ランプの魔神を探して

穴澤空

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エピローグ

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 気が付くと、武蔵小山の於菟春の家にいた。手には古ぼけたランプ。横で眠っている住職の手元には、千夜一夜の古ぼけた本があった。
 どうにも現実離れしていたと思ったが、やはり夢だったのか。夢オチとはなかなかに使い古されているではないか。それとも、夢十夜のようにこのあとも続くファンタジックな夢なのだろうか。まぁどちらでも良い。しばしの間、思いがけず楽しい時間を過ごすことができたのだから。
 しかし。

「せっかくやったら、もっと市場とか見に行きたかったなぁ。お宝もあったんやし、金銀財宝、お金を持って買い物したら、きっと楽しかったわ」
「今度は中東にでも旅行に行くか?」

 私の独り言を受け止める形で、於菟春が言葉をつなぐ。

「起きとったんか」
「ああ」

 手元の本を横に置くと、於菟春がぐん、とのびをする。にゃあにゃあと、すぐ後ろにいた飼い猫の餅太郎が文句を言いに来た。

「モチごめん」

 片手で彼を抱き上げると、再びにゃあと鳴く。

「変な夢を見た」
「なんや君もか」
「もしかして──そのランプに関わるか?」
「同じ夢を見とったんかもな」

 於菟春が読んでいた千夜一夜の物語を指さす。彼らしからぬ本を読んでいるではないか。

「骨董市で見つけたんだ。向こうの文字なんだけど、これがまったくわからなくてな」

 手渡されたのでぱらりとめくる。アラビア語で書かれた物語に、美しい影絵のイラストが施されていた。

「君、アラビア語できたんやっけ」
「いや、まったく。右から左に読むことくらいは知ってるけども、正直怒られるかもしれないが、アラビア語とタイ語の区別もつかないんだ」
「なんで買おたんや」

 ふくふくと笑うが、買ってしまった気持ちはわからなくもなかった。とても美しい本だと思う。
 装丁もしっかりとしていて、子どものための絵本というよりも、大人が楽しむ為の本のように感じる。

「気に入ったならやるよ。持って帰ってかまわない」

 私がじっくりとページを捲っていることに気が付いたらしい。於菟春がそんなことを言ってきた。

「ええの? せっかくやし君が読み終わってからでもかまわんよ」
「読み終わるのは当分先だな。見終わったら渡すよ」
「それもそうやね。これはきっと読み終わるのは難儀な本やわぁ」

 おそらく下手な学問所よりも難しいだろう。なにしろ言葉がわからないのだから。

「魔法の力でもあれば、すぐに読めるんやろうな」
「まぁな。でもそれじゃ楽しくもなんともないだろう」

 目に入ったものが自動的に母国語に変換される。それはまるで便利なようにも感じるが、言葉がもつ一つ一つの意味を知ることが難しくなる。日本語にはない表現も、または日本語にしかない表現も、そのどちらも愛おしいと感じたいのだ。それが、言葉を操るという楽しさなのかもしれない。

「まぁなんでもええわ。そのうちもらいに来る」
「はないちもんめか」
「勝ってうれしいやつやな。あれは幼心に怖かった」
「人買いの歌だからな」
「──そう言えば、夢のあの時代はいつやったんかなぁ」

 魔神に聞いたところでわかったのだろうか。ペルシャ帝国の歴史を必死で引き出す。物語で見たり何かの歴史を調べた時のことはわかるのだが、全体像はなかなか浮かんでこない。

「ペルシャ帝国の最盛期はハールーン・アッ=ラシードのアッバース朝時代だった筈。だいたい八世紀くらいだな」
「そのころの日本は──鳴くよ鶯」「平安京」「それやな」

 長岡京からの遷都をして、貴族が曙は美しいなどと話していた時代か。どちらの文化が素晴らしいかという話ではないが、随分と雰囲気の違う八世紀ではある。もしも、あの時がその時代だったのならば、ではあるのだが。

「今の中東って旅行できるんかな」
「場所にもよるだろう」

 世界の緊張が高まっているのだ。仕方がない。

「そうやねぇ。いつか、俺たちが生きている間に平和な地域になったら、行ってみるのも悪くはないかなって思うわ。絨毯から見た人々の息遣いや、東西交易の熱、あれを肌で感じられたらきっと、最高なんやろうな」

 私の言葉に、於菟春も笑う。
 ふと目に入ったランプの蓋をついと持ち上げる。中は当然だが空洞。

「そう言えば、どうしてあの山にランプの精がおったんか、聞き忘れとったわ」
「遠い昔に封じられて、遠い昔に呼ばれたきり、長い時間を一人でいたから寂しかったんじゃないのか」
「それもそうやねぇ。結局出会った魔神の中で、彼だけ自由にしてあげれんかったな」

 ランプを逆さまにしてみる。中からころりと小さな青い宝石が転がり落ちた。

「ん? なんやろう」
「サファイヤだな。おもちゃだろう」

 それもそうだ。随分と大きな石でキラキラと輝いている。まるであのランプの精の肌の色のようだ。
 夕方の日差しに翳せば、美しい色が輝く。再びぽとりとランプの中に入れて蓋をした。

「それ、どうするんだ?」
「ふふ。ランプが哀しい気持ちにならんように、毎日使こてやることにするわ」
「ああ、悪くないな」

 私の言葉に、於菟春が笑う。
 そうして。
 にゃあと餅太郎も、笑った。

                          了



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