ユニコーンの眠る場所

みっち~6画

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40 カエル男の正体⑧

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 違うよ、とすぐさま否定してから、ハルカは視線をさまよわせた。
「……それよりも、どうしてお兄ちゃんがふたりいるの?」
 ふたり、と訝しげに繰り返すぼくに、ハルカは後ろを見るようにうながした。
 細くて丸いヘッドライトの光が、静寂を切り裂きながら近づいてくる。
 先ほど通り過ぎたタクシーが、エンジン音を高鳴らせて戻ってきたのだ。その後部座席の窓から顔を出して手を振っているのは、『昨日』のぼくだ。
 どうしてなの、とハルカはもう一度、ぼくの浮いている辺りに視線を投げた。
「あぁ、うん。話せば長いんだ。……いや。でも、もう終わったことだからさ」
 終わった。
 父さんの言っていた危機は、過ぎ去った。ハルカは無事。ならば、自分はちゃんと明日を迎えられるのだろう。
  ――本当に?
 安心するのと同時に、どうにも収まりの悪い「何か」が心を占める。
 ぽりぽり額をかいていると、ハルカは「大丈夫」と満足げに笑った。
「あたし、怖くないよ? どっちもハルカのお兄ちゃんだもん。ね? だから、話して」
 助けに来たんだ、とぽつりと漏らすと、ハルカのほおにすっと赤みが差した。
「本当? うれしい。……でも、その、後ろの人といっしょに?」
「後ろの人?」
 すぐに振り仰いでも、ぼくの目にはだれの姿も見えなかった。
「大きな葉っぱの傘を差して、雨がっぱを着てるの。まだだって、言ってる」
 何が違うのか。父さんはぼくに、何を伝えたがっているのだろう。
 おーい、と少し間の抜けた声音で呼びかけながら、『昨日』のぼくがタクシーから降りてくる。
「だめだろ、ハルカ。こんな時間に外に出ちゃ」
 車を降りて、兄の顔をして説教を始める『昨日』のぼくを眺めながら、そっとハルカの様子をうかがう。
 ハルカは時おり、ぼくたちふたりを見比べて、くすくす笑った。
「ごめんなさい。でもね、ちょっとでも早くお兄ちゃんに会いたかったから」
 もう大丈夫のはず。不審者は何もせず、逃げたのだから。
 これでぼくも『落ちる』こともなく、きっと明日を迎えることができるだろう。
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