魔法の国のプリンセス

中山さつき

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幕間2

EP5:この身を焦がす炎の想い

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「どうしようどうしようどうしよう!!??」

 あんな化け物相手にどうすればいいの!? 見た目はただの女の子のくせに何よあの魔力は!?
 それにあの魔法……闇を生み出すあんな魔法は見たことない。
 逃げなくちゃ! そうよ逃げるしかないじゃない!! いくら朱雀の力を宿していたってあんなのに勝てるわけがない。そもそも朱雀の炎は再生や治療、浄化に特化している。戦闘向きじゃないのよ……。
 もちろんそれなりに身を守ることもできるけれど、戦闘特化の青竜があの扱いなのに私にどうにかできるわけないじゃない!
 それにリュートも精神的にダメージが大きくて役に立たないし、それもあいつにやられたからだし。

「あああああああああ!!!!!」

 最悪最悪最悪!! どうしてあの時喧嘩腰になったのよ!! シーラ様が連れてくるんだもの強いに決まってるのよ! それなのにシーラ様のそばにあんな女がいると思うと我慢できなくて……。
 私より胸が大きくて……私より可愛らしくて……私より……。
 悔しい……。ずっとシーラ様のそばに居たのに……。私が彼のお嫁さんになるはずだったのに……。
 悔しい……。
 私だって今はまだこんなだけれど成長すれば絶対……お母様のようになれるはずなのに……。
 あと三年……五年くらいあればきっと……。

「……スウォン様」
「何よ? 今忙しいのだけど?」
「そうは見えませんが……」

 少しは復調したのかしら。まだまだ本調子ではないけれどもいつもの小賢しい感じの喋り方。でもまだいつものリュートじゃない。あの女にしてやられたせいで生意気なキャラがすっかり形を潜めてしまっている。
 あれはあれで時々失礼だったけど、今の根暗な感じよりはずっといい。いくら得意の幻術を破られたからといってここまでショックを受けるものなのかしら? 何があったのか詳しくは言わないからわからないのよね……。

「すみません……でも天空王様がお呼びです」
「ハァ? お母様が? 何の用かしら?」
「用件は伺っておりません」
「わかったわ。行くわ」
「私室の方でお待ちです」
「……珍しい……」

 私室に呼びつけるだなんていつ以来かしら。


「よく来た。まぁ座れ」
「失礼します」

 私室の一角に備え付けられた応接用のスペース。来客用というよりは部屋の主人が寛ぐ為のスペース。

「久しいな。こうして二人で会うのはいつ以来か……」
「……シーラ様とお引き合わせ頂いた時かと」

 二年前のあの日。私は初めてシーラ様とお会いした。シーラ様は白虎族の時期当主であり、天空王の後継者候補でもあった。今後の成長如何によっては彼を天空王に、私をその妃にするつもりだと聞かされた。
 お互いに緊張したまま挨拶を交わした。その時彼が私に微笑みかけてくれた。たったそれだけの事で私は彼に一目惚れしてしまった。
 ……思えばなんて初々しかったのかしら。でもその恋は未だに覚めることなく私の心にある。知れば知るほど私の恋は深く大きくなっていく。

「はぁ……その口調なんとかならんか?」
「どういう意味でしょうか? 失礼があったのでしたら改めさせていただきます。どうぞ仰ってください」
「だからそれだそれ。なんで母と娘がそんな他人行儀な会話をする必要がある?」
「そう仰られましてもあなたは王です。私はその臣ですから当然かと……」

 私の返答に呆れたように天を仰ぐ。
 一体今更何を言い出すのか……。天空王の真意を測りかねる。どのようなおつもりなのか……?

「まったく……あいつの方がよっぽど娘っぽいではないかまったく……」
「あいつ……?」
「ん? ああ、キラリの事だ。ここ最近毎日あいつを呼びつけているからな」

 え!? どういう事!? なんであの女を……ああ……そうか。シーラ様の従者であり彼が妻にと望んでいるから……。私の居場所は……もう……。

「ほう……そんな顔をするようになったか……」
「ーー!」

 いけない。顔に出ていたみたいね。

「だがちょうどいい。お前もキラリに興味があるようだしな」
「ちょうどいいとは……?」

 とてもイヤな予感。天空王が……お母様があのようなお顔をされるときは決まってろくなことがない。

「キラリがお前と話がしたいらしい。この後一席設けてある。私の庭へ行って会ってこい。もう十分ほどしたらあいつもやってくるはずだ」
「はぁ!?」
「ククク……いいぞ。その表情。嬉しいじゃないか。最近は妙に澄ました顔ばかりで面白くなかったんだ。コロコロ変わる表情が可愛らしいというのにな」
「……失礼しました」

 私はとにかく平静を装った。

「つまらんぞ。私は母としてお前と話しているというのに……」
「……ありがとうございます。ですがそれでも私は天空王の臣下でございます。もちろん娘として嬉しい気持ちはあります……。では庭へ向かいます」
「堅いなぁ。誰に似たのか……。まぁあいつしかおらんがな」

 そうでしょうね。あなたかお父様かのどちらかとなれば私はお父様似でしょう。あの人も公私が全く別物ですからね。


 天空王の庭ーー空中庭園に行くとそこにはピンクの髪の美少女が待っていた。
 いなければいいのにと思ったけれど、やっぱりというか当然そんな事はなかった。
 少々田舎臭い感じの可愛らしいワンピースを着て……ああ、こちらに気が付いて立ち上がった。
 小柄だけど整ったスタイル。何を食べたらあんなふうに大きくなるのか……それにウエストの細さ。あの時見た彼女の姿は女の私でも惚れ惚れするような美しさだった。美貌と魅惑の体を持つ私の恋しい人の想い人……。
 シーラ様が好きになってしまうのも……嫌嫌だけど納得出来てしまう。
 ……やっぱり悔しい……。

「ようこそいらっしゃいました、スウォン様」
「お招きいただき光栄です……キラリ様」
「どういたしまして……というのも妙な話ですね。ここは別に私の屋敷ではありませんし、貴女を呼んでくださったのも天空王様ですしね」

 コロコロと鈴が鳴る様な……とでも称するのかしらね物語だと。凛とした澄んだ声。目の前の美少女から奏でられる声としては最高のものではないかと思わせられる。
 爪先から頭の天辺まで何処を見てもいくら見ても欠点らしいモノが見当たらない。完全無欠の美少女。そんな人が存在するだなんて……。
 いいえ! 性格はそんなに良くなかったわ! あの時私に嫌味を言ってきたもの。わかっていてイヤラシイ笑みを浮かべていたもの!!
 そうよ、外見はいいけれど内面が良くないのよ!

「どうぞ、お掛けくださいませ」

 丁寧に椅子を引いてエスコートされた。
 その上で手ずからお茶の用意をしてくれる。優雅さは感じるけれど、お茶を淹れるその仕草は慣れた人のものではない。あの時感じた気品のようなものといいやはりどこかのお嬢様なのか……。

「さぁどうぞ。温かいうちにお召し上がりください。クアラにお願いして少し分けてもらったの……あ、ごめんなさい、天空王様ね」
「……ありがとうございます……」

 どういう事!? お母様は普段名前で呼ばせているの!? そんな馬鹿な……。

「……怒らないのね? 貴女たちの王を呼び捨てにした事」
「……ぉ……天空王様がお許しになっている事を臣下である私がどうこう言える事ではありませんから……」
「あらそう? それなら良かったわ。クアラを様付けとかしたくなかったのよね」

 だからと言っても限度があるでしょうが!? やっぱり性格は良くないわねこの女。

「……やっぱり怒ってるんじゃ?」
「怒っていません」

 ただ単に呆れているだけです。こんな女のどこがいいのよシーラ様!! 見た目だけじゃないですか!? それともアレですか、シーラ様も男だからやっぱり見た目が……胸の大きな美人がいいんですかっ!?
 私だって……私だって! 私だって!!

「……ねぇスウォン様? ねぇったら」
「え、あ、はい? なんでしょうか?」

 いけない! ちゃんと話を聞かなくては。

「だから、シーラ様の事好きよね?」
「え、あ、はい……!?」

 思わず返事をしてから聞かれた内容を理解してーー!?

「何を!? あ、今のは違います! えっと、その……生返事というか、相槌というか……私の返答ではなくてですね……」

 ああっ!! ダメだ!! こんな事では乗り切れない!!

「別にいいわよ? 隠す必要もないし、今の質問……というか確認というか、あなたが好きという事を私が知っていますよ。という話なので、誤魔化さなくて大丈夫ですよ?」

 どういうつもりなの!? この女は一体何をしようというの!?

「そんなに怖い顔をしないで。私はあなたの事も気に入っているのよ? だから私がいない間の事を頼みたくって。それで今日は時間を作ってもらったのよ」
「ーーいない間?」
「そう。私がいない間の事」
「どういう事!? シーラ様を放っておくつもり!?」
「ちょっと、落ち着いて。それを今からお話しするのだから……」

 落ち着けって、私は落ち着いているわよ!?
 だいたい夫を放っておいて妻であるあなたは何処へ、何をしに行くというの!?
 新婚ーーくっーー。
 ええ、新婚よ! それが何よ!!
 シーラ様よりも優先することがあるとでもいうつもり!? そんな事は許されない!!

「思ったよりもいいわね……」
「何がいいのよ!?」

 思わず強い口調になってしまったけれど、私は悪くない。薄っすらと笑みを浮かべているこの女が悪い!!

「あなたがよスウォン様。回りくどい事はやめて率直に言うわね。あなたにはシーラ様の側にいてもらいたいの。私がいない間彼を一人にはできないでしょう? 誰かが側で支えてあげなくてはいけないでしょう? でも私は当分彼の側にはいられない。だから……私がいいと思う誰かに側にいて欲しいのよ」

 この女は何を言っているの? 彼を支える役目を彼を好きな私にしろと? しかも恋敵……にすらなれなかった私にその当人の代わりをしろと!?

「ふ……ふざけーー」
「ふざけてなんてないのよ。私は本気で言っているの」

 私の怒りの言葉をこの女は有無を言わせぬ口調で遮った。私の怒りを搔き消す威圧感に声が出ない。でも……だからって……私だって……!

「ーーあなたは……あなたは彼の相応しくない!!」
「そうかも……しれないわね……」

 なっ!? なんでよ!? なんなのよ……どうしてそんな顔をするのよ……。

「それでも……私は彼のことが好きよ? 私のこの気持ちが彼を男性として、生涯の伴侶として好きか……愛なのかはわからないけれど、間違いなく好きよ。あなたの彼を思う気持ちはどうかしら?」
「ーーッ! 好きよ! 好きに決まってるじゃない!! 彼に初めて会った二年前から彼のことを、彼だけが好きなのよ!! その想いはあなたには負けないわ!! 彼を放って何処かに行こうとするあなたには絶対に負けない!!」
「……それでこそ私が睨んだ通りよ。あなたを選んだ私の目に狂いはなかったわね。そんなあなただから彼の側にいて欲しいのよ」
「意味がわからないわ!! 何がしたいの!? あなたが側にいればいいじゃない!! 私は……私は彼に求められていないわ!!」

 ああっっ!! 悔しい!! わかってるのよ!! 私だってわかってるのよ……彼が欲しいと思ったのは私じゃなくてこの女だって……目の前で儚げに微笑むこの……この綺麗な人だって……。
 うぅっ……。

「……例えば……あなたならシーラ様の側にいる為にシーラ様の事を見捨てられる? 実際にはありえない事だけれど、例え話だから理解してね? さぁ出来る?」
「………………出来ない。出来るわけないでしょ!? でもそんな事は現実にはありえないわ? ありえない例えなんて無意味よ!」
「そうね。でも言いたい事は分かるでしょ? 私は自分が幸せであれば他はどうでもいい……そう言う選択肢は選べないの。天秤のもう一方には自分自身と愛する人の幸せを乗せても釣り合ってしまうものが乗っているの……。だから……私は行かなくてはいけない」
「そんな……そんなの……」

 どうしようもないじゃない!?

「シーラ様は……知っているの?」
「もちろんよ。彼はすべき事を成し終えたら帰ってきて欲しい。そう言ってくれているわ。だからそれまで私の代わりに私と同じくらい彼を愛してくれる人に側にいて欲しいの……」
「まるっきりただの身代わりね……でもシーラ様のお気持ちが変わる事だってあるわよ? それでもいいの?」

 多分ないでしょうけれど。それでも僅かに目の前の彼女は表情を変えた。ただし、私が思っていたのとは違う表情に……??

「うふふ……やっぱりあなたを選んで良かった。最高ね。別にあなたが彼の最愛になってもいいし、ならなくてもいいわよ。自信? いいえ。そうではないの。二人一緒にシーラ様のものになりましょう?」
「ハァッ!? ナニ……言ってるの……?」
「何って王の伴侶が一人でなくてもいいのでは? 言ったでしょ? 私あなたの事も気に入ったって。今日話してみてますます気に入ったわ。だからあなたもシーラ様のものになりなさい。そして私がいない間彼を支えて欲しいの」

 確かに側室がいても問題はない。

「でも……」
「あら? あなたの愛はその程度で揺らいでしまうの?」

 ハァ!? そんなわけないでしょう!? 私が気にしてるにはシーラ様がどう考えているかということよ。あなたのような頭のおかしい女の話をシーラ様の考えとしていいのかどうか……。

「シーラ様にあなたの事を聞いたら恥ずかしそうに初恋の人だって言ってたわよ?」
「えっ!?」

 そんな……嘘でしょ……シーラ様も私の事を……嬉しい。

「それでどうするの? 私の提案を受けてくれる?」

 この女の考えに取り込まれるのは複雑だけれど……それでもシーラ様の側にいられるのなら……私はーー。

「……覚悟は出来たみたいね」
「ええ。最初はあなたの身代わりでも……いつか彼の心を私に向けて見せるわ! いいのよね!?」
「ええ、もちろんよ。……まぁそもそもそんな必要もないのだけれど……」
「何をボソボソ言ってるの!?」
「なんでもないわ」
「話はこれだけ?」
「ええ。ありがとう」

 お礼だなんて随分と余裕なのね……。いいわ。今に見てなさい。シーラ様の寵愛は私が頂くわ!!

「ーーという訳で早速今晩一緒に彼の寝室に行くわよ」
「ふぇ!?」

 えっ!? えっ!? 今晩!? 一緒に!?
 ちょ、ちょ、ちょっと待って!?
 寝室って……えええええええっっっっっ!!!!!

 嘘でしょぉぉぉぉっっ!!?? 私、私、初めてなのよぉぉぉぉっっっ!!!!!!!
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