26 / 37
26 ビスマスの卵⑤
しおりを挟む
おやおや、と穏やかな老人の声が、がらんとした室内に響き渡る。
「世界のすべてをひとりで背負い込んででもいるのですか、大河君は」
大仰ですねぇ、とからから笑い上げ、ルーレットは猿面をゆかいそうに震わせた。
「ちなみに先にお断りしておきますが、主は大河君を罰するつもりなどないそうですよ。君はここの品の願い通りに届け物をしただけ。それがこのような結果になったのは、仕方のないことだ、というのが主の見解なのです」
大河は柱時計にすがり付いた。
まるで鼓動のように、歯車の音がかちこち大河の耳に響き渡る。
「怖かった。判子屋もめちゃめちゃにされたし、路地も館も様子が変わってしまって、その上、本当にルーレットがいなくなったと思って……おれ……」
「すみません。主に無理を言って、移動させてもらったのです。この場所のほうが、小さなルゥの近くにいられますから」
がらんとした部屋の中央で、ルーレットがにやりと笑う。
「どうです、今日からここを『柱時計の部屋』とでも呼びましょうか」
「何の冗談だよ! なぁ、ルゥ。ルーレットが名前を……」
振り返ると、ルゥは蒸気の噴き出るコートに顔を埋めて小さな体を震わせていた。
寒いのか、と聞こうとした大河は、すぐに自分の思い違いに気が付いた。
「ルゥ、ごめんな。おれがルゥの大切な伽藍堂をこんなふうにしちまった。やっぱり、さまよい人なんかに関わるんじゃなかったよな」
「違う。大河は悪くない。だれも悪くない。モルフォ蝶の翅もすごくきれいだった。大河にプレゼントしてもらえて、本当にうれしかったの、あたし」
ルーレットが穏やかに鐘を鳴らし、二時になったことを告げた。
「さぁさぁ、ふたりとも。わしがいいことを教えてあげましょう。いいですか、伽藍堂を元の姿に戻したいのならば、光の玉を集めればよいのです」
「そうか。でも、昨日のドレスじゃ光の玉は現れなかった」
「それは、受け取る側の問題です。邪な思いを抱いていては、聖なる力は生まれません」
室内を見渡し、「でも」と大河は口ごもる。
「もうここにはあまり品物は残っていないよ」
「作るのです、とびきり良い品を。わしに考えがあります。さぁ、準備をしてください」
まだ不安げに涙をためているルゥを急かし、大河は部屋に残った材料をかき集めた。
「世界のすべてをひとりで背負い込んででもいるのですか、大河君は」
大仰ですねぇ、とからから笑い上げ、ルーレットは猿面をゆかいそうに震わせた。
「ちなみに先にお断りしておきますが、主は大河君を罰するつもりなどないそうですよ。君はここの品の願い通りに届け物をしただけ。それがこのような結果になったのは、仕方のないことだ、というのが主の見解なのです」
大河は柱時計にすがり付いた。
まるで鼓動のように、歯車の音がかちこち大河の耳に響き渡る。
「怖かった。判子屋もめちゃめちゃにされたし、路地も館も様子が変わってしまって、その上、本当にルーレットがいなくなったと思って……おれ……」
「すみません。主に無理を言って、移動させてもらったのです。この場所のほうが、小さなルゥの近くにいられますから」
がらんとした部屋の中央で、ルーレットがにやりと笑う。
「どうです、今日からここを『柱時計の部屋』とでも呼びましょうか」
「何の冗談だよ! なぁ、ルゥ。ルーレットが名前を……」
振り返ると、ルゥは蒸気の噴き出るコートに顔を埋めて小さな体を震わせていた。
寒いのか、と聞こうとした大河は、すぐに自分の思い違いに気が付いた。
「ルゥ、ごめんな。おれがルゥの大切な伽藍堂をこんなふうにしちまった。やっぱり、さまよい人なんかに関わるんじゃなかったよな」
「違う。大河は悪くない。だれも悪くない。モルフォ蝶の翅もすごくきれいだった。大河にプレゼントしてもらえて、本当にうれしかったの、あたし」
ルーレットが穏やかに鐘を鳴らし、二時になったことを告げた。
「さぁさぁ、ふたりとも。わしがいいことを教えてあげましょう。いいですか、伽藍堂を元の姿に戻したいのならば、光の玉を集めればよいのです」
「そうか。でも、昨日のドレスじゃ光の玉は現れなかった」
「それは、受け取る側の問題です。邪な思いを抱いていては、聖なる力は生まれません」
室内を見渡し、「でも」と大河は口ごもる。
「もうここにはあまり品物は残っていないよ」
「作るのです、とびきり良い品を。わしに考えがあります。さぁ、準備をしてください」
まだ不安げに涙をためているルゥを急かし、大河は部屋に残った材料をかき集めた。
0
あなたにおすすめの小説
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
恩知らずの婚約破棄とその顛末
みっちぇる。
恋愛
シェリスは婚約者であったジェスに婚約解消を告げられる。
それも、婚約披露宴の前日に。
さらに婚約披露宴はパートナーを変えてそのまま開催予定だという!
家族の支えもあり、婚約披露宴に招待客として参加するシェリスだが……
好奇にさらされる彼女を助けた人は。
前後編+おまけ、執筆済みです。
【続編開始しました】
執筆しながらの更新ですので、のんびりお待ちいただけると嬉しいです。
矛盾が出たら修正するので、その時はお知らせいたします。
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる