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犬の巣
2350年での生き方
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「どーしょう…」
誰かにと言うわけではなく呟いていた。たぶん自分に問いかけたのだ。考えて出る答えのレベルではないだろう。しかし、人間可笑しくなってしまうと、発狂する気力さえなくなるらしい。
「“どーしょう”ったって… んなもん、何処の世界でも生きてりゃあ一緒じゃねぇの…?」
ヒビキが平然と言うので、アキラは心底嫌になった。
「マジ、信じらんねぇー…デリカシーなさスギ…。お前ねーっ…彼女は俺達みたいな人間じゃないんだよ? 何もない俺たちとは違う。親もいれば友達もいただろう…ソレすべてを切り取られて、こんな何にも無い世界に飛ばされたんだよ?その上信じてるモノは偽者だったってなれば、“どーしょう”って言葉が出るのは当然だろ?」
アキラはもしかして、美奈子の思考を良くわかるタイプの人間かもしれなかった。
「だからなんだよ…。親は子より早く死ぬし。いつまでも親の死を悲しんでちゃあ生きてけねぇーし。多分、その2004年の時代ってトコもそうだろ…?今より…平和だって聞いてるけど…。まさか、“死”に無縁なわけじゃないんだろ? 神のことにしたって“サギ”とか“ペテン師”がまったくいなかった時代じゃないだろ?」
美奈子は俯いている。その様子を見て、ヒビキは何かを察したようで…ニシャリと笑った。
「つーか…何? “時代”の所為じゃなくて…“お前が”そうなのか…?“私がこんな目にあうなんて…”とか“あわされるなんて”って思ってる?」
ニヤニヤ笑った顔。美奈子は少し膨れた顔をする。
「ホント、此処に比べたら…平和な国なんだなぁー。」
ヒビキは楽しそうに笑う。その笑顔が今までで1番痛かった。
「バカだなぁー…美奈子。なくなった時の事を考えてねぇーからパニくんだよ。」
アキラはヒビキのその言葉と笑顔に胸が苦しくなるのを感じだ。シヲンといた彼のあんな幸せそうな顔の奥には“不安”がひしめいてたのか…と思った。それが的中してしまった形になった彼の心情は…?
「ここは当たり前にある物が此処には『ない』んだよ。それは“常識”も“秩序”も“明日”さえも例外じゃないわけだ…。この時代は、真剣になんなきゃ“明日”も来ない時代なんだって…」
アキラの発言にヒビキは美奈子を見据えて言い張っていた。ヒビキは美奈子を、獲物を狙う獅子のように見つめ続けている。
「電車が脱線事故を起こして死ぬかもしれないのに…帰ってからのテレビ番組が見れるかどうかを心配をする…。車の人身事故に巻き込まれるかもしれねぇーのに、遊園地で何に乗るか考えてる。明日死ぬかもしれねぇーのに、未来の結婚相手が不安になる…。そんなタイプだろ。お前。」
ヒビキはじぃ…っと美奈子を見据えている。足に肘をつき、顎の先を手で支えて。美奈子は放心したまま、彼の言葉に耳を傾けていた。確かに…予想以外のことが起きる事を予想した事は無い。それは2004年の…美奈子のいた時代がそれを思わせない平和な時代だったからなのだろうか?
「生温く生きてんなぁー…。そのうち、風邪引くぞ? ああ…もう“風邪引き”サンか…」
ヒビキは噴出すように笑った。こういう時代の人間だ。だから…そういう事は思えないし、思わないのだろう。美奈子は呆然と彼の目を見ていた。真っ赤な色の目は何度血を吸ったのだろうか…、そう考えるとおぞましいほどの魅力あった。
「“明日”が『ない』…」
美奈子は呟いた。明日なんて寝れば来るのではないのだろうか?自動的に…巡って来るものではないのか?
「そうだよ…。俺に言わせれば、ぬけぬけと“明日がくる”って思い込んでる神経の方がスゲぇーけどな。」
お気楽すぎる…とでも言わんばかりの言葉に、何か突然…美奈子は現実を見せつけられたような気になった。そうだ、明日には何の保証も無い。さっきだって、ヒビキが庇ってくれなかったら?そう思うと、閉めてある窓からの隙間風だけでゾクゾクとしてくる。
「そういう生活が羨ましいって思ってたけど、どうやら俺にはあわねぇーみたいだわ…」
ヒビキの言葉に美奈子は目を見開いたまま彼のほうに顔を上げた。
「明日明日って気付かないうちに逃げてるみたいだし。…お前は今のこの現状に立ち向かっていけてねぇーっぽいし。」
“明日ってのは、余分にあると腑抜けになっちまうもんだったんだな”と嫌味ととれる言葉をまったく純粋なものに ろ過して放ってきた。
美奈子はその ろ過された嫌味の無い言葉に一瞬…そう然とした。こんな事を言い出してくる人は初めてだった。まるで、小さい子どもが大人たちの考えに失望している時のように映った。
「それって…逃げてんだろ?」
真っさらに純粋に、子どものように笑って聞いてくる。
美奈子は硬直したまま動けなかった。発せられる単語の重みと、ヒビキの発言に言葉さえ凍りついた。
「明日になんて期待しないほうがいいぞ?明日にはなんとかなるのか?“明日すればいいっかー”って…明日に期待する所為で何にも動き出せねぇーんだろ? “明日”には絶対“普通には来ないし”。未来を変えるのは今だけだぜ?」
ヒビキはまるで適当に授業を進める数学教師みたいにサラリとそんな事を言う。サラリとテスト範囲を発表するように要点のみを吐き出してくる。長くなった煙草の灰をトントントンとリズム良く叩く。まだ少しだけ湯気の昇るコーヒーに手をかける。
「誰かが何とかしてくれるなんて思うなよ?心配して味方してくれるママやパパはもう死んでるんだ。捨てて生きろ。」
アキラ…いや、ケンもだったが…いい加減ヒビキを止めに入ろうかと思い始めた。コレはあまりにも惨く酷い言い方だ。彼女の事はよく知らないが、彼女が今は必要としているのは優しく慰めてやる事なのではないだろうかとこの二人は思ったのだ。
「ヒビキ…言い過ぎだ。」
「いいか?」
それでもまだヒビキは続けた。アキラの静止を振り払う言葉もかけなかった。彼女に集中しているのだ。
「この時代ってさ…“真剣”にならないと“明日”さえも掴み取れない時代なんだぜ?」
“ワクワクするだろ?”とニシャリと笑った。
「今…お前の“明日”は確実に“ない”。」
胸がドキドキと早鐘のように打ち乱れる。
「弱いし、すぐに殺されるさ。考えなくてもいい、待ってるだけできっと殺される。お前はそれをどう思うよ?」
美奈子は何も答えられなかった。身動き一つしなかったつもりだったが、無意識に首は左右に何度も振られていた。「いやだ」というように。
「でもさ、それってお前のいた世界でも一緒だったろ?ただ弾丸飛んでこないだけで…。それで自分は不老不死のつもりか?」
“人間なんてさぁー”とヒビキはヘラリと笑って、天井を仰ぐ。
「生まれてくる原因は一つだけどよ、人間…死ぬ原因は無限だぜ?シッカリして無いと…弾き出されちまうぞ。」
なんという事を言うのだろう…、生きている事を心底怖がらせる言葉だった。
“いつ死ぬかわからないぞ”と、言われた時より衝撃だった。
「入り口は一つで、出口は無限…。」
美奈子の言葉にヒビキは「そっ…」とそれだけ言った。
ニャッと悪魔のように笑った。昔、読んだアダムとイヴの林檎の話で登場する蛇みたいだと思った。ニヤッ…と実に不気味に笑う。それでも彼のその顔は気味が悪いと言うよりも、ミステリアスという感じがした。得な男だと思う。
「“明日”がナイ…」
美奈子はまたポツリと呟いた。そんな彼女にケンは少し苦笑して呟く。美奈子ちゃん…
「人は死ぬために生まれてきたわけじゃあないけれど…でも…」
ケンは伏せた目に口を綻ばせて言った。
「必ず、終わりは来るから…。」
美奈子はケンのその表情にギュッと抱きしめて、彼の痛みを受け止めたくなった。半分でも自分に彼の悲しみや辛さが移せれば彼はもっと気軽な表情を出来ただろうか?
「俺達は生憎、それをよく知っているから…」
そう呟くアキラも苦笑していた。実に痛い微笑だと美奈子は全員に対して思った。何故、こんな時代に生きる事になったのか…と、諦めに近い眼差しで語っているように感じた。
「そうだね…よく知ってる。」
アキラは見ている側が痛くなるほどの微笑を見せた。
「“普通”の生活をおくれるなら尚の事…無駄にしないで欲しいと思うんだよ。」
ケンの微笑みに、ヒビキが「そういう事だな」と纏めた。
「いえ……本当は…、その場所でさえ、息を吸えない状態なんですよ…」
ヒビキたちに比べればそれぐらいなんともなかったはずだ。
「…」
「いつも逃げたいって…思ってたんです。戦わずに…立ち向かおうともせずに、逃げてしまいたかったんです。ゴメンナサイ。」
自分とは違う境遇の人たちと話をして、自分の住んでいたところとは違う場所に来て、初めて大切さがわかった。ヒビキたちに発見される前に瓦礫の山で思ったこと…。苛められて辛かった。親にも言えなかった。
でも、
『大丈夫?美奈子?』
一人だけでもいたのに…
自分を思っていてくれる人がいたのに…
どうしてそれを当たり前のように?
何故、もっと理解してくれる人はいないのかと嘆き、自分は独りだと被害者ぶった?
『すぐに終わる。すぐに終わるよ。』
助けてもらう事ばかり考えて耐える事は考えなかった。
助けてくれる友を求め、変わらずに微笑んでくれる友のことを見ていなかった。
「ずっと…逃げる事ばかり…」
どうして立ち向かわなかったのか…
逃げ続けたのか…
自分は…確実にそうだった。
昔、小学生のころ、夏休みの宿題を始業式の当日の日で全部仕上げた年があった。明日があるし…明日しよう…そう考えていたら…カレンダーは8月31日だった。その時、美奈子は物凄く自分を罵った。そしたら夜になっていた。罵る前にどうして宿題に取り掛からなかったのかと、また自分を罵った。そしたら、日にちが変わってしまっていた。泣きながら、一人で何とかしたのを思い出していた。母は明日も仕事だと早く寝てしまい、父は牧師だったのだが、明日が結婚式だとかで手伝ってくれなかったのだ。読書感想文は去年のを丸写しして、計算問題は全部電卓という最悪の状態だったが、それでも何とか間に合って泣きそうになった事を思い出した。そう、その時 全部一人でやり遂げた事に涙が出た。それが例えズルをしていても“自分は精一杯やれた”と思えた。
だから、その後早く寝てしまった両親を攻め立てると言うようなお門違いな事はしなかったのだ。
(宿題…)
ポツリと声に出さないくらいの声で言った。思えば、小学生の頃から“明日”に期待していた。いや、“明日”賭けていた。ぶっちゃけ、何も変わるはずはないのだ。自分が変わっていなかったのだから。昨日引き伸ばしたものを今日出来るわけがない…グルグルとジンクスは続いていくだろう。自分が変わらなきゃ“明日”に期待なんて出来ないのだと…美奈子はそう解った。結局、宿題をやり遂げたのは自分だったのだ。誰も手を貸してくれず…そうしてやっと自分らしさが出てきた。去年の丸写しとすべて電卓の答えが美奈子の“自分らしさ”らしかった。ちっちゃい人間だな…と失笑してしまった。
「無茶…してみます。」
そしたら、何か変わるだろうか…。自分らしい“生き方”が出来るだろうか?自分は何か変わるだろうか?宿題を夏休みの一番最初の日に終わらせられる子になれるのだろうか?
『大丈夫…』
唯の微笑む笑顔に美奈子はキュッと口を引き結び笑って見せた。
こんなに遠くに来てしまった…
「こんなに…遠くに…来てしまってから…ようやく解りました。たぶん、私はヒビキさんの言う通りなんです…。」
戦えばよかった。耐えてみればよかった。
こんなことになるなら。
こんなの…
『褒めてあげる!私が褒めてあげるからっ!美奈子は頑張ってたって!』
あんなに一生懸命戦わせようとしてくれていたのに…
「もう…褒めてもらえないですね…唯ちゃん…」
『また明日、学校でね。』
彼女は、待っててくれてたのだろうか…
あのいつもの場所で…
美奈子は号泣してた。けれど顔を上げてしっかりと言った。
「でも、今度は私、立ち向かってみます。現実と!もう逃げません」
ヒビキやケンやアキラが「うん」と頷いたのが解った。
今日は何度も泣いたが、今回の泪だけが温かかった。
誰かにと言うわけではなく呟いていた。たぶん自分に問いかけたのだ。考えて出る答えのレベルではないだろう。しかし、人間可笑しくなってしまうと、発狂する気力さえなくなるらしい。
「“どーしょう”ったって… んなもん、何処の世界でも生きてりゃあ一緒じゃねぇの…?」
ヒビキが平然と言うので、アキラは心底嫌になった。
「マジ、信じらんねぇー…デリカシーなさスギ…。お前ねーっ…彼女は俺達みたいな人間じゃないんだよ? 何もない俺たちとは違う。親もいれば友達もいただろう…ソレすべてを切り取られて、こんな何にも無い世界に飛ばされたんだよ?その上信じてるモノは偽者だったってなれば、“どーしょう”って言葉が出るのは当然だろ?」
アキラはもしかして、美奈子の思考を良くわかるタイプの人間かもしれなかった。
「だからなんだよ…。親は子より早く死ぬし。いつまでも親の死を悲しんでちゃあ生きてけねぇーし。多分、その2004年の時代ってトコもそうだろ…?今より…平和だって聞いてるけど…。まさか、“死”に無縁なわけじゃないんだろ? 神のことにしたって“サギ”とか“ペテン師”がまったくいなかった時代じゃないだろ?」
美奈子は俯いている。その様子を見て、ヒビキは何かを察したようで…ニシャリと笑った。
「つーか…何? “時代”の所為じゃなくて…“お前が”そうなのか…?“私がこんな目にあうなんて…”とか“あわされるなんて”って思ってる?」
ニヤニヤ笑った顔。美奈子は少し膨れた顔をする。
「ホント、此処に比べたら…平和な国なんだなぁー。」
ヒビキは楽しそうに笑う。その笑顔が今までで1番痛かった。
「バカだなぁー…美奈子。なくなった時の事を考えてねぇーからパニくんだよ。」
アキラはヒビキのその言葉と笑顔に胸が苦しくなるのを感じだ。シヲンといた彼のあんな幸せそうな顔の奥には“不安”がひしめいてたのか…と思った。それが的中してしまった形になった彼の心情は…?
「ここは当たり前にある物が此処には『ない』んだよ。それは“常識”も“秩序”も“明日”さえも例外じゃないわけだ…。この時代は、真剣になんなきゃ“明日”も来ない時代なんだって…」
アキラの発言にヒビキは美奈子を見据えて言い張っていた。ヒビキは美奈子を、獲物を狙う獅子のように見つめ続けている。
「電車が脱線事故を起こして死ぬかもしれないのに…帰ってからのテレビ番組が見れるかどうかを心配をする…。車の人身事故に巻き込まれるかもしれねぇーのに、遊園地で何に乗るか考えてる。明日死ぬかもしれねぇーのに、未来の結婚相手が不安になる…。そんなタイプだろ。お前。」
ヒビキはじぃ…っと美奈子を見据えている。足に肘をつき、顎の先を手で支えて。美奈子は放心したまま、彼の言葉に耳を傾けていた。確かに…予想以外のことが起きる事を予想した事は無い。それは2004年の…美奈子のいた時代がそれを思わせない平和な時代だったからなのだろうか?
「生温く生きてんなぁー…。そのうち、風邪引くぞ? ああ…もう“風邪引き”サンか…」
ヒビキは噴出すように笑った。こういう時代の人間だ。だから…そういう事は思えないし、思わないのだろう。美奈子は呆然と彼の目を見ていた。真っ赤な色の目は何度血を吸ったのだろうか…、そう考えるとおぞましいほどの魅力あった。
「“明日”が『ない』…」
美奈子は呟いた。明日なんて寝れば来るのではないのだろうか?自動的に…巡って来るものではないのか?
「そうだよ…。俺に言わせれば、ぬけぬけと“明日がくる”って思い込んでる神経の方がスゲぇーけどな。」
お気楽すぎる…とでも言わんばかりの言葉に、何か突然…美奈子は現実を見せつけられたような気になった。そうだ、明日には何の保証も無い。さっきだって、ヒビキが庇ってくれなかったら?そう思うと、閉めてある窓からの隙間風だけでゾクゾクとしてくる。
「そういう生活が羨ましいって思ってたけど、どうやら俺にはあわねぇーみたいだわ…」
ヒビキの言葉に美奈子は目を見開いたまま彼のほうに顔を上げた。
「明日明日って気付かないうちに逃げてるみたいだし。…お前は今のこの現状に立ち向かっていけてねぇーっぽいし。」
“明日ってのは、余分にあると腑抜けになっちまうもんだったんだな”と嫌味ととれる言葉をまったく純粋なものに ろ過して放ってきた。
美奈子はその ろ過された嫌味の無い言葉に一瞬…そう然とした。こんな事を言い出してくる人は初めてだった。まるで、小さい子どもが大人たちの考えに失望している時のように映った。
「それって…逃げてんだろ?」
真っさらに純粋に、子どものように笑って聞いてくる。
美奈子は硬直したまま動けなかった。発せられる単語の重みと、ヒビキの発言に言葉さえ凍りついた。
「明日になんて期待しないほうがいいぞ?明日にはなんとかなるのか?“明日すればいいっかー”って…明日に期待する所為で何にも動き出せねぇーんだろ? “明日”には絶対“普通には来ないし”。未来を変えるのは今だけだぜ?」
ヒビキはまるで適当に授業を進める数学教師みたいにサラリとそんな事を言う。サラリとテスト範囲を発表するように要点のみを吐き出してくる。長くなった煙草の灰をトントントンとリズム良く叩く。まだ少しだけ湯気の昇るコーヒーに手をかける。
「誰かが何とかしてくれるなんて思うなよ?心配して味方してくれるママやパパはもう死んでるんだ。捨てて生きろ。」
アキラ…いや、ケンもだったが…いい加減ヒビキを止めに入ろうかと思い始めた。コレはあまりにも惨く酷い言い方だ。彼女の事はよく知らないが、彼女が今は必要としているのは優しく慰めてやる事なのではないだろうかとこの二人は思ったのだ。
「ヒビキ…言い過ぎだ。」
「いいか?」
それでもまだヒビキは続けた。アキラの静止を振り払う言葉もかけなかった。彼女に集中しているのだ。
「この時代ってさ…“真剣”にならないと“明日”さえも掴み取れない時代なんだぜ?」
“ワクワクするだろ?”とニシャリと笑った。
「今…お前の“明日”は確実に“ない”。」
胸がドキドキと早鐘のように打ち乱れる。
「弱いし、すぐに殺されるさ。考えなくてもいい、待ってるだけできっと殺される。お前はそれをどう思うよ?」
美奈子は何も答えられなかった。身動き一つしなかったつもりだったが、無意識に首は左右に何度も振られていた。「いやだ」というように。
「でもさ、それってお前のいた世界でも一緒だったろ?ただ弾丸飛んでこないだけで…。それで自分は不老不死のつもりか?」
“人間なんてさぁー”とヒビキはヘラリと笑って、天井を仰ぐ。
「生まれてくる原因は一つだけどよ、人間…死ぬ原因は無限だぜ?シッカリして無いと…弾き出されちまうぞ。」
なんという事を言うのだろう…、生きている事を心底怖がらせる言葉だった。
“いつ死ぬかわからないぞ”と、言われた時より衝撃だった。
「入り口は一つで、出口は無限…。」
美奈子の言葉にヒビキは「そっ…」とそれだけ言った。
ニャッと悪魔のように笑った。昔、読んだアダムとイヴの林檎の話で登場する蛇みたいだと思った。ニヤッ…と実に不気味に笑う。それでも彼のその顔は気味が悪いと言うよりも、ミステリアスという感じがした。得な男だと思う。
「“明日”がナイ…」
美奈子はまたポツリと呟いた。そんな彼女にケンは少し苦笑して呟く。美奈子ちゃん…
「人は死ぬために生まれてきたわけじゃあないけれど…でも…」
ケンは伏せた目に口を綻ばせて言った。
「必ず、終わりは来るから…。」
美奈子はケンのその表情にギュッと抱きしめて、彼の痛みを受け止めたくなった。半分でも自分に彼の悲しみや辛さが移せれば彼はもっと気軽な表情を出来ただろうか?
「俺達は生憎、それをよく知っているから…」
そう呟くアキラも苦笑していた。実に痛い微笑だと美奈子は全員に対して思った。何故、こんな時代に生きる事になったのか…と、諦めに近い眼差しで語っているように感じた。
「そうだね…よく知ってる。」
アキラは見ている側が痛くなるほどの微笑を見せた。
「“普通”の生活をおくれるなら尚の事…無駄にしないで欲しいと思うんだよ。」
ケンの微笑みに、ヒビキが「そういう事だな」と纏めた。
「いえ……本当は…、その場所でさえ、息を吸えない状態なんですよ…」
ヒビキたちに比べればそれぐらいなんともなかったはずだ。
「…」
「いつも逃げたいって…思ってたんです。戦わずに…立ち向かおうともせずに、逃げてしまいたかったんです。ゴメンナサイ。」
自分とは違う境遇の人たちと話をして、自分の住んでいたところとは違う場所に来て、初めて大切さがわかった。ヒビキたちに発見される前に瓦礫の山で思ったこと…。苛められて辛かった。親にも言えなかった。
でも、
『大丈夫?美奈子?』
一人だけでもいたのに…
自分を思っていてくれる人がいたのに…
どうしてそれを当たり前のように?
何故、もっと理解してくれる人はいないのかと嘆き、自分は独りだと被害者ぶった?
『すぐに終わる。すぐに終わるよ。』
助けてもらう事ばかり考えて耐える事は考えなかった。
助けてくれる友を求め、変わらずに微笑んでくれる友のことを見ていなかった。
「ずっと…逃げる事ばかり…」
どうして立ち向かわなかったのか…
逃げ続けたのか…
自分は…確実にそうだった。
昔、小学生のころ、夏休みの宿題を始業式の当日の日で全部仕上げた年があった。明日があるし…明日しよう…そう考えていたら…カレンダーは8月31日だった。その時、美奈子は物凄く自分を罵った。そしたら夜になっていた。罵る前にどうして宿題に取り掛からなかったのかと、また自分を罵った。そしたら、日にちが変わってしまっていた。泣きながら、一人で何とかしたのを思い出していた。母は明日も仕事だと早く寝てしまい、父は牧師だったのだが、明日が結婚式だとかで手伝ってくれなかったのだ。読書感想文は去年のを丸写しして、計算問題は全部電卓という最悪の状態だったが、それでも何とか間に合って泣きそうになった事を思い出した。そう、その時 全部一人でやり遂げた事に涙が出た。それが例えズルをしていても“自分は精一杯やれた”と思えた。
だから、その後早く寝てしまった両親を攻め立てると言うようなお門違いな事はしなかったのだ。
(宿題…)
ポツリと声に出さないくらいの声で言った。思えば、小学生の頃から“明日”に期待していた。いや、“明日”賭けていた。ぶっちゃけ、何も変わるはずはないのだ。自分が変わっていなかったのだから。昨日引き伸ばしたものを今日出来るわけがない…グルグルとジンクスは続いていくだろう。自分が変わらなきゃ“明日”に期待なんて出来ないのだと…美奈子はそう解った。結局、宿題をやり遂げたのは自分だったのだ。誰も手を貸してくれず…そうしてやっと自分らしさが出てきた。去年の丸写しとすべて電卓の答えが美奈子の“自分らしさ”らしかった。ちっちゃい人間だな…と失笑してしまった。
「無茶…してみます。」
そしたら、何か変わるだろうか…。自分らしい“生き方”が出来るだろうか?自分は何か変わるだろうか?宿題を夏休みの一番最初の日に終わらせられる子になれるのだろうか?
『大丈夫…』
唯の微笑む笑顔に美奈子はキュッと口を引き結び笑って見せた。
こんなに遠くに来てしまった…
「こんなに…遠くに…来てしまってから…ようやく解りました。たぶん、私はヒビキさんの言う通りなんです…。」
戦えばよかった。耐えてみればよかった。
こんなことになるなら。
こんなの…
『褒めてあげる!私が褒めてあげるからっ!美奈子は頑張ってたって!』
あんなに一生懸命戦わせようとしてくれていたのに…
「もう…褒めてもらえないですね…唯ちゃん…」
『また明日、学校でね。』
彼女は、待っててくれてたのだろうか…
あのいつもの場所で…
美奈子は号泣してた。けれど顔を上げてしっかりと言った。
「でも、今度は私、立ち向かってみます。現実と!もう逃げません」
ヒビキやケンやアキラが「うん」と頷いたのが解った。
今日は何度も泣いたが、今回の泪だけが温かかった。
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