暗香浮動 第一章

澪汰

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やっと聞こえてくる、

やっと聞こえてくる、#01

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「よっ、雨月。久しぶりだな、元気だったか?」

 ある日、演目を終えたらしい弥彦が手伝いに来ていた雨月に声をかけて来る。

「……京さん、お久しぶりですね。お疲れ様でした」

 雨月は弥彦の姿を捉えると、露骨に眉をしかめて見せる。

「……そう嫌そうな顔されると、お兄さん傷付くなー……」
「私にこういう顔をさせているのは、あなたが原因じゃないですか」
「…………」

 原因に思い当たったのか、今度は弥彦が眉をしかめる番だった。

「……あー……、その……悪かったよ。お前はもう、時雨に話してるもんだとばっかり」
「……兄さんにはいずれ話すつもりでしたし、バレてしまったものは仕方ありません」

 遠回しに『もう怒ってはいません』という主旨を伝えながら、雨月は弥彦に向き直る。

「それで……私に何か用件があったのでは?」

 今や弥彦はこの歌舞伎界になくてはならない存在。そんな弥彦が腐れ縁とはいえ、演目終わりに観客の目を憚らず、土産物屋で店番をしている自分に話しかけて来るなど本来ならあり得ないことだ。現に二人の周りにはすでに、多くの観客が弥彦の姿を一目見ようと集まってきていた。

『……人気者はつらいね。俺には重たすぎるよ……ほんと』
「……何か言いました?」
「いや、なんでも。それより、雨月。話がある、こっちだ」

 弥彦に連れられてやってきたのは、とある居室。

「人払いは済ませてある。ここでの話が、外に漏れる心配はないから安心していい」
「……穏やかな話ではなさそうですね」

 今部屋にいるのは雨月と弥彦の他に、もう一人だけ。その顔には見覚えがあった。弥彦と同じく、今やこの歌舞伎界になくてはならない存在で、生粋の女形―― 伊坂いさか 千景ちかげ

「東雲雨月くん、君の事を少し調べさせてもらいました」
「…………」
「……千景さんは、ここ最近お前さんが通ってる陰間茶屋の出だよ」

 少し張り詰めた空気の中、いつの間に用意したのか酒を片手に弥彦が教えてくれる。

「歌舞伎界では女形の演者を、茶屋に送り込んで修行させたりする。逆にただの男娼を引き抜いたり、な。千景さんは、その後者ってわけだ。先代が、身請けしてきた」
「以後お見知りおきを。……それで話を戻しますが、その陰間茶屋で少し気になることがありまして……」

 そう言って千景はあることを話し始めた――
 なんでも蛍がいるあの見世は、前々からその界隈ではよくない噂が多かったらしい。そして噂のほとんどは、事実だった。素質のある子供を攫って男娼に仕立て上げたり、客から相場以上の金額を巻き上げたり、人手不足などを理由に外出は疎か、身体の調子が悪くても医者にすらかからせてもらえない。それでも、千景が京家に身請けされた際、京家が圧力をかけたことによって一旦噂は影を潜めたという。

「けれど……、最近になってまた噂を耳にするようになったんです」
「つまり、雨月。お前がどれだけ金を稼いでも、身請けさせてもらえないかもしれないってことだ。それどころか、お前より羽振りがいい奴がいれば、そっちに売られる可能性だってある」
「……っ」

 そういう可能性を今まで考えて来なかったわけではない。それでも実際言葉にされてしまうと、途端に不安になってくる。

「見世にいる者から先日手紙が届きました。最近毎夜、水野蛍くんを買い付けようと通い詰めている者がいるそうです」
「……っな!?」
「まだ買い付けられてはいないそうですが、次の期日には間違いなくその方に蛍くんは売られてしまうでしょう。貴方が買い付けを申し出れば、おそらく今の倍は金銭を要求されるはずです」
「……間違いなくお役所案件だが、上はたかだか陰間茶屋なんざに構ってる暇はないだろうな」
「……それは私に水野さんを『諦めろ』ということですか?」

 それだけは出来ない相談だ。蛍ほど恋い焦がれる相手に今後出会えるとは、とても思えなかった。同性だとか、世継ぎが出来ないとか、世間の目だとか、そういった物全てを凌駕する程度には蛍を想っているのだ、と最近になってようやく自覚したのだ。

「……その逆だ、雨月。あの茶屋には何人か人を預けてある。そいつらのためにも、ちょっとばかしお灸を据えとかないといけないわけよ」
「……私に一体何をしろ、というのです?」
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