ユニコーンの眠る場所

みっち~6画

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44 空からの贈り物③

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「おい、おまえ!」
 組み伏せた男のフードを乱暴に引きはがすと、相手の顔がむき出しになった。
 驚いたことに、男はなんとも幼い顔つきをしている。中学三年生の妹ハルカより、さらに学年が下なのではないか。
 荒々しく肩で息をして、ナイフを握る手が、がちゃがちゃ震えている。
「……君は、中学生なのかな?」
 呼吸を整えた。
「ぼくはね、教師なんだ。怖がらなくていいから、そのナイフを離してごらん?」
教師、と彼は口の中でごにょごにょ繰り返した。
「そうだよ。えっと、高校の教師をしている」
 ゆらゆらと体を規則的に揺り動かしながら、彼は何事かぼくに向かってことばを投げた。豪雨、といってもよいほどの雨が、それをかき消してしまう。
「え? すまない、聞こえなかった。もう一度……」
 時間を確認しようと、わずかに目を落としたすきに、彼はナイフを放り投げ、さびた手すりを軽々と乗り越えた。
「待て待て、待て!」
 反射的に伸ばした指先がフードの先をからめ取り、文字通り、命綱となった。
 彼の履いていたスニーカーが片方、派手な音を立てて地上目がけて落ちていく。
「ほら、その手をこっちに寄こせ!」
 中学生とはいえ、男ひとりの体重をいつまでも片手で支えきることなどできない。しだいに手は震え、じりじりとずり落ちていく。
「……久坂! 久坂! 手を貸してくれ! おい、久坂!」
 屋上に通じる突き当りまで逃げたはずの久坂を大声で呼び、助けを乞う。
「だめだ……落ちる……」
 とたえ声が聞こえたとしても、久坂は間に合わない。ふたりもろとも地上に落ちるのも、時間の問題か。
 いや。その時間そのものが、ぼくには残されていない。
 残り、一分。
 指先がしびれる。このままでは、フードを引っ張られ、首が締まった状態でぶら下がっている彼もまた、限界だろう。
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