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番外編
笑ってはいけない司城家21時
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ハロウィーンの夜、屋敷を囲む古木たちは「俺たちの見せ場だ!」と言わんばかりに、関節が鳴るのも構わず激しくツイストを踊っている。枝の隙間をすり抜ける風は「ツクパッ、カッ!」と、ボイパの練習に余念がない。それらは威嚇というより、全力のアンチエイジング・エクササイズだった。
21時頃、司城家の屋敷にチャイムが鳴り響いた。家政婦はちょうど帰るところだったが、予期せぬ来訪者に予定を狂わされた。
「夜分遅くに悪いね。絢さんはいるかな?」
玄関を開けた瞬間、家政婦の安曇は後ずさった。そこに立っていたのは、「歩く顔面と才能の無駄遣いピアニスト」───もとい、天才イケメンピアニストの黒瀬晴臣であった。
「どういったご用件でしょうか」
「ただ単に遊びに来ただけだよ」
「はぁ……少々お待ちくださいませ」
安曇はリビングへ駆け込んだ。ちょうど響介がピアノに向かって情熱的な演奏を繰り広げている。それを眺める絢は、もはや「話しかけたら即極刑」と言わんばかりの恍惚とした表情だ。
演奏を止めれば絢の逆鱗に触れ、止めなければ玄関の残念なイケメンが発酵し始める。
「絢の不興」か「黒瀬の襲来」か。究極の二択を前に、安曇は決死の覚悟で声を上げた。
「失礼いたします! お二人の芸術的な時間に泥を塗る覚悟で申し上げますが……玄関先に、ボイパの風よりも騒がしいオーラを纏ったピアニスト───いえ、黒瀬さまが、『遊び』だと言って居座っております!」
「黒瀬さんが……?」
「はい。玄関でお待ちいただいておりますが……どうなさいましょう」
「そうですね……。取り合えず中へ通してください」
表情ひとつ変えぬまま放たれた絢の声には、足元に生ゴミが転がってきたかのような冷徹な嫌悪が滲んでいた。
「ああ、それと安曇さん。彼を家に上げる際にはアレをお願いしますね」
「かしこまりました」
玄関で待っていた黒瀬の元に、安曇がやってくる。
「お待たせいたしました、黒瀬さま」
言いながら安曇は、黒瀬に巨大な透明ビニール袋を差し出した。黒瀬は変な顔をした。
「なんだい、これは?」
「防護用ビニールです。絢さまからのご指示ですので、これに入っておあがりください」
「ふん……まったく彼女の潔癖にも困ったものだな。仕方ない、着てやろう」
透明なビニール袋に包まれた黒瀬がリビングに入ってくる。彼はビニールのカサカサ音を立てながら、ソファにちょこんと座った。絢が彼を一瞥し、満足げな顔を浮かべる。
「それなら少しは空気の汚れもマシになりますね」
「おい!君は一体、人をなんだと思ってる?」
「言葉通りの意味ですよ。あなたから発せられる『俗世の塵』と『無駄なフェロモン』をその袋の中に100パーセント封じ込めてほしいと言っているんです」
「なんだと?!せっかく来てやったっていうのに、人を馬鹿にするのもいい加減にしたらどうだ?」
「あまり喋ると窒息しますよ」
「…………。空気穴をあけてもらってもいいかな?」
「それでは意味がないじゃありませんか」
「君は俺を殺す気か!」
絢は黒瀬を無視し、ピアノの前にいる響介に呼びかける。
「霧生さん、おもてなしに何か弾いてあげてください」
響介は『仮面舞踏会』を弾き始める。だが彼は、さっきからビニールを被った黒瀬の恰好が気になって仕方がない。
(絢のやつ……なんで黒瀬にビニールなんて着せてんだ?)
あまり見たら集中力が途切れることはわかっていたが、カサカサ音が気になって、つい彼は黒瀬を直視してしまった。ビニール袋の中で蒸れて曇り始めた黒瀬が映り込む。
(……ダメだ!集中できねぇ!あいつ、袋の中でめっちゃ怒ってるけど、なんかシュールすぎてもう、無理だ…!こんな状況で仮面舞踏会弾くとか、マジで無理ゲーだろ!)」
響介は笑いを堪えるのに必死で、曲が不協和音になってしまうほどミスタッチしたあげく、椅子から転がり落ちてしまった。しかしソファにいる二人は、響介そっちのけで会話をしている。
黒瀬はビニールの中で足を組み、モデルのようなポーズをとりながら自分に酔いしれていた。
「こんなビニールが似合う色男は、世界に俺一人しかいないだろうな(キリッ」
「そんなものが似合うようになったら、もう人間としておしまいですよ(クスクス…」
「君、この透明感のなかに宿る『美学』がわからないのか?遮蔽されることで逆に際立つ、俺の圧倒的な存在感が!」
絢は黒瀬を無視し、安曇を呼びつけた。
「安曇さん、アレを持ってきてください」
「かしこまりました」
ガラガラガラ。けたたましい車輪の音と共に、家政婦の安曇がリビングにやってくる。
「黒瀬さま、失礼いたします」
安曇は業務用スチール台車を、黒瀬の足元に滑り込ませた。
「な、なんだい。何をするつもりだ」
「ビニール袋の内側に結露が発生しております。このままでは司城家の高級ソファに水滴が滴り、シミになってしまいますので。さあ、こちらへ」
「…くそ、この俺を鮮魚扱いして!覚えてろよ!絢!」
「いいえ、あなたは産業廃棄物です」
「なにぃ!?よくもっ!よくもこの俺を侮辱したなっ……!」
「あまり叫ぶと窒息しますよ」
「……」
黒瀬は憤慨しながらも、窒息を恐れて台車の上に体育座りで収まった。
「安曇さん、その『カサカサ鳴る不燃ゴミ』を集積所──……は、遠いですね。玄関まで運んでください」
絢の冷徹な指示を受け、安曇は無表情にハンドルを握る。
「おい!そんなにスピードを出すな!袋の中で滑るだろう!……あっ、そうだ!俺が持ってきた菓子折り……っ、菓子折りだけは返せーーー!!」
段差を越えるたびに激しく揺れるビニール袋の中で、黒瀬の叫びは空しく響き、そのまま夜の闇へと運び出されていった───
21時頃、司城家の屋敷にチャイムが鳴り響いた。家政婦はちょうど帰るところだったが、予期せぬ来訪者に予定を狂わされた。
「夜分遅くに悪いね。絢さんはいるかな?」
玄関を開けた瞬間、家政婦の安曇は後ずさった。そこに立っていたのは、「歩く顔面と才能の無駄遣いピアニスト」───もとい、天才イケメンピアニストの黒瀬晴臣であった。
「どういったご用件でしょうか」
「ただ単に遊びに来ただけだよ」
「はぁ……少々お待ちくださいませ」
安曇はリビングへ駆け込んだ。ちょうど響介がピアノに向かって情熱的な演奏を繰り広げている。それを眺める絢は、もはや「話しかけたら即極刑」と言わんばかりの恍惚とした表情だ。
演奏を止めれば絢の逆鱗に触れ、止めなければ玄関の残念なイケメンが発酵し始める。
「絢の不興」か「黒瀬の襲来」か。究極の二択を前に、安曇は決死の覚悟で声を上げた。
「失礼いたします! お二人の芸術的な時間に泥を塗る覚悟で申し上げますが……玄関先に、ボイパの風よりも騒がしいオーラを纏ったピアニスト───いえ、黒瀬さまが、『遊び』だと言って居座っております!」
「黒瀬さんが……?」
「はい。玄関でお待ちいただいておりますが……どうなさいましょう」
「そうですね……。取り合えず中へ通してください」
表情ひとつ変えぬまま放たれた絢の声には、足元に生ゴミが転がってきたかのような冷徹な嫌悪が滲んでいた。
「ああ、それと安曇さん。彼を家に上げる際にはアレをお願いしますね」
「かしこまりました」
玄関で待っていた黒瀬の元に、安曇がやってくる。
「お待たせいたしました、黒瀬さま」
言いながら安曇は、黒瀬に巨大な透明ビニール袋を差し出した。黒瀬は変な顔をした。
「なんだい、これは?」
「防護用ビニールです。絢さまからのご指示ですので、これに入っておあがりください」
「ふん……まったく彼女の潔癖にも困ったものだな。仕方ない、着てやろう」
透明なビニール袋に包まれた黒瀬がリビングに入ってくる。彼はビニールのカサカサ音を立てながら、ソファにちょこんと座った。絢が彼を一瞥し、満足げな顔を浮かべる。
「それなら少しは空気の汚れもマシになりますね」
「おい!君は一体、人をなんだと思ってる?」
「言葉通りの意味ですよ。あなたから発せられる『俗世の塵』と『無駄なフェロモン』をその袋の中に100パーセント封じ込めてほしいと言っているんです」
「なんだと?!せっかく来てやったっていうのに、人を馬鹿にするのもいい加減にしたらどうだ?」
「あまり喋ると窒息しますよ」
「…………。空気穴をあけてもらってもいいかな?」
「それでは意味がないじゃありませんか」
「君は俺を殺す気か!」
絢は黒瀬を無視し、ピアノの前にいる響介に呼びかける。
「霧生さん、おもてなしに何か弾いてあげてください」
響介は『仮面舞踏会』を弾き始める。だが彼は、さっきからビニールを被った黒瀬の恰好が気になって仕方がない。
(絢のやつ……なんで黒瀬にビニールなんて着せてんだ?)
あまり見たら集中力が途切れることはわかっていたが、カサカサ音が気になって、つい彼は黒瀬を直視してしまった。ビニール袋の中で蒸れて曇り始めた黒瀬が映り込む。
(……ダメだ!集中できねぇ!あいつ、袋の中でめっちゃ怒ってるけど、なんかシュールすぎてもう、無理だ…!こんな状況で仮面舞踏会弾くとか、マジで無理ゲーだろ!)」
響介は笑いを堪えるのに必死で、曲が不協和音になってしまうほどミスタッチしたあげく、椅子から転がり落ちてしまった。しかしソファにいる二人は、響介そっちのけで会話をしている。
黒瀬はビニールの中で足を組み、モデルのようなポーズをとりながら自分に酔いしれていた。
「こんなビニールが似合う色男は、世界に俺一人しかいないだろうな(キリッ」
「そんなものが似合うようになったら、もう人間としておしまいですよ(クスクス…」
「君、この透明感のなかに宿る『美学』がわからないのか?遮蔽されることで逆に際立つ、俺の圧倒的な存在感が!」
絢は黒瀬を無視し、安曇を呼びつけた。
「安曇さん、アレを持ってきてください」
「かしこまりました」
ガラガラガラ。けたたましい車輪の音と共に、家政婦の安曇がリビングにやってくる。
「黒瀬さま、失礼いたします」
安曇は業務用スチール台車を、黒瀬の足元に滑り込ませた。
「な、なんだい。何をするつもりだ」
「ビニール袋の内側に結露が発生しております。このままでは司城家の高級ソファに水滴が滴り、シミになってしまいますので。さあ、こちらへ」
「…くそ、この俺を鮮魚扱いして!覚えてろよ!絢!」
「いいえ、あなたは産業廃棄物です」
「なにぃ!?よくもっ!よくもこの俺を侮辱したなっ……!」
「あまり叫ぶと窒息しますよ」
「……」
黒瀬は憤慨しながらも、窒息を恐れて台車の上に体育座りで収まった。
「安曇さん、その『カサカサ鳴る不燃ゴミ』を集積所──……は、遠いですね。玄関まで運んでください」
絢の冷徹な指示を受け、安曇は無表情にハンドルを握る。
「おい!そんなにスピードを出すな!袋の中で滑るだろう!……あっ、そうだ!俺が持ってきた菓子折り……っ、菓子折りだけは返せーーー!!」
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