色彩の処刑台

obbligato

文字の大きさ
24 / 25
番外編

笑ってはいけない司城家21時

しおりを挟む
 ハロウィーンの夜、屋敷を囲む古木たちは「俺たちの見せ場だ!」と言わんばかりに、関節が鳴るのも構わず激しくツイストを踊っている。枝の隙間をすり抜ける風は「ツクパッ、カッ!」と、ボイパの練習に余念がない。それらは威嚇というより、全力のアンチエイジング・エクササイズだった。

 21時頃、司城家の屋敷にチャイムが鳴り響いた。家政婦はちょうど帰るところだったが、予期せぬ来訪者に予定を狂わされた。

「夜分遅くに悪いね。絢さんはいるかな?」
 
 玄関を開けた瞬間、家政婦の安曇は後ずさった。そこに立っていたのは、「歩く顔面と才能の無駄遣いピアニスト」───もとい、天才イケメンピアニストの黒瀬晴臣であった。

「どういったご用件でしょうか」

「ただ単に遊びに来ただけだよ」

「はぁ……少々お待ちくださいませ」

 安曇はリビングへ駆け込んだ。ちょうど響介がピアノに向かって情熱的な演奏を繰り広げている。それを眺める絢は、もはや「話しかけたら即極刑」と言わんばかりの恍惚とした表情だ。

 演奏を止めれば絢の逆鱗に触れ、止めなければ玄関の残念なイケメンが発酵し始める。

「絢の不興」か「黒瀬の襲来」か。究極の二択を前に、安曇は決死の覚悟で声を上げた。

「失礼いたします! お二人の芸術的な時間に泥を塗る覚悟で申し上げますが……玄関先に、ボイパの風よりも騒がしいオーラを纏ったピアニスト───いえ、黒瀬さまが、『遊び』だと言って居座っております!」

「黒瀬さんが……?」

「はい。玄関でお待ちいただいておりますが……どうなさいましょう」

「そうですね……。取り合えず中へ通してください」

 表情ひとつ変えぬまま放たれた絢の声には、足元に生ゴミが転がってきたかのような冷徹な嫌悪が滲んでいた。

「ああ、それと安曇さん。彼を家に上げる際にはアレをお願いしますね」

「かしこまりました」


 玄関で待っていた黒瀬の元に、安曇がやってくる。

「お待たせいたしました、黒瀬さま」

 言いながら安曇は、黒瀬に巨大な透明ビニール袋を差し出した。黒瀬は変な顔をした。

「なんだい、これは?」

「防護用ビニールです。絢さまからのご指示ですので、これに入っておあがりください」

「ふん……まったく彼女の潔癖にも困ったものだな。仕方ない、着てやろう」

 透明なビニール袋に包まれた黒瀬がリビングに入ってくる。彼はビニールのカサカサ音を立てながら、ソファにちょこんと座った。絢が彼を一瞥し、満足げな顔を浮かべる。

「それなら少しは空気の汚れもマシになりますね」

「おい!君は一体、人をなんだと思ってる?」

「言葉通りの意味ですよ。あなたから発せられる『俗世の塵』と『無駄なフェロモン』をその袋の中に100パーセント封じ込めてほしいと言っているんです」

「なんだと?!せっかく来てやったっていうのに、人を馬鹿にするのもいい加減にしたらどうだ?」

「あまり喋ると窒息しますよ」

「…………。空気穴をあけてもらってもいいかな?」

「それでは意味がないじゃありませんか」

「君は俺を殺す気か!」

 絢は黒瀬を無視し、ピアノの前にいる響介に呼びかける。

「霧生さん、おもてなしに何か弾いてあげてください」

 響介は『仮面舞踏会』を弾き始める。だが彼は、さっきからビニールを被った黒瀬の恰好が気になって仕方がない。

(絢のやつ……なんで黒瀬にビニールなんて着せてんだ?)

 あまり見たら集中力が途切れることはわかっていたが、カサカサ音が気になって、つい彼は黒瀬を直視してしまった。ビニール袋の中で蒸れて曇り始めた黒瀬が映り込む。

(……ダメだ!集中できねぇ!あいつ、袋の中でめっちゃ怒ってるけど、なんかシュールすぎてもう、無理だ…!こんな状況で仮面舞踏会弾くとか、マジで無理ゲーだろ!)」

 響介は笑いを堪えるのに必死で、曲が不協和音になってしまうほどミスタッチしたあげく、椅子から転がり落ちてしまった。しかしソファにいる二人は、響介そっちのけで会話をしている。

 黒瀬はビニールの中で足を組み、モデルのようなポーズをとりながら自分に酔いしれていた。

「こんなビニールが似合う色男は、世界に俺一人しかいないだろうな(キリッ」

「そんなものが似合うようになったら、もう人間としておしまいですよ(クスクス…」

「君、この透明感のなかに宿る『美学』がわからないのか?遮蔽されることで逆に際立つ、俺の圧倒的な存在感が!」

 絢は黒瀬を無視し、安曇を呼びつけた。

「安曇さん、アレを持ってきてください」

「かしこまりました」

 ガラガラガラ。けたたましい車輪の音と共に、家政婦の安曇がリビングにやってくる。

「黒瀬さま、失礼いたします」

 安曇は業務用スチール台車を、黒瀬の足元に滑り込ませた。

「な、なんだい。何をするつもりだ」

「ビニール袋の内側に結露が発生しております。このままでは司城家の高級ソファに水滴が滴り、シミになってしまいますので。さあ、こちらへ」

「…くそ、この俺を鮮魚扱いして!覚えてろよ!絢!」

「いいえ、あなたは産業廃棄物です」

「なにぃ!?よくもっ!よくもこの俺を侮辱したなっ……!」

「あまり叫ぶと窒息しますよ」

「……」

 黒瀬は憤慨しながらも、窒息を恐れて台車の上に体育座りで収まった。

「安曇さん、その『カサカサ鳴る不燃ゴミ』を集積所──……は、遠いですね。玄関まで運んでください」

 絢の冷徹な指示を受け、安曇は無表情にハンドルを握る。

「おい!そんなにスピードを出すな!袋の中で滑るだろう!……あっ、そうだ!俺が持ってきた菓子折り……っ、菓子折りだけは返せーーー!!」

 段差を越えるたびに激しく揺れるビニール袋の中で、黒瀬の叫びは空しく響き、そのまま夜の闇へと運び出されていった───
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...