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第1章:始まりの3年間
第12話:友との別れ、そして
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パーティが終わり、スレイ達は城から養成所へと帰還する。
ディミトリは依然として見つからず、彼らは心残りがあるまま村へと帰郷した。
それから月日は経ち、年を越した後のこと───銃士隊養成所では、"ある噂"で持ちきりだった。
その噂というのは、"魔物の活動が活発化し始めている"という事と"賊を襲っている人物"の話で、特に話題になるのは後者の方だった。
「賊を襲うやつの話、知ってるだろ?」
「何だよヨーク、その話好きだな」
別の所で話が聞こえてくる───それはある種のヒーロー像として語られているためか、年頃の男子が憧れを抱くのは当然に思えた。
「しっかしすげーよな、"襲撃者"」
シェイルがぼやくように呟く。
襲撃者───その人物の名称として使われており、その襲撃から生き延び、王国の兵士に連行された賊の一人が言うには、『弓でも魔法でもないような武器を持っていた』と言っていたらしく、スレイは何故だか"ある人物"の事を思い出していた。
ディミトリ───彼はスレイ達と同じ部隊の一人で、銃士隊員を志す仲間だった。
王国での合同演習の際に、彼の素顔が見られる事件が発生してしまい、素顔を見られた彼はすぐさま逃げ、現在も行方不明である。ライフルはゴーレムに殴られた際に破損したが、拳銃に関してはまだ持っているような記憶がスレイにはあった。
銃士隊候補生がそれぞれ休憩時間を嗜み、くつろいでいると、一人の訓練生が入ってきた。
「た、大変です・・・!」
彼はまるで心に余裕が無いように入ってきて、先輩達である候補生に何かを伝えようとする。
「どうした?」
1人の候補生がその訓練生に訊くと、彼は落ち着きながら話を始める。それは彼等にとって驚くべきことだった。
「魔物がこちらに攻めて来ています・・・!」
「何だって・・・!?」
その場にいた候補生一同はその言葉に唖然とした。
「おいおい待てよ、じゃああの噂は本当だったって言うのかよ!」
「畜生、何だってんだ!?」
候補生達はそれぞれ焦るようにそれぞれ言葉を口に出した。
「教官は何て言ってた?」
ジョッシュがその訓練生に近づいて訊いた。
「教官達は、『この養成所を放棄し、王都への避難を優先しろ』と言っていました。」
「ふーん・・・」
ジョッシュが話に頷きながら、『良くやった』と言ってその訓練生の頭を撫でた。
その後、ジョッシュは他の仲間に自分を注目させてから話を始めた。
「・・・俺が隊長ってわけじゃねぇから、今から言う事は冗談半分に聞いて構わない。
俺達は3年間銃士隊員になる為に訓練してきたよな?
だが、今この養成所が魔物の蹂躙によって壊されそうになってる───それで良いのか? 魔物から逃げて、この養成所が壊されていくのを見ているだけで良いのか? 俺が言いたいのはただ一つ、自分の命を大事にしてこの場から逃げるか、今までの経験を活かして戦うか、だ」
ジョッシュは一息ついて話を続けた。
「逃げる事は恥じゃない・・・寧ろ当たり前のことだし、命の保証なんて出来ない。ただ、もしこの場に残って戦うなら───俺と一緒に戦って欲しい」
彼の話が終わり、少しの沈黙が起きた後、一人の候補生が口を開いた。
その候補生はカスパルという同期で、ジョッシュとは犬猿の仲と呼ばれていた。
「・・・ったく、偉そうに言える立場じゃねぇのに変なスピーチしやがって」
彼は話を続ける。
「俺は乗るぜ、魔物どもの好き勝手にさせてたまるか」
彼がそう言うと別の候補生も口を開いた。
それはミッチェルという長髪の候補生で、面倒くさがりな人物だった。
「お前のリーダー面はうざったいけど、言葉には一理あるからね、乗るよ」
彼らがジョッシュに賛同すると、徐々に候補生達は一人一人言った。
「ここに未練がある訳じゃ無いけど、逃げてもやる事ないからね」
「逃げたいけど、周りはやる気そうだしな」
「みんな・・・悪い」
ジョッシュがそう言って頭を深く下げると、伝令に来た訓練生も彼に賛同して言った。
「自分達にも手伝わせてください!」
「馬鹿、お前達は逃げろ───」
「まぁまぁ、良いじゃんか」
シェイルがジョッシュに言う。彼は『何で』と言いたげだったが、その訓練生の真っ直ぐな目を見て、すぐ折れた。
銃士隊養成所では、防衛する為の準備を始める。
候補生や訓練生は修了するまではライフルや拳銃を例外を除いて正式に持てない為か、持てない者は養成所にある弓矢や剣、槍などを持つ事にした。
銃士隊候補生達は、教官達が使っていた会議室を作戦本部に変えて使う事にした。
「これが養成所の間取り図だよ」
ベックが一枚の紙を広げて地図を見せる。そしてどこを集中して防衛するか、どこにどの装備の人員を配置するかを話し合った。
「カスパルはこの人員を率いて訓練場に入ってくる魔物を食い止めてくれないか?」
「ああ、任しとけ」
「アレフはヨークとミッチェルと一緒に入口の防衛に当たってくれ」
「ああ」
「任せな」
話し合いをしていると、養成所にいた教官が入って来た。
「何だこれは!?」
教官は怒り似た表情でジョッシュに言った。
「何って、防衛線を張っているんですよ」
「お前達も死ぬ気か!?」
「バーグさん、頼みます・・・我々はこの養成所を魔物の蹂躙で壊されたくないので」
バーグ教官長は、そんな彼の目を見て、ため息を吐きながら言った。
「・・・お前達がどう思っているかは分かった。
もしかしたら命令違反の罰則を受けるかもしれないが、私も手伝おう」
「分かりました、なら我々に指示をお願いします」
バーグへ指揮権を引き継ぎをした後、彼に指示を任せて、それぞれ担当する箇所に向かった。
ジョッシュは、スレイ、ヴィルト、シェイルと共に、正門とは別の門に向かった。
「『裏門を守れ』なんて言われても、4人で守れるか?」
「正門よりはマシかもな」
そんな無駄話をしながらもスレイ達は配置につく。
ヴィルトは自身の狙撃技術を活かす為に三人とは別の場所で配置についた。
スレイ達は、教官長から聴いた指示と状況について思い出す。
クレイグやバートンといった銃士隊員は王国で臨時編成された魔物鎮圧隊に加わっている事、養成所の結界が再起動するまで時間がかかる事、魔物の種類など様々な情報が出ていた。
「魔物はゴブリンにスケルトン、サイクロプスにハーピーか・・・」
「それに肉食系の動物もだな」
「ハーピーに惚れて死ぬなよ?」
「お前こそ、ゴブリン馬鹿にして殺されるなよ?」
ジョッシュとシェイルが軽口を叩き合っていると、ヴィルトが地上の鐘を鳴らす。それは敵襲の合図だった。
スレイ達はライフルを構え、敵を待つ。扉を破壊してくるか、それとも梯子をかけて登ってくるか、どっちにしろ、敵が襲撃してきたらどちらも一緒だった。
門が強制的に開き、魔物が侵攻してくると、スレイ達はライフルや拳銃で応戦した。
「こいつを喰らえ!」
教官の計らいで爆弾が使えるのが決定打となり、襲いかかる魔物を退ける事が出来た。
「アイツら逃げていくぞ!」
シェイルが感情に任せて追撃しようとするが、ジョッシュが彼を宥めた。
「馬鹿っ、防衛が最優先だろ」
「そうだった、悪りぃ」
冷静になったシェイルが謝る。ゴブリンは奇襲に特化しているような魔物で、もし彼らにとって有利な状況だったら苦戦は必須だった。
「とにかく、みんな弾の数を数えておけ。あと、ゴブリンの死体から棍棒とか拾っておけよ」
ジョッシュの指示で、それぞれゴブリンの死体から装備を漁る。ライフルや拳銃は構造上の都合で途中装填ができない為、銃ばかりに頼る事は出来なかった。
それからしばらくして、青い結界が張られている事が確認でき、彼等は安心した。
スレイ達は裏門を別の人員に任せて、教官の所へ向かう。
道中の床には負傷している候補生や訓練生が倒れていたり、壁にもたれて座る者もいた。
スレイ達が作戦本部に着いて、バーグに状況報告をした。
「・・・うむ、ご苦労だった」
「これで一安心か・・・」
スレイ達が落ち着いていると、作戦本部に一人の候補生が来た。
「報告します、此処から10キロ離れた先の森にて、救援の狼煙が上がりました!」
「何だと?」
スレイ達作戦本部にいた者達は騒然とする。その色は緊急での救援を意味していた。
「教官長、指示を待ちます」
作戦本部にいた候補生はそう言ったが、スレイ達はそれを待てなかった。
「・・・バーグ教官長、我々に行かせてもらえないでしょうか?」
スレイが震える声を抑えながら言った。
「お前達4人でか?」
スレイはジョッシュ達三人の方を見て、同意を伺うと彼等はそれぞれ頷く。
それを確認した彼は再び教官長の方を見た。
「良いだろう、許可する・・・結界も復帰した事だし、ここの防衛はお前達が居なくても事足りる」
「ありがとうございます!」
スレイは嬉しそうな表情で一礼した。
「ただ、装備だけは整えていけよ」
「はい!」
スレイ達は作戦本部から出て行き、彼等は敷地内にある馬小屋に行って、それぞれ馬に乗る。
スレイが乗った馬は、訓練の時にお世話になったあの馬だった。
馬はスレイを見るや否や、準備万端を訴えるように右前足で地面を払った。
「お前その馬に気に入られてるな」
「そうかな・・・?」
スレイは手綱を握りながら、『今日も頼んだよ』と呟き、馬を走らせた。
一方、救援信号を上げた森の方では、魔物鎮圧隊と魔物が交戦していた。
そこにはクレイグ、ディラン、バートン、レーヴァ、アルバートもいて、彼等は苦戦を強いられていた。
「敵が多すぎる・・・!」
「弾が持ちそうに無いな、こりゃあ・・・」
バートンがリボルバーで襲ってくる魔物を撃ち抜きながら言った。
「魔物の発生地点はここのようだが、本当にそうなのか?」
槍と拳銃を使いながらディランがそう言った。
「分かりません。ただ、この森に何かあるのは事実です」
「レーヴァ、後ろだ!」
後ろを取られたレーヴァをアルバートが守るように銃を撃つ。
「ありがとう、助かったわ・・・」
「いえいえ」
鎮圧隊による魔物との戦いは続き、そんな時に事件が起こった。
バートンの後ろにいたクレイグが腹部を押さえながら倒れるように座り込んだ。
「どうした?」
バートンがクレイグに近づいて訊くと、彼の右腹部からは矢が刺さっており、血が滲んでいた。
「一体どこから・・・」
「クレイグさん!」
彼が負傷していることに気付いたレーヴァが彼の元へ駆け寄った。
「レーヴァ、クレイグを頼む」
「はい・・・!」
バートンから彼を任されたレーヴァは腰のホルスターから拳銃を取り出して、周囲を警戒する。
魔物の数は徐々に減っているように感じるが、彼女には何か嫌な予感がした。
そして、その予感は的中する───木々を吹き飛ばしながら現れたのは、"白い熊のような獣"で、周りにいた鎮圧隊の隊員と魔物を鋭い爪で引き裂いた。
その魔物が自身の白い体毛を人と魔物の血で汚しながらクレイグ達の方に視点を移す。レーヴァは白き巨体に恐る恐る拳銃を構え、照準に定めた。
赤い眼光───その瞳は禍々しく、その獣は血に飢えているかのように牙を見せていた。
「早く逃げろ・・・!」
「貴方を置いてはいけない・・・!」
クレイグがレーヴァに避難を促すが、彼女はジョッシュの事を考え、彼の指示に従わず肩を貸して歩いた。
「レーヴァ!」
バートン、ディラン、アルバートも2人に合流し、援護した。
「この、化け物野郎!!」
バートンがリボルバーで3発撃ち込むが、効いてなかった。
「何故奴は怯まん・・・?」
「アルバート、援護してくれ」
ディランが白き獣に向かって走り、自身の槍術を駆使して翻弄する。そして、致命傷と思わしき脳天に槍を突き刺さした。
「これで終わりか・・・?」
しかし予想は外れ、思わぬ光景を見る。槍を刺した傷口が動き、それを見たディランは呆然とする。
その隙にディランは振り落とされて槍と共に落ちた。
「なんて事だ、あれでは・・・!?」
その白き獣の傷は自然治癒しており、みるみる塞がっていく。どんな原理かは分からず、ただ一つ言えるのは───この魔物には何か秘密があるという事だった。
「ディラン隊長、危ない!」
アルバートの一声でディランが我に返ると、白い獣は鋭い爪を彼めがけて振りかぶっていた。
ディランが自身の死を覚悟しながらも、拳銃を構えて一矢報いようとしたその時だった。
「こっちだ、化け物!!」
何処からか声が聴こえ、獣もそれに反応してディランへの攻撃を寸前でやめた。
獣が声の方向を振り向くと、何発もの銃弾が獣の皮膚に当たる。しかし怯まなかった。
「アイツ化け物か!?」
「もう知ってる事だろ、助けるぞ!」
ディランはバートンとアルバートの助けにより、獣から離れる。そして、レーヴァと負傷しているクレイグに駆け寄ったのは、馬に乗ったジョッシュだった。
「ジョッシュ・・・!」
ジョッシュが馬から降りて、レーヴァに言った。
「親父は!?」
「毒に冒されている・・・」
彼女からその話を聴いてジョッシュは唖然とする。確かにクレイグの顔は青ざめており、焦点も定まってなかった。
「・・・レーヴァ、お前は他の人と一緒に逃げろ」
「・・・貴方達はどうするの?」
「あの化け物をぶっ飛ばす」
「だったら私も一緒に・・・」
「お前死んだらレーナに何て報告すれば良いんだよ!?」
「貴方こそ、クレイグさんになんて言うの?」
「二人共、口論してる場合じゃないよ・・・」
急に始まった二人の痴話喧嘩を仲裁するようにスレイが割って入り、レーヴァに言った。
「レーヴァ、お願いだからここから撤退して増援を呼んできて欲しい」
「貴方まで・・・!」
「この通り・・・!」
懇願するように頭を深く下げるスレイを見て、彼女は折れた。
「・・・仕方ないわね、でも絶対死なないでね?」
「ああ」
魔物鎮圧隊が続々と撤退していく中、スレイ達は自分達が乗ってきた馬も撤退させる。
ディランは残る彼等に、敵と戦って知ることができた情報を伝えた。
そして、大多数の隊員が森の外へ撤退をしていく中、負傷しているクレイグをスレイの馬に乗せることにした。
「頼んだよ、えーと・・・」
名前が分からなくて戸惑っていたスレイは無意識のうちに馬の名前を言った。
「キャロライン・・・? 頼んだよ───」
その名前で呼ぶと、彼女は喜ぶように高い声で嘶き、そのままクレイグを乗せて走り去っていった。
「お前・・・」
ジョッシュは何とも言えない目でスレイを見た。
「いや、咄嗟に思いついたのがこれしかなくて・・・」
「ふざけてる場合じゃなそうだよ!」
シェイルから言われて、二人は目の前の敵に集中した。
「クソっ、何て生命力だ・・・!」
ライフルで何発も撃ち込んでいたヴィルトが毒付いた。
「こんな時、バートンさんのリボルバーがあればな・・・!」
彼等は獣の標的が定まりにくくなるように散開しながら銃弾を放つ。
しかし、まるで効いていないようだった。
白い獣は弾を装填する為に攻撃を中断していたジョッシュに狙いを定めた。
「ジョッシュ、逃げろ!!」
獣の狙っている方向を察したスレイが声を荒げて言った。
「嘘だろ・・・!」
案の定、白き獣はジョッシュに向かって走り、彼は更なる森の中へと逃げて行く。しかし獣はそれでも追跡して行った。
「助けるぞ!」
3人は、逃げていった彼を助ける為に獣の後を追うが、途中で見失ってしまった。
「やむを得ないな、一旦別れよう。ただ、もし見つけても突っ込むなよ?」
3人は一時的にそれぞれ別行動をとることにした。
スレイが森の中を慎重に行動する中、自分以外の足音が聴こえてそこに拳銃を構える。しかし、そこには誰もおらず、警戒を解いた彼にある者が襲ってきた。
それは、スレイの首を絞めながら近くの木にぶつけると、彼はバランスを崩して仰向けに倒れる。そして、倒れた彼の首元にナイフを突き立てられた。
「おっと・・・動くとナイフが刺さるぞ?」
嘲笑するように低い声で言ったそれは頭巾を被ったゴブリンだった。
しかし、他のゴブリンと違って、装備が整っており、言葉も流暢だった。
「お前は・・・!?」
「何だ、"予言"とは違うな」
「何の話だ・・・」
しかし、そのゴブリンは彼の眼を見るや否や、不思議そうに首を横に傾けた。
「まさか───」
ゴブリンが何かに驚いてると、何処から矢が放たれ、横にある木に刺さった。
「増援が来たか・・・」
謎のゴブリンはスレイから離れ、煙玉を下に投げつけて煙幕を張った。
『クク、面白い───また会おう、小僧』
何処からともなく先程の小鬼の声が聞こえたが、姿は見えなかった。
「───大丈夫か?」
スレイに駆け寄ってきた者は、聴き覚えのある声で気遣う。彼がよく見ると、そこにいたのはボロボロのフードを被り、牙が並んだ口が描かれている覆面とゴーグルを付けた人物だった。
「ディミトリ、なのか・・・?」
「ああ、憶えててくれたんだね」
「忘れるわけがない」
スレイはディミトリに差し伸べられた手を掴み、立ち上がった。
スレイは彼に付いて行き、一時的に拠点としている場所に辿り着く。
そう、そこは野戦訓練の時にキャンプ場としていた場所だった。
懐かしさに浸りたいものの、ジョッシュのことが気がかりなスレイは少し焦り気味で彼に言った。
「ディミトリ、悪いんだけどジョッシュが危険なんだ。色々話したいことはあるが・・・」
「いや、ここに来たのは装備を整えに来た為だよ」
彼はスレイにそう言って、火打ち石や爆弾を手に取った。
「それは?」
「賊が持っていたものを貰っただけさ」
「という事は君が"襲撃者"で噂の・・・」
スレイからの問いに彼はため息をついた後に話を続けた。
「君達が王都にいる間、正体が知られた僕は途方も無く彷徨っていた。生き延びる為に賊や魔物を仕留め、死体を漁った」
「そうだったのか・・・」
「行こう、歩きながら話をする」
彼もジョッシュが襲われている事を聞いたからか、スレイにそう言ってくれた。
「魔物の活動が活発化したのは3ヶ月前、僕がある山賊の拠点を襲撃した時の事だった。
その時、警備は手薄で不審に思ったが、内部を見てすぐ分かった。そう、ゴブリンが先に山賊を襲っていたんだ。僕もその時は気づかなかったが、別の日には種族の違う魔物同士が徒党を組むように道行く人を襲い始めたんだ」
「それで魔物が活発化した噂が流れていたんだ・・・」
「本来、魔物というのにも相性がある。その相性を完璧に無視する事は出来ないはずなんだ」
「そうだったのか」
「あと、最近どこかの結界が不調になったりしなかったか?」
スレイはその言葉に心当たりがある。それは養成所にある魔除けの結界が急に剥がれてしまった事だった。
「・・・そんな事があったのか」
スレイはその事を話すと、彼は少し考えた後に言った。
「これは僕の予想なんだが、もしかするとこれは誰かが意図的に仕組んだものではないかと思う」
「誰かが?」
「スレイ、ジョッシュを追っているその魔物は白かったか?」
「ああ、白い熊のような魔物だった」
「・・・その魔物に攻撃した時、傷が治癒しなかったか?」
スレイはその言葉を聴いて驚く。確かに弾が当たっている筈なのに効いていない感覚が彼等にはあったのだ。
「そういえばそうだった、まるで効いていなかったよ」
「そうか・・・」
ディミトリは再び考えた後、スレイに言った。
「その魔物は"ホワイトコロッサス"という魔物で、本来は自然治癒どころか、滅多な事が無い限り凶暴ではない筈なんだ」
「どういうこと?」
「もしかしたらなんだが───誰かが意図的に"生物兵器"として仕組んだのかもしれない」
「そんな事が!?」
「あくまで憶測だよ。
ただ、それをやるすれば───過激派の魔族、それか"邪竜教団"」
スレイはディミトリが言ったある言葉に反応した。
「邪竜教団?」
「かつてエヴォルドの地を闇の世界にしようとした邪竜"ファルヴァウス"を信仰する教団の事で、英雄"イルス"と邪竜の子供である"黄金色の竜"により邪竜が倒され、その教団自体も消えたとされている」
話を聴き終えたスレイは、イルスなどの特定の名前に反応した後、頭痛が響いた。
頭痛と同時に彼の脳裏には走馬灯のように謎の記憶が蘇る。邪竜と思わしき竜と、対峙する大剣に似た剣を持つ黒い服装の青年と、ワンピースのような黄色いロングドレスを着た女性がいた。
長い金髪の女性───何故だかその後ろ姿には見覚えがあった。
「スレイ、大丈夫か?」
ディミトリから心配され、我に返った彼はすぐに気を取り直した。
「〔何故か見覚えがある・・・何故?〕」
彼は先ほどの走馬灯を不思議に思いながらディミトリと共に歩き始めた。
歩いている事数分、ディミトリはある事を彼に伝えた。
「あぁ、一つ言いたい事があるのだが・・・」
「どうした?」
「"同年代の女騎士"が知り合いにいたら気をつけた方がいい」
彼は思わず足を止める。何故ディミトリがそんな事を言ったのか不思議でたまらなかったのだ。
「どうしてそんな警告を?」
「もしいるのなら、その娘は教団の信者だろう」
彼はその言葉に呆然として訊いた。
「待ってくれ、どうしてそんな事が言えるんだ?」
「こんなことを言って申し訳ない、ただあるものを見てしまってな」
ディミトリは何故そう思ったのか経緯を話し始めた。
それは今からディミトリの正体が王様などにばれてしまった事から始まる。
闘技場から逃げたディミトリはある路地裏で少し休んでいたが、その際にある人達が来て隠れる事にしたのだった。
最初、彼は自分を探しに来た王国の兵士だと思ったが、もう一人は明らかに服装が違い、庶民の服装だった。
そしてもう一人は、長い金髪を三つ編みにして左肩に置いている騎士の少女で、ジョッシュ達と年齢の変わらなそうな人物だった。
そんな彼女がしている事は聞き込みだと彼は思っていたが、話の内容は違く、断片的にしか分からなかったが、邪竜復活についての話と何かしらの丸めた紙を渡していた。
「それだけでか・・・?」
「君の知り合いなら僕も教団である事は信じたくない。
ただもし、彼女が信者だった場合は気をつけた方がいい・・・」
スレイは無言になりながら拳を握り締める。当然、こんな話をジョッシュにしたくないが、彼の言ったこの話が嘘には感じられなかったのだ。
そんな状況になっていると、何処かで銃声が3発聴こえた。
「こっちから聴こえたな、行こう」
彼がそう言って、スレイは一旦その事を考えないようについて行った。
彼等が銃声のした方向に行くと、ジョッシュがホワイトコロッサスに掴まれていた。
幸い、彼の右腕は使えるようだったが、拳銃が弾切れになるのは時間の問題だった。
スレイとディミトリが襲われているジョッシュを発見したのと同時に、ヴィルトとシェイルも別方向から現れた。
ヴィルトは膝をついて両腕をクロスさせながらライフルを構えると、一発を的確にジョッシュを掴んでいた腕に命中させた。
ホワイトコロッサスの腕に命中し、ジョッシュを落とす。地面に落ちて受け身を取った彼は、すぐさま距離をとって弾を再装填していた。
自然治癒をする魔物であっても痛みがあったのか、苦しむように咆哮した。
咆哮を響かせた後、ヴィルトとシェイルの方向を振り向いて彼らに牙を剥いた。
「まずいぞ!」
ディミトリが弓矢でホワイトコロッサスの体に命中させて標的を変えようとする。
その間にスレイが三人を助ける為に誘導した。
スレイ達4人が合流し、状況について話し合う。その時、弓矢を使っている人物は誰なのかとスレイは問われたが、『会えばわかる』と言って話を切り上げた。
ディミトリが他の4人に合流すると、ジョッシュは驚いた顔をしていた。
「ディミトリなのか!?」
「話は後、奴から逃げないと・・・」
ディミトリからそう言われて、彼等は逃げることにした。
逃げる事しばらくして、スレイ達はどこかの遺跡に辿り着く。しかしそこは見覚えのある場所だった。
「まさか、ここって・・・」
スレイが辺りをよく見ると、そこは夜戦訓練で見た所で、近くには見知らぬ袋と手のひらぐらいの樽が置いてあった。
「ここは奴の住処だ。逃げないと・・・」
「待て、なら袋に入ってるこの爆弾はなんだ?」
ヴィルトが遺跡の中にあった袋の中を見てそう言った。
「見ての通りだ、奴を誘き出して爆破する」
「それであの時火打ち石を・・・」
スレイは、ディミトリが何故キャンプに戻って装備を整えたのか理解した。
5人が遺跡内にいると、重い足音が外から聞こえてくる。その音はホワイトコロッサスのものだろう。スレイ達は、それぞれ武器を構えて待ち伏せをした。
標的が視界に入った瞬間、ライフルによる一斉掃射が始まった。
撃っていく最中───弾が切れ、石の上に落ちた挿弾子の金属音が銃声と共に響き渡る。すぐに新しい弾を装填し、標的に撃ち込む。
攻撃する機会を与えてしまわないように引き金を何度も弾き続けた。
ディミトリは攻撃を中断して、樽から一本の導火線を外まで引っ張っていき、それを終えたら白き獣の背中に2本の銃剣を突き刺した。
「早く、みんな外へ!!」
獣の背中に登った彼は、大声で他の四人へ避難を促した。
彼等が外へ逃げるのを確認したディミトリは、すぐにホワイトコロッサスの背中から降りて導火線に火を点けた。
火をつけて逃げようとした矢先、アクシデントが起こる。ホワイトコロッサスがバランスを崩して壁に激突すると、ヒビが入ったその隙間から水が出てきてしまい、導火線の火を消してしまった。
「しまった、これでは爆破できなくなる!!」
ディミトリは遺跡に入って、再び火をつけようとするが、ホワイトコロッサスの視界に入り襲われる。
しかし、スレイ達も中に入って援護した。
「ディミトリを援護しろ!!」
スレイ達は、残っていたライフルの弾を全てヴィルトに任せて、残りの3人は剣や棍棒で接近戦を始めた。
スレイは剣でホワイトコロッサスに切り掛かるが、その傷はすぐに再生する。それでもディミトリを助ける為に果敢に攻めていった。
戦っていく中、ヴィルトの狙撃でホワイトコロッサスの左眼が銃弾によって潰され、再びバランスを崩して倒れた。
火を再び点けたディミトリは、スレイ達と共に逃げようとするが、ホワイトコロッサスが最後の悪あがきとしてスレイを掴もうとした。
「スレイ、危ない!!」
ディミトリは彼に体当たりをして庇い、ディミトリはホワイトコロッサスに掴まれていた。
「くっ・・・」
片腕がまだ動かせる為、その手で持っていたバヨネットを刺して抵抗するものの、それが無駄だと判断したのか、途中で抵抗をやめた。
「ディミトリ!!」
スレイ達は武器を構えながらホワイトコロッサスに攻撃しようとするが、彼は「行け」と言った。
「行ってくれ、早くしないと・・・」
「行くぞ、ほら早く」
ヴィルトが導火線の方向を見ると、もう少しで樽に到達しかけており、彼はジョッシュ達の背中を押して逃げるよう促した。
「あいつを置いていけない!!」
ジョッシュは助けようとするが、スレイはディミトリの目を見て察し、彼を引っ張った。
「・・・ジョッシュ、逃げよう」
「お前まで・・・!」
「いいから早く!!」
スレイはディミトリをもう一度見て、心の中で言った。
「〔本当に、本当にいいんだな・・・?〕」
スレイは彼を見つめながらジョッシュを引っ張っていった。
4人が外へ逃げ切った後、ディミトリは導火線の火が行く道の途中で水に濡れているのを発見してしまう。
遺跡は川に近く、浸水しやすい状況であったのだ。
この白い獣は自分を食べようと歯茎を出して牙を見せている、もしここで爆発せずに食べられれば今までの行為が無駄になってしまう───彼はそう思いつつも同時にある事を思い付いた。
バヨネットを手元で回転させて、刃の部分を持つと、彼はそれをホワイトコロッサスの顔へ投げる。投擲したバヨネットは見事に命中し、彼を掴んでいた手が一瞬緩んだ。
その時に動けない方の片腕を何とか上げて拳銃を取り出した。
しかし、白き獣が握り直すと、さらに圧迫されて彼の骨や内臓が少しずつ潰れ、苦痛の声と共に口から大量の血を吐いた。
激痛で意識を失うのを避けた彼は、水位が上がって樽や爆弾が使い物にならなくなる前に決着をつけようとしていた。
「これで・・・終わりだ」
彼が片手で拳銃を何発か樽に向かって撃ち込み、樽に3発命中するとそれは爆発し、その連動で近くにあった爆弾も爆発した。
一方その頃、遺跡から出たスレイ達は入り口から吹く炎に驚きながら遺跡から離れていく。遺跡は内部からの爆発によって崩れていった。
4人は崩れていく遺跡をただ茫然と見ながら、自らを犠牲にして散った仲間に黙祷した。
彼等はディミトリが設置したキャンプ地で休んだ後、増援に駆けつけた王国の兵士達に救助された。
その後、スレイ達が聞いた話では、王国は魔物の鎮圧に成功したようで、クレイグは毒を体から取り除く魔法"デトクス"により一命を取り留めたそうだ。
王国中にある各村への被害はあまり無かったそうで、アストリア王国には再び平穏が戻ってきた。
それから一ヶ月後、スレイ達は銃士隊の訓練期間を終え修了する事ができた。
候補生の中で誰も欠けること無く全員修了できたため、それぞれ思い思いに喜んだ。
修了式が終わった後、4人は一つの墓跡の前まで来る。それはディミトリの墓であった。
「俺たち、修了できたよ」
初めにジョッシュが墓に語りかけ、修了した者に送られる勲章を置いた。
「お前よりは優れていると思ったが、俺もまだまだだな」
「ディミトリ・・・たとえ魔族であっても俺たちは仲間だからな?」
ジョッシュに続いてヴィルトとシェイルも勲章を置いた。
「今までありがとう。そして安らかに眠ってくれ・・・」
スレイがそう言いながら最後に勲章を置いた。
彼等は一人の英雄の墓に敬礼する。それが公に語られる事は無いが───目撃した者達の記憶にはその勇姿がしっかり刻み込まれていた。
ディミトリは依然として見つからず、彼らは心残りがあるまま村へと帰郷した。
それから月日は経ち、年を越した後のこと───銃士隊養成所では、"ある噂"で持ちきりだった。
その噂というのは、"魔物の活動が活発化し始めている"という事と"賊を襲っている人物"の話で、特に話題になるのは後者の方だった。
「賊を襲うやつの話、知ってるだろ?」
「何だよヨーク、その話好きだな」
別の所で話が聞こえてくる───それはある種のヒーロー像として語られているためか、年頃の男子が憧れを抱くのは当然に思えた。
「しっかしすげーよな、"襲撃者"」
シェイルがぼやくように呟く。
襲撃者───その人物の名称として使われており、その襲撃から生き延び、王国の兵士に連行された賊の一人が言うには、『弓でも魔法でもないような武器を持っていた』と言っていたらしく、スレイは何故だか"ある人物"の事を思い出していた。
ディミトリ───彼はスレイ達と同じ部隊の一人で、銃士隊員を志す仲間だった。
王国での合同演習の際に、彼の素顔が見られる事件が発生してしまい、素顔を見られた彼はすぐさま逃げ、現在も行方不明である。ライフルはゴーレムに殴られた際に破損したが、拳銃に関してはまだ持っているような記憶がスレイにはあった。
銃士隊候補生がそれぞれ休憩時間を嗜み、くつろいでいると、一人の訓練生が入ってきた。
「た、大変です・・・!」
彼はまるで心に余裕が無いように入ってきて、先輩達である候補生に何かを伝えようとする。
「どうした?」
1人の候補生がその訓練生に訊くと、彼は落ち着きながら話を始める。それは彼等にとって驚くべきことだった。
「魔物がこちらに攻めて来ています・・・!」
「何だって・・・!?」
その場にいた候補生一同はその言葉に唖然とした。
「おいおい待てよ、じゃああの噂は本当だったって言うのかよ!」
「畜生、何だってんだ!?」
候補生達はそれぞれ焦るようにそれぞれ言葉を口に出した。
「教官は何て言ってた?」
ジョッシュがその訓練生に近づいて訊いた。
「教官達は、『この養成所を放棄し、王都への避難を優先しろ』と言っていました。」
「ふーん・・・」
ジョッシュが話に頷きながら、『良くやった』と言ってその訓練生の頭を撫でた。
その後、ジョッシュは他の仲間に自分を注目させてから話を始めた。
「・・・俺が隊長ってわけじゃねぇから、今から言う事は冗談半分に聞いて構わない。
俺達は3年間銃士隊員になる為に訓練してきたよな?
だが、今この養成所が魔物の蹂躙によって壊されそうになってる───それで良いのか? 魔物から逃げて、この養成所が壊されていくのを見ているだけで良いのか? 俺が言いたいのはただ一つ、自分の命を大事にしてこの場から逃げるか、今までの経験を活かして戦うか、だ」
ジョッシュは一息ついて話を続けた。
「逃げる事は恥じゃない・・・寧ろ当たり前のことだし、命の保証なんて出来ない。ただ、もしこの場に残って戦うなら───俺と一緒に戦って欲しい」
彼の話が終わり、少しの沈黙が起きた後、一人の候補生が口を開いた。
その候補生はカスパルという同期で、ジョッシュとは犬猿の仲と呼ばれていた。
「・・・ったく、偉そうに言える立場じゃねぇのに変なスピーチしやがって」
彼は話を続ける。
「俺は乗るぜ、魔物どもの好き勝手にさせてたまるか」
彼がそう言うと別の候補生も口を開いた。
それはミッチェルという長髪の候補生で、面倒くさがりな人物だった。
「お前のリーダー面はうざったいけど、言葉には一理あるからね、乗るよ」
彼らがジョッシュに賛同すると、徐々に候補生達は一人一人言った。
「ここに未練がある訳じゃ無いけど、逃げてもやる事ないからね」
「逃げたいけど、周りはやる気そうだしな」
「みんな・・・悪い」
ジョッシュがそう言って頭を深く下げると、伝令に来た訓練生も彼に賛同して言った。
「自分達にも手伝わせてください!」
「馬鹿、お前達は逃げろ───」
「まぁまぁ、良いじゃんか」
シェイルがジョッシュに言う。彼は『何で』と言いたげだったが、その訓練生の真っ直ぐな目を見て、すぐ折れた。
銃士隊養成所では、防衛する為の準備を始める。
候補生や訓練生は修了するまではライフルや拳銃を例外を除いて正式に持てない為か、持てない者は養成所にある弓矢や剣、槍などを持つ事にした。
銃士隊候補生達は、教官達が使っていた会議室を作戦本部に変えて使う事にした。
「これが養成所の間取り図だよ」
ベックが一枚の紙を広げて地図を見せる。そしてどこを集中して防衛するか、どこにどの装備の人員を配置するかを話し合った。
「カスパルはこの人員を率いて訓練場に入ってくる魔物を食い止めてくれないか?」
「ああ、任しとけ」
「アレフはヨークとミッチェルと一緒に入口の防衛に当たってくれ」
「ああ」
「任せな」
話し合いをしていると、養成所にいた教官が入って来た。
「何だこれは!?」
教官は怒り似た表情でジョッシュに言った。
「何って、防衛線を張っているんですよ」
「お前達も死ぬ気か!?」
「バーグさん、頼みます・・・我々はこの養成所を魔物の蹂躙で壊されたくないので」
バーグ教官長は、そんな彼の目を見て、ため息を吐きながら言った。
「・・・お前達がどう思っているかは分かった。
もしかしたら命令違反の罰則を受けるかもしれないが、私も手伝おう」
「分かりました、なら我々に指示をお願いします」
バーグへ指揮権を引き継ぎをした後、彼に指示を任せて、それぞれ担当する箇所に向かった。
ジョッシュは、スレイ、ヴィルト、シェイルと共に、正門とは別の門に向かった。
「『裏門を守れ』なんて言われても、4人で守れるか?」
「正門よりはマシかもな」
そんな無駄話をしながらもスレイ達は配置につく。
ヴィルトは自身の狙撃技術を活かす為に三人とは別の場所で配置についた。
スレイ達は、教官長から聴いた指示と状況について思い出す。
クレイグやバートンといった銃士隊員は王国で臨時編成された魔物鎮圧隊に加わっている事、養成所の結界が再起動するまで時間がかかる事、魔物の種類など様々な情報が出ていた。
「魔物はゴブリンにスケルトン、サイクロプスにハーピーか・・・」
「それに肉食系の動物もだな」
「ハーピーに惚れて死ぬなよ?」
「お前こそ、ゴブリン馬鹿にして殺されるなよ?」
ジョッシュとシェイルが軽口を叩き合っていると、ヴィルトが地上の鐘を鳴らす。それは敵襲の合図だった。
スレイ達はライフルを構え、敵を待つ。扉を破壊してくるか、それとも梯子をかけて登ってくるか、どっちにしろ、敵が襲撃してきたらどちらも一緒だった。
門が強制的に開き、魔物が侵攻してくると、スレイ達はライフルや拳銃で応戦した。
「こいつを喰らえ!」
教官の計らいで爆弾が使えるのが決定打となり、襲いかかる魔物を退ける事が出来た。
「アイツら逃げていくぞ!」
シェイルが感情に任せて追撃しようとするが、ジョッシュが彼を宥めた。
「馬鹿っ、防衛が最優先だろ」
「そうだった、悪りぃ」
冷静になったシェイルが謝る。ゴブリンは奇襲に特化しているような魔物で、もし彼らにとって有利な状況だったら苦戦は必須だった。
「とにかく、みんな弾の数を数えておけ。あと、ゴブリンの死体から棍棒とか拾っておけよ」
ジョッシュの指示で、それぞれゴブリンの死体から装備を漁る。ライフルや拳銃は構造上の都合で途中装填ができない為、銃ばかりに頼る事は出来なかった。
それからしばらくして、青い結界が張られている事が確認でき、彼等は安心した。
スレイ達は裏門を別の人員に任せて、教官の所へ向かう。
道中の床には負傷している候補生や訓練生が倒れていたり、壁にもたれて座る者もいた。
スレイ達が作戦本部に着いて、バーグに状況報告をした。
「・・・うむ、ご苦労だった」
「これで一安心か・・・」
スレイ達が落ち着いていると、作戦本部に一人の候補生が来た。
「報告します、此処から10キロ離れた先の森にて、救援の狼煙が上がりました!」
「何だと?」
スレイ達作戦本部にいた者達は騒然とする。その色は緊急での救援を意味していた。
「教官長、指示を待ちます」
作戦本部にいた候補生はそう言ったが、スレイ達はそれを待てなかった。
「・・・バーグ教官長、我々に行かせてもらえないでしょうか?」
スレイが震える声を抑えながら言った。
「お前達4人でか?」
スレイはジョッシュ達三人の方を見て、同意を伺うと彼等はそれぞれ頷く。
それを確認した彼は再び教官長の方を見た。
「良いだろう、許可する・・・結界も復帰した事だし、ここの防衛はお前達が居なくても事足りる」
「ありがとうございます!」
スレイは嬉しそうな表情で一礼した。
「ただ、装備だけは整えていけよ」
「はい!」
スレイ達は作戦本部から出て行き、彼等は敷地内にある馬小屋に行って、それぞれ馬に乗る。
スレイが乗った馬は、訓練の時にお世話になったあの馬だった。
馬はスレイを見るや否や、準備万端を訴えるように右前足で地面を払った。
「お前その馬に気に入られてるな」
「そうかな・・・?」
スレイは手綱を握りながら、『今日も頼んだよ』と呟き、馬を走らせた。
一方、救援信号を上げた森の方では、魔物鎮圧隊と魔物が交戦していた。
そこにはクレイグ、ディラン、バートン、レーヴァ、アルバートもいて、彼等は苦戦を強いられていた。
「敵が多すぎる・・・!」
「弾が持ちそうに無いな、こりゃあ・・・」
バートンがリボルバーで襲ってくる魔物を撃ち抜きながら言った。
「魔物の発生地点はここのようだが、本当にそうなのか?」
槍と拳銃を使いながらディランがそう言った。
「分かりません。ただ、この森に何かあるのは事実です」
「レーヴァ、後ろだ!」
後ろを取られたレーヴァをアルバートが守るように銃を撃つ。
「ありがとう、助かったわ・・・」
「いえいえ」
鎮圧隊による魔物との戦いは続き、そんな時に事件が起こった。
バートンの後ろにいたクレイグが腹部を押さえながら倒れるように座り込んだ。
「どうした?」
バートンがクレイグに近づいて訊くと、彼の右腹部からは矢が刺さっており、血が滲んでいた。
「一体どこから・・・」
「クレイグさん!」
彼が負傷していることに気付いたレーヴァが彼の元へ駆け寄った。
「レーヴァ、クレイグを頼む」
「はい・・・!」
バートンから彼を任されたレーヴァは腰のホルスターから拳銃を取り出して、周囲を警戒する。
魔物の数は徐々に減っているように感じるが、彼女には何か嫌な予感がした。
そして、その予感は的中する───木々を吹き飛ばしながら現れたのは、"白い熊のような獣"で、周りにいた鎮圧隊の隊員と魔物を鋭い爪で引き裂いた。
その魔物が自身の白い体毛を人と魔物の血で汚しながらクレイグ達の方に視点を移す。レーヴァは白き巨体に恐る恐る拳銃を構え、照準に定めた。
赤い眼光───その瞳は禍々しく、その獣は血に飢えているかのように牙を見せていた。
「早く逃げろ・・・!」
「貴方を置いてはいけない・・・!」
クレイグがレーヴァに避難を促すが、彼女はジョッシュの事を考え、彼の指示に従わず肩を貸して歩いた。
「レーヴァ!」
バートン、ディラン、アルバートも2人に合流し、援護した。
「この、化け物野郎!!」
バートンがリボルバーで3発撃ち込むが、効いてなかった。
「何故奴は怯まん・・・?」
「アルバート、援護してくれ」
ディランが白き獣に向かって走り、自身の槍術を駆使して翻弄する。そして、致命傷と思わしき脳天に槍を突き刺さした。
「これで終わりか・・・?」
しかし予想は外れ、思わぬ光景を見る。槍を刺した傷口が動き、それを見たディランは呆然とする。
その隙にディランは振り落とされて槍と共に落ちた。
「なんて事だ、あれでは・・・!?」
その白き獣の傷は自然治癒しており、みるみる塞がっていく。どんな原理かは分からず、ただ一つ言えるのは───この魔物には何か秘密があるという事だった。
「ディラン隊長、危ない!」
アルバートの一声でディランが我に返ると、白い獣は鋭い爪を彼めがけて振りかぶっていた。
ディランが自身の死を覚悟しながらも、拳銃を構えて一矢報いようとしたその時だった。
「こっちだ、化け物!!」
何処からか声が聴こえ、獣もそれに反応してディランへの攻撃を寸前でやめた。
獣が声の方向を振り向くと、何発もの銃弾が獣の皮膚に当たる。しかし怯まなかった。
「アイツ化け物か!?」
「もう知ってる事だろ、助けるぞ!」
ディランはバートンとアルバートの助けにより、獣から離れる。そして、レーヴァと負傷しているクレイグに駆け寄ったのは、馬に乗ったジョッシュだった。
「ジョッシュ・・・!」
ジョッシュが馬から降りて、レーヴァに言った。
「親父は!?」
「毒に冒されている・・・」
彼女からその話を聴いてジョッシュは唖然とする。確かにクレイグの顔は青ざめており、焦点も定まってなかった。
「・・・レーヴァ、お前は他の人と一緒に逃げろ」
「・・・貴方達はどうするの?」
「あの化け物をぶっ飛ばす」
「だったら私も一緒に・・・」
「お前死んだらレーナに何て報告すれば良いんだよ!?」
「貴方こそ、クレイグさんになんて言うの?」
「二人共、口論してる場合じゃないよ・・・」
急に始まった二人の痴話喧嘩を仲裁するようにスレイが割って入り、レーヴァに言った。
「レーヴァ、お願いだからここから撤退して増援を呼んできて欲しい」
「貴方まで・・・!」
「この通り・・・!」
懇願するように頭を深く下げるスレイを見て、彼女は折れた。
「・・・仕方ないわね、でも絶対死なないでね?」
「ああ」
魔物鎮圧隊が続々と撤退していく中、スレイ達は自分達が乗ってきた馬も撤退させる。
ディランは残る彼等に、敵と戦って知ることができた情報を伝えた。
そして、大多数の隊員が森の外へ撤退をしていく中、負傷しているクレイグをスレイの馬に乗せることにした。
「頼んだよ、えーと・・・」
名前が分からなくて戸惑っていたスレイは無意識のうちに馬の名前を言った。
「キャロライン・・・? 頼んだよ───」
その名前で呼ぶと、彼女は喜ぶように高い声で嘶き、そのままクレイグを乗せて走り去っていった。
「お前・・・」
ジョッシュは何とも言えない目でスレイを見た。
「いや、咄嗟に思いついたのがこれしかなくて・・・」
「ふざけてる場合じゃなそうだよ!」
シェイルから言われて、二人は目の前の敵に集中した。
「クソっ、何て生命力だ・・・!」
ライフルで何発も撃ち込んでいたヴィルトが毒付いた。
「こんな時、バートンさんのリボルバーがあればな・・・!」
彼等は獣の標的が定まりにくくなるように散開しながら銃弾を放つ。
しかし、まるで効いていないようだった。
白い獣は弾を装填する為に攻撃を中断していたジョッシュに狙いを定めた。
「ジョッシュ、逃げろ!!」
獣の狙っている方向を察したスレイが声を荒げて言った。
「嘘だろ・・・!」
案の定、白き獣はジョッシュに向かって走り、彼は更なる森の中へと逃げて行く。しかし獣はそれでも追跡して行った。
「助けるぞ!」
3人は、逃げていった彼を助ける為に獣の後を追うが、途中で見失ってしまった。
「やむを得ないな、一旦別れよう。ただ、もし見つけても突っ込むなよ?」
3人は一時的にそれぞれ別行動をとることにした。
スレイが森の中を慎重に行動する中、自分以外の足音が聴こえてそこに拳銃を構える。しかし、そこには誰もおらず、警戒を解いた彼にある者が襲ってきた。
それは、スレイの首を絞めながら近くの木にぶつけると、彼はバランスを崩して仰向けに倒れる。そして、倒れた彼の首元にナイフを突き立てられた。
「おっと・・・動くとナイフが刺さるぞ?」
嘲笑するように低い声で言ったそれは頭巾を被ったゴブリンだった。
しかし、他のゴブリンと違って、装備が整っており、言葉も流暢だった。
「お前は・・・!?」
「何だ、"予言"とは違うな」
「何の話だ・・・」
しかし、そのゴブリンは彼の眼を見るや否や、不思議そうに首を横に傾けた。
「まさか───」
ゴブリンが何かに驚いてると、何処から矢が放たれ、横にある木に刺さった。
「増援が来たか・・・」
謎のゴブリンはスレイから離れ、煙玉を下に投げつけて煙幕を張った。
『クク、面白い───また会おう、小僧』
何処からともなく先程の小鬼の声が聞こえたが、姿は見えなかった。
「───大丈夫か?」
スレイに駆け寄ってきた者は、聴き覚えのある声で気遣う。彼がよく見ると、そこにいたのはボロボロのフードを被り、牙が並んだ口が描かれている覆面とゴーグルを付けた人物だった。
「ディミトリ、なのか・・・?」
「ああ、憶えててくれたんだね」
「忘れるわけがない」
スレイはディミトリに差し伸べられた手を掴み、立ち上がった。
スレイは彼に付いて行き、一時的に拠点としている場所に辿り着く。
そう、そこは野戦訓練の時にキャンプ場としていた場所だった。
懐かしさに浸りたいものの、ジョッシュのことが気がかりなスレイは少し焦り気味で彼に言った。
「ディミトリ、悪いんだけどジョッシュが危険なんだ。色々話したいことはあるが・・・」
「いや、ここに来たのは装備を整えに来た為だよ」
彼はスレイにそう言って、火打ち石や爆弾を手に取った。
「それは?」
「賊が持っていたものを貰っただけさ」
「という事は君が"襲撃者"で噂の・・・」
スレイからの問いに彼はため息をついた後に話を続けた。
「君達が王都にいる間、正体が知られた僕は途方も無く彷徨っていた。生き延びる為に賊や魔物を仕留め、死体を漁った」
「そうだったのか・・・」
「行こう、歩きながら話をする」
彼もジョッシュが襲われている事を聞いたからか、スレイにそう言ってくれた。
「魔物の活動が活発化したのは3ヶ月前、僕がある山賊の拠点を襲撃した時の事だった。
その時、警備は手薄で不審に思ったが、内部を見てすぐ分かった。そう、ゴブリンが先に山賊を襲っていたんだ。僕もその時は気づかなかったが、別の日には種族の違う魔物同士が徒党を組むように道行く人を襲い始めたんだ」
「それで魔物が活発化した噂が流れていたんだ・・・」
「本来、魔物というのにも相性がある。その相性を完璧に無視する事は出来ないはずなんだ」
「そうだったのか」
「あと、最近どこかの結界が不調になったりしなかったか?」
スレイはその言葉に心当たりがある。それは養成所にある魔除けの結界が急に剥がれてしまった事だった。
「・・・そんな事があったのか」
スレイはその事を話すと、彼は少し考えた後に言った。
「これは僕の予想なんだが、もしかするとこれは誰かが意図的に仕組んだものではないかと思う」
「誰かが?」
「スレイ、ジョッシュを追っているその魔物は白かったか?」
「ああ、白い熊のような魔物だった」
「・・・その魔物に攻撃した時、傷が治癒しなかったか?」
スレイはその言葉を聴いて驚く。確かに弾が当たっている筈なのに効いていない感覚が彼等にはあったのだ。
「そういえばそうだった、まるで効いていなかったよ」
「そうか・・・」
ディミトリは再び考えた後、スレイに言った。
「その魔物は"ホワイトコロッサス"という魔物で、本来は自然治癒どころか、滅多な事が無い限り凶暴ではない筈なんだ」
「どういうこと?」
「もしかしたらなんだが───誰かが意図的に"生物兵器"として仕組んだのかもしれない」
「そんな事が!?」
「あくまで憶測だよ。
ただ、それをやるすれば───過激派の魔族、それか"邪竜教団"」
スレイはディミトリが言ったある言葉に反応した。
「邪竜教団?」
「かつてエヴォルドの地を闇の世界にしようとした邪竜"ファルヴァウス"を信仰する教団の事で、英雄"イルス"と邪竜の子供である"黄金色の竜"により邪竜が倒され、その教団自体も消えたとされている」
話を聴き終えたスレイは、イルスなどの特定の名前に反応した後、頭痛が響いた。
頭痛と同時に彼の脳裏には走馬灯のように謎の記憶が蘇る。邪竜と思わしき竜と、対峙する大剣に似た剣を持つ黒い服装の青年と、ワンピースのような黄色いロングドレスを着た女性がいた。
長い金髪の女性───何故だかその後ろ姿には見覚えがあった。
「スレイ、大丈夫か?」
ディミトリから心配され、我に返った彼はすぐに気を取り直した。
「〔何故か見覚えがある・・・何故?〕」
彼は先ほどの走馬灯を不思議に思いながらディミトリと共に歩き始めた。
歩いている事数分、ディミトリはある事を彼に伝えた。
「あぁ、一つ言いたい事があるのだが・・・」
「どうした?」
「"同年代の女騎士"が知り合いにいたら気をつけた方がいい」
彼は思わず足を止める。何故ディミトリがそんな事を言ったのか不思議でたまらなかったのだ。
「どうしてそんな警告を?」
「もしいるのなら、その娘は教団の信者だろう」
彼はその言葉に呆然として訊いた。
「待ってくれ、どうしてそんな事が言えるんだ?」
「こんなことを言って申し訳ない、ただあるものを見てしまってな」
ディミトリは何故そう思ったのか経緯を話し始めた。
それは今からディミトリの正体が王様などにばれてしまった事から始まる。
闘技場から逃げたディミトリはある路地裏で少し休んでいたが、その際にある人達が来て隠れる事にしたのだった。
最初、彼は自分を探しに来た王国の兵士だと思ったが、もう一人は明らかに服装が違い、庶民の服装だった。
そしてもう一人は、長い金髪を三つ編みにして左肩に置いている騎士の少女で、ジョッシュ達と年齢の変わらなそうな人物だった。
そんな彼女がしている事は聞き込みだと彼は思っていたが、話の内容は違く、断片的にしか分からなかったが、邪竜復活についての話と何かしらの丸めた紙を渡していた。
「それだけでか・・・?」
「君の知り合いなら僕も教団である事は信じたくない。
ただもし、彼女が信者だった場合は気をつけた方がいい・・・」
スレイは無言になりながら拳を握り締める。当然、こんな話をジョッシュにしたくないが、彼の言ったこの話が嘘には感じられなかったのだ。
そんな状況になっていると、何処かで銃声が3発聴こえた。
「こっちから聴こえたな、行こう」
彼がそう言って、スレイは一旦その事を考えないようについて行った。
彼等が銃声のした方向に行くと、ジョッシュがホワイトコロッサスに掴まれていた。
幸い、彼の右腕は使えるようだったが、拳銃が弾切れになるのは時間の問題だった。
スレイとディミトリが襲われているジョッシュを発見したのと同時に、ヴィルトとシェイルも別方向から現れた。
ヴィルトは膝をついて両腕をクロスさせながらライフルを構えると、一発を的確にジョッシュを掴んでいた腕に命中させた。
ホワイトコロッサスの腕に命中し、ジョッシュを落とす。地面に落ちて受け身を取った彼は、すぐさま距離をとって弾を再装填していた。
自然治癒をする魔物であっても痛みがあったのか、苦しむように咆哮した。
咆哮を響かせた後、ヴィルトとシェイルの方向を振り向いて彼らに牙を剥いた。
「まずいぞ!」
ディミトリが弓矢でホワイトコロッサスの体に命中させて標的を変えようとする。
その間にスレイが三人を助ける為に誘導した。
スレイ達4人が合流し、状況について話し合う。その時、弓矢を使っている人物は誰なのかとスレイは問われたが、『会えばわかる』と言って話を切り上げた。
ディミトリが他の4人に合流すると、ジョッシュは驚いた顔をしていた。
「ディミトリなのか!?」
「話は後、奴から逃げないと・・・」
ディミトリからそう言われて、彼等は逃げることにした。
逃げる事しばらくして、スレイ達はどこかの遺跡に辿り着く。しかしそこは見覚えのある場所だった。
「まさか、ここって・・・」
スレイが辺りをよく見ると、そこは夜戦訓練で見た所で、近くには見知らぬ袋と手のひらぐらいの樽が置いてあった。
「ここは奴の住処だ。逃げないと・・・」
「待て、なら袋に入ってるこの爆弾はなんだ?」
ヴィルトが遺跡の中にあった袋の中を見てそう言った。
「見ての通りだ、奴を誘き出して爆破する」
「それであの時火打ち石を・・・」
スレイは、ディミトリが何故キャンプに戻って装備を整えたのか理解した。
5人が遺跡内にいると、重い足音が外から聞こえてくる。その音はホワイトコロッサスのものだろう。スレイ達は、それぞれ武器を構えて待ち伏せをした。
標的が視界に入った瞬間、ライフルによる一斉掃射が始まった。
撃っていく最中───弾が切れ、石の上に落ちた挿弾子の金属音が銃声と共に響き渡る。すぐに新しい弾を装填し、標的に撃ち込む。
攻撃する機会を与えてしまわないように引き金を何度も弾き続けた。
ディミトリは攻撃を中断して、樽から一本の導火線を外まで引っ張っていき、それを終えたら白き獣の背中に2本の銃剣を突き刺した。
「早く、みんな外へ!!」
獣の背中に登った彼は、大声で他の四人へ避難を促した。
彼等が外へ逃げるのを確認したディミトリは、すぐにホワイトコロッサスの背中から降りて導火線に火を点けた。
火をつけて逃げようとした矢先、アクシデントが起こる。ホワイトコロッサスがバランスを崩して壁に激突すると、ヒビが入ったその隙間から水が出てきてしまい、導火線の火を消してしまった。
「しまった、これでは爆破できなくなる!!」
ディミトリは遺跡に入って、再び火をつけようとするが、ホワイトコロッサスの視界に入り襲われる。
しかし、スレイ達も中に入って援護した。
「ディミトリを援護しろ!!」
スレイ達は、残っていたライフルの弾を全てヴィルトに任せて、残りの3人は剣や棍棒で接近戦を始めた。
スレイは剣でホワイトコロッサスに切り掛かるが、その傷はすぐに再生する。それでもディミトリを助ける為に果敢に攻めていった。
戦っていく中、ヴィルトの狙撃でホワイトコロッサスの左眼が銃弾によって潰され、再びバランスを崩して倒れた。
火を再び点けたディミトリは、スレイ達と共に逃げようとするが、ホワイトコロッサスが最後の悪あがきとしてスレイを掴もうとした。
「スレイ、危ない!!」
ディミトリは彼に体当たりをして庇い、ディミトリはホワイトコロッサスに掴まれていた。
「くっ・・・」
片腕がまだ動かせる為、その手で持っていたバヨネットを刺して抵抗するものの、それが無駄だと判断したのか、途中で抵抗をやめた。
「ディミトリ!!」
スレイ達は武器を構えながらホワイトコロッサスに攻撃しようとするが、彼は「行け」と言った。
「行ってくれ、早くしないと・・・」
「行くぞ、ほら早く」
ヴィルトが導火線の方向を見ると、もう少しで樽に到達しかけており、彼はジョッシュ達の背中を押して逃げるよう促した。
「あいつを置いていけない!!」
ジョッシュは助けようとするが、スレイはディミトリの目を見て察し、彼を引っ張った。
「・・・ジョッシュ、逃げよう」
「お前まで・・・!」
「いいから早く!!」
スレイはディミトリをもう一度見て、心の中で言った。
「〔本当に、本当にいいんだな・・・?〕」
スレイは彼を見つめながらジョッシュを引っ張っていった。
4人が外へ逃げ切った後、ディミトリは導火線の火が行く道の途中で水に濡れているのを発見してしまう。
遺跡は川に近く、浸水しやすい状況であったのだ。
この白い獣は自分を食べようと歯茎を出して牙を見せている、もしここで爆発せずに食べられれば今までの行為が無駄になってしまう───彼はそう思いつつも同時にある事を思い付いた。
バヨネットを手元で回転させて、刃の部分を持つと、彼はそれをホワイトコロッサスの顔へ投げる。投擲したバヨネットは見事に命中し、彼を掴んでいた手が一瞬緩んだ。
その時に動けない方の片腕を何とか上げて拳銃を取り出した。
しかし、白き獣が握り直すと、さらに圧迫されて彼の骨や内臓が少しずつ潰れ、苦痛の声と共に口から大量の血を吐いた。
激痛で意識を失うのを避けた彼は、水位が上がって樽や爆弾が使い物にならなくなる前に決着をつけようとしていた。
「これで・・・終わりだ」
彼が片手で拳銃を何発か樽に向かって撃ち込み、樽に3発命中するとそれは爆発し、その連動で近くにあった爆弾も爆発した。
一方その頃、遺跡から出たスレイ達は入り口から吹く炎に驚きながら遺跡から離れていく。遺跡は内部からの爆発によって崩れていった。
4人は崩れていく遺跡をただ茫然と見ながら、自らを犠牲にして散った仲間に黙祷した。
彼等はディミトリが設置したキャンプ地で休んだ後、増援に駆けつけた王国の兵士達に救助された。
その後、スレイ達が聞いた話では、王国は魔物の鎮圧に成功したようで、クレイグは毒を体から取り除く魔法"デトクス"により一命を取り留めたそうだ。
王国中にある各村への被害はあまり無かったそうで、アストリア王国には再び平穏が戻ってきた。
それから一ヶ月後、スレイ達は銃士隊の訓練期間を終え修了する事ができた。
候補生の中で誰も欠けること無く全員修了できたため、それぞれ思い思いに喜んだ。
修了式が終わった後、4人は一つの墓跡の前まで来る。それはディミトリの墓であった。
「俺たち、修了できたよ」
初めにジョッシュが墓に語りかけ、修了した者に送られる勲章を置いた。
「お前よりは優れていると思ったが、俺もまだまだだな」
「ディミトリ・・・たとえ魔族であっても俺たちは仲間だからな?」
ジョッシュに続いてヴィルトとシェイルも勲章を置いた。
「今までありがとう。そして安らかに眠ってくれ・・・」
スレイがそう言いながら最後に勲章を置いた。
彼等は一人の英雄の墓に敬礼する。それが公に語られる事は無いが───目撃した者達の記憶にはその勇姿がしっかり刻み込まれていた。
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