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しおりを挟む雨の音が聞こえている。
満ち足りた眠りの中におれはいた。
今までの苦労が嘘のようだ。
あんなにも眠れなかったのに。
雨の夜が怖かったのに。
眠れなかったのは寂しいから。
怖かったのは、ずっと、ひとりきりだったから。
誰もいない家の中でたったひとり、帰って来ない家族を待つのにはもういい加減慣れていてもいいだろうに。
父親は海外赴任、母親は顔も思い出せないくらい昔に出て行った。父親とふたりで暮らしていたはずの家は、滅多に帰ってくることのない父親を待つ間──いつのまにかひとり暮らしも同然の家となって、おれをもっと寂しくさせた。
いつまでも慣れなくて。
いつまでも──これがずっと、続くのだと思ってた。
朝、起きたら。
傍にまだ、いてくれるんだろうか。
あれが夢だったら…
どうしようかな。
「…──」
目を開けるとおれは櫂を抱きしめていた。
おれの胸に顔を埋めて眠る櫂の髪からは、おれと同じ匂いがした。
***
校舎の廊下の奥、窓を開けて下を見ている人がいた。
保健医の能田先生だ。あだ名はのんちゃん。窓枠に頬杖をついている。
風に、白衣の襟が揺れていた。
「先生」
視線がこっちを向いて、風間くん、と俺の名を呼んだ。
「生徒会?」
「まーね」
無理矢理押し付けられた生徒会長の役もあとちょっと。
何を見ているのだろうと開いた窓の横から覗き込む。
「何見てんの?」
窓の下はグラウンド、花壇、離れの美術室に繋がる渡り廊下。休み時間だから、たくさんの生徒がいた。同じクラスのやつもいる。
あ、来吏人と櫂がいる。グラウンドの隅っこでふたりで楽しそうに話していた。
昼飯を外で食べていた。へえ、あいつらあんな仲良いんだ。
「んー? 最近めっきり来なくなっちゃった子がいてさ」
「へえ、保健室? あ、不登校とか?」
たまに教室に入るのが苦痛に感じる人がいて、そういう生徒は保健室で授業を受けて帰ると聞いたことがあった。
俺はまだそういう人に会ったことはないけど。
「違うよ、不眠症でね。おうちで眠れない子だったんだ。だからほとんどいつも保健室で眠ってた」
「ふーん」
それは大変そうだな。
「俺なんか家じゃ寝まくってっけどなあ。…へー、そういう人もいるんだ」
「いるよ。みんな何か抱えてる」
そういうもんか。
少しして、くすっと先生は笑った。
「でもきっと、もう良くなったんじゃないかな」
「ふーん」
冬の日にしては暖かい風が吹いていた。
ふと、俺は思った。
「…先生、寂しいの?」
「え?」
振り返った先生の目はきょとんと大きく見開かれていて、見ていた俺と目が合った。
あれ?
先生の目って…
「…馬鹿だな」
先生はどこか仕方なさそうに微笑んだ。
「嬉しいに決まってるだろ」
そう言ったって、寂しそうにしか聞こえないんだけど。
先生が笑うから、俺も笑った。
***
バス停で並んで待っている。
「もうなんで…さっきまでいい天気だったじゃん」
たった5分出るのが遅れただけで、ぽつぽつと雨が降り出していた。
「櫂が! 出るの遅いからだぞっ」
「あー悪かった悪かった…」
帰り際に忘れ物をして教室に戻ったことにお怒りのようだ。
「ほら、じゃあ俺が傘持つから」
「あたりまえ」
来吏人の手から傘を取る。
差しかけた傘の影に花の匂いがする。
バスはまだ来ない。
どうせまだ、きっと来ない。
なあ、と来吏人が俺を振り向いた。
「今日もうち来──」
傘で覆う。
世界が隠れた隙に、俺はその唇にキスをした。
行くに決まってる。
ずっと、いつも、雨を待ってたんだから。
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