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一話完結 お母さん、離婚すれば?
しおりを挟む「帰ったぞ、メシは外で食べた。疲れている、寝る」
夫が帰宅しましたが、夫婦の会話は、それだけです。
栗毛で、昔はイケメンでしたが、今では38歳のただのおじさんです。
私は妻のギンチヨ、33歳です。
男爵家の屋敷なのに、夜の室内は薄暗いです。明かりの魔法石を、十分に買えないためです。
「お父さん、帰ってきたの?」
一人娘のホタルが、部屋から出てきました。私と同じ色の銀髪が、薄暗い室内でも、輝いて見えます。
「お父さんは、王宮のお家騒動で忙しいそうよ、寝かせてあげてね」
国王陛下の後継ぎ問題で揉めて、子供のいない王弟殿下が遠い血縁者を養子にする事は本当ですが、初級文官である夫の職場は、まったく関係ないです。
「学園で、親との進路相談があるけど、どうしよう」
「お母さんが行きます、心配しないで」
娘は15歳で、王立学園の中等部に通っています。
「私、進学でいいの? 家計が苦しいのでしょ?」
「貴女の進学くらい、大丈夫よ」
この男爵家は、先代の借金の返済で、家計はとても苦しいのですが、娘に心配はかけれません。
「また、お酒とお化粧の匂いだ。お母さん、暴力は受けてない?」
以前、夫が酔って、私に暴力をふるった所を、娘に見られました。
「大丈夫」
笑って答えますが、大丈夫との答えが、一番大丈夫じゃないことを、私は知っています。
今では、家庭内別居の状態ですが、新婚当初は、愛にあふれた生活でした。懐かしいです。出来ることなら、もう一度、愛のある、あの頃に戻りたいです。
「受験勉強が終わったのなら、もう寝なさい」
「は~い」
娘が自室に戻ります。
夫は、実家の兄の友人でした。
最初は優しかったのですが、男爵家のご両親が亡くなってから、荒れ始めました。
ご両親が、私に内緒で、夫に小遣いを渡していたのが、途絶えたのが原因のようです。
この小遣いを捻出するため、ご両親は借金をしており、積もり積もって、今の家計を圧迫しています。
私は、領地経営を一人で行うようになってから、借金があることを知りました。
少しづつ返済していますが、先行きは苦しいです。
メイドも、今や一人を雇うのが精一杯ですが、それも、あと4か月が限度です。
「お金が欲しい」
学園時代の同級生は、幸せに暮らしているんだろうな。なんで私だけこんな苦労をしているのか、涙が滲みます。
◇
「今日は、家庭教師の先生が来る日だから、準備しておきなさい」
娘の受験のため、家庭教師を雇い、週に3回、午後に勉強を教えてもらっています。
「お母さん、離婚すれば?」
「何を言っているの」
娘からの突然の離婚話に驚きました。
「叔父さんと偶然に出会ったの。お父さんのことを話したら、怒って、離婚させるって言ってた」
兄には隠してきたのに、どうしましょう。
「離婚すると貴族の生活が出来ないし、どうなるか分からないし、お母さん、怖いのよ」
シングルマザーになって、幸せになれるのは、一部の女性だけだと聞いたことがあります。
「私が、家庭教師のオジサン先生と結婚して、生活を支えます」
娘が、突拍子の無いことを言い出しました。
オジサン先生は、学園時代に同級生だったクロガネ君で、男性なので、令嬢には教えられないと言われましたが、無理に、しかも安価で引き受けてもらっています。
「変な事、言わないで」
女性は16歳になれば結婚できますが、娘は高等部に進学し、もっと素晴らしい令息と結婚してもらいたいと思っています。
オジサン先生のクロガネ君は、私と同級の33歳、バツイチの独身です。
彼も私も、親の決めた相手と結婚しました。
彼は、婿に行った先で、妻に浮気され、さらに屋敷を追い出されたと、噂になっています。
学園時代、黒髪でイケメン、伯爵家令息のクロガネ君は、最初はモテましたが、まじめで面白みがないし、婿先を探していることが判ってからは、令嬢から見向きもされなくなっていました。
でも、私の銀髪を上級貴族からからかわれた時、助けてくれたのは彼です。
急な雨の日に、一緒に雨宿りして、彼と将来を語り合ったのが、私の最高の思い出になっています。
一度、名前を書かない恋文を、彼のカバンに入れました。今でも恥ずかしい思い出です。
◇
「ギンチヨ、離婚だ。これにサインしておけ」
夜に帰ってきた夫が、突然、1枚の書類を出してきました。薄暗い室内でもわかります、離婚届です。
「どうしてですか?」
「お前への愛がなくなった」
愛が無いのは私も同じですが、突然すぎて、考えがまとまりません。
「ホタルは、どうするのですか」
「あいつは、お前にそっくりで、不愉快だ。一緒に出ていけ」
貴方の子供ですよ! なんてことを言うのですか。
「あと4か月、待てませんか。ホタルが進学して寮生活ができるまで」
「待てない、すぐに出ていけ」
取り付く島もありません。
真っ暗な外は、音もなく霧雨が降っており、部屋の温度が一気に下がり、寒いです。
明日、私は屋敷を出ていきます。
◇
雨上がりの翌朝、娘とメイドに、離婚を切り出されたことを話します。
二人とも、意外と冷静に話を聞いてくれました。
「奥様、実は旦那様のことで、隠していたことがございます。旦那様は浮気をしていらっしゃいます」
メイドが、驚きの話を明かしてくれました。
メイドは、夫と浮気相手の連絡を取り次いでいたそうです。相手の夫人は結婚しており、夫は、ただの遊び相手で、金づるにしか思われていないこと。
また、貢ぐお金を工面するため、王宮に出入りする業者と癒着していることを、教えてくれました。
メイドも、私たちと一緒に、屋敷を出るそうです。
「教えてくれて、ありがとう」
メイドに感謝します。
もうこれで、夫に未練は全くありません。
◇
「クロガネ君、実は……」
午後に、家庭教師のオジサン先生が来ましたので、娘と一緒に事情を説明して、契約を打ち切りたいと申し入れました。
離婚を経験しているクロガネ君から、離婚調停してはと、アドバイスがありました。
でも、男爵家に残っている貴族としての最低限の宝石類を、私への慰謝料と養育費として受けとり、すぐに屋敷を出ることにしました。
私が家計を握っているので、帳簿に記載するだけで、いくらでも私財を持ち出すことができるからです。
「では、書類にサインします」
こんな紙切れ1枚で、離婚が成立するのですね。
私は、恋文を書いた時のように、丁寧な字でサインしました。
私のサインを見て、なぜか、クロガネ君が驚いて、上着の内ポケットに手を当てました。
「先生、私と結婚してください!」
娘が、突然、クロガネ君に逆プロポーズしました。
このハートの強さは、誰に似てしまったのか。
「ホタルさん、申し訳ない。俺には心に決めた女性がいることを、今、思い出した」
クロガネ君は驚いて断りましたが、若い令嬢に対して、もう少し言い方というものがあると思います。
「そうだ、俺は、王宮でのお家騒動に巻き込まれ、養子になることが決まって、アパートから引っ越すんだ」
「アパートには、4か月先までの家賃を払ってあるから、とりあえず、そこに二人で住めばいいよ」
「お母さん、ラッキーだね、そうしようよ」
アパートを決める時は、ちゃんと下見をしてから……でも、義姉のいる実家に転がり込むより、いいかも。
「そうね、クロガネ君に甘えましょうか」
私が決めると、空が晴れて、気持ちの良い光が、室内を明るくしてくれました。
クロガネ君が、光をまとって、輝いています。学園時代も、彼は私にとって輝くナイトでした。
あの頃に戻れたら、どんなに良いことでしょう。
彼が、内ポケットから、何か取り出しました。
「苦しい時、俺はこれを見て、自分が生きる希望としてきた」
「この手紙が、ギンチヨ嬢からの手紙ではないかと思い、ずっと大事にしてきたんだ」
それは、私の書いた恋文です。
「さっきのギンチヨ嬢のサインを見て、これは貴女からの手紙だと、俺は確信した」
クロガネ君が、私の前で片膝をつきました。
「お母さん、プロポーズよ、返事して」
その後、私は気を失っていたから、よくわかりませんが、目が覚めたら、そういう話がすっかり出来上がっていました。
娘から「おめでとう」と言われて、もう一度気を失って、気がついたら、クロガネ君の顔が、目の前に近づいてきました。
━━ FIN ━━
【後書き】
お読みいただきありがとうございました。
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