ユニコーンの眠る場所

みっち~6画

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13 問題児を疑う⑧

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「先輩、か」
 彼の名は、小野寺という。
 少しばかりお調子者の印象もあるが、基本的に約束を違えない、誠実な男だ。その彼が、なぜ後輩の恋人と密会する必要があるのか。
 久坂はアルバイト先のカフェに着くと、制服の上にチョコレート色のエプロンを掛けた。
「いらっしゃいませ」
 てきぱき雑事をこなす久坂に背を向けて、ついつい考え込んでしまう。
 夕闇が街を包み込み、夜が迫った。
 久坂が犯人である可能性は、限りなく低い。それは断言できる。
 やはり、ぼくは自ら命を絶ったのだろうか。恋人と先輩との浮気を悲観して?
 首を振る。違う。違っていて欲しい。
 一日じゅう情けない自分の姿を見て不安になるが、それでもぼくは、納得できないことをそのまま放置できる性格ではない……はずだ。
 やはりきっと、他に別の理由と犯人がいるのだろう。


 生きたい、と強く願った。こんなことで人生を棒に振ることはない。
 ぼくにはまだ、教師として、やるべきことが残っている気がする。
 先輩と那智とのことも、きっとなんらかの理由があるはずだ。それを、ふたりの口から直接打ち明けてもらわねばならない。
 それには、生き返る必要がある。だから犯人を見つけ出す。
 帰り支度をしている久坂の後ろ姿越しに、壁の時計に目をやった。そろそろ八時になろうかという時間だった。
「お疲れさまです」
 ていねいに頭をさげてからカフェを出て、久坂は家のある繁華街に向かって歩き始めた。
 先回りして父親が酒を飲んでいないか確認したいと思ったが、やはり久坂のいる場所から離れようとすると、強制的に連れ戻されてしまう。
 アパートの前まで来ると、久坂は震える息を吐き出した。
 それから、ゆっくりと外階段を上る。緊張しているのが痛いほど伝わってきて、ぼくも自然と背筋が伸びた。
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