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第三章
16/ 同じ月の下、世界は動く
しおりを挟む月が揺蕩うイニティア王国の夜。
闇よりも暗い漆黒をまとった大柄な男が、スクートム本部庁舎の屋上に居た。
月明かりに照らされているのに、そこに何も居ない様に黒くて、暗い。
深く被ったフードからギリギリ見える口元は笑っていた。
思い通りにことが進んでいる。それが面白くて、堪えきれない――そんな腹黒い笑み。
口角の釣り上がりがピークになるのを見計らったかのように、男の右腕で通信端末が震えた。
「遅いぞ。寝てしまうところだ」
胡散臭くて、芝居がかった声。
「くっくっく……相変わらず冗談の通じないヤツめ。勿論、計画通りに明日『無風の道《ヌルス・ウェントス》』が発動されることになったぞ」
男は、通信先の相手を下に見たような態度で、冷淡な言葉を並べていく。
相手の苛立った声もお構い無しだ。
「…………そうだな。エンシスの身柄を確保するという体裁でな。その時のアルバの顔を、お前にも見せてやりたかったよ。かつての英雄が、情と責任の狭間で揺れるサマは惨めなくらいに見物だったぞ」
お前は本当に性格が悪いな、と通信端末から呆れ声が漏れ聞こえる。
しかしフードの男は、それがまるで褒め言葉であるかのように揚々と頷いた。
「ん? ああ、勿論、俺は残るさ。その為の『無風の道《ヌルス・ウェントス》』だからな」
屋上をソロステージのように、悠然と歩く。
全てが自分の思惑通り……そんな愉悦が、動きの端々に見える。
月明かりは、彼を照らすスポットライトか。
「他の『六龍斬』で国内に残るのは俺以外で3人だな。それぞれ担当区域に戻っている……ん? ああ、それも問題ない。アイツも一度エンシスの攻撃をその身に受けた。だから、もう通用しない。言うなれば『六龍斬』の攻撃程度では、もう驚異にはならんということさ」
――しかし突然、舞うような歩調が乱れた。
「…………はぁ!? 何だと!!?」
立ち止まったその足で、床を踏み付ける。
スクートム本部庁舎の屋上が一瞬撓んだように見えた。
「ちゃんと見張っとけよ! ヤツはただの戦闘狂なんだ。予想外の行動を取りかねないんだ」
男の周囲が陽炎のように揺らめいていく。
怒りのままに垂れ流された濃密な魔力が空間を歪ませて、光を捻じ曲げている。
はぁ、と吐き出された溜め息は、ドラゴンのブレスを思わせるような熱を孕んでいた。
「まあ、良いか。アレの性能テストにもなるか……ヤツなら『無風の道《ヌルス・ウェントス》』が発動されるまでに野垂れ死んだりしないだろ」
また男は笑う。
悍ましい熱と魔力を霧消させ、やはり全て計画通りだと言わんばかりに月光のスポットライトを独り占めにしていた。
通信を終えた端末をローブのポケットにしまって男は、ゆっくりと街を見下ろす。
無数の光が、まるで宝石のようにキラキラ輝いていた。
その光は、人々の生活の灯火であり、希望の光。
しかし男は奥歯を打ち付けて、憤懣の表情を見せる。
「魔女の力の上に胡座をかいた平穏など……偽物だ。俺が、正してやる」
男は冷酷な笑みのまま、踵を返す。
そしてそのまま闇夜に溶けるように、消えていった。
◆◆◆◆◆◆
同じ頃、スクートム本部の本部長室。
本部長のアルバは、執務机に突っ伏していた。
グウグウと寝息が聞こえる。
ドラゴンの落下、エンシスへの対応、そしてベーネの死……嵐のような激務が続いていた。
組織の長たる彼には、目に見えない重圧もあっただろう。かつての英雄にも流石に限界だった。
コン、コン――不意にノックの音が響き、アルバは目を覚ます。
眠りはとても浅い。
「失礼します。本部長」
広報室長のルレウムが、静かに入室してきた。
「お? おお……ルレウムか……どうした? 何かあったのか?」
アルバは、ルレウムの顔を見て尋ねる。
しかしルレウムは小さく首を横に振り、溜め息を吐く。
「今、何時だと思われているんですか、本部長。組織の長たる貴方が、泊まり込みなんて、ダメですからな」
ハッとするアルバ。
慌てて部屋の壁にかけられた時計を見て、ガックリ項垂れる。
「22時? さっきまで……って、いや。そうか、寝ていたのか」
「そんなに根詰めてしまっては、体が持ちませんぞ。心配です」
ルレウムは、珍しく感情を露わにする。
いつも冷静沈着な彼が見せた、人間らしい一面に、アルバは少しだけ心が安らぐ。
「ああ、そうだな。すまない」
ルレウムは、また1つ溜め息を吐きながら、近くの椅子に腰掛ける。
「大丈夫です。『無風の道《ヌルス・ウェントス》』の判断は間違っていません。エンシス本人にとっても、真実を明らかにする機会が必要です。たとえ連れ戻せなくとも、最大限のことをやった、という姿勢は大切ですからな」
「アピールか……。だが、今のエンシスがどういう状態か……」
「本部長は結果を求め過ぎです。もっと肩の力を抜いて下さい」
ルレウムの考え方はいかにも宣伝局長らしいものだった。
国防とは物理的な対処のみならず、王国民の心の平穏を守ることも大切だ。
時に、成果よりも過程が重要視されることもある。
「しかし、アレはもともと敵国に対して奇襲のため開発されたのだぞ。心象が良くない王国民も居るだろう」
「そこは逆転の発想です。今回の件をターニングポイントとして『無風の道《ヌルス・ウェントス》』は平和を守るための魔導具なのだと印象付けていけばよいのです」
「……なるほどな。流石は名参謀」
ルレウムは照れくさそうに笑うが、満更でもなさそうに鼻を膨らめている。
そんな様子を見て、アルバも思わず顔を綻ばせた。
「私には、本部長のような求心力はありませんが……小賢し~い知恵を働かせることは出来ます。泥臭いことは私に任せて下さいよ。全部、おひとりでやろうとしなくて良いんです」
その言葉を噛み締めるようにアルバは、目を伏せ、深く頷いた。
フッと息を吐いてから、机の上を片付け始める。
「ときに、本部長。戦術幕僚長のオプトから……明日、『無風の道《ヌルス・ウェントス》』発動後に派遣する調査団のメンバーについて報告がありました」
「オウラのことか? 初めは先陣を切ってくれるのだとばかり思っていたが……」
「ええ、やはり辞退したいと。その意思は変わらないようで」
「〝破翼〟の彼が居てくれたら、百人力だったが」
「エンシスとも関係が近いからこそ、でしょうかね。自分が前に出過ぎれば、エンシスを追い詰めてしまうかもしれない、と……。あるいは、何か思うところがあるのか……」
なるほど、とアルバは口を真一文字に閉ざした。
オウラの真意は読めないが、エンシスの心情を考えれば、それも一理あるかもしれない。
アルバも出来ることなら、事を荒立てたくはない。気持ちは同じだ。
そしてそれが叶わないほど、エンシスも落ちぶれてはいないだろう。
「『無風の道《ヌルス・ウェントス》』に対する守備として残ってもらったと思っておくか」
「ええ、それで良いかと」
すっかり綺麗になった机の上をサッと撫でアルバは立ち上がる。
「すまない、待たせたな」
「いいえ。待たされてなどおりませぬ」
ルレウムが恭しく扉を開ける。
2人が揃って部屋を出ると、魔力感知型の室内灯が溶暗した。
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