。初めはおばあちゃんが異次元を覗くことになっていたんですが、体力的に無理があると里美の意見で里美が覗くことになっていました。里美は引っ張られるように揺れ動く次元の境に吸い込まれました。亨がしっかりと里美の足を掴んでいました。そしたら亨ごと上に上がりそうになったんで僕が亨を掴まえました。凄い力で引っ張られました。里美は異次元に身体を半分出したそうです」
「それで?」
「愛ちゃんと大声で呼ぶと青い線の上から二人が降りて来たそうです」
「二人って誰だ、おばあちゃんの親戚か?」
「義兄さん」
 矢島が家出に引き戻そうとすると良子に叱られた。
「いえ、これは言っていいのかな?」
 雅恵の元カレであることを明かしていいのか、亨に相槌を求めた。亨は首を振った。矢島に明かせば消防団に伝わる。団から町内に知れ渡る。雅恵の立場が悪くなると考えた。
「誰なんだ?」
 矢島が急かす。
「それは言えません。ですがおばあさんの古い知人です」
 矢島はじっと誠二を見つめた。
「まあいい、もう一人は愛ちゃんなんだな?」
「はい、愛ちゃんは青い線から飛び降りて別れたそうです。手を伸ばす里美が漂う愛ちゃんを掴みました。そして亨が引いて僕が引きました。里美も愛ちゃんも異次元から戻ったんです」
「う~ん」
 矢島が首を傾げた。大勢を前にこの話をすれば信用しない方が大多数を占めるのは話している誠二も亨も分かっている。
「凄いね、愛ちゃんもおばあちゃんも。深い信じた愛で繋がっているんだわ。だから異次元の青い線でその人と会えたのよ」
「はい、そうだと思います」
 良子が信じてくれて嬉しかった。大多数は信用しなくても、ごく一部の愛を信じる人だけには通じる。話した甲斐があったと誠二と亨は頷き合った。
「そんなもんかねえ」
 矢島が酒盛りを再開した。
「今度弁天堂に行きませんか、お二人一緒に」
 誠二は二人の関係が義兄妹を超えた清らかな愛で繋がっていそうな気がした。二人で同じ祈りをすれば鐘突き男が現れるかもしれない。そして結ばれる。
「おやじ、行って来いよ叔母さんと。俺は応援するよ」
 亨が二人を交互に見て言った。母が亡くなり、親代わり姉がありで育ててくれた良子である。ひとつ屋根の下に暮らしても清純を貫いていた。嫌なら出て行くはずである。矢島も良子にずっといて欲しかった。
「何言ってるの亨さんたらっ」
 良子は恥ずかしくなり片付けを始めた。
「そろそろ帰ります」
 誠二が立ち上がった。
「じゃ来週から」
「ああ、来週から」
 二人は『長谷島企画』と言う会社を立ち上げた。初めは二人だがゆくゆくは人材派遣会社として鎌倉地区で活動したいと決めていた。
「ところで亨は里美を好きなんだろ?」
 見破られていた。

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