ユニコーンの眠る場所

みっち~6画

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38 カエル男の正体⑥

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 まさに、父の最期の瞬間までその手に握られていたであろう、あの。
 大事そうに元の木箱に戻すのを見ていると、やけに色あせている部分がところどころにあるのに気づく。
 まるで、落ちない染みを漂白でもしたかのような。
 義父はここにいない人の名を、親しげに呼ぶ。
「おまえの遺した大切なものは、おれが代わりに全部守るから」
 義父はうつむき、古びたカエルの胸の辺りを指先で軽く小突いた。
 無機質な時計が、『今日』が終わりに近づいていることを告げている。
 残り十分。残る可能性は、ハルカと久坂にしかない。どうしたものかと考え込んでいると、義父のケイタイ電話が机上で激しく踊り出した。
 ぐいと目元をぬぐった義父が画面をのぞき込み、「ハルカ」と声を張った。
「……おいおい、まだ寝てないのか。だめだろう。……今から、お兄ちゃんが家に行くからな。寝てないと、すぐに分かるぞ」
 しばらく会話が続き、やがて義父は不審げに目を泳がせた。
「ハルカ。まさかとは思うが、おまえ外にいるんじゃないよな?」
 息をひそめるぼくの耳にも、ハルカの声の後ろから高らかなクラクションが響くのが、はっきりと聞こえた。
 妹はまだ、夜の街中にいるのだ。
 先輩の車から降りたあと、ハルカは家に戻らなかったのか。
「まさか、あの公園じゃないよな」
 不審者情報のある公園にいようものなら、何が起こるか分からない。
 それでも、そこ以外にまったく手がかりのないぼくは、公園にいてもらうほか探しようがない。
「ハルカなのか、父さん」
 雨を含んだ分厚い黒雲が、月の光を遮っている。空高く舞い上がり、勢い込んで公園を目指す。夢中で虚空を駆った。
 息せき切って公園に滑り込んだぼくが見たのは、弱々しい街灯に照らされた、ブランコに座るハルカの横顔だった。
 けがをしている様子はない。
 これでひとまず安心と、そっとため息を取り落とす。
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