魔法の国のプリンセス

中山さつき

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第四章:プリンセス、聖都に舞う

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「ん……」
「気がついたかね?」

 全身が気怠くて身じろぎひとつしたくない。体の奥にまだ熱いモノが残っていて少し疼きがある。
 世界樹に貫かれて逝かされて……張り裂けそうなのにとても気持ちが良くて……それで……それで……どうしたのかしら私?

「無理に動かない方がいい。かなり無茶をさせてしまったからね……生きているのが不思議なほどにね……」

 知らない声の小さく付け足した一言に急に思考がクリアになる。
 目を開けることすら億劫だったけれど、そういうわけにもいかない。今そばにいる誰かが私に危害を加えないとも限らない。
 落ち着いた優しそうな声だけれど、その声を私は知らない。

「……誰?」

 ゆっくりと目を開けて声のした方を見ると……世界樹の幹が見えた。場所は移動していない……。
 そしてその前に透けるような人影がある。ゴースト? どうにか体を起こす。でもダメね。これが限界。アレの影響で体がガクガクだわ……。

「警戒するなという方が無理であろうが……もう大丈夫だよ……。儂はこの木、世界樹でな……とは言え見ての通り今にも朽ち果てそうだがね……」

 世界樹だというこの人はゴーストのように向こうが透けて見える透明な体をしている。白っぽいローブを纏った仙人のような雰囲気。割とがっしりとした逞しい感じでお爺さん……というには違和感があるけれど、多分相当なお年よね……? 何せ世界樹だし……。一先ず害意は無さそう?

「狂っていたとはいえお嬢さんには済まないことをしたね……生きていてくれて本当に良かった」
「狂って……いた?」
 世界樹が? それは一体……?
「人族の王に呪いをかけられてね……儂はゆっくりと滅びているのだよ。あとほんの少しで消えてしまう所にお嬢さん、君がやってきた。回復魔法をかけてくれたね……ありがとう。お陰でほんの少し時間ができた」

 世界樹を蝕むような呪いを人族が? 何が目的なのかしら……? どちらにしろ碌な事では無さそうね……それなら、私なら出来る?

「解呪を……」
「いいや……もう手遅れだよ。私は近いうちに朽ちてしまう。鑑定しただろう? 膨大な魔力を持つお嬢さんでも回復できないほどに……儂は朽ちている」
「そんなーー」
「ほほ……ありがとう。あんな目に合わせたというのに儂の為に悲しんでくれるか……。最後に良い巡り会いに感謝せねばな……」

 お爺さんはそう言って青い石……? を差し出してきた。

「頼まれてはくれないかな? この次代の世界樹となる苗を」
「私に?」
「そう。お嬢さんに……。酷い目に遭ってもなおそんな相手のために悲しむことのできるお嬢さんに託したい……と言えば少し重いかもしれないね……だから、儂の最後に出会った偶然でいいさ」

 そっと私の手を取り青い石を渡される。手のひらにすっぽり収まるくらいの小さな石。サファイアの様な色をしたその石の中には二つの葉が開いた花の芽のような……とても小さな苗があった。これが世界樹の苗……。

「こんな大切な物を……私でいいのですか?」
「こういう言い方はどうかとは思うがね……誰にも託せずに儂は滅びてしまうと思っていたのだよ。もともと儂の周りには結界が張られていてね、普通の人は近づけないのさ……そこに人族の王が封印を重ねて誰も近づけぬようにしてしまった……その上更に儂の巫女であったエルフ族の者たちをも滅ぼしてしまったのさ。儂は……世界樹はこのまま人知れず滅びるしかないと思っていたのだけれども……」
「私がやってきた……」
「そう。封印も結界もものともせずにお嬢さんは儂の元へとやってきた。ただ、儂の方も長い間の呪いで狂ってしまっていてね……枯渇した魔力欲しさに襲いかかってしまった。本当に済まない……それでもお嬢さんに託したいのだけれど頼まれてくれるかい?」
「………………」

 世界樹の苗木……。そんな重要なアイテムをどうすればいいのか見当もつかない。もちろんこんなイベントはゲームにはなかった。俺くんの知識を総動員しても解決策は思いつかない。ただし、引き受けないという選択肢はない。
 私たちの持つ全ての知識と感情がそう言っている。だからーー。

「ーー私でよければお引き受けいたします。それで……世界樹様。この苗をどうすればいいのでしょうか?」
「儂が言うのもなんだけれどもね、世界樹とは特殊な木でね。その木が選ぶ場所でしか成長しないのさ。そしてそれは当の世界樹自身にしかわからん。だから……お嬢さんが肌身離さず持っていてくれればそれでいいさ。いつかどこかでその子が教えてくれるだろう……」

 それはまた難問ね……。世界樹の為にそれこそ世界中を旅するわけにもいかない。私の進む道のどこかでこの苗が求める場所があるといいのだけれど……。

「そう難しく考えなくてもいい。ただ持っていてくれればいいさ。そのうち世界樹が宿るに相応しい場所に巡り会える。儂がお嬢さんに巡り会えた奇跡のようにね……それでは儂の頼みを押し付けるだけ押し付けたようで済まないが、早々にこの地から離れたほうがいい。人族の王に見つかっても厄介だしね……それと……また儂が狂ってしまわぬうちにね……」

 世界樹は……お爺さんは私を諭すように優しい声で言いました。何故か無性にそれが悲しくて……。

「優しいお嬢さんだね。ありがとう。でも気にしなくてもいい。儂は十分に生きた。そして一時は諦めかけたその子を託す事も出来た。お嬢さん、君が儂に最後の幸せをくれたんだよ? どうか笑顔を見せてはくれないかな? 儂はその笑顔を胸に眠るとしよう……さあ……笑って、そして行きなさい」

 悲しみは晴れない。それでも私は今笑顔になるべきだ。ぎこちなくても、不細工でも。
 心を落ち着ける為に深い呼吸を繰り返す。
 世界樹を見送る為の笑顔を。

「さようなら、お爺さん……」

 満足してもらえる表情が出来ただろうか。

「ありがとう、お嬢さん。君に出会えてよかったよ」

 消え逝く世界樹の意志。
 薄れ逝くお爺さんの姿にーー。

「あーー世界樹様待って!」

 思わず声に出してしまった。

「どうかしたかね?」

 ふと思い出したここへきた目的。でも今ここでそれを言うとムードも何もかも台無しじゃないかしら? そうは思うのだけれど、世界樹が滅びようとしている以上私がその雫を得られる機会はもう今しかない。
 ここは実を取るべきよね!? タダで体をーーって代金を払えばいいとかそう言う事じゃないけど!!
 違うけど、目的を達するくらいはいいわよね!?
 ね!?
 自分の中の何かを説得するように繰り返して私は言葉を紡ぎ出す。

「世界樹様、雫を少し分けて頂けませんか? もしも、可能ならですけれど……」
「………………」

 お爺さんの表情が少し曇った……?

「い、いえ、違うんです! 別に苗を預かる為の交換条件とかそういうのじゃないです。雫を頂けなくても苗の事は私がお引き受けします!」

 そうまるで苗を託したかったら雫を寄越せ……みたいな感じになってしまうので慌てて言い繕う。いえ、本当にそういうつもりはないので、釈明するというか説明するというか……。

「本当に苗の事とは関係なくて……。そもそも私はここに世界樹の雫を求めて立ち寄りました。運が良ければ雫が得られるのではないかと思って……なので、もし分けていただけるなら……」
「……慌てなくてもいいよ。お嬢さんの心根は分かっているよ。儂が言い淀んだのわね……それはね……」
「それは……?」
「何というかね世界樹の雫というのはね……人間でいうところのアレなのさ……」
「アレ……ですか?」
「そうアレ……なのさ。つまりだね、もうすでにお嬢さんの体に大量に……その……注ぎ込んだというか……」

 言いにくそうにしていた理由がよぉ~くわかった。

「あ、はい! 世界樹様! いいです! わかりました!! ごめんなさい。せっかくいい雰囲気でお別れできそうでしたのに……私……台無しに……」

 本当に台無しだよ!? 言わなきゃよかったよ。言わない後悔より言う後悔とかいうけれどもさ、これはダメなやつじゃないかな? 絶対ダメだよ……。

「大丈夫。それも全部含めて儂はお嬢さんと会えてよかったよ……。いや変な意味じゃないんだよ? 死の間際にこんな心根の良い娘に出会えて儂は幸せだという事だよ……」
「お爺さん……」

 視界が涙に滲む。色々な感情が混ざって言葉にならない。

「お爺さん……」
「さあお行き。今度こそお別れだよ。さようならお嬢さん」

 世界樹の意志であるお爺さんは優しい表情でスッと消えていった。
 立派な世界樹の木。でももうそこには命の源たる生命力の輝きはない。永い永い年月を生きた伝説がもう間もなく終わろうとしている。
 手にした青い石を見つめる。この手に新たな世界樹がある。お爺さんはあんな風に軽く言っていたけれど、託された私の責任は重大だ。
 私に出来る最善を約束します。
 お爺さん……さようなら。
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