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2章 足を焚べて、声を焚べて、恋を焚べて
3.兄様とデート
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「レミニシア、今日の予定はどうなっている?」
学園に復帰し、初めての休暇。その朝のこと。清々しい朝の日光が窓から差し込み、兄様の麗しい顔がより一層美しく彩られていた。
白磁のティーカップを傾ける様は、名のある芸術家が丹精込めて作り上げた彫刻品が如く。ついうっとり見惚れていると、兄様が口を開いた。
今日の予定、と小首を傾げる。いや、そんな考えるふりをするまでもないのだけど!
「これと言って、特に何も。学園を休んでいた間の課題や遅れを取り戻すくらいの予定しかございませんわ」
悲しいかな、レミニシアの週末は前世のそれとあまり変わらない。つまり、休みになると外に一歩も出ない、引きこもりの生活だ。
ふむ、と兄様が長く美しい指先が、純白のクロスに覆われたテーブルを三度ほど叩く。何か思案しているご様子。固唾を飲んで見守っていると、兄様が言う。
「出かけるか?」
「え」
出かける? 誰が? 誰と?
「………………もしや、私と兄様がご一緒に、ですか!?」
「声を抑えなさい、レミニシア」
「は、はい、申し訳ございません……」
驚きの余り、少し大きな声が出てしまった。淑女らしくない振る舞いに肩を小さくする。
視界の端で、セシルをはじめとした使用人たちが微笑ましい表情を浮かべてくれているのがせめてもの救いだ。
「それで、どうする?」
「よ、よろしいのですか? お父様の指示はもちろんのこと、兄様はお忙しいでしょう?」
「侯爵など知らん。私の予定はどうとでもなる。学園に復帰してから、遅れを取り戻そうと夜遅くまで起きているおまえへの褒美のようなものだ」
根がヲタクの私は、出かける予定も出かける相手もいないのに、わざわざ外出するような陽キャではないので気にしてないけど、そもそもレミニシアを外に出すなと命じているのはお父様なのだ。
私が怒られるのはかまわない。でも、私の所為で兄様が怒られるのは嫌。私の為に、兄様の貴重なお時間を割くのも嫌。
で、す、が! 兄様とお出かけはしたい! という複雑な乙女心。
「それに、今年の夏はおまえのデビュタントだ。今後は何かとドレスも入り用になる。最新の流行とやらを見ておいて損はない」
後一ヵ月半ほどすれば、ヴィクス公国に初夏が訪れる。つまり、社交シーズンの幕開けで。
社交シーズン最初の夜は、公城にその年にデビュタントを迎える貴族の子息子女を招き、盛大な夜会を開く習わしで、今年は殿下もデビュタントなので、例年以上に豪華なパーティーになるのだとか。
いくらお父様の指示でも、公主直々の招待状を無視することもできないので、私もデビュタントの夜会に参加する予定だ。ヲタク、陽キャの集まりに行きたくない……引きこもりたい……。
「おまえも聞いての通り、ヴィクスルート王太子との交流会も予定されている。ドレスをもう少し揃えておいて損はない」
「あの……恥を忍んで申し上げますが、私、ドレスにはあまり興味関心がなくて……」
ヲタクはファッションが分からない。けれども、推しには人一倍敏感である。
素敵なドレスを見たら、私だって胸ときめくけれど、別に欲しいとは思わない。
でも、デビュタントを迎えたらそうもいかないのでしょうね。なんて憂鬱。
「とはいえ、私も最新の流行とやらは知らん。仕立て屋で職人に聞いた方が確実だ」
「……畏まりました。兄様の名に恥じぬ令嬢として必要なこととあらば、装いや言動にも気を遣わなくてはなりませんものね!」
そういえば、デビュタントの際は歳の近い兄弟姉妹や親戚、既に婚約者が決まっていればその相手と参加することになる。
私の場合、それは兄様で。折に触れ、兄様がエスコートしてくださるか確認して、承諾も得ていると言うのに、どうしても不安になる。
兄様が嘘を仰る筈はないのだけど、たとえばお父様が口を挟んで来ないとも限らない。そのとき、兄様は私を選んでくれるかしら、と。
「それで、どうする?」
思わず、伏せていた視線を持ち上げる。いけない、私ったら考え込むあまりにも、兄様の凛々しい声を聞き逃すなんて!
兄様は呆れた面持ちで「他にどこか行きたい場所はないのか?」と。
「────兄様と一緒ならどこでも嬉しいです」
それは、紛れもなく私の本音。お忙しい兄様の時間をわ私なんかの為に使わせてしまうことへの申し訳なさ。それ以上に、兄様とふたりででかけられることへの喜びで、自然と頬が緩んでしまう。
レミニシアは、兄様が一緒にいてくれるなら、どこでも幸せなんですもの。
「……そうか。ならば仕度せよ」
「はい、兄様!」
兄様に一礼して、セシルと──何故だか、いつもよりも足音が多い気がしたけれど、何かあったのかしら?──自室へ戻る。
「まったく、イクシス様は何を考えてらっしゃるのでしょう!」
部屋に入るなり、セシルが柳眉をきっと上げて、そんなことを言う。セシルの背後では他の使用人たちもそうだそうだと頷いて……待って!? どうして他にもいるの!?
「お嬢様は着飾らなくともお美しいですが、乙女にとってどれほど意味があるのかをお分かりでないなんて! せめて昨夜のうちにお話くだされば、とびっきりの香油を用意しましたのに!」
「ま、待って、セシル、ただ出かけるだけよ?」
「まあ! お嬢様ったら何を仰るのかと思えば……イクシス様とのデートですよ? 世界一美しい令嬢に仕立てますからね!」
え?
ぱちぱち、と目を瞬かせる。セシルは、今何と?
「………………デート!?」
◇
抜けるような青空。清々しい風も吹いて、絶好のお出かけ日和────オレは絶賛労働中ですが何か!?
まあ、オレが勤めている喫茶店は提供する紅茶や軽食のお値段が高めなので、品の良いお客様がほとんどだから、そこまで苦でもないけどさ。
その代わり、従業員にもそれなりの格式を求められるから、やりがいはある分大変なことも多い。
「いらっしゃ…………ひっ」
カフェ・アマビリスの従業員は格式を重んじる────んだが、来店した男女の顔の良さに、ついうっかり変な声が出た。
黒髪の美男子と、そいつに寄り添うように立つ白? 銀? の髪の美少女。男の方の服装は黒を基調とした平服。美少女は薄い青紫のドレスを着ている。一目で分かる、あれは桁がやべえ服。
「こちらへどうぞ」
意地と根性でお客様を席まで案内して、裏へと戻ったオレ、よくやった。あれはやべえ客。あの顔面力バカ高い客の前で粗相をしたら、接客をやっていく自信が折れる。
「ああ、どれにしましょう。ミルクレープも美味しそうですし、このチョコレートケーキも、でもやはりここは本日のおすすめにすべきでしょうか……」
備え付けのメニューを眺め、ああでもないこうでもないと悩む美少女。
分かる分かる。当店のデザートはどれもおすすめです。存分に悩んでください。
美男子の方はあまり興味がなさそうな口調で「いっそすべて頼めば良いのではないか?」なんて言う。
「そ、それはちょっと……私も淑女の端くれとして食べ過ぎるのは……」
「淑女の自覚があるならば、もう少し慎み深い行動をするべきだな」
「うっ、マダム・エヴリンのお店では大変ご迷惑を……」
やっぱり貴族様だった。しかも、マダム・エヴリンって公国随一の腕を持つって評判の仕立て屋じゃなかったか?
ドレスの予約は一年待ちで、店に行くのも紹介状がないと門前払いされるって話だ。うっわ、あの顔面力バカ高いやべえ客、公国でも指折りの貴族じゃん!
「……決めました。本日のおすすめにいたします」
「一つで良いのか?」
「い、意地の悪い顔で微笑まないでください!」
美少女が両手で顔を覆い隠した。ほんとそれ。美男子の意地悪げな微笑は、うっかり跪きたくなる。微笑みだけで世界征服できるんじゃねえの?
崩れ落ちそうになる膝を叱咤し、オレは二人の注文をうかがった。因みに、美少女は本日のおすすめを。美男子は紅茶を頼んだ。
「……ご迷惑をおかけしましたけれど、でもとても嬉しかったのです。マダムが、お母様のお話をしてくださったのは初めてでしたし、『亡き奥様がご覧になったら喜ぶでしょう』って」
美少女が頬をほんのりと赤らめ微笑む姿に、こっそりうかがっていたオレや同僚、他の客でさえはっと息を飲んだ。しゅ。宗教画が息をしてる……。
「……聞いたことはなかったが、おまえの母はどんな方だった?」
「優しくてとても美しい方だったと聞いております。私はもう朧気にしか覚えていませんが……でも、私が怖い夢を見たら、いつも抱き締めてくださいましたの」
「そうか」
相槌こそそっけないが、紫の目をほんのり緩めて微笑む美男子は、同性のオレですらくらりと眩暈がする。同僚は遂に拝み始めた。
貴族の美男子と、貴族だが母を早くに亡くして苦労した美少女が、婚約だか結婚の報告をマダム・エヴリンにして「亡き奥様がご覧になったら喜ぶでしょう」って涙ぐんだって流れだろうか。
そりゃあ喜ぶよな。チョコレートケーキをサービスしても良いんじゃないか?
「病で亡くなられたときは本当に悲しかったです。お父様はお母様を心から愛していたそうですから、当時は本当にひどく嘆いていたそうです」
「結果、実の娘への愛情を失った、か」
「あら、兄様。今となっては、私だってお父様への愛情などこれっぽっちもありませんわよ?」
……………………兄様!?
「私には兄様がいてくださいますもの。これ以上の幸福がどこにあると言うのでしょう」
「そうか」
いやいやいやいや? そんなお互いしか視界に入っていないって顔しておいて、兄妹かよ!?
オレはぎょっと目を丸くしてるし、同僚なんか紅茶を溢れさせてるんだが!?
へい、同僚。それあの妖しい雰囲気の兄妹にお出しする紅茶だろうが!
「学園はどうだ?」
「充実した時間を過ごしております。新しいことを学べてとても嬉しいです」
「……そうか」
「そういえば、兄様はどのような学園生活を送っていらっしゃいますの?」
「語るほどのこともない」
にべもないとはこのことか。妹の方が「ご、ご友人などは……?」とおそるおそる問う。
「必要性を感じない。ベルリオースの名に群がるだけの羽虫に友誼をどう結べと?」
ベルリオース!?
おい、ちょ、ヴィクス公国の二大侯爵家のうちのひとつ、あのベルリオース侯爵だと!?
オ、オレは今まさにこのテーブルにご注文の品を置く訳なんだが!?
震えそうになる手を堪え、丁寧に慎重に皿を置いていると「それに」と、美男子が笑んだ。
「おまえがいてくれるのだろう、レミニシア」
「もちろんです、兄様! たとえおばあちゃんになってもおそばにおりますわ!」
て、てえてぇ……貴族の兄妹ってこんなに親密なのか……?
あまりの尊さに目頭が熱い。ついでになんかこう、あー! と叫び回りたい気分だ。
「でも、兄様もいつかは奥方様をお迎えになりますでしょう? そのときはその、お邪魔になるようなら仰ってくださいませね?」
「余計な心配だな。おまえを傷付ける要因を招き入れるつもりはない」
「兄様……」
見つめ合ってる二人は、絶対ここがどこだかわかってねえだろ……。結婚式には呼んでくれ、いや兄妹だからできねえんだろうけど。
その後、やべえ顔面偏差値の兄妹は、終始二人きりの世界を作り上げていた。
多分、今日はアマビリス開店以来の汚破損を出しているようだが、店長が率先してケーキを床に落としたので許されるだろう。
勘定をする際に、なんと兄の方がこの場にいる客全員の支払いをしてくれたので、ご本人たちを目の前にして、素で拝みかけた。
「騒がせてしまった詫びだ」
「そ、それにしては少し多すぎではないでしょうか……?」
「良い。レミニシアと良い時間が過ごせたことに比べれば、微々たる額だ」
「まあ、兄様ったら」
今日出しただろう損失を補って余りあるほどの金を置いて、やべえ顔面のやべえ二人組は去っていった。
妙な気配がして振り返ると、店長以下他の従業員とお客様たちが悶えていた。気持ちは分かる。
学園に復帰し、初めての休暇。その朝のこと。清々しい朝の日光が窓から差し込み、兄様の麗しい顔がより一層美しく彩られていた。
白磁のティーカップを傾ける様は、名のある芸術家が丹精込めて作り上げた彫刻品が如く。ついうっとり見惚れていると、兄様が口を開いた。
今日の予定、と小首を傾げる。いや、そんな考えるふりをするまでもないのだけど!
「これと言って、特に何も。学園を休んでいた間の課題や遅れを取り戻すくらいの予定しかございませんわ」
悲しいかな、レミニシアの週末は前世のそれとあまり変わらない。つまり、休みになると外に一歩も出ない、引きこもりの生活だ。
ふむ、と兄様が長く美しい指先が、純白のクロスに覆われたテーブルを三度ほど叩く。何か思案しているご様子。固唾を飲んで見守っていると、兄様が言う。
「出かけるか?」
「え」
出かける? 誰が? 誰と?
「………………もしや、私と兄様がご一緒に、ですか!?」
「声を抑えなさい、レミニシア」
「は、はい、申し訳ございません……」
驚きの余り、少し大きな声が出てしまった。淑女らしくない振る舞いに肩を小さくする。
視界の端で、セシルをはじめとした使用人たちが微笑ましい表情を浮かべてくれているのがせめてもの救いだ。
「それで、どうする?」
「よ、よろしいのですか? お父様の指示はもちろんのこと、兄様はお忙しいでしょう?」
「侯爵など知らん。私の予定はどうとでもなる。学園に復帰してから、遅れを取り戻そうと夜遅くまで起きているおまえへの褒美のようなものだ」
根がヲタクの私は、出かける予定も出かける相手もいないのに、わざわざ外出するような陽キャではないので気にしてないけど、そもそもレミニシアを外に出すなと命じているのはお父様なのだ。
私が怒られるのはかまわない。でも、私の所為で兄様が怒られるのは嫌。私の為に、兄様の貴重なお時間を割くのも嫌。
で、す、が! 兄様とお出かけはしたい! という複雑な乙女心。
「それに、今年の夏はおまえのデビュタントだ。今後は何かとドレスも入り用になる。最新の流行とやらを見ておいて損はない」
後一ヵ月半ほどすれば、ヴィクス公国に初夏が訪れる。つまり、社交シーズンの幕開けで。
社交シーズン最初の夜は、公城にその年にデビュタントを迎える貴族の子息子女を招き、盛大な夜会を開く習わしで、今年は殿下もデビュタントなので、例年以上に豪華なパーティーになるのだとか。
いくらお父様の指示でも、公主直々の招待状を無視することもできないので、私もデビュタントの夜会に参加する予定だ。ヲタク、陽キャの集まりに行きたくない……引きこもりたい……。
「おまえも聞いての通り、ヴィクスルート王太子との交流会も予定されている。ドレスをもう少し揃えておいて損はない」
「あの……恥を忍んで申し上げますが、私、ドレスにはあまり興味関心がなくて……」
ヲタクはファッションが分からない。けれども、推しには人一倍敏感である。
素敵なドレスを見たら、私だって胸ときめくけれど、別に欲しいとは思わない。
でも、デビュタントを迎えたらそうもいかないのでしょうね。なんて憂鬱。
「とはいえ、私も最新の流行とやらは知らん。仕立て屋で職人に聞いた方が確実だ」
「……畏まりました。兄様の名に恥じぬ令嬢として必要なこととあらば、装いや言動にも気を遣わなくてはなりませんものね!」
そういえば、デビュタントの際は歳の近い兄弟姉妹や親戚、既に婚約者が決まっていればその相手と参加することになる。
私の場合、それは兄様で。折に触れ、兄様がエスコートしてくださるか確認して、承諾も得ていると言うのに、どうしても不安になる。
兄様が嘘を仰る筈はないのだけど、たとえばお父様が口を挟んで来ないとも限らない。そのとき、兄様は私を選んでくれるかしら、と。
「それで、どうする?」
思わず、伏せていた視線を持ち上げる。いけない、私ったら考え込むあまりにも、兄様の凛々しい声を聞き逃すなんて!
兄様は呆れた面持ちで「他にどこか行きたい場所はないのか?」と。
「────兄様と一緒ならどこでも嬉しいです」
それは、紛れもなく私の本音。お忙しい兄様の時間をわ私なんかの為に使わせてしまうことへの申し訳なさ。それ以上に、兄様とふたりででかけられることへの喜びで、自然と頬が緩んでしまう。
レミニシアは、兄様が一緒にいてくれるなら、どこでも幸せなんですもの。
「……そうか。ならば仕度せよ」
「はい、兄様!」
兄様に一礼して、セシルと──何故だか、いつもよりも足音が多い気がしたけれど、何かあったのかしら?──自室へ戻る。
「まったく、イクシス様は何を考えてらっしゃるのでしょう!」
部屋に入るなり、セシルが柳眉をきっと上げて、そんなことを言う。セシルの背後では他の使用人たちもそうだそうだと頷いて……待って!? どうして他にもいるの!?
「お嬢様は着飾らなくともお美しいですが、乙女にとってどれほど意味があるのかをお分かりでないなんて! せめて昨夜のうちにお話くだされば、とびっきりの香油を用意しましたのに!」
「ま、待って、セシル、ただ出かけるだけよ?」
「まあ! お嬢様ったら何を仰るのかと思えば……イクシス様とのデートですよ? 世界一美しい令嬢に仕立てますからね!」
え?
ぱちぱち、と目を瞬かせる。セシルは、今何と?
「………………デート!?」
◇
抜けるような青空。清々しい風も吹いて、絶好のお出かけ日和────オレは絶賛労働中ですが何か!?
まあ、オレが勤めている喫茶店は提供する紅茶や軽食のお値段が高めなので、品の良いお客様がほとんどだから、そこまで苦でもないけどさ。
その代わり、従業員にもそれなりの格式を求められるから、やりがいはある分大変なことも多い。
「いらっしゃ…………ひっ」
カフェ・アマビリスの従業員は格式を重んじる────んだが、来店した男女の顔の良さに、ついうっかり変な声が出た。
黒髪の美男子と、そいつに寄り添うように立つ白? 銀? の髪の美少女。男の方の服装は黒を基調とした平服。美少女は薄い青紫のドレスを着ている。一目で分かる、あれは桁がやべえ服。
「こちらへどうぞ」
意地と根性でお客様を席まで案内して、裏へと戻ったオレ、よくやった。あれはやべえ客。あの顔面力バカ高い客の前で粗相をしたら、接客をやっていく自信が折れる。
「ああ、どれにしましょう。ミルクレープも美味しそうですし、このチョコレートケーキも、でもやはりここは本日のおすすめにすべきでしょうか……」
備え付けのメニューを眺め、ああでもないこうでもないと悩む美少女。
分かる分かる。当店のデザートはどれもおすすめです。存分に悩んでください。
美男子の方はあまり興味がなさそうな口調で「いっそすべて頼めば良いのではないか?」なんて言う。
「そ、それはちょっと……私も淑女の端くれとして食べ過ぎるのは……」
「淑女の自覚があるならば、もう少し慎み深い行動をするべきだな」
「うっ、マダム・エヴリンのお店では大変ご迷惑を……」
やっぱり貴族様だった。しかも、マダム・エヴリンって公国随一の腕を持つって評判の仕立て屋じゃなかったか?
ドレスの予約は一年待ちで、店に行くのも紹介状がないと門前払いされるって話だ。うっわ、あの顔面力バカ高いやべえ客、公国でも指折りの貴族じゃん!
「……決めました。本日のおすすめにいたします」
「一つで良いのか?」
「い、意地の悪い顔で微笑まないでください!」
美少女が両手で顔を覆い隠した。ほんとそれ。美男子の意地悪げな微笑は、うっかり跪きたくなる。微笑みだけで世界征服できるんじゃねえの?
崩れ落ちそうになる膝を叱咤し、オレは二人の注文をうかがった。因みに、美少女は本日のおすすめを。美男子は紅茶を頼んだ。
「……ご迷惑をおかけしましたけれど、でもとても嬉しかったのです。マダムが、お母様のお話をしてくださったのは初めてでしたし、『亡き奥様がご覧になったら喜ぶでしょう』って」
美少女が頬をほんのりと赤らめ微笑む姿に、こっそりうかがっていたオレや同僚、他の客でさえはっと息を飲んだ。しゅ。宗教画が息をしてる……。
「……聞いたことはなかったが、おまえの母はどんな方だった?」
「優しくてとても美しい方だったと聞いております。私はもう朧気にしか覚えていませんが……でも、私が怖い夢を見たら、いつも抱き締めてくださいましたの」
「そうか」
相槌こそそっけないが、紫の目をほんのり緩めて微笑む美男子は、同性のオレですらくらりと眩暈がする。同僚は遂に拝み始めた。
貴族の美男子と、貴族だが母を早くに亡くして苦労した美少女が、婚約だか結婚の報告をマダム・エヴリンにして「亡き奥様がご覧になったら喜ぶでしょう」って涙ぐんだって流れだろうか。
そりゃあ喜ぶよな。チョコレートケーキをサービスしても良いんじゃないか?
「病で亡くなられたときは本当に悲しかったです。お父様はお母様を心から愛していたそうですから、当時は本当にひどく嘆いていたそうです」
「結果、実の娘への愛情を失った、か」
「あら、兄様。今となっては、私だってお父様への愛情などこれっぽっちもありませんわよ?」
……………………兄様!?
「私には兄様がいてくださいますもの。これ以上の幸福がどこにあると言うのでしょう」
「そうか」
いやいやいやいや? そんなお互いしか視界に入っていないって顔しておいて、兄妹かよ!?
オレはぎょっと目を丸くしてるし、同僚なんか紅茶を溢れさせてるんだが!?
へい、同僚。それあの妖しい雰囲気の兄妹にお出しする紅茶だろうが!
「学園はどうだ?」
「充実した時間を過ごしております。新しいことを学べてとても嬉しいです」
「……そうか」
「そういえば、兄様はどのような学園生活を送っていらっしゃいますの?」
「語るほどのこともない」
にべもないとはこのことか。妹の方が「ご、ご友人などは……?」とおそるおそる問う。
「必要性を感じない。ベルリオースの名に群がるだけの羽虫に友誼をどう結べと?」
ベルリオース!?
おい、ちょ、ヴィクス公国の二大侯爵家のうちのひとつ、あのベルリオース侯爵だと!?
オ、オレは今まさにこのテーブルにご注文の品を置く訳なんだが!?
震えそうになる手を堪え、丁寧に慎重に皿を置いていると「それに」と、美男子が笑んだ。
「おまえがいてくれるのだろう、レミニシア」
「もちろんです、兄様! たとえおばあちゃんになってもおそばにおりますわ!」
て、てえてぇ……貴族の兄妹ってこんなに親密なのか……?
あまりの尊さに目頭が熱い。ついでになんかこう、あー! と叫び回りたい気分だ。
「でも、兄様もいつかは奥方様をお迎えになりますでしょう? そのときはその、お邪魔になるようなら仰ってくださいませね?」
「余計な心配だな。おまえを傷付ける要因を招き入れるつもりはない」
「兄様……」
見つめ合ってる二人は、絶対ここがどこだかわかってねえだろ……。結婚式には呼んでくれ、いや兄妹だからできねえんだろうけど。
その後、やべえ顔面偏差値の兄妹は、終始二人きりの世界を作り上げていた。
多分、今日はアマビリス開店以来の汚破損を出しているようだが、店長が率先してケーキを床に落としたので許されるだろう。
勘定をする際に、なんと兄の方がこの場にいる客全員の支払いをしてくれたので、ご本人たちを目の前にして、素で拝みかけた。
「騒がせてしまった詫びだ」
「そ、それにしては少し多すぎではないでしょうか……?」
「良い。レミニシアと良い時間が過ごせたことに比べれば、微々たる額だ」
「まあ、兄様ったら」
今日出しただろう損失を補って余りあるほどの金を置いて、やべえ顔面のやべえ二人組は去っていった。
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