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第二幕

色黒サーファーボーイとアバンチュールな夜を過ごすんだから!

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 浜辺に立つマイクロビキニ姿の哲子を見て、高岡さんはしばらくフリーズしていました。

「どう?似合ってる?私の取って置きの勝負水着よ。これなら67歳の私でもビーチのイケメン達を悩殺できるわよね?」

とりあえず高岡さんは“黙殺”で返しておきました。

「さぁ、気合入れて行かなくっちゃ!色黒サーファーボーイとアバンチュールな夜を過ごすんだから!」

「ちなみにどんな戦法でいくの?」

「勿論、正攻法よ。相手の視界に入るギリギリの場所まで行って、目が合うまで見つめ続けるの。で、目が合ったらさりげなくウインク。これでイチコロよ」

「確かにイチコロかもしれないわね。別の意味で」

「なんですって?」

「ねぇ、哲子さん。やっぱりガツガツ行くのはよくないわ。今回は別の方法に変えてみない?」

「なによ。砂の城でも作りながらナンパされるのを待ってろっていうの?」

「いいえ。海に入って溺れたふりをするのよ」

「は?!」

「きっと泳ぎが得意なイケメンが助けてくれるはずよ。それがきっかけで仲良くなれるかもしれないじゃない?」

「そう上手くいくかしら…」

「物は試しよ」

「そうね…。きっと恋愛運もアップしてるだろうから、上手くいくかもしれないわね」

哲子は浮き輪を片手にいざ出陣しました。


「さて、どこらへんで溺れようかしら…。あ、あの人かっこいいわ!」

哲子は細マッチョでロン毛の色黒男子に目を付けました。

「女の連れはいなそうね。よし、決めた!」

哲子は浮き輪をはめて男性の近くまで泳いで行きました。男性はチャラそうな連れの友達とビーチボール遊びに夢中になっており、後ろにいる哲子には気付いていません。

「ま、このぐらいまで近付けば大丈夫でしょう」

哲子は浮き輪を外し、あらん限りの大声を出して手足をバタつかせました。

「きゃああ!溺れ死ぬ~!助けてぇ~!誰か~!」

とは言え、水深わずか一メートルの場所なので、ちゃんと立てば溺れ死ぬことはありません。

にもかかわらず、男性はすぐさま哲子を救いに来てくれました。

「大丈夫っすか?」

耳元で聞こえる爽やかな声。

頼もしい腕の中で、哲子はゆっくりと目を開けました。

そこにいるのは先ほどの色黒ロン毛細マッチョ男子――――ではなく、その友達のチャラそうな男性でした。

「あ…」

ノーマークの方に助けられ、哲子は若干うろたえていました。

しかし、よくよく見るとこちらも色黒細マッチョ男子に負けないくらいのイケメンでした。

これはこれでいいかと哲子は多いに満足し、さっそくアタックを開始しました。

「あああ…足がすくんで上手く立てないわ…」

「じゃあ、俺の腕につかまってください」

チャラ男はにっこり笑って、その青っ白い細腕を差し出しました。

「まぁ、優しいのね!」

哲子は遠慮の欠片もなく思い切りしがみつきました。チャラ男は大きくよろめきましたが、男の意地を見せてなんとか持ちこたえました。

「ありがとう、助かったわ。よかったら飲み物でも飲んでいかない?」

哲子はチャラ男をレジャーシートの上に半ば無理矢理座らせ、荷物の中から水筒を取り出しました。

「はい、どうぞ」

「じゃあ、いただきます」

冷たい麦茶だと思って一気に煽ったチャラ男はむせ返りました。実をいうと水筒の中身は青汁だったのです。

「グッ…ゲホッ!ゲホッ!」

「まぁ、大変!」

哲子はここぞとばかりに彼に体を密着させ、背中をさすってやりました。

「あの…私、岩倉哲子と申します。後日お礼をしたいので、よかったら連絡先を教えてくれませんか」

意外にも、チャラ男は嫌な顔一つせず連絡先を教えてくれました。

日澤皇潤ひざわこうじゅん。札幌市内の某私立大学の二年生で、現在彼女はいないとのことです。

「今日は日帰りで来てるの?」

「いや、ここから徒歩五分の“リッチナイト”ってペンションに泊まる予定で」

「まぁ、なんて偶然!私も今夜そこに泊まる予定なのよ!」

これはチャンスとばかりに哲子は猛アタックしました。

「ねぇ、皇ちゃん。今夜、私とアバンチュールな夜を過ごさない?」

「ああ~…そっすね~あはは…。俺は火遊びアバンチュールよりも水遊びの方がいいかな。あ、よかったら向こうで一緒にビーチバレーしませんか?」

皇潤は哲子からの強烈な一撃を何とか避けました。

「え~?私、球技って苦手なのよね~」

「大丈夫、当たっても痛くないっすから!」

皇潤はためらう哲子の腕を掴み、波打ち際まで引っ張って行きました。

そして、夕方まで二人でビーチバレーを楽しみました。
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