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第二章
14/ 狂言回し
しおりを挟む「……よし! 今のは、分かったぞ!」
エンシスはスブリーデの顔を見て、笑顔を見せた。達成感に満ちた、純粋な喜びの表情だ。
「ふふふ……その調子、その調子! エンシス、キミ意外と才能があるのかもね~」
スブリーデは笑顔で応えながらも、内心では複雑な思いを抱えていた。
先程の〝あの〟の瞬間を、エンシスは覚えていないだろうか。
あの異様な光景を、彼はどう受け止めるだろうか。
そして、エンシスのこの純粋な成長を、自分は素直に喜んでいいのだろうか。
スブリーデが幼竜を消滅させてから多分、数日が経過していた。
もう何日間もエンシスとスブリーデはアイスドラゴンの中に篭っている。
しかしエンシスは、その事に気付いていないだろう。
これも魔力が暴れ回るドラゴン体内の特性の1つで、時間感覚を喪失しやすいのだ。
もともとワスタ自体も外界と時間軸がズレているが、ドラゴンの体内はそれに更に拍車をかけている。
だがそれをエンシスが気付いていないのは、スブリーデがその事実を伝えていないからという側面もある。
彼には今、目の前の課題に集中してほしかった。
「本当に、凄いな……貴方は」
エンシスに聞こえないようにスブリーデは呟いて、目を細める。
その言葉には、エンシスの才能への驚嘆と、彼が秘める可能性への期待……そして一抹の不安が入り混じっていた。
もしかしたらスブリーデもエンシス同様に――あるいはエンシス以上に、エンシスの成長に喜びを感じているのかも知れない。
だが同時に、その成長がもたらす未来を恐れてもいた。
「貴方となら本当に、スヴィは……」
スブリーデは軽く頭を振って、思考を中断する。
「どうした、スブリーデ? 次、こっちだろ? 合ってるよな!?」
珍しく考え込んでいたスブリーデに気付いてエンシスが振り返る。
その手が指差す先は、確かに希望の方角だった。
◆◆◆◆◆◆
「このまま放っておいて、良いのでしょうか?」
スクートム本部の本部長室。
大きな窓の外には、夕焼けに染まる首都ヴェリタの穏やかな街並みが広がっていた。
しかし、それとは裏腹に部屋の空気は重苦しく、緊張感に満たされている。
「何をだ」
低く、威厳のある声が響く。
声の主はスクートム本部長、ファズケス=アルバだった。
白髪交じりの髪を丁寧に撫で付け、鋭い眼光で、質問を投げかけてきた男の方を見据えた。
「何をって、そりゃあ、エンシスのことですよ!」
――エンシスが正解のルートを指し示したのと、ほぼ同時刻。
スクートム本部の本部長室には3人の男がいた。
1人は本部長のアルバ。
もう1人は広報室長イムヌ=ルレウム。
不安そうに答えた彼の額は、脂汗が滲んでいる。
そして3人目は、漆黒のローブに身を包んだ大柄な男。
「門番殺害の件です! 確かに検死結果には不審な点が多い。しかし、エンシス本人が行方をくらませている以上、疑いは深まるばかりです! このままでは……」
ルレウムの言葉に、アルバは大きく息を吐きながら首を横に振る。
彼の脳裏には、エンシスの苦悩する顔が浮かんだ。あれは、罪悪感からくるものだと信じたいが……。
「ベーネの件もある……」
アルバは、静かに呟く。
エンシスはそんなことをする男ではなかったはずだ。
イニティアの国を、大地を、人を――ずっと最前線で守ってきてくれた英雄だったはずなのに……。
前線に居た頃、アルバはエンシスの直属の上司でもあった。
そればかりか、少年エンシスに声をかけ兵士として見い出したのも若き日のアルバだ。
手塩にかけて育てた愛弟子のような存在でもあり、子供のような存在でもあった。
いつからかエンシスの方が強い力を手にしていたが、その関係性が揺らぐことはなかった。
戦いに没頭し過ぎると、危うさを見せることもあった。
だが、それでも非道な行いをするような男ではないとアルバは信じていた。
だから、姿を消した理由は、罪悪感や混乱からだと……そう思いたい。
「これで容疑がかけられている事件での犠牲者は3人目。ベーネの死は、今のところスクートム内でもほとんど広まっていませんが……時間の問題でしょう。そうなれば民衆にも、あっという間に……」
ルレウムが震える声で言うと、アルバは一層、重たげに頭を抱え込んだ。
このままではスクートムの信頼も地に落ちる。
「失礼」
煮え切らないアルバとルレウムの様子を見兼ねたのか、黒いローブの男が口を開いた。
本部長室の空気がピリッと一層張り詰める。
「民衆が、一番気にしているのは犠牲者が何人出たかではない。エンシス程の力を持った者がスクートムの管理下にないということが、やはり問題なのです」
フードで隠れていて顔は見えずとも、その言葉には重みがあり、揺るがない強さを感じさせる。
「遺骸落下の時、エンシスに対して厳しい言葉を浴びせた民衆も多かった。だからこそ、そのエンシスが、もし自暴自棄になったら、もし敵意を自分たちに向けたら……そういう不安が渦巻いている」
「確かに……」
「『六龍斬』のキミが言うのなら、そうなのでしょうな」
本部長や宣伝部長に面と向かって進言出来るのは、やはり『六龍斬』くらいのものなのだろう。
「だから、別に処分どうのではなく、とにかくエンシスをスクートム本部に連れ戻すことを最優先にすべきだ。実際、門番たちを殺したのかどうかは、そこで本人に問い質せばいいのです」
「本人にって、そんなこと」
「お前なら出来るのか?」
黒いローブとフードを揺らして、男は力強く頷いた。
そして立ち上がって両手を広げ、さながら覇王のように言葉を放つ。
「エンシスはワスタの中。奴の実力からすれば、もう中腹を越えている。ワスタを抜けられて隣国に入られてしまえば、連れ戻すのは極めて困難となるでしょう」
男はアルバたちの反応を無視して、淡々と話を続ける。
「エンシスほどの実力者なら他の国も欲しがる……亡命に加担する国も出てくる、と」
「有り得る話ですな」
ルレウムの表情が曇る。
「ならば、今こそアレを使うべきです」
「アレ?」
刹那、部屋中に背筋が凍るような、冷たい空気が流れ込んでくる。
「まさか、『無風の道《ヌルス・ウェントス》』か……」
アルバは男の言葉の意味を理解し、顔を歪ませる。
「そうです。『無風の道《ヌルス・ウェントス》』を使えば、魔力による空間歪曲の影響を受けずにワスタの中を進める。精神的にも肉体的にも負荷がかからず、捜索が出来る」
「し、しかし! アレの使用には問題も……!」
男とアルバの間に、狼狽しながら割って入るルレウム。
「ワスタという自然発生的な防壁に穴を開けることになる……もしそこを敵国に突かれたら……」
ルレウムの反応に、頷き返しながらアルバも言葉を紡ぐ。
しかし黒いフードの男は、その反応すら織り込み済みといった雰囲気。
「それは『無風の道《ヌルス・ウェントス》』を発動したことを、敵国が知ってしまったら、起きうる問題。可能性は低い。それに万が一『無風の道《ヌルス・ウェントス》』を通って攻めてくるにしても、せいぜいが一個師団。ドラゴンの驚異には遥かに及ばない」
「イニティア王国にはドラゴンを単独で倒せる者が、『六龍斬』を含め9人居る」
「エンシスを除いて8。遠征に出ている者や連絡の取りにくい者を引いても5……エンシスの確保に1人出したとしても、4人が国内に残れる」
その誰しもがカテゴリー5ドラゴンを凌ぐ実力者。国防が傾くことはないだろう。
「兵力としては、十分。故にエンシスを放っておく理由がない。動けない理由がないのに放置していては民衆の反発も高まるでしょう」
冷たく、一切の容赦がない言葉にアルバは圧倒されていた。
エンシスを信じたい気持ちと、国防を任された組織の長としての責任感の間で、激しく葛藤していた。
「甘さが全てを台無しにしますよ、アルバ本部長。あなたの威厳や功績で、民衆を抑えらるのも限界があります。ここで明確な行動を見せなくてはいけません。エンシスを取り戻し、真実を明らかにすると」
黒い男の語気が増す。
遺骸の落下、エンシスの失踪、そして門番殺害の疑惑――これ以上、事態を放置はできない。
アルバも、よくよく理解しているだろう。
「ほ、本部長……」
ルレウムは最早、『無風の道《ヌルス・ウェントス》』を発動しエンシスを確保するプランに賛同しているようだ。
アルバの苦悩を理解しつつ、決断を促す。
「もし潔白だったならば、私がエンシスに詫びれば済む話か……それもそうだな」
アルバは誰にも聞こえないくらいちいさな声で呟く。
アルバの心の中から、エンシスを信じる気持ちは消えない。
だからこそ、だからこそ――真実を明らかにしなければならない。
「分かった。『無風の道《ヌルス・ウェントス》』を使用し、エンシスを連れ戻す」
そして潔白であることを私に、そして王国民に、示してくれ――アルバは目を深く閉じながら願った。
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