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柵(しがらみ)と自由と
232.お嬢様 其の三
しおりを挟む玄関ホールに響く、オペラ歌手のようによく通ったテノール声の方を見やると、領主様が大股で玄関ホールにやって来たところだった。
「ヒルデ!お前は、また妄言を言っているのか!」
「お父様!?痛いですわっ!」
眉間に皺を寄せてやってきた領主様は、お嬢様の腕を掴み引き寄せる。
そして、目線で執事さんを呼んだ。
「セドウェイ、ヒルデを部屋に連れて行きなさい。」
「いやっ!離して!だってコウラルは来てくれたのよ!」
「彼は、私が呼び出したから仕事で来ただけだ。お前に逢いに来たわけではない!」
この光景を見る限り、領主様は白。よって、推察①②は無いわけで。
目の前で繰り広げられる父娘の攻防を眺めながら、先程のお嬢様の発言を反芻する。
『ルートに乗った』
『嫌がらせを退けた』
・・・なんだろなぁ。
この人、転生者か、何かかなぁ。
乙女ゲーの中にでも、キちゃった、って思ってんのかなぁ?
まぁ、私は、ほぼほぼ、無双やFFやDQくらいしかゲームしてないし。
就職してから、血迷って同僚男子からメディア化もされた、PC版ギャルゲーは借りてヤった事はあったけど、それ2本くらいしかしてないから。
乙女ゲーは範疇外なんだよなぁ。
仕方がないので、よくネットで読んだ、悪役令嬢に転生した系のお話を思い返してみる。
・・・てか、ここは、乙女ゲーの世界なのか??
こちとら、そんなルート選択も何もかんも無縁で来てるんだけど。
てことは、少なくとも私はモブ。
彼女から見れば、こーくんは攻略対象?
まぁ、中身が転移者、性格が変質した、はありがちパターンだけどさ?
・・・うん、よく分からんな。
後で、カン君にも確認してみよう。
お嬢様は、何事かを喚きながら、執事さんと、護衛らしき男性に連れていかれた。
領主様は、その姿を見やると、私達の方に向き直る。
「コウラル君、すまない。あの子のことは気にせず帰ってくれて構わない。」
「あ・・・はい。しかし・・・ヒルデ様に何があったのですか?」
こーくんの問いかけに、領主様は大きな溜息を吐く。
「私にも分からんのだよ。“必ず君が戻ってくる。迎えにくる。” コレばかり繰り返していてなぁ。・・・その他の社交や、何やらについては問題がないもので、なぁ・・・まぁ、詳しくは邸に戻ってから、グレイドに聞いてくれ。大概の事情は彼と共有している。全く、君に聞かせるまでもないと思っていたのだが・・・さ、早く行った方が良い。」
領主様はそう言って、私達に帰るよう促した。
みんな、それ以上は踏み込めず、黙って玄関を出る。
「それでは失礼します。」
「追い立てるようにして、悪いね。娘には、君達の邪魔はさせないようにするから。」
「はい。」
そのまま、玄関外に止められていた馬車に乗り込み、出発する。
すると、すぐにカン君が結界を張った。
「【 完全遮音 】。・・・あのですね、邸の敷地出て、一番近い飲食店で降ろしてもらって良いっすか?」
「どうした?」
師匠が、ピクリと片眉を上げる。
「アソコにアルを置いてきたので、あんまし遠い場所に行きたくないな、と。」
「・・・はぁ?」
「いや、お嬢様がちょーっと気になったんでね。俺らの活動の安寧のためっスよ。ある程度情報集めたら、戻したいんで、いっすかね?」
呆気に取られる私達を傍目に、つらっと返す。
と、いうか、カン君もあの発言に引っかかっていたんだ。
思わず顔を見ると、に、と笑顔を見せてくる。
うん、抜け目ないっつーか、なんつーか。どんどん腹黒になって頼りになるわぁ・・・ちょっと複雑。
「お前恐ろしい奴だなぁ。完全に諜報員じゃねぇか。・・・まぁいい。平民街に入れば、ミッドランド支部の出張所がある。俺も行くから、ギルドに用事って事にしとけ。」
ロイドさんは、何だかんだで面倒見がいいなぁ。苦労人だわ。
「俺はどうするかな、コウとリンはまっすぐチェスター邸に行くのか?」
「いえ、『銀糸の館』に行くつもりでした。」
「私は何にも。カン君とこーさんが別行動なら、どっちかと一緒の行動ですね。」
「そうしたら、俺も護衛に回った方が良さそうか。」
師匠は腕組みをして、そんな事を言う。
とりあえず、ロイドさんとカン君は出張所に向かい、私達は3人は、昨日もお世話になった『銀糸の館』に出向く事になった。
「しっかし、まぁ。お前らよくもあんなに口から出まかせ言えたもんだなぁ?」
不意にロイドさんが話を向ける。
「え?設定しとけって言ったのロイドさんでしょうが。」
「いや、当初聞いていた設定に無いものも言いだすからヨォ。詐欺師にでもなれそうだな、と。」
「失敬な。俳優と言ってもらいたいですね。キャラ付けに深みを持たせただけじゃないですか。まぁ、実際に、父と兄も居ますけど。ふつーの会社員、ですが。」
あまり連絡は取ってないけどね?
家族関係希薄だからなぁ我が家。
便りがないのは元気な証拠的に。
「まぁ、カン君が被せてくるとは思ってなかったけどさ。」
「いっつもイズマさんとリンさんがやってるロールプレイ、面白そうだったんで。昨日も、リンさんとコウさんでイチャつくし。師匠も悪ノリしてるし。だから、俺も頑張ったスよ。」
そう言って、カン君はニンマリと笑う。
・・・お、おぅ。
何か、彼の背後に、黒いモノが見えた気がした。
そんなこんなで話をしながら、ギルド出張所前でロイドさんとカン君が降り、昼3の刻辺りでまた迎えに来る事に。
私達は『銀糸の館』に再度入り、こーくんがオーナーさんと話している間、お針子さん達に正装のデザインのことを確認されたり、普段着の仕入れでまた店員さんともちゃもちゃしたり、師匠が私用にとガーリーなワンピースを買おうとしてるのを止めたり、何やかんやカオスに過ごした。
ふと、防具を見てみたくなり、こーくんと師匠に聞いてみた所、武器防具の鍛冶屋さんがあるので、街ブラしながら連れて行ってくれることに。
品揃えも豊富だったけど、イサカ爺がメンテしてくれている今の鎧の方が性能が良いという、鑑定さん評価だった。
じーちゃん、ハイスペックだったんだなぁ。
「王都の方に、持ち込んだ素材で防具を作ってくれる所もあるよ。」
少しがっかりしていたのがバレたのか、くすり、と笑いながら、こーくんが教えてくれる。そか。その方が用途に合わせて作ってもらえるのかな。
結局そこでは使い捨て出来そうな短剣を5本程買う事にする。
あとは、鎖帷子のような防具があったので、一応購入。
正装時に、中に着込めば良いかなと、カン君の分も買っておくことにした。
その後は、また街ブラを続け、適当に屋台で買い食いし、ギルド出張所へ向かう。
出張所の扉を開けたら、休憩所スペースで机に突っ伏していたカン君がいた。
「乙でーす。」
人の気配で目線だけ向けてきた、何処か疲れ果てたカン君は、私達を認識すると、突っ伏したまま右手をあげる。
頭の上にいるアルも、何処かゲンナリした様子だった。
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